大使暗殺
2000年2月12日午前9時
フランス
フランスは第二次世界大戦時に、ドイツ・イタリアと激戦を繰り広げた。
マジノラインがあったから良かったものの、それが無ければフランスは占領されていたかも知れない。
冷戦時代の今も、マジノラインはその存在意義を示している。
首都パリ・シャンドマルス公園
僅か500メートル隣にはエッフェル塔があり、パリっ子に限らず観光客にも人気の公園である。
「大使、如何ですか?」
「そうね。綺麗だわ。」
フランス駐在大日本帝國大使の早見由紀恵はそう答えた。
「やっぱりエッフェル塔はいつ見ても、綺麗だわ。」
「確かにそうですね。」
大使付秘書官房の深田祐実は笑顔で答えた。
「祐実ちゃん。」
「なんでしょうか?」
「平和が続けば、良いんだけどね。」
「はい。冷戦が熱戦にならずに、終われば良いんですが。」
「まあそれは、夢だけどね。」
「冷戦が熱戦になれば、どちらが勝つんでしょうか?」
深田秘書官房はそう答えながら、腕時計を見た。
(まだなの?)
「まあ、大日本帝國が勝つでしょうね。大日本帝國が勝つと言う事は、東側諸国が勝つと言う事。」
「私もそう思います。」
「あら、考えが合ったわね。」
「もちろんです。」
深田秘書官房は再び、腕時計を見た。
(もうすぐね。)
「さてと、大使館に戻りましょうか。」
早見大使はそう言うと、車の方へ歩き始めた。
「えっ!?もう帰るんですか?」
深田秘書官房は早見大使の腕を掴んだ。
「ええ、帰るわよ。」
「もう少しいませんか?」
「そう言われてもね。」
「お願いします。」
深田秘書官房は目を潤ませながら、早見大使に抱きついた。
身長が早見大使の方が大きいため、深田秘書官房に見上げられる形となる。
しかも深田秘書官房の服装は、胸を強調したものであるため、嫌でも胸の谷間が目に入る。
「わ、分かったわ。あと5分だけの約束よ。」
「ありがとうございます。」
深田秘書官房は頭を下げた。
2人はエッフェル塔の方を、向きながら立った。
(時間ね。)
深田秘書官房は腕時計を見て、そう心の中で言った。
「大使。」
早見大使は深田秘書官房の方を向いた。
「なに?」
「今までお世話になりました。」
「えっ?」
「貴女の命はここで終わります。デカ女。」
「どういう……」
パーン
早見大使が言えたのは、そこまでだった。
早見大使は頭を射ちぬかれ、その場に崩れ落ちた。
「大使!!」
深田秘書官房は早見大使を抱えた。
(周りの奴等には、真相は分からないからね。)
「大使!!大使!!」
深田秘書官房は呼び掛ける。
「誰か、救急車を呼んで!!誰か!!」
近くにいたアベックが事の事態に気付き、携帯電話で救急車を呼んだ。
「大使〜〜」
シャンドマルス公園に深田秘書官房の声が響いた。
しかしその深田秘書官房が不気味な笑みを浮かべていた事に、周りのアベックは気付いていなかった。
5分後
シャンドマルス公園が現場であったため、救急車と警察が僅か5分で駆け付けた。
救急隊員は駆け付けたが、早見大使は即死していたため、死体を病院へ運んでいった。
警察はすぐに現場検証を始めた。
「深田さん、よろしいですか?」
力なくベンチに座っていた深田秘書官房に、パリ警視庁のナース警部が声をかけた。
「えぇ、どうぞ。」
「失礼します。」
ナース警部は深田秘書官房の隣に座った。
殺害されたのが大日本帝國の大使であるため、ナース警部や検証にあたる刑事たちは緊張している。
そんな中で、口火を切ったのは深田秘書官房であった。
「警部さん、犯人を必ず逮捕して下さい。」
「も、もちろんです。パリ警視庁の名に恥じないよう、全力をあげます。」
「よろしくお願いします。」
深田秘書官房は立ち上がり、頭を下げた。
やはり、その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。
「失礼します。コーヒーをどうぞ。」
