ユリアとバーレンシア男爵家の食卓
予算をたっぷり確保した後は、王都を少し遠回りに歩いて帰宅する。
途中、市場でグラススネイルの肉と、他にも色々と気になるものをいくつか買ってきた。
解体される前のグラススネイルを見学したが、殻の直径が一メルチ近いカタツムリだった。
お店のおばちゃんの話では、王都の郊外の村で水辺近くに囲いを作って養殖しているそうだ。
生態はまんまカタツムリで、動きは早くなく、囲いを登ろうとすることもあるらしいが、ある程度の高さまで行くと自重で落っこちるらしい。
その様子を想像して、ちょっと笑ってしまった。
エサも選り好みしない草食のため、育成はそんなには難しくないらしい
そして、生きたまま王都に運んで、必要に応じて解体して、その肉をバラ売りにしているようだった。
「ただいまー」
「おかえりなさい、おねえさま。おいしゃさんが来てるの」
「え? お医者さん? 誰か怪我したの!?」
「だれもけがしてないよ?」
「でも、お医者さんが来たって」
「……あの、お姉さま、お医者のお客さんです」
私の帰宅を双子が出迎えてくれた。リリアの言葉に不安を感じたが、リックが補足をしてくれる。
医者が来たと言われたから少し焦ったけど、お客さんとしてくるなら問題はない。
…………ん?
「そのお客さんは応接室?」
「うん、おかあさまとおしゃべりしてるー」
「ありがと」
私は双子の頭を荷物を持ってない手で交互に撫でる。
厨房に荷物を置いてから、私室でいつもより女の子らしい普段着に着替えて、足早に応接室へ向かった。
「失礼します。お母様、お客様がお見えと聞いて挨拶に参りました」
「あら、ユリィちゃんお帰りなさい」
その人は黒かった髪にほんの少し白髪が混じり、五年前にはなかったシワが見え隠れしている。
「……お久しぶりです。シズネさん、お元気そうですね」
「ああ、ユリアちゃんも元気に大きくなって何よりだね。なんでも男装して王都を探検してるんだって?」
予想通り応接室にいたのは、シズネさんだった。
何回か手紙のやり取りはしていたのだが、直接会うのは約五年ぶりとなる。
快活な口調とピシリとした姿勢は変わっておらず、なんだかホッとしたような気持ちになった。
「お母様から聞いたのですか?」
「それとシズマと双子ちゃんたちからもな」
「そうそう、シズマさんには、すごくお世話になっています。今日もお店の方に挨拶してきたところです。
改めて紹介ありがとうございました」
「なんかすごいことになっているみたいだね。シズマと気があったようで良かったけど」
ペコリとお辞儀をする。
シズネさんも前世の秘密を知っているので、色々と思うことはあるのかもしれないが、微笑してサラリと流してくれる。
「……しかしまぁ、お父様に似てすっかりハンサムになっちゃって、さぞかし男の子の格好も似合うだろう? 今度、見せて欲しいね」
「ありがとうございます!」
下手に可愛いと褒められるよりも嬉しかったりする。
「ところで、ずいぶん急でしたけど、何かあったのですか?」
「いや、急に休みが取れてね。本当はもっと早くに顔を見に来たかったんだけど、おかげで仕事が忙しくなってな」
「使ってくれてるんですね。あれ」
別れの際に渡したルーンストーン化させた翡翠のことを思い出す。
初期の頃に作ったモノだったので色々と心配していたが、無事に機能しているようで、ホッとした。
「ま、あたしは簡単な魔術しか使えないけどね。おかげで公認魔術師になれて、仕事面も充実している。
ユリアちゃんには感謝しているよ」
「私は石を用意しただけです。後はシズネさんの力ですよ? でも、その気持ちは受け取ります。
あ、そうだ、シズネさん、今日は晩ご飯は一緒に食べていけますか?」
創作料理の参考意見は多い方がいいからな。
料理に関して言えば、前世の知識をフル活用しても、危険性が少ないだろうから、自重しなくてすむ。
「さっき、バーレンシア夫人にも誘われて、ご一緒させてもらうことになっていたけど?」
「それは良かったです! ちょっと珍しい料理を作るので、ぜひ食べて感想を聞かせてください」
「うん? ユリアちゃんが料理するのかい?」
「たまにお母様やアイラさんのお手伝いもしてるんです」
「ええ、ユリィちゃんてば、器用だし、変わった料理の作り方も色々と知っているみたいなの」
「ほ~。そりゃ楽しみだ」
「楽しみにしていて下さい、頑張ります!」
よし、気合は十分。頑張ろう。
ラシク国では、料理の技法は「焼く」「炒める」「茹でる」「煮る」の4種類が一般的だ。
「焼く」は、おもに鉄板、網、串、オーブンなどを使って調理される。
「炒める」は、おもに「曲がり底鍋」と呼ばれる、前世でいう中華鍋みたいな器具を使って調理される。
「茹でる」と「煮る」は似ている。違いとしては「茹でる」が水で食材を加熱するだけなのに対して、「煮る」は液体で加熱する際、液体に味をつけているところだ。例外として、「塩茹で」なんていう技法もあるけど。
他にも「揚げ」て作る料理もあるにはあるが、「揚げ芋」という芋を一口サイズに切って揚げたフライドポテトみたいな料理とか、ほとんどが「素揚げ」である。
私が知っている限り、まだこの世界で「蒸す」料理は見ていない。
ついでに調味料の話をすると、この国では塩や砂糖はわりと豊富に流通していると思われる。
前世の価格比と考えると食材の値段に対して調味料は割高ではあるが、一般的な家庭でも普通に購入できる価格だ。
子供のちょっと贅沢なおやつとして飴やジャムなんかが出される位、だと考えれば分かりやすいか?
