出撃準備
この小説は開戦まで結構引っ張ります。
予定では……
午前11時
大日本帝國帝都東京市ヶ谷軍務省
海軍軍令部会議室
ここにBIGMOTHERとノヴァ、星野TTZS長官・安田連合艦隊司令長官そして、安田鈴木商店会長も集まった。
「何故、鈴木商店の会長が?」
ノヴァはカナに寄り添いながら質問した。
「鈴木商店は1970年の日ソ国交正常化後、続々と枢軸国側に進出したわ。表向きは市場拡大が大義名分だったけど、本質は潜入した諜報員の支援なの。私もお世話になったわ。」
「流石はBIGMOTHER、その通りよ。」
カナの言葉に安田会長は称賛した。
「鈴木商店とその傘下の進出企業は諜報員に資金と情報を提供する事になったわ。それはTTZSの活動を底辺から支える重要な意義を持つの。」
「鈴木商店と言う存在には助けられています。」
星野TTZS長官は礼を述べた。
「これだけの支援が得られるのですから、今回の『潜入』は成功するでしょう。」
「潜入?」
カナの言葉に安田連合艦隊司令長官は首を傾げた。
「敵は諜報員を捕まえた時点で、我が国は見捨てたものと考えています。しかしそれは今迄の考えです。今回は入手した情報の重要性から救出部隊を派遣してくると考え、諜報員を拷問した後に処刑するでしょう。まあ捕まった時点で諜報員は処刑を覚悟しますが。今回潜入に成功しても奥菜恵諜報員が生きている可能性は、5割と言って良いでしょう。」
カナは冷静な表情で言い切った。その後をノヴァが引き継いだ。
「私もカナの考えに賛成します。今回は死亡している事も前提に、救出作戦を行わなければなりません。そうなれば私達がその情報を入手します。」
「……確かにそうね。最悪は貴女達に情報を入手してもらうわ。その支援は現地の傘下企業に任せてちょうだい。」
安田会長は意を決したかのように言い切った。全員が奥菜恵諜報員の死亡も前提に作戦を開始する事を決めた瞬間であった。
「それでは作戦の骨子を決めましょう。」
星野TTZS長官の言葉で、作戦の骨子についての話し合いが始まった。
午前3時
ソビエト連邦首都モスクワ警視庁4階食堂
「警部!!」
部下の声に警部は振り向いた。ちょうどボルシチを飲もうとしていた所であった。現にスプーンは口の前で止まっていた。
「お食事中でしたか。」
「……」
警部は黙って頷いた。
「しかしこんな時間に良く食べれますね。」
「まあね。」
「フォルシュマークですか……」
部下は警部の隣に座りながら皿を覗き込んだ。
「フォルシュマークはこの皿にしか盛り付けてないからね。」
「それに私の大好物です。」
「それじゃ今度奢るわね。…本題は?」
警部はスプーンを置くと、部下に尋ねた。
「被害者の身元が分かりました。」
「分かったの!?」
警部は驚いた。あの惨殺全裸死体から身元を判明するのは無理に思えたからである。
「正確には私達が調べた結果ではありません。」
「どう言う事?」
「遥か雲の上からの情報提供です。」
「雲の上!?まさか国家保安委員会?」
「違います。」
部下は首を横に振った。ソ連警察は国家保安委員会の管轄である。
「スタフカです。」
「スタフカ!?」
警部は絶句した。雲の上も雲の上、遥か雲の上である。一生関わる事の無い所からの情報提供だ。
「何故スタフカから?」
「どうやら私達には関係の無い問題が発生しているようです。」
「関係の無い問題?」
「そうです。警部はシベリア鉄道でのトヨタ自動車社長暗殺事件の事を。」
「……」
警部は腕を組むと考えた。
「あぁ、思い出したわ。この事件の事ばかり考えていたから忘れてたわ。」
「その犯人がGRUの第一課長とスペツナズの第4部隊で、あの死体はその1人です。」
「で、何故その情報がスタフカから?」
「スタフカ、プーチン女帝陛下は外交関係を考慮し、犯人の粛正を決定したようです。」
「成る程ね。私達には手の出しようが無いわ。」
警部はそう言うと、ボルシチを口に運んだ。
「……貴女も何か食べれば。」
「分かりました。」
部下はそう言うと券売機へと向かった。
「雲の上には逆らえないわね。」
警部はそう言うと溜め息を吐いた。
午前3時30分
地中海キプロス島
キプロス島は地中海に君臨する海上要塞として、西側諸国に睨みを利かしていた。
