金策の成果を聞きに行こう
「ふぁ~……、んんっ!」
あくびをもたらした眠気を、背伸びで追い払う。
昨夜はフェルとの三度目の密会だった。お互いに慣れてきたのか、フェルが用意してくれたお菓子をつまみながら、最初から最後までダラダラと色々な話をしていた。
バタークッキーのようなお菓子で、木の実の粉が練り込まれているからか、とても香ばしく、サクサクで美味しかった。
今回の密会で一番印象に残っているのが、あの屋敷が言葉どおりの意味で、フェルの物であることだ。
両親は貴族街にある屋敷に住んでおり、つまりはフェルは一人暮らしというか、別居させられているらしい。
原因は多分【夢夜兎の加護】のせいだろう。
人は生きている中で大なり小なり嘘をつくし、隠し事をする。
例えそれが血のつながった親兄弟でも話したくない、隠したいことはある。
【夢夜兎の加護】は、隠そうと強く思えば思うほど、そのことがはっきり分かってしまうものらしい。
結果として、フェルの両親は「【霊獣の加護】持ちの親」というステータスを大事にしながら、フェルを飼い殺すようにあの家に閉じ込めているというわけだ。
その親は依頼を受ける形で報酬をもらって、フェルの能力を使っているとも聞いた。
最近では、様々な人物の秘密を暴くことも少なくないそうだ。
フェルが大人びてしまった理由が分かってきたかもしれない。と言っても、夜の話し相手になるくらいしか、私が彼にできることはないけど。
そして今、私は王都の雑踏の中にいた。
数度に渡るおねだりにより、やっと屋敷の外に出る許可をもらえたのだ。
門限付きだが、お供もなしに一人で王都を自由に散策している。
上質な男物の服を着て、腰には短めのショートソードを差していた。
一見するとどこかの貴族の子息に見えるはずだ。
この外見なら、よほどの相手でなければ、なめられることもないという考えもあった。
念のため、身を守るためにいくつかのルーン魔術も使っている。
王都を上空から見ると「♀」のような形に大きな道が通っている。
上の丸い部分の中に王城をはじめとした行政施設や貴族街があった。その内壁の外側を横幅40メルチ以上の道がぐるりと周回している。
下の十字の部分は王都を突き抜ける大きな二本の街道であり、横幅が平均70メルチあるらしい。
貴族街の周りにある道が宝環通り、東西に走る道が馬車街道、貴族街から南に走る道が王湖街道と言う名前だ。
道の中央部分は馬車が行き交っており、道の端には、大小の商店や真っ当な宿屋が軒を連ねている。
街道の所々が道の幅が広がって広場のようになっており、露店も出ていた。
店の客層的には、宝環通りにある店は貴族や豪商などの富裕階級向けの店が多く、王城から離れるほど徐々に庶民向けの店になっていく。
ただし、馬車街道と王湖街道が交わる十字から宝環通りまでの道は王湖街道の一部だが、そこが最も王都で高級な一角とされており、宿屋や衣服商、装飾具商、レストランなど、それぞれの分野での一流店のみが店を構えることができる場所になっていた。
目的の店はすぐに見つかった。私が探していた店は、宝環通りの南側にあった。
店の外観は清潔感があり、青い塗料で店名が書かれた大きな看板が目立つ。
人がひっきりなしに出入りしていて、かなり繁盛しているようだ。
「青き狼商会、と。なんだか、狼に縁があるのかな」
人の流れに沿って、店内に入ると、役所の窓口のようなカウンターがあり、大体の人は五列に並んで、自分の順番を待っているようだった。
整理券とか配ればいいのに、とは思う。
並んだ後に、意味がなかったら嫌なので、あたりを見回して、落ち着いた様子の男性に声をかけてみる。
「すみません、この列はどこも同じでしょうか?」
「あ、はい。基本的に、こちらの受付に並んで頂き、要件を聞いた後にそれぞれの担当者が付く形になります」
なるほど。
「坊ちゃまは、どちらかのお家のお使いでしょうか? もし、事前にご紹介状などをお持ちでしたら、私の方で承りますが」
私が悩んでいる様子を見て、そう声をかけてくれる。
なるほど、私の今の格好を見て、貴族の従者が先触にきたように見られたのか。
