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第6話【異世界に転移してきた少年少女に必要なことと言えば?】

「まずは、お前が置かれた状況の説明と今後の扱いについてだな」



 異世界人に対する質問事項の筆記は自動手記魔法に任せ、ユフィーリアは部屋の隅で横倒しになった椅子を魔法で引き寄せる。

 少年が座るベッドのすぐ側に椅子を置き、それに腰掛けた銀髪の魔女は雪の結晶が特徴の煙管キセルを咥えた。種類の違う魔法を二つ同時に行使するという高等技術を、彼女は難なくやってのける。


 初めて魔法を見た少年は、黒い瞳を見開いて驚きを露わにした。

 虚空を漂う羊皮紙と羽根ペンを興味深げに観察する姿は、まさに異世界からやってきた人間に相応しい純粋無垢な子供である。今まで異世界召喚魔法は何度か成功しているが、召喚された人間はどこか達観した価値観を持つムカつくクソガキばかりだったと聞いている。


 状況を説明するより先に、自己紹介でもした方がよさそうだ。


 ユフィーリアは清涼感のある煙をそっと吐き出すと、右手を軽く振る。



「わ」



 驚いた少年が、小さな声を漏らす。


 パキパキと音を立てて、少年の目の前に氷で作られた薔薇が出現した。

 薔薇は「受け取れ」と言わんばかりに少年の眼前で主張し、彼はおずおずと透明な薔薇に手を伸ばす。指先が触れると同時に、薔薇は彼の膝上にぽすんと落ちた。



「氷の薔薇?」


「まあ、それはお祝いだ。入学祝い」



 繁々と氷の薔薇を眺める少年に、ユフィーリアは言う。



「アタシはユフィーリア。見ての通り、魔女だ。特に氷の魔法が得意でな」


「そうなんですね。こんなものが作れてしまうなんて、凄いです」



 少年は素直な称賛を、ユフィーリアに送る。


 固有魔法マギアを氷の魔法と表現したが、詳細は授業で習うと思うので黙っておくことにする。自分の口から説明するのが面倒だ。

 ちなみに、この氷の魔法がユフィーリアの固有魔法マギアである。名称を凍結魔法フリーゼと言い、文字通り何でも凍らせてしまう魔法だ。


 少年は冷たい氷の薔薇を片手に居住まいを正し、



「俺は東翔です。あ、ショウ・アズマと名乗った方がいいですか?」


「まあ、そうだな。その方が分かりやすい」



 少年――ショウ・アズマの言葉を聞き、自動手記魔法が文字を羊皮紙に記していく。


 サラサラと紙面を滑る羽根ペンを見て、ショウは「勝手に動いた」とまた驚いた。

 こうも初心な反応を見せられると、色々な魔法でさらに驚かせてやりたくなる衝動に駆られる。最近の若者は全く驚かないので、いじり甲斐がない。



「あの、俺の立場とかの説明は……」


「あ、忘れてた」



 ショウの反応が面白いので、肝心の本題をすっかり忘れていた。


 羽根ペンが「退屈だ」と言わんばかりに、羊皮紙の上をクルクルと踊っている。落書きだらけになってしまった羊皮紙を一瞥し、ユフィーリアは胸中でため息を漏らした。

 まあ、そのまま提出しても相手は文句を言わないだろう。重要なのは異世界召喚魔法を成功させたという結果なのだから。


 ユフィーリアは「お前の立場と扱いな」と言い、



「お前はこれから、ウチの学院の生徒になってもらう」


「生徒に?」


「そうだ。このヴァラール魔法学院の特待生として、だな」



 咥えた煙管を器用に口の端で揺らしつつ、ユフィーリアは続ける。



「いいモンだぞ、特待生ってのは。めちゃくちゃ優秀な生徒にしか与えられない地位でな、授業料と寮費が免除になる。あとお前の場合、この世界での身元引受人がいねえから、いいトコのお貴族様が養子として迎え入れてくれるだろ」


