表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Losers:×××  作者: ビーナ
1/1

猛獣

 まるでライオンを想起させるような風体の男だった。大柄で程良く引き締まった体付きと、燃えるような赤い髪と無精髭を生やしている。赤黒い何かの花がデザインされたシャツをラフに着こなしている。

「そんなに警戒すんなよ。別に獲って食おうって訳じゃねえんだし」

 男は大欠伸をしつつ、ボリボリと髪を掻き上げた。『獲って食う』という、良く聞くような日本語だが、彼が言うと本当に喰い殺されてしまいそうな気がして、全身から血の気が引いた。

「……お前の外見が暴力団みたいで怯えているんだろうが。客人に会うんだから、もう少し身形に気を遣え」

 男の背後で壁に寄り掛かっている女が、冷めた口調で乱暴に言い放つ。こちらはショートカットの金髪と碧眼が印象的な美しい女性だった。男への態度や、こうして同室で控えていたところを見るに、恋人だろうか――

 それはともかく。

 現在青ざめている20代半ばの女性――青橋(あおはし)塔子(とうこ)は恐怖を抱く相手に対して、それでも勇気を振り絞って懇願する。



久城(くじょう)友好(ゆうこう)さん。どうか、私を助けてください」



「……………………ん?」

 男――久城友好は話を聞いていなかったらしく、背後の女の方を見る。

「聞いておけ、馬鹿」

 女が身近に置いてあった小説を久城に投げ付ける――スパーン、と今まで聞いたことがないくらい気持ちの良い音を奏でた。

 恋人、というよりも漫才師の、ボケとツッコミという関係の方がしっくり来る気がした。そして、猛獣に例えた男に、物を投げ付けたという事実に、青橋は目を剥いた。

 久城が猛獣なら、女の方は猛獣遣いか。

「わざわざお前を頼ってきたんだろうが、もう少し真面目に話を聞けよ」

「これでも接しやすいように、ラフな格好で控えていたんだぜ?」

「お前四六時中、年末年始に至るまで同じ格好しているだろう。……ちょっと待て、お前いつも同じ格好過ぎて意識してなかったが、着替えているんだろうな?」

「……………………ああ、まあな」

「分かった。寄るな、こっちを向いて喋り掛けるな――ていうか、死ね」

 辛辣な物言いと共に、投げる小説の厚みが徐々に増していく。このままいくと、百科事典並みの厚みの本を投げかねない。

「そこまで言われるのか――そこはせめて、風呂入れくらいで良いんじゃねえの?」

「それは必定にして、前提だ。風呂に入った上で死ね、溺死しろ」

「溺死させたいなら、物投げるな! 全く違う死因になるわ!」

 ポカーン、と顎が外れそうになるくらいに口を開け、青橋はまさに漫才のような2人のやり取りを眺めていた。すっかり話の輪から外れてしまい、青橋は部屋の端に直立していた。依頼人としてこの場にいるはずなのに――それなりの額の報酬を支払うつもりなのに、久城友好と、その相棒を務めている金髪碧眼の女――シャーロットの間には完全に独立した世界ができてしまっているようだった。

「あっ、あの……!」

 それでもこのままいつまでも時間を浪費する訳にはいかない。意を決して、青橋は会話に割り込む。

「あー……わりぃな。ついいつもの調子で駄弁っちまったよ」

「お前が話をしっかり聞かないからだ、阿呆」

 尚も罵倒を止めないシャーロットを無視して、改めて久城は青橋の方を向く。

「青橋塔子だったな――あんたが今回俺の元を訪ねてきたのは、誰からの紹介だ?」

 本題に入り――全身から放たれる圧力を全く抑えることなく、久城が青橋に訊ねる。眼力だけで心臓を止まりそうになる。

「……キョウカさんから、『何かあったらあなた達を頼れ』と」

 仲介人の名前を聞くなり、久城は露骨に舌打ちし、心底面倒臭そうに赤い髪を掻き毟った。

「――だぁ……、くそっ! あいつか――こんなことなら、あの時に助けとくんじゃなかったぞ」

「私は放っとけと言った。全部お前の後先省みない気紛れの賜物だ」

 自業自得だよ――突き放すようにシャーロットが言った。

「ワンチャンあいつの名前を語った別人の線はねえかな? おい、そのキョウカって奴どんな成りだった?」

「え、と……骸骨のマスクを被った――」

「確定じゃねえかよ!」

 ダンッ‼‼

 拳を叩き付けたテーブルにとんでもない勢いで亀裂が生じた――見たところ大理石製のようだが、素手で石製のテーブルを崩壊寸前まで追い込む、この男の膂力はどうなっているのだろうか?



