ワガママと家族のカタチ
「旅行に行くなら、わたしとしてはジーグ湖へのピクニックがいいかしら? いっそ、ユーマンまで遠出しての観光もいいかしら?
ユリィちゃんは海をまだ見たことがないわよね。すごいわよ〜」
いや、海なら前世で見たことがありますけど……。
「ええっと、お母様そういうことじゃなくて……」
「あら? わたし、なにか変なこと言ったかしら?」
「私は、私一人で旅に出ようと思っているのです」
キッパリと言い切った。
ここで変に母親のペースに巻き込まれるわけにはいかない。
「そんな、ユリィちゃん一人じゃ心配だわ。旅行は、お散歩と違うのよ? それに、わたしも旅行は大好きだし」
「私にはルーン魔術がありますから大丈夫です。そもそもお母様と一緒にただの旅行では意味がありません。
私は、この家から出て行きます、と言っているんです」
「ユリィちゃんは、この家にいるのがイヤになっちゃったの?」
「それは…………」
イヤじゃありません。そう言ってしまいたくなる。けど……なんと言えば納得してもらえるだろう。
オレが答えにためらっていると、母親が父親に向かって相談を始める。
「ねぇ、あなた、これが噂の反抗期なのかしら?
ユリィちゃんが、尖った短剣みたいになって、盗んだ馬で走り出しちゃうの? あらあら、どうしましょ?」
どうしましょ? なんて言っているが、全然困った風に見えないのが母親の性格なのか、口で言っただけで全然困っていなのか……。
「マリナ、僕には君が困っているようには全然見えないんだけど」
あ、やっぱり父親も同じ感想なんだ。
「え? 別に困っていはいないもの。
だって、ユリィちゃんてば赤ん坊の頃からいい子すぎて、ちっともワガママとか言ってくれないのよ? むしろ、さっきの言葉は、ちょっと嬉しかったりして?
親としては、構ってもらえないほうが寂しいじゃない」
…………。
「わたしが小さい頃なんてね。お父様にもお母様にも、お兄様にもいっぱいワガママを言っていたわよ。
大きくなってからも、あなたにはいっぱいワガママを言ったじゃない。
ねぇ、あなた? わたしのワガママはイヤだったかしら?」
「そんなことはなかったね。
マリナのことは昔から大好きだったから、むしろ、ワガママを言われると元気が出たくらいだよ。
そうか、そういうことなんだね」
「ふふっ、そうよ。それと、わたしも、あなたのことがずっと前から大好きだったわ」
……さりげなく、いや、堂々といきなり惚気け出したぞ、そこの万年新婚夫婦。
そして、母親の眼差しは、いつの間にか、父親からオレのほうに戻ってきている。
オレには、母親が何を考えているのかがわからない。でも、なぜかそれを不安に感じる気持ちはわいてこなかった。
「さっきから、みんなが話していることについて、全部はわからなかったけど、ユリィちゃんがすごいってことだけはわかったわ。
だから、一人で旅に出ても困らないのかもしれない。けどね、ユリィちゃんが一人で旅に出ちゃうのは、わたしはイヤよ。
だってね、もう二度と帰ってこないみたいな言い方だったもの」
うん、その通りです。この家に帰ってくるつもりは……ありません。
「ユリィちゃん……。ユリィちゃんが、自分のためにこの家から出ていくって言うなら、わたしは止めないわ。
その旅に出るのは、ユリィちゃんが本当にしたいことで、ユリィちゃんのワガママなの?」
「えっと……私がいると、きっとお母様やお父様が……」
言い淀む私に、母親が軽く首を振って口を開く。
「わたしたちの話が聞きたいんじゃないの。
わたしの気持ちは、わたしのものよ?
ねぇ、ユリィちゃん?
