転生者の告白
食事が終わり、シズネさんの診察を受けて、問題なしと診断された。
先を歩くシズネさんの後ろについて、両親とロイズさんが待っている寝室へと移動する。
そして、オレは四対八個の視線を受け、まっすぐに両親を見据える。覚悟はもう決まっている。
オレ以外の四人の様子は、父親が緊張しつつ母親のベッドの横に立っていた。
母親はいつも通りに見えるが、産後の疲労は残っているのだろう。頬が少しやつれている。ベッドに入ったまま上半身を起き上がらせた姿だ。
ロイズさんは、わずかに戸惑っている感じだ。どのように説明されたかわからないけど、オレがルーン魔術を使うところを直接見たわけじゃないからだろう。
シズネさんは、冷静に事の成り行きを見守るとする様子がうかがえた。
「お集まり頂きありがとうございます……これから、私が皆さんに内緒にしていた事実を公表したいと思います。
と、言いましても、私も何からどう話していいのかわからず、上手く説明できないと思います。ですので、質問があったら、その時々で仰ってください」
オレがまず口上を述べると、場の空気が変わる。
父親、ロイズさん、シズネさんの表情が硬くなる。
唯一、母親だけは変わらない。
それが少しだけおかしくて、思わず口の端が緩む。
「まず、最初に申しておきますが……私は、ユリア・バーレンシアです。
ケイン・バーレンシア男爵と、その妻、マリナ・バーレンシアの間に生まれた第一子であることは間違いありません。少なくとも、私自身は、そう自覚しています。
けれど、私は転生者です。すなわち、一度死んでから再び生を受けた者なのです」
「転生? ……それはあたり前のことでは? それを言ったら、僕も転生者だ」
父親が、さっそく質問をしてきた。
しかし、いきなり常識のズレが出たな。
言われてみれば、この国の精霊信仰における宗教観では、転生することは当たり前の現象だった。
この世界の常識としては、人が死ぬと大地の下にある冥界に行き、そこで魂の汚れが浄化され、その時に前世の記憶や能力なども一緒に失われる。
浄化された魂は空高くにある天界を巡って、再び大地に生まれてくる。
業みたいなものは残るらしく、生きている時に良い行ないをしていれば、転生先がより良いものになる。と、信じられている。
前世の世界における輪廻転生の考え方にも通じる。
これは、文字の勉強のために読んでいた神話の本にも書かれていた。
「そうですね。論点は転生したことではなく……私が生まれる前からある人物の人格、つまり記憶や知識、性格を引き継いで持っていることです」
「ん? それはつまり、ユリアの魂は、以前の生を終えた時に冥界に行っていない、という意味かい?」
「う〜ん、少しややこしいのですが、生まれる前の私は、この世界と異なる世界を生きていたと思ってください。
その魂が、ユリアの魂として、お母様のお腹の中に宿ったのです」
「異なる世界の魂?」
「ええ、私の前身は、カルチュアではない世界で生まれ、そして死にました」
「ふむ……」
そこまでオレの答えから、何かを考え込むように父親が静かになる。
「次は、オレでいいか?」
間が空いたところで、ロイズさんが軽く手を挙げる。
オレはロイズさんを見て、了承の意味を込めて軽くうなずく。
「オレは『お嬢様がなにやら強力な魔術を使った。これからお嬢様が説明してくれるらしい』と聞いて来ただけだから、いまいち理解できてないんだが。
その、前世とか別の世界とか、お嬢様が幼い頃から大人びていたのは事実だから、そういうこともあるのかな、と納得することはできる。
そういう話はいったん置いといて、本当に魔術が使えるのか? 見せてもらえないか?」
黙ってしまった父親の代わりにロイズさんが、オレへそう問い掛けてきた。
確かに、この部屋に集まっている大人の中で、一番ロイズさんが実感が薄いのだろう。
「いいですよ。そうですね……《コニース ロォン・ド・ライーラ(輝ける六つの灯よ)》」
「「「!」」」
ルーンを唱えると、右手から小さな光球が六個生まれる、
それはゆっくりと宙に浮かび、部屋の天井付近でクルクルと回りだす。
まぁ、なんの効果もない。ただ見栄えが良いだけの明かりを創るルーン魔術だ。
「おほん……」
みんな魔術の光を注目していたが、ロイズさんが小さな咳払いをして、視線をオレへと戻した。他の人もオレかロイズさんを見ている。
「……つまり、お嬢様は、生まれながらにしてカルチュアとは違う世界の老魔術師の記憶を持っていた。
なので魔術を使えるし、大人と同等の知性を持っていると考えればいいのか?」
「あ、老魔術師というのは正しくありません」
そうか、死んだとだけ言っていたので老いて亡くなった魔術師だと思われたのか。
「私が前世で死んだときは、二十歳の大学生——未熟な学者見習いのような立場でしたので……精神的な年齢でいえば、お父様より少し年下かお母様と同じくらいです」
「ちなみに他にどんな魔術が使えるんだ?」
「ルーン魔術でできることならば、多分一通りは……ただし、他者を傷つけたり害するような魔術だけは使えません」
「他者を傷つける……つまり、攻撃用の魔術が使えないということか? なぜ? と訊いてもいいか?」
「私がユリアとして生まれた時に得た【一角獣の加護】のせいではないかと思います」
「「!?」」
「一角獣ということは、【幻獣の加護】か? お嬢様は、本当に【幻獣の加護】を持っているのか?」
え? なに?
