それぞれの想い
岡部元信視点
主君である今川氏真様や、今川家の家臣団の者達が皆同じ夢を見た。
今は亡き崇拝し続けてやまない今川義元公が夢枕に立ち、瀬名姫の息子である竹千代に自身の魂を引き継ぎ、宗三左文字を託した。どうか自身に関して少しでも忠誠心が残っているのならば竹千代を助けて強き今川家を取り戻して欲しいとの内容であった。
そんなある時、今は亡き今川義元公の愛馬である雪風が急に馬房を飛び出して三河方面に一目散に走り去ったのである。
儂は周囲の者への伝令を頼みながら自ら軽装ながら最低限の鎧を身に纏い三河方面へ馬を走らせたのである。
儂は三河と遠江の国境で敵に追われる雪風の背にのる竹千代君と思われる者の姿を見た。
その姿はまさに今川義元公の若き頃の姿にそっくりであり、儂は思わず義元公の幼名を口にしていた。
儂も周囲の者達も目元が熱くなっており、目から出てくる水で視界がさだまらない。
周囲の者達は儂のことを今川義元公の首を奪還した英雄と言うが儂はそう思っていない。
主君である今川義元公を守ることが出来なかったことを恥じて後悔し続けてきたからである。
目の前で敵に追われる今川義元公の生まれ変わりを今度こそ守らなければならないと言う気持ちと共に太刀を抜き敵に切り掛かったのであった。
朝比奈泰朝視点
居城である遠江にある掛川城にて、儂は数日前に夢枕に立ったいまだに敬愛してやまない今は亡き主君今川義元公のことを考えていた。
清和源氏の血が色濃い為か、代々今川家の一族の者が夢枕に立ち一族の危機を知らせたりしてきたのは周知の事実である。
あの忌々しい桶狭間の戦いの出陣の前のおりに、花倉の乱にて家督争いの為に戦った異母兄弟にあたる玄広恵探が義元公の枕元に立ちこの戦いは負けるので出陣を止めるように諫めたが、花倉の乱にて敵であった異母兄弟の話に義元公は耳を貸さなかった。
異母兄弟が逆に邪魔をしていると思ったらしいが、夢枕の中での玄広恵探は今川家の没落していく姿が見たくなかったと嘆いたと聞く。
元に玄広恵探の危惧していたとおりに、桶狭間の戦いにおいて憎き織田信長の手の者に今川義元公が討ち取られて、今川氏真様が今川家を継いだが、公家としての文化や教養、剣術などには優れているが、武家の当主としての力量は乏しく今川家は衰退してるのを理解していた。
上洛を目指す為に、経済的に豊かな地である尾張を併合しその先に進む為に兵を挙げた義元公の時の全盛期の力が口惜しいことに今の今川家にはないのである。
しかし儂はその時のことを思い出しながら、ある事実に気がついていた。
今川義元公は、今川仮名目録において幕府の支配を受けずに独立を宣言していた。
その為に幕府を支援する目的ではなく、今川家こそが清和源氏の正統なる次の天下を治める者であることを示す為に旗印をあえて今川赤鳥紋を使わずに、足利二つ引両を全軍に使っていたのである。
今川家の当主は赤い鳥と共に戦えば勝ち続けるという伝統を守らなかったのもまずかったのではと思ったのだ。
そんなことを考えていた際に、今川義元公より以前褒美として頂いた今川赤鳥紋の入った香炉が急に鳴き出したのである。
ただごとてはないと思っていると、伝令より今川義元公の愛馬雪風が三河方面に向かっていなくなったとのことだ。
儂は夢枕で見た瀬名姫様と竹千代君に何かあったのだと確信して、手勢をまとめて三河方面に馬を急がせたのである。
しばらくいくと、前方でみすぼろしい荷車にのったボロを纏った女子と、その護衛と思われる武装した農民のような者達が山賊のような者達に襲われているのを発見した。
儂は一瞬助けようかと考えたが、今は危機に瀕しているかもしれない瀬名姫様と竹千代君を探すのが先決であると通り過ぎようとした際に、ちょうど山賊に髪を掴まれて荷車から引きずり降ろされ悲鳴をあげた女子の声を聞いて絶句した。
