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第1部 火花散る

2000年2月18日午前0時30分


イスラエル・エジプト国境線

イスラエル・ネゲヴ州


両国国境線には、1本の道が整備されていた。これが今のところ両国の国境線を示していた。イスラエルは中東戦争終結の度に、明確な国境線『城壁』を建設しようと考えた。しかしそれは大日本帝國の反対と、軍事戦略上の無意味により見送られていた。





陸軍国境警備部隊分隊長サラエイプリル曹長は、暗視ゴーグルを外して、腕時計に目を向けた。時刻は午前0時30分を示していた。


「監視棟で休憩にするわよ。」


サラ曹長の言葉に、分隊員達の顔に笑顔が浮かぶ。彼女達にとって1時間の休憩は、シャワーを浴びる事が出来る至福の時だ。その休憩も300メートル先にある監視棟で出来る。緊張は目に見えて揺るいでいた。しかし、1人の部下の声で分隊に緊張が走った。


「曹長!!民間人が向かって来ます!!」


サラ曹長は暗視ゴーグルを装着した。確かに民間人がこちらに向かってくる。暗視ゴーグルは星明かり又は月明かりのような僅かな光を、電気的に何万倍にも増幅させるものだ。しかし僅かな光もない真っ暗な地下室等では使用不可能である。大日本帝國はこれを採用せず、熱源暗視装置を採用している。この熱源暗視装置は敵の体温を映像で捉える方式だ。これなら闇夜ならず敵が、カモフラージュしていても見える画期的装置である。サングラス程に小型化され高性能であるが、非常に高価である。今のところ世界で大日本帝國軍しか採用していない。イスラエルも採用したいが如何せん、高価過ぎて手が出ない。熱源暗視装置1個で暗視ゴーグル5個分の値段だから当然だろう。これでも量産効果で値段は下がった方である。




「後方にエジプト軍です!!」


再び部下の声がして、エジプトの国境側にサラ曹長は目を向けた。確かにあちらも分隊規模で民間人を見つめていた。小銃を持ってはいたが、構えもせずに見ているだけである。


「多分、亡命者でしょう。保護してあげなさい。」


サラ曹長の言葉に部下達は警戒を緩める。数人は小銃を肩に下げた。


「助けて下さい!!」


民間人が叫びながら近寄って来た。


「大丈夫ですか?」


部下の1人が駆け寄り、肩を抱えた。


「大丈夫です。」


民間人はそう言いながら、自分の腰に手をやった。サラ曹長は直感的に危機を悟った。


「逃げなさい!!」

「えっ!?」


部下は驚きの声をあげた。


パーン!!


銃声がし、部下は太股を押さえながら倒れた。亡命者と思われた民間人は、ワルサーPPKを構えていた。


「貴女は……」


パーン!!


再び銃声がし、民間人の頭が吹き飛んだ。サラ曹長が振り向くと、部下がデザートイーグルを構えていた。


「良い判断だったわ。」

「ありがとう……」


部下は礼を述べる前に、頭を撃ち抜かれた。


「罠だったのね!!」

「曹長!!」

「引くわよ!!塹壕まで走りなさい!!」


サラ曹長はそう怒鳴ると、太股を撃ち抜かれた部下を抱き抱えた。その背後からエジプト軍が、道を越えて進撃して来ていた。










首都エルサレム・軍事特別区


ここにはイスラエル陸軍司令部・大日本帝國陸軍第8方面軍総司令部・大英帝国陸軍第4軍団司令部・日英異連合軍司令部が設置されている。大日本帝國陸軍第8方面軍はイスラエル陸軍総兵力の30%に達する規模を誇っている。大英帝国陸軍も言うに及ばず、かつての支配者としての気質が抜け切れず、その規模を誇っている。当のイスラエルは軍事的には独立して国防を行いたいが、大日本帝國の強大な破壊力と大英帝国の伝統に押され、連合軍司令部を設置するに至っている。この連合軍司令部は、当事国のイスラエルは部外者同然に扱われ、大日本帝國と大英帝国がその指揮を行っている。第三次中東戦争の終結から16年後、1995年にイスラエルは平時における指揮権を奪還したが、未だに戦時における指揮は大日本帝國と大英帝国が持っている。現在連合軍総司令官は、大日本帝國陸軍第8方面軍司令長官の早坂尚美中将、副司令官は大英帝国陸軍第4軍団のイザベルモンロー中将である。