「第一、あの変態の名前を騙るメリットが無いだろう。どんな大金を積まれたところで、重罰に匹敵する屈辱だぞ」

 シャーロットがげんなりした様子で呟く。

 自分をここまで導いた恩人の如き仲介人が散々な扱いだ。どんな職業なのか、詳しくは聞いていないがその業界ではそこそこ有名らしい。

「変態の下種女郎としてな。そいつ、美形なら男だろうと女だろうと関係無く食っちまう節操無しだぜ」

 あんた、確かに綺麗な顔してるもんな――まじまじと青橋の顔を見ながら、久城は嘆息する。褒められているはずなのに、会話の内容のせいか、全く嬉しくない。

「久城……」

「まあ、契約だしな……。頼れ、と言われてわざわざこんな所まで来ちまったんだし……」

 久城友好とシャーロット――恋人や漫才コンビといった平和的な間柄ではないが、その実それ以上に両者の距離は非常に近い。

『彼らを頼るのなら、その辺りを特に注意しておいて。久城はいい加減そうに見えて、依頼とか契約とかしっかり遵守してくれるから』

 彼らを紹介してくれたキョウカという女性は、注意事項としてそれだけを告げて去っていった。その意味をあまり深く考えることはなかった――助けを求める側として、それはあまりにも怠惰だった。



***



「私を襲った連中を×してください」

 青橋は端的に依頼の内容を告げた。表情を消し、感情を殺しているかのように振る舞っているが、隠して切れていない。死人のように光の消えた眼には憎悪の炎が滾っている。

「×してくれ、ってのは……まあ、穏やかじゃないな。まずは警察……弁護士を頼っておくべきでは?」

「それは……」

「おいおいおいおい……シャーロットよぉ――ちょっと無粋じゃねえのかよ。報酬を支払ってくれる依頼人がいて、それを解決できるだけの力がある俺がいる。警察に捕まえてもらうよりも、俺に×してもらう方がずっと気が晴れるんだろうさ」

 淡々と告げるシャーロットに威圧された青橋を弁護するように、久城が言った。ただし、その言い分には青橋を庇うというよりも『俺の楽しみを奪うな』というニュアンスが含まれているようだった。

「大体、こいつが頼ってきたのは俺だぜ、お前じゃない……ちったぁ、黙ってろよ」

 威圧感のあるシャーロットを、更に圧のある言葉で制する。いや、言葉だけではなく、全身から放たれるオーラのようなものが、彼女を鎮圧した。今まで冷ややかな表情を浮かべていたシャーロットも、流石に額から一筋の汗を流す。

「……私に危害を加えると、どうなるのか忘れてはいないだろうな?」

「あ? 脅しかよ。自分でもそんな情けねえセリフ吐いて、頭痛でもしてきてんじゃねえのか?」

「私の頭痛の種は主に貴様だ、億単位で死ね」

 互いに怒りを乗せた眼差しを交わし、挑発する。

「あっ、あの……!」

 睨み合う両者の間に青橋が制止するように立つ。心底怯えている様子だったが、これから起こるであろう強大な争いに比べれば、体が自然と動いてしまうのは道理だった。

 ここを紹介したキョウカによれば、久城友好とシャーロット――この2人がただの喧嘩をするだけで、周辺の建物が全て倒壊するのだとか。

「あ? 何だよ、俺はこのクソを屈服させるところなんだよ」

「依頼人を恫喝するな。そして、誰が貴様程度の小者に屈服するか」

「おっと、そのセリフは壮大な前振りとみたね! てめえが屈服した際に、もう一度その台詞を吐いてもらうからな!」

「……声を張り上げるな――やはり、貴様はこの場で殺しておくべきだな」

 バチィッ! とシャーロットの握った拳から、恐らく人体から発せられるはずのない異音が生じた。静電気を何千倍にも増大させたような青白い光――高圧の電撃が青橋の左隣から発生している。