まさか、いやまさかと思ったが、あの声は忘れることのない我等今川家中の者達の憧れであり、高嶺の花であった瀬名姫様の声であったからである。
儂は馬を止めて無我夢中で弓矢を放ち、その賊を射殺していた。
「朝比奈殿」
儂の名をそう呼ぶその女子はやはり瀬名姫様であり、そのやつれ具合とボロを身に纏い土に汚れた姿を見た瞬間に腹の底から怒りが湧き上がったのである。
儂は配下の者達に瀬名姫様とそのお供の者達を守り我が居城である掛川城までお連れするように指示を出した後、残りの敵を引き受ける為に弓矢を構えるのであった。
本多忠勝視点
これ以上三河の国にとどまれば、竹千代君のお命が危ないことを、某は同志である服部半蔵と共に危惧していた。
これまでは、瀬名姫様や竹千代君にいらぬ心配による心労をかけたくない為、秘密裏に仇なす刺客を始末しては埋葬してその事実を無かったことにしてきた。
しかし、服部半蔵半蔵の話によれば瀬名姫様は何も気付かれてないとのことであるが、聡明な竹千代君は薄々と気が付いているようだとのことである。
竹千代君といえば、昨年のある時に見たことのない造りだが誰がみても見事だとしか言いようがない太刀をいつのまにか手にしており、その時より以前より聡明ではあったがまるで人が変わったように、そう例えるならばまるで複数の魂が竹千代君の身体に宿ったように急に人が変わられた。
なんと言うか凛としたと共に、子供らしさがなくなり眼力に鋭さと威圧感が増して何もかもを見透すかのような目になられたのである。
某は遥か昔にあの目をした巨大な白馬に乗った人物を見たことがある気がする。
確か背中に赤い櫛のような変わった家紋のようなものが描かれていたのを覚えている。
よくよく考えれば、竹千代君が大切そうに握りしめていたあの太刀はその時の馬上の人物が帯刀していたものに見えなくもないのだがまさかな。
だが人が変わったかのような竹千代君がどこからか探し出してきたさつま芋と言う芋のおかげで、今まで飢えに苦しんできたのが嘘かのように食料事情が改善した。
その芋は痩せた土地でもどんどん増えて、芋がなるまでは茎や葉が食用となる優れものであったのだ。
また、どこで身につけた知識かわからないが、竹千代君は山菜などの食べられる植物の選別や薬草、毒草の探し方、きのこ類の見分け方にまで詳しく、専門家顔負けであったのである。
竹千代は武芸に関してもあの日以来の成長が目覚ましく、小さい身体で剣術、槍術、弓術、体術などをこなしているのだが、剣術、体術に関して奇妙な技を使用することがあるのだが、あれは我流であらうか。
屋根裏に潜んで常に警護をしていた服部半蔵の存在に気がついてからは密かに忍術も学んでいるらしい。
忍術の師匠は半蔵でよいが、あくまでも武芸の師匠はこの本多平八郎忠勝である。
そんなある時、遂に井戸にまで毒を投げ込まれる事態が発生した。
某がそれを竹千代君に報告すると、直ぐに皆が集められて三河を脱出することに決まったのである。
当初何処へ逃げるかで様々な意見がでたのだが、竹千代君が乾いた笑いを浮かべながら、国を失い、家と名を失った小大名の嫡男の自身には一切価値などなく受け入れ先はないと。
そして行き先がないのであれば、自身は仇の息子かもしれぬが、母上にとっては生まれ故郷である駿河国に行けば母上だけは最悪命は助かるだろうと言う竹千代君の言葉に某も半蔵も号泣した。
しかしそれでは竹千代君がと言えば、自身の心配はいらない、だって平八郎と半蔵が守ってくれるのであろうと返されたのでさらに号泣した。
そしていざ決行となった際に、某1人であれば苦でない相手であるが、竹千代君を守りながら多勢に無勢で苦戦を強いられいる時に、以前何処かで見たあの謎の巨大な白馬が現れて竹千代君を背に乗せて駿河方面に向けて走り去ったのである。
某は急ぎ敵より馬を奪い取り、謎の巨大な白馬を追いかけるのであった。