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王国の組織についての走り書き

「毎度あり~」

「ありがとう。さて、こんな所かな」


 小銀貨を二枚支払い、紐で縛ってつなげられた干し肉を受け取った。ジルへのお土産だ。 

 串揚げの屋台の件については、色々な準備をシズマさんに相談してきた。そして、いつもの二つ返事で引き受けてくれた。

 あんなチンピラの下っ端のような言動をしているが、シズマさんは知性的で、特に理解力が高い。私の頼み方は、いつもふわっとしたものなのだが、シズマさんはいくつか質問をしながら、やるべきことを明確にしてくれる。一を聞いて十を知って百を考えているような感じだ。今回もそんな感じで、ほんとできる人だなぁと再認識した。

 いくつか露店を見て回ったお土産を買った。土いじりが好きなリックには色々なハーブの種、おしゃれに興味がでてきたリリアには可愛らしいパステルカラーのリボンにした。

 さて、そろそろ帰ろうかなと考えていると、見覚えのある犬耳と尻尾を見つけた。


「グイルさん、こんにちは」

「ん? ……もしかして、ユリアちゃん?」

「正解。よく分かったね?」


 少年姿に変装している姿を見て一瞬悩むような顔をしたが、すぐに私だとわかったようだ。


「いや、雰囲気が全然違うから自信はなかったんだけど、声の質とかで何となく。そんな格好をして何してるの?」

「お買い物とお散歩かな。そういうグイルさんは、お仕事?」


 グイルさんの服装は、旅行中のラフな格好とは違い、王国軍の制服を着ている。


「ああ、オレの方は巡回中だよ。オレやハンス副長が所属する地軍は、こうした王都の治安維持も仕事の一環だから。とくに、この付近は所属する隊の担当でね」


 グイルさんて、口調や軍人をしている割には人の良さそうなオーラが出ているんだよな。大人しい大型犬というか

 ……あっ、犬のおまわりさん! 軍人とか警察官というより、おまわりさんだ!

 個人的に、すごく納得してしまった。


「まぁ、ユリアちゃんなら大丈夫だとは思うけど……裏通りとか、あんま危険な場所には行かないようにね。いくら腕に自信があるといっても、まだまだ小さいんだし、それにルーン魔術アレは秘密なんだろ?」

「もちろん、危険なことはしないから」


 今のグイルさんみたいに本当に心配そうな顔をされると、なかなか下手な反論もできない。

 まぁ、私も積極的に危険な場所に行くつもりはないけど、私の方がグイルさんより強いからなぁ。

 王都までの旅の途中、ロイズさんの提案で、何度かハンスさんとグイルさんにも稽古の相手になってもらった。

 そこでグイルさんとはルーン魔術なしで引き分けくらい、ルーン魔術ありなら私の圧勝だった。

 前の屋敷では稽古の相手になるのが、ロイズさんとイアンしかいなかったから、いまいちわからなかったけど、私は素でも新米の一般兵並には戦えるようだ。

 ハンスさんには魔術なしには勝てず、強化系のルーン魔術を二つほど使って引き分けくらい。

 ロイズさんとは、かなり卑怯っぽいルーン魔術を使わない限り一撃も与えられないほどの実力差がある。

 ちなみに、お父様とは、勝っても負けても気まずそうなので試合するのは避けている。たぶん、ハンスさんよりちょっと弱いかなくらいと見ているけど。


「あ、グイルさんこの格好の時はケインと呼んで」

「ケイン? ……了解。ケイン君は、これからどこに行くの?」


 ノリがいいというか、子供のお遊びに付き合ってくれている感じかな。


「ん、もう帰ろうかと思っていたとこ。それじゃあ、グイルさん、お仕事頑張ってね」

「気を付けて帰るんだぞ」


 そう告げて、グイルさんと別れようとした時、


「わっ!」「おっと」

「っと、お兄さんゴメンなさいー!」


 私より少し小柄な少年とぶつかってしまい、倒れそうになった私をグイルさんが慌てて支えてくれた。


「ユ……じゃない、ケイン君、大丈夫?」

「ええ、お蔭様で転ばずにすんだよ。ありがと」

「怪我はなくてよかったけど、そうじゃなくて……今のってスリじゃ?」

「…………えっ? ああっ」


 何枚かの硬貨を入れた小袋が、ズボンのポケットから煙のように消えていた。




「で、グイルは、そのスられるのを黙って見逃した、と」

「ううっ……面目ない」

「ハンスさん、それは倒れそうになった私を助けようとしてくれたから!」


 と、ハンスさんのからかいに本気で凹んでいるグイルさんのフォローをしておく。

 スリの少年を追いかけようにも、人ゴミにまぎれてあっという間に見えなくなってしまった。

 それからグイルさんの提案で、私はグイルさんと一緒に地軍の詰め所にやってきた。

 ちょうどハンスさんが待機中だったので、詰め所の個室を借りて、現状の説明をしたところだ。


「で、被害はどのくらいなんだ?」

「んー、お金が八万シリル程度と小袋が一つかな……小袋はお母様に作ってもらったやつなので、最悪、お金は戻ってこなくてもいいので、小袋だけでも返してもらいたいんですけど」