香辛料について、胡椒や辛子などは外国から輸入に頼らざるを得ないらしく、かなり高価だ。魔術を使って、国内で栽培も試みられているが上手くいってないらしい。
ニンニクやショウガ、ハーブ類の一部は国内でも作っており、砂糖や塩と同じ程度には手に入る。
「お嬢様、今夜のメニューは串焼きですか?」
「ちょっと違うんだ。まぁ、できてからのお楽しみで」
アイラさんに手伝ってもらいながら、二人で晩ご飯の準備をする。
一口サイズに切って下味をつけたグラススネイルの肉とタマネギを交互に串に刺していく。
それ以外にも、川魚の切り身や野菜だけが刺さった串も用意する予定だ。
「でもって、小麦粉に溶いた卵と水を入れて……」
フォークを使ってよく混ぜて、大きめのボウルにねっとりとした泥みたいなモノができた。
水を少しずつ足して、程よい固さになるように調整する。
「お嬢様? パンケーキを作るなら、もっと水は少なめじゃないと」
「大丈夫、これはこれでいいの……ん、こんなもんかな?
で、これをさっきの串につけて、前もって用意しておいたパン粉をまぶす」
「なんか、ボコボコしてて、変わった形になりましたね。コレが料理なんですか? 肉とか野菜は、まだ生のような」
「もちろん、この後で熱を通すよ。私が串にこれをつけるから、アイラさんは、こんな感じにパン粉をまぶしてくれる?」
「わかりました……こんな感じでよろしいですか?」
「うん、いい感じ。用意した串を全部、コレをやるからよろしくね」
「はい」
しばらくの間、黙々と串に「衣」をつける作業をする。
ここまで来るとあとは揚げるだけなんだけど……。
「ひとまず、下準備はコレくらいかな?
この料理はできたてを食べて欲しいから、先に他の料理と食堂の準備をしよう」
「わかりました」
お父様も先ほど帰ってきて、お母様や双子と一緒にシズネさんと歓談中だ。
「衣」をつけた後は、あまり時間を置きたくないので、食堂の用意が整いしだい移動してもらおう。
アイラさんは、事前に作っていたシチューの鍋を竈に乗せて温め直す。
私は、パンやチーズを適当な大きさに切って食堂のテーブルの上に運んだ。
一通りの準備が整ったら、竈に鍋を乗せて、たっぷりの油を入れる。
ここからは火傷に注意しないとな。火傷をしても魔術で治せるけど、わざわざ痛い思いをしたいわけじゃない。
あ、そうか、ルーン魔術で火傷をしないように身体を保護すればいいのか。
「《ダスマウ・ド・ゼェス アニーム(石鼠の皮は燃えず)》」
早速、耐熱性を高める魔術を使うと、竈の熱がかなり和らいだ。
「お嬢様、今日の料理は揚げるのですか?」
「うん、串揚げって言う料理だよ」
確か関東だと串揚げ、関西だと串カツって呼ぶんだよな。
カツの語源は外来語だし、多分、こっちの方が直感的に分かりやすいだろう。
「大地と水、太陽と風の恵みを、日々の糧として頂きますこと、精霊様に感謝いたします」
お父様の声に合わせ、食堂にいる皆が「感謝いたします」と各々に言葉を続けた。
食事に関して、王都に来る旅の途中からウェイステッド村と比べて大きく変わったことがある。
それは、食事の席にロイズさんとアイラさん、それからジルが同席するようになったことだ。
ロイズさんに関して言えば、騎士爵を持っているため、男爵の父親と同席するのに問題はなかった。
元々お父様が小さな頃から色々と世話を見てもらっていたのもあり、心情的にも年の離れた兄のような存在らしい。
アイラさんは、昼ご飯などはお母様と席を共にして食べていたが、お父様がいる席では、決して一緒の席に着こうとはしなかった。
しかし、ロイズさんと結婚したことにより、コーズレイト夫人という立場になったため、席を共にしても問題はない、とお父様がアイラさんを説得した。
……今になって思うにお父様は「みんなで一緒に食べること」に少し拘り過ぎているような気もした。
