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彦五郎

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遠江国掛川城 竹千代


俺は無我夢中にて三河を脱出した為、最低限の身の安全が確保された今になり、自身が失念していたことや、今川家の闇や没落の運命を思い出して頭を抱えていた。


まずは自身の安全よりも母である瀬名姫の安全を考えて今川領への逃亡をはかったのであるが、瀬名姫の家族は俺の実父か影武者である徳川家康の離反により、その親族になったが故に今川氏真に謀反の疑いをかけられて粛正されていたのである。


母の実の祖母にあたる寿桂尼の影響力なのかどうなのかわからないが、母瀬名姫は掛川城にて朝比奈泰朝に大事に保護されているのを確認できたので安堵したのだが、詳しい情報確認をせずに行動したのは俺の失態であるのかもしれない。


俺のことを慕う服部半蔵などは多分全てを把握していたと思われるが、幼き俺の心の負担を考えて伝えるべき情報ではないと判断して伝えなかったのであろうが、俺には前世の知識がある。


その為、三河からの追っ手は一時的にまいたかもしれないが、遠江国においても母瀬名姫はともかく、俺の立場は危うく思えた。


掛川城主である朝比奈泰朝や岡部元信は城内の部屋を俺や平八郎忠勝、服部半蔵に当てがおうとしたが、俺達はそのような扱いを受けられるような身分ではないことを理由にその好意を固辞し、雪風がいる馬房の隅を貸してもらいそこで休んだのである。


俺達を掛川城へ案内した岡部元信などは凄く複雑そうな表情をしていたが、雪風が俺を庇い守るような形で俺の側を離れようとしなかったのも意思をつらぬき通すことを後押しする手助けにもなった。


それに俺は決して嘘は言ってはいないのだ…

何故ならば、三河を脱出する際に徳川の名と葵の御紋と決別した為、今の俺は徳川竹千代ではなく苗字を持たないただの竹千代なのである。


竹千代と言う名前も松平家、徳川家の嫡男の名に使われるものであることから、竹千代の名を捨てようかと悩むほどなのだ。


俺はその話を平八郎忠勝と服部半蔵にしたのだが、それを聞いた両名とも悲痛な表情を浮かべていた。


そんな生活が2日ほど過ぎたある日の午後に、俺は掛川城にて場違いな者より声をかけられた。


「おほほほほほほほほほ。三河より逃げてきた者達とは其方らのことでおじゃるか」


派手な格好をした都落ちをしてきたであろう眉を落として化粧をし、お歯黒をほどこした公家の者が好奇の目で俺の全身を舐めまわすようにみてきたのである。


「おほほほほ。中々よい面構えでおじゃるな。特にその目は…」


その怪しい公家は俺のことを褒めているのか馬鹿にしているのかわからないが、好奇の目から、懐かしむ目に変わり、何やら一人で勝手に思案しだしてしまった。

俺はこの公家が何やら思案しているうちにその場を逃げ出そうとして、半蔵より教わった忍びの術にて姿をくらまそうとしたのだが、いつのまにか公家に腕を掴まれていた。


「おほほほほ。そうせかなくてもよいではおじゃらぬか。それより其方の名前は徳川竹千代で間違いないかの」

「どなたか存じませぬが、私には家名はありませぬ。竹千代と言う名も相応しくありませぬ」

「おほほほほ。では名無しでおじゃるか」

「ええそうかもしれませぬ」


俺が諦めの境地で肩をすくめながら苦笑いでかえすと、その公家は目を細めてしばらくしたのちに口元を緩める。


「おほほほほ。なるほど、名無しでおじゃったか。さぞかし不便しておろうのう。ならば麿が名をつけてしんぜよう」


俺はこの怪しい公家は何を言っているのだろうと、怒りを通り越して呆れた為、どうせ竹千代の名も捨てるつもりだったのでこの際全く関係ない名をつけてもらうのも運命やもしれぬと受け入れることにした。


