串焼きを食べながら物思う
「あちち……はむ、もぐもぐ……」
味はホタテのバター焼き、食感的にはヒレ肉みたいな感じかな。
今日のお昼はグラススネイルの串焼きにした。先日のディナーでは串揚げにしたが、これは炭火で焼いたものだ。端が少し焦げて香ばしいのも良い。
大きさとしては、焼き鳥の串ではなくバーベキューの串のサイズ、といえば伝わるだろうか? 野菜は挟まっていなくて、串一本まるまる肉だけが刺さっている。
王都民御用達のメニューだ。
屋台の横でもぐもぐとグラススネイルの肉を噛み締めながら、私は路端に腰を掛け、道を行く人たちを眺めていた。
この街では様々な種族の人を見ることができる。
その中でもっとも多いのは人間、今も目の前を人間の老若男女が道を行き交う。ラシク王国の住民のうち、九割五分は人間とされている。というのも、ウェイステッド村の幼馴染たちもそうだが、なんらか異種族の血を引いていても、片親のどちらかが人間ならば、法的には人間として扱われているからだ。
ローブを着ていかにもといった杖を持っているエルフ。笹形の耳と痩せた長身で整った顔立ちをしているのが特徴。
両手剣を背負った鱗族の剣士。身体の要所に爬虫類のような鱗を持ち、縦に割れた瞳孔をしている。
その剣士と真剣に商談をしているドワーフの鍛冶師の男性、ゼムさんと似ている。ひげのせいで年齢がわかりにくい。女性の場合、髭が生えていないが、成人するとふくよかになる人が多くて、やっぱり年齢がわかりにくいらしい。
グイルさんと同じ服を着た牙族と爪族の女性の二人組。牙族の女性は、グイルさんと違って茶色の垂れた犬耳をしている。爪族の女性は、白いふわふわの猫耳をしていた。
屋根より少しだけ高い位置を飛んでいる翼族の男性。その機動力をもって配達や伝令などの職につくことが多い。両手で籠を抱えていたから、なんらかの配達人だろう。
ゴザを敷いてアクセサリーを売っているポックルの女性。クータ君とは違い、多分成人なのだろうが人間の子供と同じくらいにしか見えない。人間とは耳の形が違い、半円型のため区別はつく。
どこかの宗教の布教活動をしているらしきマーマンの司祭。側頭部にある飾りのようなヒレと、指の間に少しある水かきが見て取れる。水と縁が強い種族なので、水精霊教会の教徒の可能性が高いかな。
など、この世界の種族は大まかに、この九つの種族に分かれる。
以前読んだ『人類とその大いなる特徴』と題された研究論文の中身を思い出しながら、串焼きの残りをお腹の中に収めていく。
「ん、美味しかったよ」
「おう、それはよかった」
私は素直な感想とともに、串を串焼き屋のおじさんに返す。おじさんは嬉しそうに笑顔を浮かべて、串を受け取った。
串は一回で使い捨てではなくて、串として役に立たなくなるまで洗って何度か使うようだ。最後には火付けに使うというのだから、無駄が少ない原始的なエコだなぁと思う。
「グラススネイルの串焼きは、いくつか食べたけど、おじさんのが一番だね。味付けがちょっと特別? なんか、果物っぽい感じがしたけど」
「ほほう、坊主いい舌しているな。そこまで分かるなら大したもんだ」
ちょっとしたリップサービスをすると、おじさんの笑みが大きく広がって、ニッコニコである。
短髪のちょっと強面で、ラーメン屋の店主とかが似合いそうだ。ただ、客商売に向いていないわけではなさそうだ。人好きのする笑顔だ。
別に口先だけの褒め言葉というわけでもなく、この店の串焼きは繊細な味付けがいい感じで、本当に美味しいのだ。高級なレストランで出される料理みたいな味がするというか。
あ、王都に来てから、何度かそういう店で食事もしている。これでも貴族のご令嬢なので……マナーの勉強の一環でお母様やアイラさんと一緒にランチに行くこともあるし、家族の団らんとしてディナーに利用することもある。
「おじさん、そこのピンク色の液体って何?」
「これか? これはいくつかの果物の果汁を絞って混ぜたもんだ」
「お酒?」
「違う違う、むしろ、酒が飲めないヤツが頼むもんだな」
「じゃあ、それを……いくら?」
「半カップで百シリルだよ」