「……八万シリルかぁ、おれらが動くにはちょっと微妙な額だな。もちろん、ユリアちゃんのお小遣いとしてはすごい額なんだけどさ」

「ん? お小遣いじゃないですよ? 私が提供したアイデアと技術の代金なので、自分で稼いだお金です」

「ほ~……一応、その少年の特徴を聞いておこうか」


 ハンスさんは、机の引き出しから紙を取り出すと、ペンをインク壷につけながらさらさらと書き出した。

 事情聴取みたいなものか? そういえば、前世も含めて、取り調べを受けるのって初めてかもしれない。


「少年で私より少し背が低いくらい、それ以外はよく分かりません」

「オレが見た感じだと身長は大体一三〇イルチ、やや細身で、髪は茶色で肩下くらいの長さ、人間にしては珍しい透き通るような緑の眼をしていました」


 さすがは本職だけあって、あの一瞬で犯人の特徴をきちんと覚えていたようだ。


「言い訳っぽいですが、あっという間に裏道に逃げ込んだのを見るに、それなりに土地勘がある常習犯かもしれません。服はあまり綺麗ではなかったので、不定民の可能性が高いかと」

「不定民ね……一応、軽犯罪班に連絡を入れとくか」

「……グイルさん、この場合の罪ってどのくらいの罰になるんですか?」

「金銭の窃盗は総額一万シリル以下なら額に応じた鞭打ち、一万を超えていると強制労働所送りかな。まぁ、被害額なんか結構曖昧だったりするから、裁判官の酌量しゃくりょうによって変わる部分も大きいんだけど」


 政治と商売に関する法律は読んでいたけど、刑罰の部分は読み飛ばしてたんだよ。しかし鞭打ちか。


「ハンスさん、それじゃあ、今回の金額についてはなかったことにしておいてもらえます?」

「……ユリアちゃん、いいの、それで?」

「どうせお金は戻ってこない可能性が高いでしょうし、私もいい勉強になったと思えば安くついた方です」

「相変わらずユリアちゃんは考え方が子供離れしてるなぁ」

「ハンスさんは、三十歳には見えないくらい子供っぽいですね」

「……ユリアちゃん、それ褒めてないぞ」


 別に褒めてないからな!

 まぁ、内ポケットに入れておいた金貨類は無事だったし、今後もお風呂関係の定期収入で、かなりの金額は見込めている。

 きっと、遊ぶ金ほしさではなく、生きるための行動だったのだと思うとあまり責めたいとは思えない。もちろん、前世の道徳観と今の自分が裕福だからこその偽善かもしれないが。


「しかし、あの手際だとギルド所属でしょうか?」

「所属しているにしても、してないにしても面倒な話だけどな」

「ギルド? 何の話ですか?」

「ん、まぁ、ユリアちゃんならいいか。ユリアちゃんは、ギルドって分かるか?」


 少し王国内の組織について話す。大きく勢力別に分けると三種類の団体がある。

 

 一つ目が、王宮議会、王をトップとする代表貴族による団体で王国の統治を司っている。王国軍もここに配下組織という扱いになっている。国で一番力がある組織と言っていいだろう。


 二つ目が、宗教系の組織だ。大きな団体が五つある。

 四属性の精霊王を信仰する各精霊教に、眠れる神を信仰する唯神教だ。いずれも国に縛られず、大陸全土に勢力を広げている組織である。

 もちろん、ラシク王国の支配地にある精霊院や教会は、名目上だがラシク王国の認可を受けているという立場になっていた。


 三つ目が、ギルドと呼ばれる各分野によって分かれる国内の職業の集まりだ。

 これは王国の保護下にある組織とされるが、各ギルドの幹部に与えられる権力は下級貴族のそれを上回る。

 そのため、自身の関係者をギルドの幹部にしようと画策する貴族も少なくはないらしい。


「ラシク王国では、商人ギルド、職人ギルド、学者ギルド、冒険者ギルドの四つがある、ですよね?」


 例えば、商人ギルドには行商人や鉱石商人、冒険者ギルドには冒険家や傭兵などを仕事とする人たちが所属している。

 私に一番関係がありそうな魔術師は、学者ギルドの所属となっている。


 ちなみに一人が複数のギルドに所属することは問題なく、各ギルドの所属条件にさえクリアすればいいらしい。

 このギルドは、ラシク王国で生まれた社会的なシステムであるため『グロリス・ワールド』の設定にはなかった。冒険者ギルドとか、ゲーマーとしては、すごい心惹かれる名前なんだけどな。


「そう表向きはその四つだな。ただ、王国には五つ目のギルドと呼ばれる組織があって……通称、罪人ざいにんギルドと言うんだ」

「ざいにん……犯罪者の集まりということですか?」

「もちろん王国がつけた公式な組織名じゃなくて皮肉を効かせた自称だけどな。ちょっとした立場にいるものなら、誰でも知ってるくらい巨大な組織だ。たぶん、貴族家の当主なら知っててあたりまえだな」


