王都への旅路
王都までは馬車で五日の旅程だった。
ウェステッド村を出発したのが、火の季節の一巡り目の五日のことだった。
火の季節は、まさに夏。一年でもっとも日差しが強く、気温も高くなる時期だ。
「久しぶりだな、ケイン! それと隊長! お元気でしたか?」
「よく来てくれたハンス、それとグイルか?」
「は、はい、お久しぶりです。ケイン先輩、ロイズ隊長」
「よう、ご苦労さま」
旅のメンバーは、お父様、お母様、私、リック、リリア、ロイズさん、アイラさん、ジル。そして、なんと王都から迎えに来てくれたハンスさんと、ハンスさんの部下のグイルさんの合計で十名だ。
グイルさんは、二十歳くらいの男性で人当たりがよく、優しいお兄さんタイプの人だった。
牙族という、犬のような特徴を持つ獣人種で、犬耳犬尻尾を持っている。髪と尻尾が同じ黒で、瞳が灰色だ。
初対面の私と双子にもしっぽをモフモフさせてくれた、いい人である。
お父様やロイズさんとも面識があったようで、懐かしそうに挨拶を交わしていた。
「ロイズ隊長、聞きましたよ、ついに結婚したそうで! しかも二回り歳下の幼妻!」
「んんっ! 何か言いたそうだな?」
「ええ、もう、おめでとうございますと!」
ハンスさんがニヤニヤと楽しそうにロイズさんの結婚を茶化す。
ロイズさんは去年の豊穣祭のあと、とうとう観念して、アイラさんのことを受け入れることにした。
四年連続で赤い花を贈られて覚悟を決めなきゃ、男じゃないよね。
もちろん、私もお母様と、あの手この手でロイズさんを追い詰める手伝いをしたのもいい思い出だ。
そんな二人の結婚式は、昨年の年越しを前にウェステッド村で行なわれた。
今回のバーレンシア家の引っ越しで、二人は村に残る選択肢もあったのだが、結果としては夫婦で私たち家族について来てくれることになった。
アイラさんは、最後まで母親のライラさんのことを気にしてたのだけど、そのライラさんが後押ししてくれたようだ。
双子もアイラさんのことを気に入っており、一緒に来てくれるのは心強く、とても嬉しい。
今回の旅に用意された馬車は、一頭引きの幌馬車が二台。
一頭引きと言ってもグラウンドホースという、普通の馬車馬よりも体長が五割増しの超大柄な馬用の馬車だ。
荷台は、通常の馬なら複数頭で引かなければいけない大きさがある。
こんな特殊な馬車を使うために、ハンスさんがやってきたと言ってもいい。
お父様、ロイズさん、ハンスさん、グイルさんの四人が交代で御者をすることになっていた。
旅行中は和やかに過ぎ……ると思っていました。かっこ、過去形、かっことじ。
「ボスのトナリは、ジルが座る!」
「おねえさまのとなりは、わたしとリックなの!」
「え、えっと、ぼくはべつに……」
ハンスさんたちと合流し、いざ馬車で出発というところになって、馬車の中の席順でもめた。
二台の馬車の内、片方は荷物を載せて、もう片方に御者以外の八人で乗ることになったのだが、当然の顔をして私の隣に座ろうとしたジルにリリアが反発、盛大にヤキモチを妬いてしまったのだ。
その上ジルも、見た目は妙齢のレディだけど、中身はリリアと一緒なので、小さな女の子同士が口喧嘩をしているようにしか見えない。
しょうがないから、リックを膝の上に乗せて、ジルとリリアは左右に配置……リックが一番いい子だったからサービス! 二人とも羨ましそうに見ない!
