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陽光差す部屋で夢から覚め

 悪夢とまでは言い切れないような、前世を追体験する夢を見た。

 その割には目覚めがよく、思いのほかスッキリとしている。


「…………朝、かな?」


 東向きの窓から陽の光が差している。この世界も東から太陽が昇ってくる。

 ここはユリアの部屋のようだ。

 オレはすっかり慣れ親しんだベッドで目を覚ました。


 眠っている間に家から追い出されていた、みたいな最悪な事態にはならなかったようだ。

 昨夜の記憶はしっかりと残っている。……オレは、父親とシズネさんの目の前でルーン魔術を使い、そして気を失った。

 と、そこで、コンコンと扉がノックされる。


「どうぞ、え、あれ? シズネさん? ……あ、おはようございます」


 入室を許可すると、いつものようにアイラさんが入ってくると思いきや、シズネさんが入ってきた。


「おはよう。ああ、外で待っていたんだけど、中で身動きする様子が聞こえたんでね。

 身体の調子はどうかな? おかしなところはない?」

「まだ少し眠いですけど、身体は大丈夫です……あ、お母様と赤ちゃんはどうなりましたか!?」


 アイラさんではなくシズネさんがやってきた謎よりも、まず確認すべきことはそれだ。

 無事なはずだ、と信じているけど、万が一、もしかして、という不安が混じる。


「母子共に三人とも元気だよ。ユリアちゃんが使ってくれた魔術のおかげで……あのとき、治癒の魔術を使ったんだね?」

「はい。えっと、それで……お父様やお母様に話したいことがあるんです。私のことについて、です。

 できれば、シズネさんとロイズさんにも立ち会ってもらいたいと思います」


 シズネさんの返事を聞いてホッとする。そして、オレは覚悟を決めた。

 その決意の証として、普段よりもずっと大人びた口調で応えた。

 一人称が「私」なのは、もう癖みたいなものだ。思考は「オレ」なのだが、口に出る言葉は「私」、今すぐには切り替えられない。


 けど、良かった……生きていてくれた。まず心残りが一つ減った。


「その前に、今がいつだかわかるかい?」

「ええっと……昨日が森の季節の六巡り目の二日だったから、今日は三日ですよね?」

「うん、記憶はしっかりしているようだね。けど、今日は四日さ」


 オレの返答を受け、シズネさんはそう答えてくれた。

 そして、今更だけど、シズネさんの態度があまりに普通であることに気づいた。

 部屋に入ってきたときも、オレが魔術を使ったことを認めたときも、以前と変わらない態度で接してくれている。

 その普通すぎる理由も気になるけど、今はその普通な態度がどこか嬉しい。オレの事情を知っても変わらないという人がここにいることが。


「……私は丸一日以上眠っていたってことですか?」


 びっくりだ。言われてみれば、体が重く、だるいような気がする。これはあれだ、寝疲れってヤツだな。のどもかなり乾いている。

 ただ気分は悪いどころか、逆に調子がいいくらいだけど。


「…………」

「……なんでしょうか?」


 シズネさんが静かにこっちを見ている。


「いや、こんなに賢いとはね、と思ってさ。

 応えた日付が一日ズレていると聞いて、すぐに自分が丸一日寝ていたことに気づいた。

 ほんとユリアちゃんは五歳児なのかい?」

「そうでしょうね。私も自分が普通の五歳児と同じだとは、思っていませんし」

「……その口調が地かい? 何もわからない子供のフリをしていたってわけだ?」


 言葉こそ問い詰めるような言い回しだが、シズネさんの表情は、あくまで事実確認をするお医者様のような、それだ。

 だから、オレも特に飾らずに受け答えることにした。


「うーん、それは私にもよくわかりません。確かに外面は良くしていましたけど、何もわからない子供のフリというか……

 猫をかぶるくらい、誰でもやるでしょう?