『キプロス島は第一次世界大戦の結果、大日本帝國領となった。オスマン帝國との講和条約であるセーヴル条約に、キプロス島の割譲が明記されている。大日本帝國がキプロス島の割譲を求めたのには2つの理由があった。1つ目は賠償金を請求すれば戦後復興に時間が掛かる為である。ドイツ帝國への対応とは正反対だ。ドイツへは多額の賠償金を大日本帝國は請求した。Uボートによる輸送船撃沈が、主な原因だと思われる。そして2つ目が大日本帝國の世界戦略であった。大日本帝國海軍連合艦隊はそもそも、朝廷水軍鉄鋼艦隊の伝統を引き継ぐ。それ以後、世界最強の海軍として君臨していた。そのような中で大日本帝國の真裏で、大規模な戦争が勃発してしまった。此れにより大日本帝國は世界的な紛争・戦争に対する抑止力として、睨みを利かせる必要性が有ると結論付けた。今後も戦争勃発の危険性が有る、欧州地方への対策として大規模な基地の設置を考えた。其処で候補に上がったのがキプロス島であった。キプロス島はオスマン帝國でも[忘れ去られた土地]として有名で、賠償金の代わりに割譲するなら寧ろ有難い要請であり、オスマン帝國はキプロス島割譲の条約に調印した。この条約調印により大日本帝國は、キプロス島への資本投下を大規模に行った。第一次世界大戦終結により世界的に戦後復興に重点が置かれたが、大日本帝國及び大東亜共栄圏・中華帝國は逆に武器生産輸出により儲かっていた。そんな状況でキプロス島への資本投下が行われた訳である。その金額は凄まじく、キプロス島はその根底から発展した。確かに島の8割が軍用施設(軍港や滑走路、1938年に海軍は鎮守府を設置)となったが、キプロス島は大日本帝國領になった事で経済的に大きく発展したのである。』
滝口峰子著
『キプロス島発展の歴史〜領有化編〜』より抜粋
『キプロス島の地名は全て割譲前のままであり、日本語に直すような事はしなかった。此れはキプロス島の独自性を尊重したものである。これはマーシャル諸島やマリアナ諸島も同様の措置を行っている。行政も独自性を尊重されており、キプロス島には極西庁、マーシャル諸島は南洋庁、マリアナ諸島は近南洋庁が行っている。』
滝口峰子著
『キプロス島発展の歴史〜政治編〜』
キプロス島レメソス鎮守府2階長官室
「エジプト軍の動きは現在も停滞しております。一連の侵攻作戦は、イスラエル軍と陸軍の働きで封じ込められたようです。」
新谷暁美参議官は空軍の紫電無人偵察機の映像を流しながら説明を始めた。まだ心神戦術偵察機を出す段階では無い。
「大鳳空母打撃群はそのままトラック鎮守府へ向かったのね?」
「はい。九尾狐を搭載したまま向かっています。」
「まさかツァーリボンバーが流出するとはね。」
関根麻依子長官は煙草に火を点けると、大きく吸い込んだ。
「止めようと思うんだけどね、止められないの。」
「分かります。」
「私みたいな煙草を指に挟んで生まれてきたような人間は、内地には戻れないわね。」
関根長官はそう言うと紫煙を燻らせた。
大日本帝國本土では公共機関での禁煙を決定し、朝鮮半島・台湾・樺太でも順次禁煙措置が決定された。南洋庁・近南洋庁・極西庁は未だにそのような措置は行っていないが、極西庁以外は禁煙措置へ動き出していた。
「長官は重喫煙者ですからね。禁煙措置は厳しいでしょう。」
「えぇ。先月本土の会議に出席した時も依田軍令部総長が煙草を吸わないから、会議室で煙草が吸えなかったからね。」
「最近じゃ禁煙する人が多いですからね。」
「貴女も煙草止めたじゃない。裏切り者。」
関根長官は目を細めながら言った。
「長官の意志が弱いんじゃないですか?」
「……そうね。」
「そうですよ。」
新谷参議官は笑いながら言った。
「まあ良いわ。続きを話して。」
関根長官は煙草を灰皿に押さえ付けながら尋ねた。僅か1時間で灰皿は山のようになっていた。
「それでは……鎮守府所属の大鳳空母打撃群がツァーリボンバー確保の為帰って来れない以上、エジプトが再度侵攻した場合は富嶽と原潜で対処しなければなりません。」
「エジプトが再度侵攻する可能性は?」
「今のところ戦力再編を行っており、現時点では再度侵攻する可能性は有りません。しかし1週間後2週間後は分かりません。」
「次に侵攻するとなればイスラエルを確実に占領出来る勢いで軍を進めるでしょう。海軍も次こそは本気で、アカバ湾封鎖を行うかもしれません。」
「アカバ湾封鎖……」
関根長官はそう言うと立ち上がり、窓の前に向かった。
「暁美ちゃん。」
「はい。」
関根長官に呼ばれ新谷参議官は返事をした。関根長官は未だに窓の前から外の風景を見つめていた。
「レメソス鎮守府は海軍の鎮守府の中で一番序列が低いわ。それは仕方ない。……けど、私はこのレメソス鎮守府長官の職を誇りに思っているわ。」
「……」
「本土ではレメソス鎮守府を『左遷者達の溜まり場』と言ってるみたいだけど、私は断じて左遷されたとは思っていない。そしてレメソス鎮守府は地中海を中心に西側諸国へ睨みを利かせる重要な役目を持っている。見てなさい暁美ちゃん、私は本土の女豹を打ち倒して見せるわ。この戦争で活躍してね。」
「はい。」
新谷参議官は一筋の涙を流しながら返事をした。
後に関根麻依子長官は連合艦隊司令長官を経て軍令部総長にまで上り詰め、新谷暁美参議官は連合艦隊参謀長・軍令部次長として関根長官を支えた。更には関根長官は禁煙にも成功したのである。