早朝の睨み合い
午前4時
国境道周辺の戦場には鉄の雨が降り注いでいた。
援軍として駆け付けたイスラエル陸軍の4個師団は全滅した、第13戦車大隊の仇を討つべく奮戦していた。彼女達4個師団は陸空の相互支援を行い、効果的な打撃を与えていた。第13戦車大隊の前例があるように、一部部隊が前進し過ぎる事無く、付かず離れずの距離を図っていた。第13戦車大隊は先遣隊と言う事もあり、メルカバMk4しか配備されていなかった。それにも関わらず、アメリカのPMCであるブラックウォーターに待ち伏せを食らい、全滅したのであった。そこで後続の本隊は、大日本帝國陸軍からのライセンス生産車輌をフル活用した。45式250ミリ自走砲と330ミリ自走多連装ロケット発射機は、その破壊力をエジプト軍とブラックウォーターに見せ付けるのであった。特に330ミリ自走多連装ロケット発射機は1991年の湾岸戦争で、イラク軍を恐怖のドン底に陥れた。炸裂弾仕様は1発あたり、729発の子爆弾を内臓しており『神風』と恐れられた。イラク軍は当初、炸裂弾を馬鹿にしていた。『戦車に炸裂弾を当てても弾き返せる。』そう思っていたのである。しかし実戦ではそれがものの見事に打ち破られた。イラク軍の主力戦車T−72は330ミリ自走多連装ロケット発射機に敗れたのであった。1発あたり729発の子爆弾を内臓する炸裂弾は、T−72の砲塔と車体の隙間に突入して爆発。1台あたり13122発の子爆弾の雨である。それが20輌も30輌が一斉に攻撃する為、20輌としても262440発にもなる。これでは避けるのは無理である。T−72は為す術もなく壊滅した。これをイラク軍は『神風』と呼び、恐れられたのであった。
イスラエル陸軍はその湾岸戦争での戦いを再現したのであった。330ミリ自走多連装ロケット発射機の神風を起こし、45式250ミリ自走砲で追い討ちを掛けた。そこへメルカバMk4と七九式戦車(大日本帝國陸軍では退役したが、イスラエル陸軍はライセンス生産を続けている。)が追撃を開始した。
「曹長!!」
サラ曹長が振り向くと、アーシア上等兵が駆け寄って来た。
「どうしたの?」
「良いニュースと悪いニュースがあります。」
「良いニュースから聞かせて。」
サラ曹長は水筒の水を飲みながら答えた。
「援軍の4個師団がエジプト軍を国境から叩きだしました。」
「なるほど。それで少し静かになったのね。悪いニュースは?」
「アメリカ正規軍と思われていた相手は、PMC兵でした。ブラックウォーターと呼ばれる、アメリカ連邦最大の民間軍事会社です。」
「……正規軍以上にややこしい相手ね。」
サラ曹長は小さく呟いた。
午後0時
大日本帝國帝都東京首相官邸地下1階危機管理室
既に中東での問題発生から3時間が経過していた。2時間前にはエジプトへのZKS(全地球観測装置・この世界のGPSです)情報の送信停止を決定し、直ぐ様実行した。送信停止は空軍統合本部衛星情報課へ命令すれば直ぐに行える。これによりエジプト軍は正確な地形情報が得られず、作戦進行に影響を及ぼすと思われる。
「現在、戦闘は一時終結しています。」
杉原真奈美軍務大臣が大型液晶モニターを背中に、説明を行っていた。
「イスラエル陸軍は援軍として派遣した4個師団と、空軍を効果的に運用してエジプト軍・ブラックウォーターを国境から叩きだしました。国境道を挟んで、お互いに対峙しております。」
「重偵察大隊はどこまで進んだの?」
綾崎若菜総理が質問した。
「現在国境道付近に設置された、イスラエル陸軍の野戦本部に到着しました。その後イスラエル陸軍から、国境紛争勃発の経緯について説明を受けます。」
杉原軍務大臣はそう言うと、席に着いた。
「情報収集は何においても大事となります。重偵察大隊の情報は重大でしょう。」
綾崎総理の言葉に、閣僚達は一様に頷くのであった。
午前4時30分
国境道イスラエル側イスラエル陸軍野戦本部
1人の女性が10式装甲車から降り立った。
「中佐、イスラエル陸軍野戦本部です。」
中佐と呼ばれた女性、篠崎曜子中佐は黙って頷いた。そして野戦本部に歩みを進めた。その上空をヘリコプターが通り過ぎ、10式装甲車の隣に着陸した。
「燃料を補給しときなさい。何時でも出撃出来るようにね。」
「解りました。」
部下は敬礼をすると、着陸した『雷光戦闘ヘリコプター』に走っていった。