ユリィちゃんの本当の気持ちを教えてちょうだい」
「…………」
「…………」
「…………」
父親も、ロイズさんも、シズネさんも、黙ってオレと母親のやり取りを眺めている。
母親の視線が、オレの瞳の奥を刺し貫いて、オレの弱いところを暴こうと、逃がすつもりはないと責め立てる。
「……ずっと家族でいたいです」
だからそう、これはオレの脆くて弱い部分。自分から捨てようとして、それでも捨て切れなくてズルズルとすがってしまった。
「お母様やお父様と一緒に……いたい、です」
「ふふっ、可愛いワガママね。ほんとユリィちゃんてば、いい子なんだから」
……一緒にいて、オレはここにいて、いいのだろうか?
「けど、それじゃあダメね」
ダメ?
…………駄目?
それは、否定や拒絶を表す単語?
家族と一緒にいたいという願いを受けれてもらえた、と思った。
この両親ならば、無条件にオレを受け入れてくれるのでないか、という願望は、独り善がりな妄想でしかなかったのか?
「ねぇ、ユリィちゃん、こっちに来てくれる?」
「はい……」
母親に手招きされるままに、母親が座っているベッドに近づく。
足元がフワフワとして、あまり現実味がない。
「ユリィちゃん、ほら、見てちょうだい」
母親が示す先を見ると、二人の赤ん坊が柔らかな布にくるまれて静かに眠っていた。
ああ、あのとき生まれてきた双子たちか……
双子だからか、それとも赤ん坊だからか、二人ともそっくりだった。
けど、なんていうか、一言で評するなら、ブサイク?
髪の毛は変に薄くてまばらだし、肌が黄色いし、全体的にクチャクチャだし。
赤ん坊って、もっとこう、可愛いもんだと思ってたけど……
「名前は、リック・バーレンシアとリリア・バーレンシアよ。
ユリィちゃんがわたしを助けてくれたから、わたしはこの二人ときちんと出会うことができたの。
すっかり言いそびれちゃったけど、助けてくれてありがとう」
「いえ……私がもっと早くに回復魔術を使えることを明かしていたら、もっと簡単に助けることができていたはずです」
母親からの感謝を素直に受け取ることができず、顔を俯けてしまう。
「ユリィちゃんは、魔術が使えることを知られたくなかったのよね?
わたしには、その理由は思いつかないけど、ユリィちゃんにとっては、きっと大切なことだったんでしょ?」
いつもと変わらない、澄んだ母親の言葉がオレに降り注ぐ。
「でも、わたしと双子のために、その決め事を破ってくれた。それって、ユリィちゃんが大切にしていたことより、わたしたちを大事に思ってくれたのよね?」
別に、あのときはただ無我夢中で……
そう言い訳しようとして、言葉が口から出てこなかった。
オレは、確かに自分の秘密と母親の命を天秤にかけたのだ。
その結果、天秤の皿が母親に傾いただけの話。もしかしたら、それは逆に傾いていたかもしれない。
そのことを説明して、母親の言葉を否定することができない。できないわけじゃない、そう、オレはただ否定したくなかった。
「それでね。さっきのユリィちゃんのお話なんだけど……リックくんとリリィちゃんも、ちゃんと入れてあげないとね。
わたしとあの人とユリィちゃん、リックくんとリリィちゃんの五人で家族なのよ?」
えっと……。つまり…………?
「ずっと家族でいるなんて、当たり前じゃないの。
ユリィちゃんだって、わたしが命を張って産んだ子供なんだから」
顔を上げると、いつもと変わらない母親の笑顔があった。
少し童顔で、出産の影響でやつれてはいるけど、綺麗で優しくて、すべてを受け入れてくれる笑顔。
ジワリと、母親の姿が歪む。
「あらあら……ユリィちゃんてば……」
オレの目から流れようとする涙を隠すように、母親が身を乗り出して両腕でオレの顔を抱きしめる。
抱きしめる力は決して強くないのに、オレはその両腕から逃げることは出来ず。
さっき食べたミルクの粥と同じ甘い香りが、オレの鼻をくすぐった。