「そんなところまで面倒を見てくれるんですね」


「当たり前だろ。異世界召喚魔法っていう超難しい魔法で得た成果物を、無碍むげに扱うかよ」



 異世界召喚魔法は、最高難度を誇る魔法だ。

 実力主義社会であるエリシアの頂点に立つ七魔法王が、魔力欠乏症を起こすギリギリまで成功しなかった超難関の魔法だ。もし最後の一回が失敗で終わっていれば「時間と魔力を返せ」と全力で訴えたくなる。


 ショウ・アズマという少年は、通算五七度目の異世界召喚魔法を経て獲得した成果物だ。雑に扱って死なれたら、使った魔力が無駄になってしまう。



「それに、異世界人ってのは優秀だって言われてるからな。何の努力もしてないのに魔力の保有量は桁違いだし、強い固有魔法マギアを使うし、挙げ句の果てには神々にしか使えない加護や恩恵を持ってるし。実力が全てのこのエリシアでは、お前は勝ち組なんだよ」


「……何だか、褒められてる気がしませんが」


「褒めてる褒めてる。イヤー、凄イネホント」



 機嫌を取るように称賛の言葉を送るが、納得がいかないようでショウは不機嫌そうにこちらを睨みつけていた。


 すると、扉が軽く叩かれて「お茶が入ったわヨ♪」と南瓜のハリボテを被った娼婦が顔を覗かせる。

 彼女の手には銀色のお盆が握られ、その上に花の図柄が描かれた二つのカップが載せられている。ふわりと花の香りが、ユフィーリアの鼻孔をくすぐった。



「お仕事は進んでるノ♪」


「まあな」



 アイゼルネが差し出してきた紅茶のカップを受け取り、湯気が立つ紅茶へ魔法で出した氷を投入する。

 固有魔法マギアのせいで熱いものが飲み食いできず、熱い紅茶を飲むには氷を投入する必要があるのだ。難儀な体質である。


 もう一つの紅茶のカップを受け取ったショウは、カップの中で揺れる紅茶を目にして「わあ……」と感嘆の声を漏らした。



「夜空だ」


「あラ♪ 空茶そらちゃは初めてかしラ♪」



 小さなカップの中では、満天の夜空が広がっていた。

 紺碧の夜空に白銀の星々が瞬き、これが本当に紅茶であることを忘れさせるほど美しい。立ち上る花の香りが、とても心の安らぐものだ。


 これは『空茶そらちゃ』と呼ばれ、文字通り空を模した紅茶である。

 朝・昼・黄昏・夜の四種類があり、様々な飲み方がある。値段は少し張るが、異世界人をもてなすという意味があれば安いものだ。どうせあとで経費で落とす。


 ショウはおずおずとカップの中を満たす夜空の紅茶を啜り、



「……美味しいです」


「お気に召していただけたようで、嬉しいワ♪」



 アイゼルネは楽しそうに笑い、



「どうせなら、もう少し贅沢に飲みたいわよネ♪」


「贅沢に?」


「此方をご覧あレ♪」



 そう言ったアイゼルネは、自分の右手をショウに突き出す。


 驚きで黒い瞳を瞬かせる彼に、南瓜のハリボテを被った娼婦は自分の得意分野を見せる。

 魔法と呼ぶにはあまりにもお粗末で、しかし子供が相手なら確実に楽しめる余興を。


 突き出された右手に左手を翳し、パッと何かを掴み取る仕草をする。

 その時にはすでに、アイゼルネの手の中には琥珀色の液体が揺れる小瓶が握られていた。蜂蜜のようだが、普通の蜂蜜よりもキラキラと輝いている。



「はい、此方の蜂蜜をひと垂らシ♪」



 どこからか取り出した小さな匙で瓶の蜂蜜をすくい、ショウのカップの中へ垂らす。


 蜂蜜は美しい夜空を分断するように流れ、大河を成した。

 まさしくそれは、見事な天の河である。小さなカップの中に、壮大な星空が広がった。


 氷のおかげで温くなった空茶を啜るユフィーリアは、



「『天の蜂蜜(ミルキィハニー)』を出してくるなんて、随分と太っ腹じゃねえか」


「だってこの子、いちいち反応が可愛いじゃなイ♪ おねーさん、男の子は苦手だけど、この子は可愛がれそうヨ♪」



 アイゼルネはショウの頭を抱きしめて「かーわいーイ♪」と言う。


 豊かな胸に顔を押し付けられ、ショウは真っ赤になっていた。

 男性目線から見れば羨ましい限りである。男が苦手と言っていたアイゼルネが、珍しい態度を見せるものだ。