なんかルーン魔術を使えることを話した時よりも驚かれているんだけど?
「はい、私の知識があっていれば、ですが……」
「なるほど、さすがは発動具もなしに魔術を行使するだけのことはある、か」
んん? 発動具ってなんだ?
「……私から質問しても良いでしょうか?」
「オレや旦那様で答えられるものならな」
「【幻獣の加護】って、そんなにすごいものなのですか? それと発動具とは、なんでしょうか?」
あれ?
質問を聞いたロイズさんにキョトンとされたんだけど……もしかして、変なことを訊いちゃった?
「あ〜、魔術に関することなら、オレよりもシズネさんのほうが詳しいか?」
「あたしも専門家じゃないけど、学院に通っていたからある程度はね」
「シズネさん、説明をお願いしても?」
「あくまで、あたしが覚えている範囲だけの話だよ」
そう前置きして、シズネさんが説明を始めた。
「まず、【幻獣の加護】だけど、あたしの加護みたいな【霊獣の加護】持ちが、一年で数人。【幻獣の加護】なら数年に一人、国内で見つかるかどうかってところだね。
【霊獣の加護】持ちでさえ、加護を持っていることを国に申告して、その申告が認められれば、いくつかの優遇措置を受け取れるくらい国にとって貴重な人材さ。
とくに【幻獣の加護】持ちは、王国府を始めとする何らかの組織で重用されている。なぜなら、【幻獣の加護】のちからは強力で簡単には真似できない特殊な能力が多いからだよ。
確か、今王都にいる【幻獣の加護】持ちは十一人、国内で二十人くらいだったかな?
王国の正式な保護下にある人口が約三千五百万人だから、百七十五万人に一人といえば、どれだけ珍しいか分かるかい?
もちろん、ユリアちゃんみたいに【幻獣の加護】を持っていても、王国に発見されていないものもいるだろうけどね」
「はぁ……」
やばい、すごいことなのはわかったんだけど、あまりに話が大きすぎて、逆にピンとこない。
「次に、発動具についてだけどね。
そもそも、魔術自体は王国立の学院の門戸を叩くか、個人的に魔術師に弟子入りして習えば、才能の差はあってもある程度は誰でも使えるようにはなるんだ。
ただし普通の魔術師は、発動具を持っていないと魔術を使うことができない。
その発動具は、素材となる材料が高価だから、それを買えるだけの財力があるか、運良く発動具を手に入れでもしなければ、魔術を習う意味がないのさ。
ああ、それと魔術師兵として、軍隊に所属する場合もあるね。軍に所属することで、魔術に必要な発動具を国から貸与してもらえるね。
ただ、軍は規則で定められた以外で発動具を使用すると処罰があるらしいから、あまり自由じゃないらしいよ。
例外として、エルフの高位魔術師や、王国府に所属する宮廷魔術師のじいさんたちは、発動具がなくても魔術が使えると言われているけど」
「へぇ……?」
けど、オレはその発動具とかなしに、ルーン魔術が使えているんだけど?
エルフということは【魔法適性】が、その発動具の代わりをしている?
ゲームでは、【魔法適性】って、単純に最大保有魔力が増えやすくて、保有魔力の回復の速度が早まるだけの魔導だったはずだ。この世界では違うのか?