 ほら、外見的には可愛らしい五歳の女の子なわけですし?」


 オレが少しおどけてみると、シズネさんが苦笑する。

 態度が変わらないといっても気になるのは仕方ない。

 それに、オレはもう正直に全部話すことを決めているので、気楽だった。


「まぁ、ともあれ、何をするにしても、まず食事をして、もう少し休んで、あたしの診察を受けてからだ」


 なるほど、医者として倒れたまま目を覚まさないオレの看病をしてくれたようだ。

 自発的なのか、父親に頼まれたからなのか……母親や赤ん坊の対応もあるだろうに。


「わかりました。シズネさんの言葉に従います」

「まずは水分と栄養の補給だな。喉は渇いてないかい?」

「えっと、カラカラです」

「わかった。すぐに食事と一緒に飲み物も持ってくるから待ってな」

「はい」


 そう言うと、シズネさんはサッと部屋から出ていった。


 ボスっと倒れ込んだオレを、ベッドがいつもと変わらない柔らかさで迎えてくれる。

 さて、これからについて少し考えを整理してみよう。


 オレが物心ついてきてから隠してきたこと。

 つまり、転生者である事実を話す。それは確定だ。


 ルーン魔術を使えることがバレてしまった以上、今までみたいに無理に子供のふりをし続ける必要はないし、両親に新しい嘘をついて、嘘を塗り重ねるようなことはしたくない。

 といっても、誰彼構わず話す必要はないと思う。両親以外なら、シズネさんとロイズさんが妥当だろう。

 まずは四人、お父様とお母様、ロイズさんとシズネさんに話す。

 アイラさんやハンスさん、他の人に知らせるかどうかは、四人と相談して決めよう。


 ハンスさんについては、父親やロイズさんの判断に任せたい。

 アイラさんは、正直オレからすると妹みたいな感じなので、ややこしい話には巻き込みたくはないと思う。


 この世界において、オレは異質な存在だ。そのことがいずれ両親の負担になるかもしれない。

 やはり、姿をくらませるべきだろうか? 負担になってしまうくらいなら、いっそ家出をして一人で生きていくのも悪くなさそうだ。


 幸いなことに、両親はまだ若く、新しく子供が二人も生まれたのだ。跡取りなどの問題もないだろう。

 オレ一人がいなくなっても困らないはずだ。


 五歳ね……一人でいきていくのは大変……でもないか?

 意識がある限り、怪我や病気をルーン魔術で治せるし、食料の確保もルーン魔術でなんとかなりそうだ。

 攻撃魔術こそ使えないものの、鑑定の魔術があれば食用になる植物が見つけられる。強化系の魔術で身体能力を上げれば、投石などで動物も狩れるだろう。

 動物の解体はやったことがないけど、なんとかなるよな、多分。


 うん……両親にすべてを告白したら、そのまま旅に出よう。

 もともと独り立ちしたら旅をする予定だったんだ。それが少し早まっただけ。

 

 子供が一人目立たずに静かに生きていくには、人の目がある都市や集落だと難しい気がする。

 身体が成長するまでは、誰にも会わないような未開の土地で隠棲していたほうがいいかもしれないな。


 いっそ、温泉がわいている場所を探してみるのはどうだろうか? 『秘湯を求めて〜異世界旅情一人旅〜』って感じで?


「ふふっ……」


 と思わずオレの口から笑い声が出た。


「…………なんだ、笑えるじゃん、私」


 自分自身の声がどこか空々しく聞こえた。





 しばらくすると、トレイを片手にシズネさんが戻ってきた。

 シズネさんが戻ってくるまでの間、オレは旅に出るための準備をあれこれ考えながら時間を潰していた。


「お待たせ」

「いえ、全然待っていません。ありがとうございます」


 オレは起き上がって、シズネさんからトレイを受け取り、それを自分の太ももの上に置く。

 トレイには、白く煮込まれた大麦の粥、皮をむいて食べやすい大きさに切られたリンゴ、澄んだ液体が入ったコップがのっている。


「いただきます」


 まずコップを手に取り、一口飲んでみる。水に柑橘系の果物の汁が混ぜてあったらしく、爽やかな酸味が口の中でほのかに広がった。

 もう一口飲む……オレの身体は、想像以上に水を欲していたようだ。そのままコップを傾けて、入っていた果実水を半分ほど一気に飲んだ。


 コップをトレイに戻して、スプーンを手に取る。

 粥をすくって口に運ぶ。

 すると舌がフェアリーカウのミルクの甘みを感じた。

 

 フェアリーカウというのは、普通の牛より小さい、成体でも大型犬くらい大きさの牛だ。そのミルクはとても甘みが強い。

 ミルクは、そのサイズに比例して、少量しか取れないため貴重で、飲料としてではなく、おもに砂糖やハチミツの代わりに料理やお菓子の甘味料として使われる。

 イメージとしては、サラリとした練乳れんにゅうが近いだろう。


「食べながらでいいから聞いとくれ。

 さっきも伝えたとおり、この後、簡単な診察をさせてもらう。

 それが終わり次第、バーレンシア男爵夫妻と、コーズレイト殿と会えるように伝えてきた。

 場所は、夫妻の寝室になる。バーレンシア夫人は元気だとはいえ、出産したばかりだからね」

「わかりました」


 そう一言だけ返答して、オレは逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと食事をみ締めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 次回いよいよ衝撃の告白か
[良い点] 魔術/魔術師の扱いがどうなっているのか分からないままで魔術を行使した事に対して色々考えていて、もし追い出されても恨みに思わないで一人で生きていく算段をつけている家族想いな主人公(。>﹏<。…
[良い点] これからどんどん楽しみです!
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