多分、この事もお祖父様との関係に影響を受けているのではないだろうか。
この世界でも、食事の間に座る席順の作法などは、きちんと決められている。
まず、食堂は上から見ると長方形の部屋で、長方形のテーブルが部屋と平行になるように設置される。
そのテーブルの入り口がある壁から反対側の長辺の中央が、一番上座の席となる。その対面の席は主賓、もしくは二番目に偉い立場の人が座る。
反対に、前世の作法と同じく部屋の出入り口の近くが一番下座の席となるようだ。
今日の食事の場合は、奥側がテーブルに向かって右から順にジル、私、お父様、リック、リリア、テーブルを挟んで反対側がアイラさん、ロイズさん、シズネさん(お父様の前)、お母様の順となっている。
ちなみに、アイラさんの後ろ側に、食堂の出入り口がある。
「アチャッ!?」
「わわ、ジル大丈夫?」
「あうあう、ボス……シタがイタい」
「ほら、水で冷やして……」
食事が始まり、さっそく串焼きにかぶりついたジルが悲鳴を上げた。
その悲鳴に、みんなが一斉にこちらを向いた。
「ええっと、この料理は串揚げと言って、お肉や野菜を串に刺してパンを細かくしたものをつけて、油で揚げた料理です。このパンの皮の中は熱くなっていますので注意してください。
このまま食べてもいいですが、食べにくいようなら、フォークを使って、先に串を抜いてしまうのがいいかもしれません」
コクコクと水を飲みながら舌を冷やすジルの横で、串を片手にとって、食堂にいるみんなに注意をうながす。
「このパンの皮とやらがサクサクとしているのに、中は柔らかく茹でた感じに近いな……ん?
お嬢様、これはグラススネイルの肉か?」
串を一口かじったロイズさんが、早速中身を言い当てる。
「ロイズさんは知ってましたか?
露店で串焼きで売っていたのを見て、今回の料理を思い出したんです」
「俺は王都の下町で育ったからな。王都に住んでいた頃はよく買って食べたよ。
といっても塩を少し強めに振って、直火で焼いただけの料理だけどな。こんな感じに手の込んだ料理になると、ちょっと上品な感じがして、美味いな」
「気に入ってもらえたなら嬉しいです。
アイラさんも一緒に作ったから、今度からはアイラさんが作ってくれますよ」
「そうか、期待している」
「はい、頑張ります!」
ロイズさんとアイラさんはなかなかの新婚っぷりを見せてくれる。うんうん。
「ほら、リックくん、リリアちゃん、串を抜いてあげましたよ」
「はーい」
「お母さま、ありがとうございます」
テーブルの逆の方では、双子がお母さまに串揚げを取り分けてもらいながら食べていた。
私の席からだと見えにくいが、聞こえている感じでは双子にも串揚げは好評のようだ。
「ふーむ、あたしもこんな揚げ料理は初めてだよ」
「そうかもしれません。調べたところ、一般的な揚げ料理は、素材をそのまま揚げて、後で塩や香辛料で味付けする物くらいですから。
これ、茹でた芋を潰して混ぜて味付けして、このパンの皮で包んで揚げたりしても美味しいですよ」
「ただ、最初の一口は良かったけど、少し油っぽいね」
「あ、それでしたら、そっちにあるケチャップをつけるか、レモン汁をかけてください。サッパリとしますよ」
「ぱく……もぐもぐ。なるほど、あたしはレモンをかけた方が好みだね」
「本当だったら専用のソースとかも欲しいんですが、作り方が分からないんです」
私も一口食べる。うん、揚げたてはおいしい。
塩を少し強めに下味をつけたから、そのままでも味は問題ない。
村にいる頃、トマトの栽培に成功したので、トマトケチャップをたくさん作って作り置きしてある。
だけど、トンカツ用のソースが欲しくなるなぁ。あの猛犬マークがついたやつみたいなの。
今度、香辛料を買ってきて挑戦してみようかな。