お父様も御者台から羨ましそうにこっちを見ないで、きちんと前を向いて手綱を握ってください……
それから、旅の休憩中にこんな騒動もあった。
「ジル、何をしているの!?」
「服、着ているとアツいし、ジャマ」
突然、ジルが服を脱ぎだしたのだ。
簡単なワンピースのような服だったのが災いして、スパッと脱いでしまい、炎天下の下にその白い肌を晒す。
「ハンスさん、グイルさん、こっちを見ない!!」
「……ロイズ様、いま見てましたね」
「いや、見えちゃっただけで、俺は別に……なんで、そんな泣きそうな顔になる!?」
その後、馬車の中で私とお母様とアイラさんによって、ジルに淑女教育という名の特訓が始まった。
旅行がにぎやかになる大きな原因はジルだった。
どうやら人間の姿になれるようになったのが、すごく嬉しかったのか、色々と興味の赴くままに行動を起こして問題を起こした。
さきほどの『お外で服脱ぎ事件』などがいい例だ。
結局、秘密にすることを誓ってもらって、アイラさん、ハンスさん、グイルさんに「私が魔術をつかえること」と「ジルの正体」について、暴露することにした。
もともとアイラさんには明かすつもりだったので、ちょうど良いタイミングだったかもしれない。
ハンスさんとグイルさんは、最初こそ信じきれなかったのだが、実際に私がルーン魔術を使ったり、ジルが狼の姿に戻したりして、無理矢理にでも信じてもらった。
ただし、私が魔術を使うときは、発動具の短杖を大袈裟に振るってみせた。この発動具は、もともと美術品として売られていた短杖で、装飾に使われていた宝石をルーンストーンにした、お手製の発動具だ。
私は発動具がなくてもルーン魔術はつかえるが、念の為カモフラージュとして用意しておいたものだ。
「おおっ、涼しい」
「流石、ユリアお嬢様です!」
私がデモンストレーションに使ったのは、適温化の結界を創るルーン魔術だ。つまりエアコンの魔術である。
気温が高く暑かったので、これで馬車の中がひんやりと過ごしやすくなった。
「おねえさまはすごいんだから!」
「……です!」
適温化の結界は、双子が赤ん坊の頃から、よく使っているルーン魔術なので、使い慣れていた。
驚くハンスさんやグイルさん。アイラさんは驚くどころか、さも当然と言う顔をする。そして、なぜか自慢げな双子。
一度バラしてしまえば、もう遠慮はしない。
旅をスムーズにさせるため、他にも馬車の荷重を半分くらいにする魔術、休憩ごとに馬の疲労回復する魔術、虫よけの魔術などを使いまくる。
元々、急ぐ旅ではなかったが、馬車の移動に慣れない私や双子のために休憩をとっても問題ないくらい、進行速度が上がった。
「しかし、あんな美人なのに霊獣なのか。もったいない、グイル、いっとく?」
「い、いっとくって、何がですかハンス副長!!」
そんな休憩中に、ハンスさんが、ジルを横目で見ながらポツリと呟いたのが聞こえた。
「ハンスさん、さいてぇ……」
「はっ!? い、いや、ユリアちゃん、おれは出会いが少ない部下のことを思ってだな!」
まぁ、ハンスさんの気持ちも十分にわかる。
ジルは黙って座っている分には、どこぞの貴族の令嬢か一流の踊り子かと言われても信じられる容姿だ。
少しおしゃべりするだけで、残念な子っぽいのがすぐにわかるけど。
王都に到着しても、ジルは当分の間外出禁止にすることが、お母様やアイラさんと相談して決定している。
今でも色々と指導しているものの、まだ人目に付く場所につれていくには、時間が足りない。
一般的な常識、それから淑女としての作法が身につくまで、屋敷の外に出すことは色々と危険だろう。
「うわぁ……お父様、あそこが王都ですか」
「そうだよ」
馬車から降りた私たちの目の前に、巨大な街が広がっている。
馬車を小高い丘の上で停め、最後の休憩をとることにした。
「北側に見える、大きな白い建物が王城、その周りが行政施設。
その一回り外にあるのが貴族街、僕の実家、ユリアのお祖父様の屋敷もある区画だ。
そこから、町の中央と東と西、南へと伸びる街道沿いが商業区画。
街の中を流れる河と大きな水路に沿った辺りが工房区画。
残った大部分が住宅区画となっている感じかな」
お父様が指を指しながら、王都の大雑把な説明をしてくれる。
リックやリリアも目をキラキラさせながら、王都を見下ろしていた。
「おとうさま! わたしたちの新しいおうちはどこですか!」
「あの辺り、まだ緑が多く残っている、北西側が新規開拓地区で、僕らの新しい家があるはずさ」
「う〜」
リリアが目を細めるが、さすがにどの家かまではわからないようだ。
こうして、私たちは、王都に到着した。