「いえ、先触れではなく、私が用事があって、うーん、紹介状とはちがうのですが、これはどうでしょうか?」
「拝見いたします……!? し、失礼いたしました。応接室へとご案内しますので、どうぞこちらへ」
「え、あ、はい、ありがとうございます?」
私が取り出した手紙を見て、一瞬で最敬礼をしてくる店員さん。
その劇的な態度の変化に、こっちがビックリしてしまう。
通された応接室は、椅子もソファのような柔らかな座椅子、脚に彫刻を施したテーブルなど、品の良い家具が設置されている。
野山の風景を精緻に描いた絵画が三枚ほど飾られている。絵の良し悪しはわからないが、たぶん。お高いやつだ。
「副会長を呼んで参りますので、どうぞごゆっくりとお待ち下さい」
椅子に座るとお茶とお菓子がすぐに出されて、案内してくれた店員さんがお辞儀をして部屋から出ていく
「これは、シュークリームかな?」
持ち上げてみると固くて軽い。割ってみるとバリッという音がして、中には何も詰まっていなかった。
食べると、ほんのり甘くて、サクサクとした感じがモナカの皮っぽい感じ。
「これは、これだけ食べても……物足りない感じがする」
悩ましげにモナカの皮もどきを眺めていると、扉がいきなり開いて、男性がひとり入ってくる。
そして、扉を閉めるなり、こちらを向いて、笑顔とともに
「おじょぉおぉさまぁ! おまたせしまたッス!!」
と頭を下げてきた。
「え、あー……」
「大丈夫ッスよ! この部屋は、この店で一番の応接室ッスから、高性能な防音で、盗視対策などの防諜もばっちりッス!」
「へ、へー、それは安心だけど」
相変わらず、何故か私には舎弟口調の彼はシズマ・セイロウイン。
黒髪で黒い瞳、黙っていれば若い武士のような雰囲気を持っている。確か今年で二十五歳とか言っていたはず。
名前から分かる通り、シズネさんの親戚で、甥になるそうだ。
初めて出会ったのは四年くらい前、彼が行商人としてウェステッド村を訪れた時で、シズネさんからの紹介とか色々あって、金策を任せることになった。
「それで、売上とかどんな調子?」
「過去最高って感じッス! いやもう、作れば作っただけ売れるッス! むしろ、作ってなくても売れるッス! 半年くらい先まで予約でいっぱいいっぱいッス」
その金策というのが、蓄光石を利用した給湯器の販売だ。
ことの発端は、ウェステッド村にシズマさんが滞在中に、屋敷のお風呂が完成したことだった。
その給湯器を見て、大はしゃぎし、商会で販売させてほしいと提案してきたのだ。
ただ問題として、加熱のルーン魔術が行使できるルーンストーンにした蓄光石がなければ作れないし、商業的な規模でやるには、私が一人で作るには色々と手間がかかりすぎた。
無理だろうな、と思っていたのだが、発想の転換があって、無事にシズマさんに任せることになったのだ。
ちなみに、給湯器のために加工された蓄光石のことを、加熱石と呼んで通常の蓄光石と区別している。
「それで、加熱石作成器の調子はどう?」
「問題ないッス。あ、でも、現場からももっと装置の台数が欲しいと言われてるッス」
「うん、じゃあ、今度で追加で箱を作ってくるよ」
発想の転換というのが、私自身がルーンストーンを作るのではなく、私はルーンストーンを作るためのルーンストーンを作るようにしたのだ。
言葉遊びみたいな話だが、それが、実にあっさりうまくいった。
そのルーンストーンに秘密保持の対策を諸々つけて、両手に乗せられるほどの箱にしたものが加熱石作成器である。
念のために私以外は、箱を開けることができないようにしていて、無理に開けたとしても内部が勝手に壊れるようにした。
「なにか困ったことは?」
「ライバル商会の陰口がひどいッスねー。うちが給湯器市場を独占していることを僻みまくりッス。あっはっは」
シズマがいい笑顔をする。
言葉と表情が一致していないと言うか、全然困ってないな。
「あ、でも、手紙で話したとおり、水については困ってるッス」
なんでも、急激なお風呂の普及により、王都内で水不足と下水問題が起こっていた。
