シズネさんとの茶話
「ところで、シズネさん。王都には【幻獣の加護】持ちが何人かいるんですよね? その中で、私と同じ年頃の男の子って知ってますか?」
すっかり冷めたお茶を飲みながら、私はシズネさんにフェルのことを訊いてみた。
お父様は書斎に、お母様は双子を寝かし付けに、アイラさんとロイズさんは晩ご飯の後片付けにいっており、食堂にはちょうど私とシズネさんだけが残っていた。
一応、ジルもいるが、テーブルに突っ伏して眠っている。……後で、起こすか、ロイズさんに部屋まで運んでもらおう。
「それは真白の司のことかい? いきなりどうしたんだい?」
「ええと、外に出かけたときに、少し話を聞いたので気になって……。その「真白の司」って何ですか?」
シズネさんが不思議そうに顔をしたので、咄嗟に誤魔化す。嘘はついてない……出かけているのが夜で、本人から聞いたということを言葉にしていないだけだ。
「ああ、【幻獣の加護】持ちは国に認定されると、能力に応じた通り名のようなものをもらうんだ。大体が“~の司”で揃うようになってる
本名はフェルネ・ザールバリン、確か三年前だったか? この国でもっとも新しく【幻獣の加護】持ちであることが判明した少年だな。
なんでも相手の嘘を見抜くチカラを授かっているらしい」
あ、世間的にはそういうことになっているのか。
確かに嘘は何かを隠すために起こす行動だから、客観的には嘘を見抜いているように見えるのかもしれないな。
「そのザールバリン家って有名なんですか?」
「有名っちゃ有名かな。ここ数年の話だけどね。
フェルネ・ザールバリンの父親で、当主のフェクス・ザールバリン子爵は元々商人だったけど、短い期間で一気に子爵まで成り上がった男だね。
その成り上がりには、真白の司の影響が大きいと言われているし、それは事実だろう」
「家族に【幻獣の加護】持ちがいると、そんな簡単に称号がもらえるものなのですか?」
「【幻獣の加護】持ちの場合は、国に忠誠を誓った時点で、男爵の称号をもらうか、それに準じる待遇で迎え入れられるんだ。
その【幻獣の加護】持ちが未成人の場合、称号は後見人である親に与えられることが多い……ただ、それでも子爵になったのには、ザールバリン子爵は交渉事に関する才に長けていたんだろう。
あたしは噂を全部を信じるわけじゃないが、ザールバリン子爵には良くない噂が多いけどね」
これ以上はあんまり聞かせたい話じゃないから、とそれ以上は話してくれなかった。
まぁ、フェルから聞いた話と今のシズネさんの話をまとめるに、聞いて面白い話ではないのは確かだ。
「ところで、バーレンシア男爵は何かあったのかい?」
「あー……やっぱり、気になりましたか?」
「最初は、仕事で疲れているのかと思ったけど、ときどき思いつめたような表情をするから、なんとなくね」
流石だな。持っている加護とか関係なく、鋭い観察眼はシズネさん自身の特質なんだろう。正直、フェルよりシズネさん相手の方が隠し事をできる気がしない。
ここで、お祖父様やリックの話をするかどうか、少しばかり躊躇いもあったが、結局話すことにした。
バーレンシア本家であった食事の話、リックの気持ちと、私の迷いも一緒に全部を語る。
「なるほどね。厄介な話だ……」
「シズネさんは、お父様やお祖父様のことは何か知っているんですか?」
「あたしもバーレンシア家とは、関係浅からぬってところだからね。当人たちの気持ちは別として、知っていることもいくつかあるが……
それをユリアちゃんに教えていいものか、悩むところだね」
私とシズネさんの間に、僅かな緊張感が漂う。
空っぽになったカップをテーブルにおいて、お茶請けとして出されていた干しブドウを三粒口に入れて、よく噛む。
私が干しブドウを呑み込む音が静かな食堂に響いた。
「シズネさんが、私が知るべきことじゃないと思うなら聞きません。
少しでも知っておいた方がいいと思うなら、ぜひ教えてください」
「まぁ、ユリアちゃんを見た目通りの十歳の子供として扱うのは間違いだよな。
一応先に言っておくが、あたしはできるだけ主観を交えずに話すつもりだ。ただ、どうしても、あたしの感情が混じると思うから、そう思って聞いとくれ。
あたしは、バーレンシア男爵の母親とは幼馴染でね。
同時期、一緒に学院にも通ったんだよ。
元々彼女は体が強い方じゃなくてね。バーレンシア男爵が物心つく前に病気で亡くなっているんだ」
お父様のお母様が死んでいる? あれ?
「でも、お祖母様とはこの間お会いしましたけど……」
「それは、バーレンシア男爵の母親が亡くなってから、迎えた後妻さんだね。
人当たりが良くて優しい人だし、バーレンシア男爵を実の息子と同様に可愛がっていたらしい。性格的には問題はないんだけどね。
問題なのは、結婚する時に連れ子がいたということさ」
「あんなにそっくりなのに伯父様とお父様は血がつながってないのですか?」
「いや、つながっているさ、半分はね」
半分……? それは、つまり……そういうことなのか?