日英異連合軍司令部情報集中室には陸軍参謀本部戦略情報収集局から派遣された情報分隊が情報収集にあたっていた。その情報集中室では当直の少尉を含めて10人がコンピューターと睨めっこをしていた。その中の1人がコンピューターを見ていたが、顔色が見る間に変化した。


「少尉!!これをご覧下さい!!」

「何よ?」


少尉は飲みかけのコーヒーを机に置くと部下の言ったコンピューターを見た。



「無線電波の発信数が急増しています。」

「どの辺り?」

「国境道を中心に国境全域です。」

「ヤバイ事になったわ。」


少尉はそう言うと、机の上の電話を取った。


「緊急事態です。」






5分後


彼女達の上官である少佐が睡眠を切り上げて、情報集中室に入って来た。


「状況は?」

「国境道を中心に国境全域にて無線電波の発信数が急増しています。」

「考えられる事態は?」

「国境紛争です。」


少尉はそう言うと少佐に1枚の紙を渡した。


[イスラエル軍が民間人を虐殺!!侵攻を開始する!!]


「総司令官は?」

「昨日、本国の市ヶ谷(軍務省)に緊急会議の為帰国しました。」

「となると先任は、イザベル将軍ね。」

「はい。」

「今すぐお呼びして。」

「了解いたしました。呼んで来て。」


少尉は部下にそう命じた。その部下は情報集中室を飛び出していった。


「市ヶ谷には連絡したの?」

「まだです。」

「したほうが良いわよ。国境紛争なら大変な事になるわ。」










イザベル将軍邸


連合軍司令部から車で30分の所に、イザベル将軍邸は位置する。本国から建築家・設計士を呼び付けて建築させ、イスラエル唯一の英国風建造物として君臨していた。



イザベル将軍は2階のベッドルームで寝ていた。本国勤務時代からの愛人ユリアもイザベル将軍に抱きつきながら寝ていた。


ピンポーン


玄関からチャイムの音がして、まずユリアが目を覚ました。


「ねぇ、誰か来たみたいよ。」

ユリアはイザベル将軍の胸を揉みながら起こした。


「なに?」

「誰か来たみたい。」

「いま何時?」

「0120時。」


イザベル将軍はベッドから飛び起きた。こんな真夜中に誰か来るとすれば、部下しか有り得ない。緊急事態が発生したのだ。


「見てくるわ。」

「は〜い。」


イザベル将軍は全裸のまま1階へと降りた。







イザベル将軍が扉を開けると、大日本帝國陸軍の軍曹が立っていた。



「閣下……」

「なに?」


イザベル将軍は腰に手をあてながら答えた。


「全裸は……」

「ちょっと!!」

イザベル将軍が振り向くと、ユリアがバスローブを片手に小走りで駆け寄ってきた。


「モンローの裸体を見れるのは私だけです。」

「ユリアは可愛いわね。」


イザベル将軍はそう言いながらユリアを抱き寄せるとキスをした。それを見ていた軍曹の顔が目に見えて真っ赤になる。


「閣下。」

「あら、御免なさいね。」


イザベル将軍はユリアにバスローブを着せられながら答えた。


「用件は?」

「緊急事態です。今すぐ連合軍司令部においで下さい。」


軍曹が指差す所にはロールスロイスが停まっていた。イザベル将軍は軍曹の目からただならぬ事態が起きていると判断した。


「5分で着替えてくるわ。」

「お待ちしています。」

イザベル将軍はユリアを連れ添いながら奥の部屋へと消えた。









大日本帝國帝都東京市ヶ谷軍務省陸軍参謀本部中東軍局


帝國は既に午前9時を過ぎており、陸軍参謀本部も通常通りの仕事を始めていた。最初にイスラエル・エジプト国境道での戦闘について情報を得たのは、中東軍局であった。


「報告を。」


中東軍局局長大戸恵少佐の言葉に、部下が説明を始めた。


「状況は激しさを増すばかりです。イスラエル軍は4個師団を南下させ、空軍も出撃しました。エジプト軍も8個師団を北上させ、ダハブ海軍基地からも艦隊を出撃させました。どうやらアカバ湾の封鎖を考えているようです。」