「あははは。確かに名無しは不便ですので是非ともお願い致しましょう。どのような名前でも受け入れますので、どうぞなんとでもご自由に名付け下さい」


こうなればもはややけもあり、あの織田信長より酷い名をつける者などこの世に存在しないと思った為に俺は強気に出たのだ。


「おほほほほ。そうでおじゃるか。良い心構えでおじゃる。ならば其方は今日より彦五郎でおじゃる」

「彦五郎ですか?何かどこかで聞いたような名前ですが気に入りました。ありがたくその名を頂戴いたします」

「おほほほほ。よういうた。ならば今より其方は麿の子と言うことになるの」

「確かに名をいただきましたが、おっしゃられていることに関しての理解がおいつきませぬが」

「おほほほほ。その名には決して離すことが出来ぬ家名が付いているのでおじゃるよ」

「さようでございますか。それが何故養子縁組になるのかはよくわかりませぬが、どこにも行くあてもないこの身です。拾って下さるなら全てを受け入れて尽力致しまする」


怪しい公家は俺の言葉に目を細めながら、口元をつりあげている。

まるで全てが自身の筋書き通りに進んだことに対して満足しているようにだ。


「おほほほほ、おほほほほ、結構、結構でおじゃる。行きは良い良い帰りは恐い…恐いながらも通りゃんせ通りゃんせ…クスリ…もう後戻りは出来ぬと心得よ」


相変わらずに上品なのか下品なのかわからない笑いをする公家であったが、最後は公家言葉ではなくまるで武家のような迫力のある低い声で釘をさされた為に俺の背筋が凍った。


先程までは、優しいとまでは行かぬが俺に対して探るような態度であった公家の者は、俺からの言質を取った後に雰囲気が変わったのである。


扇子に顔を隠しながらも、その目が鋭さを増していたのだから。


「おほほほほ。昔々のことでおじゃる。あるところに血縁者同士であるがお互いに惹かれあってまぐわった者達がいたそうじゃ。しかしそれは許されぬ恋であり、当人同士しか知らない秘密のひと時であったそうでおじゃる。その後に直ぐにその娘は他の者に嫁いだのであるがその後も…おほほほほ。真実は神のみぞ知ると言うことでおじゃるかのう」


この怪しい公家は何をよくわからぬことを言っているのかとどん引きした俺だが、よくよく考えれば公家などという連中は、奇人変人の集まりであり、魑魅魍魎のようなやからであることを思い出して深く考えることをやめた。


「おほほほほ、彦五郎が何を考えておじゃるか麿には全て筒抜けでおじゃる」


俺はその言葉に冷や汗を流すが、その公家が小声でまた奇妙な独り言を言っているのが聞こえて薄気味悪くなった。


「おっほっほっほ。彦五郎の背にあるのは紛れもなく失われし宗三左文字…あれは織田に奪われて作り直されたと聞いたが、あれはまさに麿が知る宗三左文字のこしらえでおじゃる…織田の手元から宗三左文字が消えたとも忍びより聞いたが…まさか…そうか…やはり…ご帰還でおじゃるかお父上様…ならば麿がお預かりしていたものを全てお返しせねばなりませんのう…これでやっと麿も肩の荷がおりるというものでおじゃる…いと嬉しきかな…おほほほほほほほほほ」


黒目を広げながらぶつぶつと何かをつぶやいては、笑いだすこの公家に俺や平八郎忠勝、服部半蔵は恐怖すら覚えた。


そしてその公家は俺の髪を掴むと、赤い櫛のような物を俺の髪にさした。


「こ、これはまさか赤い鳥か」

「おほほほほ、ようわかったでおじゃるのう…普通の者はこれただの櫛としか認識しないのでおじゃる…やはり…おほほほほ」

「ならば答えよ彦五郎。赤い鳥と共に戦えば」

「「勝ち続ける」」


俺はこのやりとりでやっと気がついた…俺の目の前にいる公家のことを俺は産まれる前から何故か知っている。


そう、この目の前の男は公家などではなく、駿河国、遠江の太守であり、他者を寄せ付けぬ高貴な源氏の正統なる血統者である今川氏真であることに…そして今より俺は今川彦五郎である。



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