「バーレンシア侯爵は、当時まだ伯爵でね。ケネア……ああ、バーレンシア男爵の産みの母親の名前だよ。
ケネアの父親が当時のバーレンシア侯爵の上司だったんだ。で、当時の出世頭だったバーレンシア侯爵に娘を嫁がせた。確かに昔から仕事ができる人だったからね」
ある意味で政略結婚と言えるのかな、そういうのも。
「そのケネアお祖母様? のご実家は?」
シズネさんが冗談っぽく「少し年寄りの長話を付き合ってもらおうか」と言って話を続けた。
「結婚してしばらくしてケネアの家族はケネアを残して、全員、事故にあって亡くなってね。
唯一生き残った血縁者がケネアのみで、バーレンシア侯爵がケネアの実家の称号を引き継ぐ形で侯爵になったんだ。元々伯爵だったし、ケネアの配偶者だったから、継承する条件は整っていたんだよね。
当時は色々言われたみたいだよ。
ただ純粋に事故であることがきちんと調査されていたし、そもそもバーレンシア侯爵は、その手のやっかみを跳ね除けられるだけの実力のある人だった。
ただケネアの落ち込みようったらすごかったよ。幸い、お腹にバーレンシア男爵がいることが判明して、それを希望に立ち直ってくれたんだけどね……。
そして、バーレンシア男爵が産まれてから、ケネアは体調を崩してね。元々線の細い子だったけど、一日のほとんどを寝室で過ごすような状態になってたんだ。
その頃、すでに王国立中央病院に勤めていた私は、師匠の往診に付き合って、何度も彼女に会いに行ったよ。徐々に彼女は容態は悪くなっていき、魔術を使った治療をもってしてでも全快しきれなくてね。
美人薄命とはよく言ったもんだ。
バーレンシア男爵を産んで二年ほどで亡くなったよ。
ケネアの葬儀が終わってすぐだったかね。バーレンシア侯爵が、今の夫人を後妻に迎えたのは……しかも、バーレンシア男爵よりも三つも年上の子供がいるっていうじゃないか。
当時、その話を聞いた、あたしは悔しくってね。
まるでケネアがいなくなっても問題がないと言われたような気がして……仕事のことがなかったら、バーレンシア侯爵の屋敷に怒鳴り込んでいたかもしれないよ。
今なら、幼かったバーレンシア男爵にとっては、母親は必要だったのは認めるし、バーレンシア男爵自身も後妻さんに懐いていたみたいだしね。
結果だけを見れば良かったんだろうと思えるけどさ……」
整理をすると……。
お父様には、今のお祖母様ではない、産みのお母さんがいてお父様が物心がつく前に亡くなっている。
後妻の連れ子である伯父様とお父様は、半分血がつながっているということは二人ともお祖父様の実の子供であり、異母兄弟となる。
しかも、後妻のはずのお祖母様の子供である伯父様の方が三歳ほど年上ということは、お父様が生まれる前に、今のお祖母様と関係を持っていたということになる。
もしかすると、お父様の母親と結婚する前の話だったのかな? そこは、結婚して何年目にお父様が生まれたかによって変わってくるか。
「しかし、まるで昼ドラみたいな話だ……」
「ヒルドラ? 戯曲か何かかい?」
「え? あ~~、そんな感じです。つまり、今のお祖母様は、お父様が産まれる前にお祖父様が子供を産ませていた女性というわけですね?
……あれ? でも、そうなると、お祖母様に子供を産ませたけど、お祖父様とは結婚しなかったのですか?」
む、ちょっとこの辺りの貞操観念みたいなのが、今一分からないんだよな。
この世界、授かり婚みたいな慣習はないのだろうか?
「ケネアが亡くなってからは、バーレンシア家とは疎遠になっていたから、その辺りの詳しい事情は知らないんだ。
噂には色々と聞いたけどね。コーズレイト殿なら、当時の話も知っているかもしれないね。
ああ、一応補足をしておくと、結婚生活はケネアにとっては幸せなものだったと思うよ。
一日のほとんど寝たきりだった時でも、バーレンシア男爵に母乳を与えているケネアの顔は幸せそのものだったからね。
それに彼女の口からバーレンシア侯爵の悪口を聞いた覚えはない。惚気みたいな愚痴は聞いたことはあるけどね」
一応、シズネさんから見た話を聞く限りだと、あまり不幸な思いを受けている人は――ケネアお祖母様の家族の事故は別として――いなそうだな。
だとすると、お父様がどうして、あそこまでお祖父様を嫌っているかだけど……うーん? 嫌っているというのも少し違うような?
改めてロイズさんにも話を聞いてみるべきか、と言っても、私にできることなんてないような気もするんだけど。
リックのためだと、割り切って、少し調べてみよう。
と、話が一区切りついたところで、お母様が食堂に戻ってきた。
「あ、おかえりなさいませ、お母様。二人はちゃんと眠った?」
「大丈夫、良い子で眠ったから。さぁ、ユリィちゃんも、そろそろベッドに行きましょう。
それとシズネさん、席を離れてしまって申し訳ありません。今日はこのまま泊まられますか? もし、お帰りになるようでしたら、ロイズさんに馬車を連れてきてもらいますが」
「こちらこそ長居をしてしまって申し訳ないね。コーズレイト殿には悪いけど、馬車を用意してもらっていいかな?」
「はい」
短く返事を返して、ロイズさんを呼びにお母様は出て行った。
シズネさんが、私の方に笑顔を向けて、
「まぁ、ユリアちゃんも頑張りな。あたしもできることなら応援するし、期待をしているからね」
おう……。なんか、期待、されてますか?