「……青橋。あなたには申し訳無いが、その男はこの場で抹殺する。依頼の件は諦めるんだな」

「ハッ! 俺が殺される時は、お前がくたばってるって決まってるんだよ!」

 シャーロットの言葉を受け、煽るように久城も拳を握る。こちらはシャーロットと違い、明確に何かが起こっているのか理解できていない――が。

 まるで爆弾が目の前にあるかのような、恐怖、焦燥感に駆られる。爆発物そのものに対する恐怖心というよりも、いつ爆発するのかが分からないことに対しての恐怖心という方が適している。

 その実害がいつ自分に向けられるのか――やはり頼るべき相手を間違えたか、と一目散に部屋の入口へとグルッと体勢を変えようとした――



「あ、別にそんなに距離を取ろうとしなくて平気ッスよ」

 唐突に右腕を掴まれた。声の主は男で、そして当然ながら、青橋の腕を掴んでいるのも男だった。

「あれは日常茶飯事なので、最早当人達の間でも楽しんでいる節があるんスよ」

 飄々とした口調で、ヘラヘラと笑いながら――それ自体は特に気に障った訳ではない。

 問題は、男が自分の腕を掴んでいる。

 ただその一点のみだった。



「ヒィッ、いぃ……ああああああああああああああああああああぁぁぁあああああ……‼‼」



 青橋の悲鳴が室内に響き渡る。思わず久城とシャーロットの口論が中断される程の音量。

「何だ……?」

「お前、何したの?」

 シャーロットが怪訝な顔で問い詰めると、男は慌てた様子で青橋から手を離す。

「ちょ、ちょっと! 俺は何もしてないっスよ!? この人が逃げ出そうとしてたんで、ちょっと腕を掴んだけど……」

「残念だ、同僚から犯罪者が出てしまうとは」

「時々面会に行ってやるよ」

「あんた達、何でこんな時に限って息ピッタリなんスか! ああ、もう……青橋さん、大丈夫スか?」

「あ、あぁ……!」

 両手で顔を覆いその場に蹲る青橋に、心配そうに近付こうとする男をシャーロットのスラリとした長い脚が遮る。

「馬鹿。この状況であなたが原因であることくらい容易に想像できるだろうが」

「……え? 俺ですか?」

「いやぁ、そうだろうよ、今のは。俺だって分かるぜ?」

「だって、俺何もしてないっスもん! っていうか、大丈夫ですか? 俺、何かしちゃいました?」

「あ、ああああ……! 嫌、嫌嫌嫌嫌‼」

 ジタバタと無我夢中で暴れ出す青橋。それを呆然と眺めている男を、久城が強引に引き離す。

「え!? ちょっ、ちょっと――」

「お前、ちょっとお使いに行ってこい。あれだ、今日新発売の酒があったろ。それ買って来い」

「え――ちょっと何スかそれ! せめて、商品名! ヒントを! ビールか、チューハイかだけでも――」

 まるで子猫でも追い出すかのように、襟を掴まれた男は部屋から追い出される。成人男性の平均身長を軽く超えた長身が軽々と投げ出された。シャーロットも開放された部屋の入口から顔を覗かせ、珍妙な格好で壁にもたれ掛かっている長身の男――鷲宮(わしみや)希逸(きいち)に注文する。