 だから、オレも気にせずにユリアちゃんに説明しているわけだけど。と言うハンスさんに、小さくため息をしてグイルさんが説明を続けてくれる。


「そもそもね……必要悪みたいな側面もあってね。ある程度統制の取れた巨大な組織のため、王国側としても潰すに潰せず、ほどよくお互いの距離をとって共生している感じ。で、そこの所属にはスリ師も含まれるんだけど。さっきの少年が、そこに所属しているなら小袋位は取り戻せたかな……それはそれで面倒になったかな、という話」


 グイルさんが困ったような難しい顔をする。

 ん~、つまりはマフィアとか暴力団みたいなのの親玉って感じか。悪人には悪人の秩序があるから、その均衡きんこうを下手に崩すと蜂の巣を突付いたような事態を引き起こすってことだな。


「その罪人ギルドには、ほかにどんな人たちが所属しているんですか?」

「はっきりと分かってないけど、泥棒、諜報員、闇商人、荒事師あたりは有名かな。噂だと暗殺者もいるって言われているが、嘘か本当かはわからないよ」

「オレは本当だと思ってるけど。毎年、解決しない殺人事件も少なくないからな」


 ハンスさんが少し脅かすような口調でそういった。


「仮にあの少年がその罪人ギルドに所属しているとして、少年を捕まえて取り返した場合、そのギルドはどうでます?」

「ああ、別に犯罪者を捕まえたからといって、即座に抗争こうそうが起きたりはしないさ。それが下っ端であれば特にな。罪人ギルドにとって、王国軍に捕まるような構成員は本人の腕が悪いってことになっているからな。別に罪人ギルドは、王国の崩壊や王の座を狙っているわけじゃない。変な話だが、王国が平和だからこそ、罪人ギルドなんて名乗っていられると言うわけだ」


 私の問いかけに、ハンスさんが応えてくれたが、なんとなく理解はできたと思う。


「もちろん、ギルドの幹部とかを捕まえようとすると、かなり大変なことになるけど……。その少年が罪人ギルドにものすごい貢献をしている場合、裏で貴族と取引をして、減刑とかそもそも犯罪の黙認とかな。たかだか下町のスリ少年だしなぁ」

 

 少し他人事のように言っているが、まぁ、管轄が違うのかもしれない。専用の対策をしている部署があるのだろう、きっと。

 こうなると、小袋は直接取り戻したほうが早いか。


「それで、ユリアちゃんどうする?」

「あ、ハンスさんも、この姿のときはケインって呼んでください。一応、お忍びなのです」

「ぷっ、りょーかい」

「で、まぁ、今日はもう帰ります。弟たちへのお土産がありますから」

「今日は、か……ケイン、一人でスリ少年を捕まえようとか思ってないよな?」


 うわっ、ハンスさんのくせに鋭い。

 そんな勘はもっと女心を知るために使えばいいのに。まぁ、私も女心については、まだよく分からないけど。


「捕まえようだなんて思っていません。今回のことはいい勉強だったと思っている、って言ったじゃないですか」

「ふむ……ならいいけどな」

「…………ケイン君、あのさ、捕まえないけど、自分で小袋を取り戻そうと思ってるとか?」

「げっ……」


 グイルさんめー、余計なことをー。


「ケイン、女の子が『げっ』とか言わない……で、グイルの言ってることは当たりなんだな」

「まぁ、ちょっと会ってお話し合いで解決できればいいなー、とか」

「でもどうやってあの少年を見つけ…………ああ、魔術か」


 はい、正解ー。

 小袋は元々私のものなので、多分探知のルーン魔術で見つけられると思うんだよな。

 今試してもいいけど、荷物があるから今日は家に帰って、明日にでも改めて探すつもりだった。

 

「ケイン、このことをお父様に報告してほしくなければ、その少年に会いに行くときにグイルを連れて行くこと」

「えっ? そんなグイルさんのお仕事の邪魔は……」

「平気平気。ケイン君、治安維持はオレらの仕事だって言っただろ?」

「そういうこと。約束できるか?」

 

 二人が私を見る目が、何だろう、こう、「しょうがない子だなぁ」っていう目だ。

 ここで約束しないと両親にすべて報告されて、今後の活動に支障が出ることは間違いない。内緒にしたいのも変に心配させたくはないからだし。


「う~……約束、します」

「よし、いい子だ」

 

 ハンスさんがガシガシと私の頭をなでる。完全に子ども扱いだよな。

 いや、私は子供なんだからハンスさんの対応は間違えてない。私がハンスさんの立場でも同じようにやるはず。

 最近、ちょっと自分が子供だということを忘れがちだ。気をつけねば、うん。


 さて、可愛い弟妹とワンコが待つ我が家に帰ろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言]  四属性の精霊王を信仰する各精霊教に、眠れる神を信仰する唯神教だ。いずれも国に縛られず、大陸全土に勢力を広げている組織である。 ↑ 複数或いは全ての属性、更には眠れる神も信仰する組織は大きな…
[良い点] 未完で更新が止まってしまった後に作品と出会い、読み終わってからその続きが読めないのをとても残念に思いながら何回か読み返してたので、また新しく始まってるのを見てとても嬉しく感じました。 書籍…
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