いや老いた魔術師も発動具なしで魔術が使えると言うなら、なにか法則がありそうだが……。
オレが考えて、すぐに答えが出るようなら、王国の人たちがすでに答えを出しているだろうし、この疑問は置いておく。
「実際に、発動具というのは、どんな形をしたものなのですか?」
「杖か指輪や首飾りなどの装飾品なんかが一般的だね。
そもそも、魔術を行使するのに本当に必要なのは、宝魔石という石さ。宝魔石をはめ込んだ道具のことを、便宜的に発動具と呼んでいるのにすぎないんだ。
魔術を使う剣士なんかは、剣の柄に宝魔石を付けて、剣そのものを発動具にしたりするみたいだし。あたしの知人にもそれぞれ独特な発動具を使っているやつもいるね」
宝魔石は……って、確かゲームではルーンストーンの別名だったような?
つまり、発動具というのは、ルーンストーンを使った補助装備みたいなものか?
あれ? もしかして……
「その普通の宝石と、宝魔石って、値段が違うんですか?」
「段違いだね。同じサイズの宝石と宝魔石なら、宝魔石のほうが何十倍も高価だし、そもそも滅多に市場に出回る品じゃない。ほとんどの宝魔石が、国が優先的に差し抑えちゃうからな」
まぁ、魔術師を作り出す道具の材料となれば、国家レベルの話になってしまうのか……
「ちなみに、宝魔石とは、これのことですか?」
オレは、お守り代わりに持ち歩いているルーンストーン化させた翡翠を取り出す。
「あ、ちょ、ちょっと触らせてもらえるかい?」
「はい、どうぞ」
恐る恐る左手を差し出すシズネさんの手の平の上に乗せる。
シズネさんは、握ったり、目をつむったり、ブツブツと何かを呟いたと思ったら、大きく溜め息を吐いた。
「驚いた。これは確かに、宝魔石だね。だから、ユリアちゃんは魔術が行使できたんだね……」
「あ、いえ、先程の魔術のときには、この石は使っていませんよ? お母様の治療のときには使いましたけど」
「は……?」
「それと、これが宝魔石であっているのでしたら、私は普通の宝石を宝魔石にすることができるんですが……」
「え……?」
「この石も、最初は裏の小川で拾ったただの翡翠でしたし」
「ま、待って!?」
「はい?」
薄々とそんな感じがしていたけど、そうか、そんなに慌ててしまうことなのか……
「本当に、そんな事ができるのかい?」
「今のところこの翡翠でしか成功していませんので、試してみないとわかりませんが……」
「もう、何でもありだね……」
困ったように返事をすると、シズネさんが呆れるように自分のおでこに手を当てる。周りではお父様とロイズさんが、険しい顔をしている。
おかしいな。転生したことを告白して、色々と正直に話していただけなのに……話が、どんどん変な方向に転がっているような気がする。
「それで、ユリア……君の望みは、なんだい?」
オレが話を本筋に戻そうとする前に、父親が再び問い掛けてきた。
「望みですか?」
「ああ、到底すぐには納得できない話ばかりだったけど、僕にはユリアの話が嘘だとは思えないし、理解はできたと思う。
そして、ユリアは僕たちにそれだけの真実を語ることで、僕たちに何を望むんだい? 欲しいものでもあるのかな?」
その父親からの質問の真意がつかめないけど、話を戻すにはちょうどよかった。
「何も……お父様たちから、なにかが欲しくて話をしたわけでは有りません……
ああ、でも、正確には、話を聞いて欲しかったのかもしれません。
前世の私は、親に恵まれずに育ちましたから……お父様やお母様みたいな両親に憧れていました」
オレが望んでいたものは、すでに手に入れていた。だから、失ってしまう前に、自分から離れてしまおうとしているだけ。
「前世の記憶に気づいたときから、ずっとこのことは黙っていようと思っていました。けれど、今回の件がなくても、いつかは話していたと思います……
きっとお父様とお母様に隠し事をしたままでいることがイヤで……
だから、お父様がさっき理解できたと言ってもらえただけで、十分です」
抑え込んでいた気持ちを一気に吐露して、秘密という重しが外れ、心が軽くなったような気がした。
「ああ、そうですね……近いうちに旅に出ようと思いますので、多少の援助をもらえると嬉しいですね」
「ユリィちゃん、旅行に行きたいの?」
そして、オレが寝室に入ってきて、初めて母親が口を開いた。