「希逸、お前はちょっと席外せ。それから私はスピリタスで」

「世界一度数の高い酒じゃないっスか! どこで売ってんスか、それ!」

「じゃあ、俺は100パーの奴で」

「それは完全なアルコールじゃないっスか! どこで……って薬局に売ってる消毒液で良いっスか?」

「残念、あれは60パーセント程度だから、私の所望するスピリタスよりも度数では劣る」

「テメエは俺にこいつよりも弱い酒を買ってくるってか?」

 どうやら消毒液はアルコール飲料ではない、というツッコミは来ないらしい。そもそも久城なら消毒液ですら飲料として許容範囲内なのかもしれないが――

 渋々、お遣いに赴く鷲宮の背中が遠くなっていくのを確認して、改めてシャーロットは地面に蹲る青橋に声を掛ける。一応、今の馬鹿げたやり取りは彼女の心を落ち着けるためのものでもあったのだが(流石のシャーロットでも今からスピリタスを飲み干すつもりはない)、どうやら期待していた程に効果は望めなかったようだ。

「あいつには席を外してもらったから。じゃあ、ゆっくり、息を吸って、吐いて……」

 青橋は小刻みに震えてはいるものの、言われるがままに深呼吸を繰り返す。その内、体の震えも治まり、立ち上がる。

「……すみません、取り乱しまして……もう大丈夫です。先程の、彼にも申し訳無いことをしました……」

「気にしなくて良い。あれは結構図太い神経しているから――それで、あなたを襲った連中……ここでいう『襲った』っていうのは、()()()()()()って解釈で良いか?」

 シャーロットが訊ねると、青橋は暗い表情のまま小さく頷いた。本人としては微塵も思い出したくはないのだろうが、ここで状況の把握に差異があってはいけない。

 小さな認識の誤差が、後々重大な分岐点へと発展することは多々存在する。

「了解した……。辛いことを思い出させて申し訳無い」

 シャーロットは謝罪の言葉と共に、深く頭を下げる。久城は居心地の悪そうな表情のまま、雑煮頭髪を掻き毟りつつ、シャーロットから視線を逸らす。

「……だがな、『×せ』っていうのは不味いんじゃねえかな?」

「そ、それは……でも、さっきは依頼を受けたのは自分だって……!」

 さっきまでの口論の内容や、好戦的な久城の言動からすっかり依頼を受けてもらえると思い込んでいた青橋は動揺を隠せない。

 だが、そうだ。キョウカという女性は、『久城が依頼や契約は守る』とは言ったが、()()()()()()()()()()とは言わなかった。

「ああ、大抵の依頼は受ける。だが、建前やら便宜上ってもんがあるだろうがよ――堂々と×人依頼を受けたりはしねえ。生憎と、俺はそういう仕事を主軸にしてねえし。隣にいるこのクソ女は俺がそういうことをしねえように見張っている訳だ」

「そういうことだ――だが、それ以前にコイツが『×し』を請け負うなんて、誰から聞いた?」

 シャーロットが心底面倒臭そうに溜め息を吐きながら訊ねる。

「……ぁ、そんなの……関係無いじゃないですか……!」

「そうでもないだろう。こっちは×人の依頼を受けてもらえる、なんて風評被害を受けているんだから――どこから情報が拡散されているのか、知ろうとするのがそんなにおかしいか?」

 しどろもどろになる青橋に詰め寄るシャーロット。その理屈に言えば、風評被害を受けるのは久城の方なのだが――当の本人はそのことに対しては無頓着に等しい。実を言えば、先程の言葉通り、×人の依頼を堂々と受けた事実が公に知られれば後々面倒になるため、ハッキリと頷かなかったというだけの話なのだ。

「……そう、同じなのね」

 やがて、陰惨な笑みを浮かべたシャーロットが胸ポケットから煙草を取り出し、咥える。火の点いた煙草の先端は久城に向けられる。青橋は何も言わなかったが、彼女に全て見透かされてしまったのだと悟り、項垂れた。

「久城。依頼や契約を遵守するのはお前の唯一……たった一点だけの長所だが」

「言う必要あるか? 言い直す必要性も全く感じられなかったんだが」

 それから煙を俺に向けるな――不快そうに煙を払いながら、久城は口を尖らせる。

「……久城、彼女にお前を紹介したのはキョウカで、お前が×人を請け負うと唆したのもあいつだ」

 無論、目的は分からないが――サディスティックな笑みを浮かべてシャーロットが続ける。その表情は事情を分かっていない奴が浮かべるようなものじゃない、と久城は顔を顰める。

(……このドS女、現状を愉しんでやがるな。それから――)