 ユフィーリアは「アイゼ、離れろ」と注意し、



「仕事の邪魔すんな」


「やーン♪ ユーリの意地悪♪」


「代わりにお前が仕事をやってくれるなら文句はねえけど?」



 自動手記魔法によって羊皮紙の上をくるくると踊る羽根ペンを指で示し、ユフィーリアは言う。


 この魔法は見かけによらずなかなか高度な魔法で、言葉を判別して必要な答えだけを書き記していく。

 アイゼルネの場合、まだそこまで高度な魔法は使えないので、必然的に自分でペンを握って文字を書くしかないのだ。ちょっと面倒である。


 そのことをアイゼルネも理解しているようで、あっさりとショウを解放した。最初から、初心な少年を揶揄からかっているだけだったのだろう。



「ッたく、お前もだよ。嫌なら突き飛ばすぐらいしろ」


「女性相手にそんな乱暴なことは……」


「紳士だなァ」



 夜空の紅茶を啜りながら、ユフィーリアは次の質問を確認する。



「じゃあ続きをやるぞ」


「あ、はい」


「好きな女のタイプは?」


「…………はい?」



 ショウの口から質問を聞き返すような内容の言葉が出てきた。


 ユフィーリアは「だから、好きな女のタイプだって」と質問を繰り返す。

 一見、馬鹿みたいな内容の質問だが、彼の周囲の環境を希望通りに整えてやるのに必要な質問なのだ。決してふざけている訳ではない。



「あの、それって答えなきゃダメなんですか?」


「特にないなら『胸と尻がでかい女』って書いとくぞ」


「止めてください、男なら誰もが体つきが豊満な女性を好きになると思わないでください」


「じゃあ答えろよ。ほら、笑わねえから」



 答えを迫るが、ショウは顔を俯けさせるだけで一向に答える気配がない。


 アイゼルネがショウの腕に抱きつき、耳元で「おねーさんタイプがお好きかしラ♪」などと囁くが、それではますます答えを聞き出せない。

 もういっそ適当に『美少女なら誰でもいい』と書こうか。それなら外れる心配もないし、多種多様の美少女を揃えてハーレムを築くのもいいだろう。人間の趣味嗜好はそれぞれなので、色々な種類を集めておけば誰かと勝手にくっつくと思うし。


 そんなことを考えるユフィーリアだったが、ショウがポツポツと何かを呟いたので顔を上げる。



「――な、人で」


「あ? 何、聞こえねえよ」


「だ、だから」



 ショウは頬を赤く染めて、



「か、家庭的な人、です」


「なるほど」



 ユフィーリアは羊皮紙の上で踊る羽根ペンを一瞥し、彼の答えがきちんと記されているか確認してから続けた。



「で、それはアレか? お母さん的な要素がある年上のおねーさん系? それとも文句を言いながらも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる幼馴染系?」


「どうしてそこまで答える必要がッ!?」


「ほら、ユーリ♪ 参考資料がないと想像できないでショ♪」



 アイゼルネがゴソゴソとベッドの下から引っ張り出したものは、様々な雑誌だった。

 ついでに言えば、少し際どい衣装を身につけた女性が妖艶な視線を投げかけてくる、いわゆるエロ本というものだった。


 一般的な魔女から年上系、果ては清純そうな修道女なんかがアラレもない姿を晒す雑誌の数々を目の前に並べられて、ショウは顔を真っ赤に染め上げて「止めてください!!」と叫ぶ。



「それって多分見ちゃいけない本ですよね!?」


「参考資料だからいいのヨ♪ おねーさんも持ってるシ♪」


「持ってるんですか!?」


「それよりどういう女の子がいいのかしラ♪ おねーさんはこういう女の子が君にお似合いだと思うけド♪」


「だから雑誌を押し付け、止めてください中身を見せてこないで――――!!」



 賑やかなショウとアイゼルネのやり取りをはた目からぼんやり眺めるユフィーリアは、退屈そうに欠伸をするのだった。

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