月明かりの下での密会
今日も夜空で双つの月が、美しい輝きを放っている。
大きい月をディナ、小さい月をルナと呼び、それはそのまま双子である月精霊の名前となる。
大きい月の精霊は夜の調停者と呼ばれて、平穏や安息を司っている。子守唄を歌う姿の絵などが、ホテルなどに飾られることが多い。
小さい月の精霊は夜の裁定者と呼ばれ、契約や誓約などを司っている。この世界で、なにかの約束事をするときは、「ルナの名の下に」などが常套句だ。
日本なら、「指切りげんまん」と口にするような感じで使われる。
私は高度を落として、最近すっかり降り慣れてしまったバルコニーへと着地した。
そして、飛行と姿隠しのルーン魔術を解除する。
いつもならば、彼の方が先にいて、私のことを待っているのだが……。
カチャリと扉が開いて、雪のような透き通った純白の髪が特徴的な少年がバルコニーに現れた。
実年齢は十歳だが、外見からは十二歳の中学生くらいに見える。
その片手に茶器を乗せたお盆を持っていた。
「もう来てたのか、ユーリ。すまない、待たせてしまったか?」
「いや、丁度今到着した所だよ。それよりもそれは?」
「そうか、それは良かった。ああ、珍しいお茶の葉をもらったから、ユーリと一緒に飲もうと思ってな。
この間、美味しいと言ってくれた菓子も用意しているぞ。だから機嫌を直してくれ」
バルコニーには、小さめのテーブルと二脚の椅子が設置されている。
これを用意してくれたのは二回目のときだったか。
すっかり馴染みになってしまった席へと座る。
「別に少し待ったくらいで怒ったりしないよ。そもそも、そういうのを気にする集まりでもないしね。
ところで、君は私のことを食いしん坊だと思っていないかな?」
「違うのか?」
「一度、フェルとは私のイメージについて、じっくり話し合う必要がありそうだね」
笑いながら言ってくるフェルにジト目で、プンプンと言わんばかりの声で応える。
今ここにいるのは、ユリアでもないし、フェルネでもない。
ユーリと呼ばれている私とフェルと呼んでいる彼による二人だけの秘密の会合。
この奇妙な会合も今回で四回目になる。
三日ごとに開かれているから、フェルと知り合ってちょうど十日目、一巡りか。
それが、もう一巡りなのか、まだ一巡りなのかは微妙なところだ。
「だって、ユーリの話題は、今日は初めて何々を食べたとか、屋台で買った何々が意外と美味しかったから始まるじゃないか」
……確かに、前回も前々回もそんな感じで話し始めたような気がする。ええい、細かい男め。
「うっ、最初は無難な話題を選んでるだけだよ。今日もいい天気ですね、みたいな」
「そうか? その割には食べ物の話の時は、いつも熱心だけどね」
貴公子然としたフェルが、柔らかに笑うと年相応の無邪気な子供のもので、絵画の天使のような笑みだ。
これは、ブロマイドにしたら売れそうだな。と、埒もないことを考える。
「……食べ物を美味しく食べれるのは、幸せなことなんだよ?」
「ぷっ……あははは、まさに食いしん坊の言葉だよ、それは……あははは……」
私の言い方がツボにハマったのか、ふてくされる私に遠慮なく笑う。
その笑い声は、本当に心から笑っていることがわかる。
私とは別の意味で、大人にならざるを得なかった少年を見て、怒る気持ちにはならず、まぁ、いいかと言う気分になる。
「それで、そのお茶はご馳走してくれないのかな?」
「くくくっ、まぁ、今淹れるから少し待ってくれ」
ヤカンからティーポットにお湯を移し、待つこと二分ほど。辺りにお茶の芳香が漂いだす。
フェルがティーポットを傾けて、お互いのカップに琥珀色の液体を注ぐ。
「高そうなお茶だね……」
「さぁ? 値段は気にしたことがないから分からないな。でも、美味しいお茶であることは保証する」
飲むように視線で薦められ、一口すする。
お茶の良い香りをがそのまま口に広がり喉に滑り落ちていく。口の中に変な後味が残るわけでもなく、すっきりとしている。
「美味しい……」
「そうか良かった。茶っ葉は、たくさんもらったから気にせず飲んでくれ」
しばらくは無言でお茶と、お茶請けに出してもらったパウンドケーキのようなお菓子をモグモグと楽しむ。
ケーキはバターがたっぷりと、干したブドウやイチジクなどの実が混ぜ込まれている。
お高いお茶に、これまたお高そうなケーキがよく合う。
しかも、夜にオヤツを食べているという背徳感もまた美味しさのスパイスになっている。
いくら食べても太らない成長期の身体に感謝。
「さて、前回は何の話をしてたっけ?」
お茶を二回ほど、お代わりし、お皿にのっていたケーキも半分になってから、私は口を開いた。
「使用人に剣術の使い手がいて、弟子入りをしたと言う話だったな。今日はまず、その稽古内容について話してもらおうか」
そうだ、弟妹が生まれた話をして、ロイズさんに剣術を習い出したあたりまで話したのか。
剣術を習い始めた理由は、護身用とか言ってボカしたけど。
「稽古ね。あんまり面白い話でもないと思うけど?」
「ユーリの話なら何でも面白い、話してくれ」
大人びていると言っても男の子なのだろう、剣術に憧れがあるようだ。分からなくもない。
テーブル越しに、光の加減でオパールのような色合いを魅せる瞳が私を見つめる。
フェルがそこまで聞きたいならば、普段の基礎稽古である、走り込みと素振りの話からしてやろう。
しかし、二巡り(二十日)前は、こんなことになるとは思ってもいなかったな……。
私はウェステッド村にある屋敷を出発する、前日のことを思い出す。