雷光戦闘ヘリコプター。ソ連軍・西側連合軍の機甲部隊に大日本帝國軍・東側連合軍は数的に劣勢だった。それを覆す為、空からの強力な攻撃を加えるべく開発され1976年に採用されたのが、雷光゛攻撃゛ヘリコプターであった。最強の攻撃ヘリコプターとして生産された雷光だが、1985年大英帝国から1つの提案によって運命が変わった。大英帝国は雷光攻撃ヘリコプターにC4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)能力を大幅に増大させ、ありとあらゆる戦闘・任務をこなせる、作戦支援ヘリコプターに進化させませんか?と言う、提案であった。これに早速陸軍が飛び付いた。攻撃のみならず偵察・監視もこなせるのであれば、観測ヘリコプターを開発する必要も無い。大英帝国の提案は採用され、1987年に生産されたのが雷光戦闘ヘリコプターであった。その戦闘ヘリコプターとしての威力を、今回の紛争で見せ付けられそうだ。
「可愛いわね。」
篠崎中佐はそう呟き微笑むと、野戦本部に入っていった。
ソ連首都モスクワ
某ホテル
ホテルには警察が駆け付け、早朝にも関わらず騒然とした雰囲気となっていた。
703号室
「ご覧下さい。酷いもんです。」
部下が室内に入って来た警部に説明した。警部は顔をしかめつつも、死体に目を向けた。
「……酷いわね。」
「はい。」
ベッドの上に、全裸の死体が横たわっていた。乳房は両方とも切り取られ、両腕も切り取られていた。極めつけは、腹も切り裂かれ内臓が露出していた。そして……
「ねえ、もしかして心臓を取られてる?」
「はい。それからこちらへ。」
部下は警部をキッチンへ案内した。
「ご覧下さい。」
部下が指差す机にはナイフとフォーク、皿とワイングラスが置かれていた。皿には骨が置いてあり赤いものが付いていた。
「もしかしてこれって……」
警部はそう言いながら骨を持った。明らかに人間の腕である。
「そうです。それは被害者の腕です。犯人は被害者を殺害後、腕と乳房を切断。腹も切り裂き心臓を取出し、その全てを食べたと思われます。」
「………」
部下の言葉に、警部は目眩を感じた。
イスラエル陸軍野戦本部
「わざわざおいでいただき、ありがとうございます。」
「!?頭を上げて下さいよレイニー中将殿。」
篠崎中佐は慌てた。相手はイスラエル陸軍第2歩兵師団の師団長である。それが大日本帝國陸軍とは言え、1個大隊の大隊長に向かって頭を下げたのである。慌てないのは相当のお山の大将だろう。
「まだ帝國政府は介入するとも決めていません。ご協力出来るか分かりませんよ?」
「いえいえ、大日本帝國陸軍がいるだけで意味があります。貴女達は存在が抑止力なのですよ。」
「しかし今回は、その抑止力がどうやら効かなかったようですね?」
「それです。そこが不思議なんですよ。」
レイニー中将はそう言うと、腕を組んで考え込んだ。
「エジプトがブラックウォーターと手を組んでいたのも気になりますね。」
「そうなんですよ。」
レイニー中将は椅子を指差しながら答えた。篠崎中佐は礼を言いながら椅子に座った。
「ブラックウォーターがエジプト軍を支援しているとなると、敵の兵力は大した数となるでしょうね。」
「はい。M1A2ジュリアンは強敵ですからね。」「ところで貴女の大隊はどれくらいの規模なの?」
「1個装甲車中隊・1個歩兵中隊・2個ヘリコプター中隊です。装甲車中隊は10式装甲車、ヘリコプター中隊は雷光戦闘ヘリコプターと春嵐輸送ヘリコプターです。」
「大した規模ですね。しかし装甲車中隊ですか?」
「えぇ。35ミリガトリングガンと対戦車ミサイル発射機を装備し、小型高性能電子機器を満載しております。偵察能力は格段に向上しました。」
「なるほど。それは立派な装甲車ですね。何時か我が国でも欲しいです。」
「帝國政府も最新のライセンス生産許可を今回の紛争を切っ掛けに、帝國議会に提案するかもしれません。」
「そうなればありがたいのですが。」
「はい。それはそうとしまして、中将殿。」
ここまで言って、篠崎中佐は本題を切り出した。なお、2人は日本語で会話をしている。
「今回の国境紛争勃発はどっちが原因なのでしょうか?」
「……これが本題でしたね。」
「はい。そうです。」
「分かりました、説明しましょう。」
レイニー中将はそう言うと席を立ち、隣の部屋へ向かった。
少ししてレイニー中将は、サラ曹長とアーシア上等兵を連れて戻ってきた。
「彼女が国境警備部隊分隊長のサラエイプリル曹長で、こちらが隊員のアーシアネイル上等兵です。2人は紛争勃発の目撃者と言って良いでしょう。」
「それでは2人にお聞きします。この証言は本国へ送られ、国連安保理で重要な証拠になります。真実だけを話して下さい。」
篠崎中佐の言葉に2人は頷いた。
「それではお話致します。」
サラ曹長は説明を始めた。