「なら、一カップ分で……」
財布にしている小袋から小銀貨を一枚渡して、おつりに銅貨を八枚もらう。
カップを傾けて、一口飲むとオレンジ系をベースにマンゴーとスイカが混じったような味がする。
サッパリとした味で飲みやすくて、これも美味しい。
ちょっとぬるいのが残念だけど、こんな人前で大っぴらにルーン魔術を使うわけにも行かないよなぁ。冷したら、もっと美味しそうなのに。
「ごちそうさま」
「おう」
飲み干したジュースのカップを返す。
今日の屋台は大当たりだった。いくつかの屋台を試したけど、また食べに来たいと思った屋台は初めてだ。
しかし……
「こんなに美味しいのに、あまり人が来ないな」
ぽろり感想がこぼれ落ちた。
昼食時にもかかわらず、私が串焼きを食べ終わるまで屋台に来た客は三人ほど、メニューを見て帰っていったのが二人なので、一人前しか売れていない。
「うっ……」
「あ、すみません……」
「いや、謝らなくていい。本当のことだからな。ちぃと場所が悪いんだ、ここ」
さっきまで笑顔だったおじさんが急にションボリとして、愚痴り始めた。
「それに、出しているのも特別に珍しい料理でもないからな……この屋台を出すため、色々研究して、美味い串焼きを作っている自信はあるんだ。けど、美味いものを作るための材料費のせいで、値段をあげないといけないしな。迷わず買ってくれた坊っちゃんの方が珍しいぜ」
確かにこの路地は、人通りが多いとは言えない。グラススネイルの串焼きは人気がある分、扱っている屋台の数も多く、ゼムさんの店に行く途中の大通りでも、おじさんと同じような屋台をいくつも見かけた。
それに言われてみれば、他の店に比べて値段が百シリルは高かった。他の店が一本で二百シリルくらいなのに、この店は一本で三百シリルはしている。私は美味しそうな匂いにつられて、気にせず買ったけど。
大雑把に王都の物価事情を話すと、食品や日用雑貨の類は比較的安く、逆に嗜好品や金属類は割高のようだ。
特に割高だなと思う嗜好品は、香辛料や煙草などだ。お酒も嗜好品だが、これはピンキリっぽい。
食事をするだけなら、一食あたり銅貨で五枚、五百シリルもあれば成人男性でもお腹が膨れるといえば、わかりやすいだろうか?
そうなると、百シリルの差は決して小さくないだろう。
「なんかもっと珍しくて美味しい料理とか出せばいいんだけど、ただ珍しいだけだと売れなくてな」
「あー、なるほど……」
ゲテモノというほどではないが、特定の種族をターゲットにしたような屋台も見かけることがある。普通の人には売れないだろう料理で、激辛だったり、匂いがきついものだったり、素材が独特な郷土料理だったりする。
ただ、そういった店には一定の需要があるため、潰れずにほそぼそと残っている事が多い。買ってくれる客が少ない料理なら、後追いで出店するには厳しいだろう。
オジサンが選択したように、グラススネイルの串焼きのように無難な料理の屋台を出すのは間違えていないと思う。それに、多分、どこか名のあるレストランで修行したのではないか? と思わしき腕前もある。
「んー、良ければ、私が何か考えてみようか?」
串揚げとか、珍しいし、売れそうな気がする。
屋台で串揚げをやるとして、あれをああして、こうして,シズマさんに話を通して……いけるか?
ちょっと準備が必要そうだな。
「はっはっは、坊っちゃんに気を使わせちまったかな。ありがとうよ」
「今日すぐは無理だから、三日後か四日後もここで屋台を出してる?」
「おう、今の巡りが終わるまでは、ここで屋台を出すつもりだ。期待せず待ってるぜ」
「わかった。期待しないで待ってて」
ジュースも飲み終わったので、カップを返して、私は軽食の屋台を後にした。
懐も暖かいし、私は可愛い弟妹とジルのためにも何かお土産を買うべく露店チェックを再開する。
武器や防具の店にも入ってみたいな。今は気になる店の場所を確認するだけに留めておく。
今度、もっと時間に余裕があるときに入ってみよう。
とりあえず、このままシズマさんのところへ向かおうかな。お土産はその途中で探そう。