刑事が近くの店で買ったであろう、コーヒーカップを2つ持っていた。
「メルシー。」
ナース警部はコーヒーカップを受け取り、1つを深田秘書官房に手渡した。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
深田秘書官房はそう答えると、1口飲んだ。
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
「目の前で頭を射ちぬかれたんです。そんなものを見て、気分が悪くなられてるんじゃないかと。」
「確かに気分が悪いです。けど私は、大使付秘書官房です。大使の最後を………すいません。」
深田秘書官房はそう言うと、ハンカチで涙を拭いた。
「無理しないで下さい。今日のところは、お帰りください。」
ナース警部は深田秘書官房を抱き抱えた。
「ありがとう。」
深田秘書官房は礼を言うと、車の方へと歩いていった。
ナース警部は再び、現場検証を始めた。
「警部、これをご覧ください。」
ナタリー刑事がビニール袋をナース警部に手渡した。
「7・62ミリ×54R弾です。この弾は、ソ連の狙撃銃しか使っていません。ドイツ・イタリア・アメリカ、東側諸国にこのような弾を使う狙撃銃はありません。」
「と言う事は、犯人はソ連。」
「もしくはソ連の仕業に見せ掛けて、他国が殺害したか。どちらかです。」
ナタリー刑事はそう言い切った。
「射撃位置は分かったの?」
「高い場所から射たれています。遺体の頭部、右上から左下に向けて弾は貫通しています。そこから逆算しますと………」
「あそこね。」
2人は予測される射撃位置に目をやった。
そこにはエッフェル塔がそびえ立っていた。
エッフェル塔
ナース警部とナタリー刑事は部下を急行させ、後から駆け付けた。
「警部。こちらへ。」
ナース警部とナタリー刑事がエッフェル塔へ着くと、展望エリアの更に上、頂上へ続く階段の踊り場に案内された。
「これを見てください。」
案内された踊り場には、SVDと7・62ミリ×54R弾が2発置いてあった。
「犯人はここから狙撃した模様です。」
「まあ、そうでしょうね。」
ナース警部はそう答えると、手袋をはめた。
「写真は撮ったわよね?」
「はい。」
SVDを手に持つと、マガジンを抜いた。
「空ね。」
「空なんですか?」
ナタリー刑事が覗き込む。
「ええ。」
ナース警部はそう答えると、ナタリー刑事にマガジンを手渡した。
「本当ですね。」
「何か問題点ある?」
「SVDは10発装填です。それなのに空です。」
「9発残ってないと、いけない。」
「はい。」
「犯人は相当のプロね。」
「そうなります。」
「けどそうなると、2発の弾はどうなるの?」
「確かにそうですね。」
「何か意味があるのかしら?」
ナース警部はそう言うと、腕を組んだ。
そこへ、下の階から大声が聞こえた。
「そこは立ち入り禁止です。」
「大丈夫よ。大丈夫。」
その声が聞こえると、階段から女性が上がってきた。
「ここが狙撃位置ですか?」
「貴女は誰ですか?」
「あっ、申し遅れました。」
女性は内ポケットから、手帳のような物を取り出した。
「TTZS第1情報部欧州課諜報員奥菜恵です。」
「TTZSですか!?」
ナタリー刑事が大声をあげた。
「なぜTTZSが?」
「同盟諸国の安全を影からも支援する。それが大日本帝國、そしてTTZSの存在意義です。」
「なるほど。」
「政府関係者、DGSE等は知ってるわ。」
「知らぬは警察だけね。」
「申し訳ありません。」
奥菜諜報員は、頭を下げた。
「まあ良いわ。それよりも、これが。」
ナース警部は残された弾の謎を話した。
「たぶん残されたこの弾は………」
「………」
「………」
ナース警部とナタリー刑事は答えを待つ。
「あと2人殺す。そういう意味でしょう。」
奥菜諜報員はそう言い切った。
少しずつ、少しずつですが、戦争に進んでいきます。