簡単に言えば、お風呂に使うための水が足りず、またお風呂に使った水が排水されることで、栄養分が豊富になってしまい、今まで以上に水質が一気に悪くなったそうだ。
そのことについては、解決案を持ってきている。
「了解了解。そういうことなら、ジャジャーン。浄水器〜!」
私は、名刺サイズの黒い金属板に水晶がはめ込まれた物を取り出す。
「おおおー! それは一体何なんスか!?」
「ふっふっふ、これをこうして……」
それを、お茶のカップの中につける。
と、水晶の部分が淡く光って、お茶の色が薄くなっていき、底の方に黒っぽい粒が溜まっていく。
「おおおー! お茶が透き通っていくッス!」
困った時のルーン魔術である。水晶の部分がルーンストーンになる。
浄水器と言いながら、封じ込められたルーン魔術は、浄水の魔術ではない。
正確には、抽出のルーン魔術を込めていた。
「こんな風に、水と水以外の汚れとかに分離できる感じ。水を直接キレイにするよりこっちのほうが断然効率が良かったから。
加熱石と同じで、浄水器に使う水晶の名前は、浄水石って呼んでる。それでこれが浄水石作成器ね。とりあえず三つ持ってきるよ」
「おおおおおー!!」
「で、この黒い金属が、以前から相談してた蓄光石を使った合金で、浄水器を発動するための魔力を溜め込めるようになってる。これの資料も一緒に渡すね。
ちなみに、こっちは魔力鋼と呼んでる」
「すごいッス! さすがお嬢様ッス!」
シズマさんのノリ、嫌いじゃないよ。純粋に褒められるも嬉しいものだ。
「これは、また儲けれそうっスね……」
「契約条件は加熱石と同じでいいから」
「あ、はい、これが今回の借用書ッス。ご確認ください!」
シズマさんがバサッと、紙の束を取り出す。借用書というのは、私が『青き狼商会』へ貸し付ける借金の証書だ。
なんで、こんなことになっているかというと、加熱石が売れた場合、いくらかの割合が私の取り分となっている。
その金額が爆発的に増えていき、一昨年くらいからものすごい高額になっていた。
そこで、私の取り分はそのまま『青き狼商会』の借金という形で預けることにしたのだ。
ちなみに。借用書一枚につき百万シリルになる。そして、
「それと端数がこちら、六十二万五千八百シリルッス。いつもどおり、硬貨にしておいたッス」
「おもっ……」
「いやー、幸せの重みッス!」
細かい金額については、直接受け取るようにしていた。
手渡された小袋をひっくり返して、硬貨を広げる。小金貨が六枚、銀貨が二枚、小銀貨が五枚、銅貨が八枚だ。
硬貨を小袋に戻してバッグにしまってしまう。すべて金属製の硬貨のため、バッグがずっしり重くなる。
なお、一般的な成人男性が休みなしに一巡り働いた場合の給金が約五~八万シリル、年に何日か休むことを考慮した年収だと約百五十~二百五十万シリルが収入の相場となる。
お父様は男爵としてはかなり高給取りな方で、昨年の年収が約八百万シリルだったらしい。
一シリルと一円だと、一シリルの方がちょっと安いくらいだと考えると分かりやすい。
「やー、今回でお嬢様の商会への貸付金額は一億シリル突破ッスよ。商会資産の一握りとはいえ、個人だけで考えれば、会長の親父についで二番手ッスね」
そんなわけで、私は『青き狼商会』には、だいぶにお金を貸していることになる。
ただ、一部の人しかその事実は知られないようにしていて、今のところそれで問題はなかった。
十歳で年収五千万とか、自分のことながら理解できないレベルで、すごいよな……。
「そういえば、このお菓子はいかがでしたッスか? さっき何か納得いかないような顔をしてたッスね?」
目ざといなー。そういう観察力の高さは商売人としての才能なのだろう。
「あー、サクサクしてて面白いんだけどね、中が空っぽだなあって」
「焼いて膨らませるお菓子みたいッス! お嬢様は、中に何が入っていると嬉しいッスか?」
「生クリームやカスタードクリームとか?」
「むっ! なんか、また儲け話の予感ッス! お嬢様、もっと詳しく教えて欲しいッス!」
「えーと、カスタードクリームはあったけど、生クリームはどうだろう……えっと、まず……」
私は、シュークリームについて思い出せる限り、あれこれと教えるのだった。