「あの骸骨マスク、マジでロクなことしねえな……」

 げんなりした様子で久城が項垂れる。それに構わず、シャーロットは青橋に聞かれないように、項垂れる久城に囁く。

「あの女が何を狙ってそんなことをしたのかは知れないが、彼女の依頼は本心からだ。他意は無い」

「あ? そんなことまで分かんのか……あー、分かんだろうなぁ、お前には……」

「そうだ。お前が私の言葉を疑う必要は無い。一から説明するつもりは無いが、私の考察はそのまま真相だと思え」

 囁き声であるにも拘らず、尊大な態度、揺るぎない自信により、声のボリュームと関係無く、直接脳に響き渡る――久城はそんなシャーロットの言動を嫌っているが、事実として彼女の今の言葉に嘘偽りはない。



***



 シャーロット・サイ・ベックマン。

 彼女の推理――本人曰く『考察』は、久城の理解の及ばない次元の観察眼、潤沢な知識、異常なまでの速度で組み立てられる粗筋から成り立っている。今回は説明を省かれたが、偶に懇切丁寧に全て説明してくれる時もある。そんな時は決まって久城の理解が追い付くので、彼女なりに久城が真相を理解できるか否かを判断しているのだろう。

(……まあ、つまり今回は俺が理解できない、と判断された訳なんだな。ははは、×したくなる)

「×したくなるな」

「本音が口から洩れている。口にガムテープを貼ってやろうか、バッテンマークにして」

「あ、あの……それで、依頼の方は……?」

 おずおずとした様子で青橋が話に割り込む。依頼を受けてもらえるかどうかが曖昧な状態で、これ以上待たされるのは耐えられないのだろう。

「あー……で? 結局、どうすんのが正解なんだよ、名探偵様」

 皮肉を込めて訊ねると、シャーロットはそれには答えず、再び青橋に対して質問を重ねる。

「どんな結末になろうと、後悔はしない? 途中で依頼を取り下げても別に構わないのだけれど」

 依頼人が存在して、それに従って動く以上、青橋が『止める』と一言口にすれば、それで終わる。シャーロットと久城に、彼女の退路を断つ権限は無い。

「それでも……」

 青橋は答える。



「……お願いします。あいつらを×してください」



 青橋からの返答は早かった。自身の尊厳を踏み躙った相手への憎悪は根深く、一般的な倫理観や損得勘定は彼女には通用しなかった。血涙を流さんばかりの殺意を宿した両目は、先程までのおどおどとした女性と同一とは思えないくらいだ。

「……受けよう、その依頼」

 シャーロットはそう答えてから、青橋を早々に帰らせた。

「大丈夫なのか、お前の立場であんなことして。×人の依頼とか、お前の役職以前に犯罪だろうが」

 呆れた様子で久城が訊ねる。シャーロットが何の考えも無しに、ましてや、()()なんかで依頼を請け負った訳ではないだろう。それは分かっているが、同時に彼女がどうしようもないお人好しであることも知っている。口の悪さのせいでその辺りが誤解されやすいが――

「依頼を実行するのはお前だ。依頼を受けたのもお前」

「あ? いや、受けたのはテメエだろ、シャーロット。何言ってんだ?」

「私はお前が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、代わりに『受ける』と言っただけだ」

 気が利くだろう――優れた頭脳を持ち、善良さが根底にはあるシャーロットだが、口が悪いだけではなく、優れた頭脳を悪用することにも長けた、イイ性格の持ち主である。

 特に今は悪魔のような頬笑みを浮かべている。

「いや、テメエの罪状一切変わんねえからな」

 俺の心配返せよ――久城は天を仰ぎながら、近くに置いてあった酒の空き缶を投げ付ける。プロのピッチャーが全力で投げたのかと思うような豪速で飛ぶ空き缶をシャーロットは軽々と避ける。避けた先にはたった今お遣いから戻った鷲宮の顔があり、吹き飛んだ彼の手からすっぽ抜けた強い酒が凄まじい音を立てて室内に散乱したのだった。



 こうして両者の喧嘩が激化するのが、彼らにとっての日常なのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