「アカバ湾封鎖!?」

「はい。今のところ、サウジアラビアやヨルダン等はおとなしくしてますが、いつ火薬庫が爆発するか分かりません。」

「世界の火薬庫ね……」


大戸局長はそう言うと、席を立った。


「的山参謀総長に説明に行くわよ。付いてきなさい。」

「りょ、了解しました。」


大戸局長が部屋を出ていった。部下は書類を束ねて、慌ててその後を追った。







首相官邸



2階の執務室では綾崎若菜総理がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。そこへ秘書官が顔を青くしながら執務室に飛び込んできた。


「総理!!緊急事態です!!」「どうしたの?結婚でもするの?」


綾崎総理は新聞を机に置きながら答えた。


「違います!!中東で緊急事態です!!」

「中東!?」


綾崎総理の顔色が変わった。何せ昨日話を聞いたばかりである。1年以内に行動を起こすと聞いたが、まさかその24時間以内に事が起きるとは予想外である。


「状況は?」

「イスラエル軍とエジプト軍双方が、増援を派遣しており事態は激しさを増すばかりです。」

「危機管理室に帝國安全保障会議のメンバーを呼んでちょうだい。」

「分かりました。他には?」

「警視庁にイスラエルとエジプト、ソ連の大使館の警備を厳重にするように命令して。」

「確かにそうですね。熱狂的な愛国団体が多数いますから、大使館に押し寄せるかも知れませんからね。」「それから……」


綾崎総理は一呼吸置くと、歴代内閣総理大臣が帝國に危機が訪れると、必ず言った台詞を呟いた。


「1番近くにいる空母は?」









イスラエル首都エルサレム軍事特別区日英異連合軍司令部会議室


司令部の会議室には、大日本帝國陸軍第8方面軍参謀長石川真理子少将、大英帝国陸軍第4軍団司令官イザベルモンロー中将の2人を筆頭に幹部が集結した。大日本帝國空軍ベスレヘム基地の第15航空団総司令菊地怜中将も駆け付けた。彼女達は席に着くと、情報士官に状況説明を求めた。


「では午前2時現在の状況を説明します。」


情報士官はそう言うとリモコンを操作して、大型画面の画像を切り替えた。イスラエル・エジプトの国境道周辺の画像である。軍務省空軍統合本部から送られてきた偵察衛星の画像のようだ。


「イスラエル軍は第2師団・第3師団・第6師団・第10師団を南下させ、空軍も出撃しました。対するエジプト軍も、8個師団を北上させました。特にダハブ海軍基地から艦隊が出撃しました。この艦隊はアカバ湾封鎖を行う様子です。」


情報士官の言葉にイザベル中将が口を開いた。


「何はともあれ現在起きている状況を徹底的に洗い出す必要があります。そこで菊地将軍にご相談なんですが。」

「はい。何でしょうか?」


菊地中将は書類を机に置くと、イザベル中将に体を向けた。


「紫電を発進させていただきたいのですが。」

「分かりました。市ヶ谷からの命令はありませんが、それを待っている時間はありません。」

「石川少将にも、重偵察中隊の派遣準備をお願いします。」

「了解いたしました。」

「私達の所も、偵察中隊の派遣準備を行います。」


両国は情報収集から行動を始めた。









国境道


両国の警備部隊にそれぞれ増援が駆け付け、国境付近は壮絶な陸戦が繰り広げられていた。


「伏せて!!」


サラ曹長が部下に怒鳴った。すると数メートル近くで爆発が起きた。


「125ミリ砲ね。」

「敵は準備が整ってますね。」


太股の応急措置を終えたアーシアネイル上等兵がサラ曹長に疑問を投げ掛けた。


「まあ仕方ないわよ。とにかく反撃しなさい。」

「了解。」


アーシア上等兵はN44自動小銃を撃ち始めた。しかし未だに満足な装備(戦車や自走砲等)を備えた部隊は到着しておらず、エジプト軍の自走砲攻撃は激しさを増すばかりである。


「これじゃ、負けるわよ。」

「確かにそうですね。増援の4個師団はまだ来ませんし、空軍も何をやってるのやら。」


2人は新しいマガジンを装填しながら呟いた。


「少佐も決断しないとね。」


サラ曹長が言った時であった。1人の部下が駆け付けてきた。


「どうしたの?」

「撤退です!!防衛線まで全部隊撤退です!!」

「分かったわ。」


サラ曹長はそう答えるとゆっくりと目を閉じた。




これで国境線に穴が開くことは確実だ。あちらが越境してくるとなれば、第四次中東戦争になりかねない。戦線は暗雲立ち込め、予断を許さない事態に陥り始めた。





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