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第4話【幾度の失敗の果てに】

 最高難度と謳われる異世界召喚魔法は、ユフィーリアの指揮のもと行われた。



「まずはエド、ハル。魔法水マホウスイを床にぶち撒けろ」


「はいよぉ」


「分かった!!」



 男二人に運ばせたかめがひっくり返され、容赦なく煉瓦の床へ魔法水をぶち撒ける。


 白濁とした水が床に広がり、水溜りを作り出す。

 放置しておけば煉瓦の隙間に染み込んでいきそうなものだが、不思議なことに魔法水は床へ染み込まずにその場で留まっていた。天井から吊り下がる蝋燭の炎が、ぼんやりと床に広がる水溜りを照らす。


 水溜りの側に立ったユフィーリアは、水面に煙管を向けた。



「まずは魔法陣の形成。――召喚魔法を基礎に、転移魔法を合わせて構築」



 魔法水マホウスイへ魔力を流し込むと、水溜まりが青く光り始めた。


 煌々と輝く魔法水は、さながら液状生物スライムの如く蠢き出す。うねうねと動く魔法水を見たエドワードが「ひえッ」と悲鳴を漏らすが、構わず作業を続けた。

 蠢く魔法水を巧みに操り、複雑な魔法陣を床一面に構築していく。通常であれば一〇人単位で魔法使いや魔女の存在が必要になってくる作業を、ユフィーリアがたった一人で終わらせる。


 構築された魔法陣は、芸術作品と呼べるほど複雑なものだった。


 召喚魔法を基準とし、呼び出す対象は人間に設定。呼び出す位置はエリシアではなく別次元、それも認識できないほど遥か遠くに。

 特に呼び出す位置の定義で描くものが多く、魔法陣の中にはギチギチに線や図柄が詰め込まれていた。



「〈空に天界、地に冥府。七つの門を潜りて応えよ〉」



 厳かな呪文に呼応するかの如く、魔法陣から風が吹き荒れた。



「〈異邦者よ、顕現せよ。我が名にいて赦す〉」



 一際強く魔法陣が輝く様を眺め、ユフィーリアは最後の呪文を口にした。



「――〈召喚サモン異世界より来れり(アナザーズ)訪問者(ゲスト)〉――」



 風が吹き荒れ、目が開けられないほど強い輝きを放つ魔法陣。


 思わず目を瞑ってしまったユフィーリアだが、次の瞬間、ぽひんという間抜けな音を聞く。

 明らかに失敗を告げる音だ。その証拠に、強い光を放っていた魔法陣は何事もなかったかのように鎮座している。儀式場に異変が起きた様子もない。


 残念ながら、失敗である。



「まあ、一回で成功する方が珍しいよな」



 ユフィーリアはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


 さすが最高難度を誇る異世界召喚魔法だ。世界最高峰と謳われる七魔法王セブンズ・マギアスでも、一発で成功することを許さなかった。

 とはいえ、この結果が当然なのだ。かつて挑戦した時はベロベロに酔っ払っていたので、何度試したのか覚えていない。


 異世界召喚魔法の失敗を確認したアイゼルネが、



「これは長丁場になりそうネ♪」


魔力欠乏症マギアロストになる前に成功してくれりゃいいんだがな」



 指を弾いて召喚魔法や転移魔法の詳細が記された魔導書を何冊か呼び出しつつ、ユフィーリアは南瓜のハリボテを被った娼婦へそう返す。


 魔力欠乏症マギアロストとは、保有する魔力がすっからかんになった際に起きる身体の異変だ。

 個人で症状に差は出るが、主に強い倦怠感や筋肉痛などが発生する。酷い場合は指先から壊死してしまったり、身体に火傷の痕が発生したり、四肢が凍り付いてしまったりと日常生活に支障が出てしまう。


 魔力欠乏症マギアロストになった時は、食事や睡眠で魔力を回復する必要がある。

 自分の保有魔力をきちんと把握し、こまめな休憩を挟むことが魔女や魔法使いには重要視されているのだ。魔法を使い続ければ魔力欠乏症になる恐れがあり、魔力欠乏症になれば動けなくなってしまうので、魔女や魔法使いは魔力欠乏症に気をつけなければならない。


 膨大な魔力を有する七魔法王セブンズ・マギアスでも、多くの魔力を消費する異世界召喚魔法を連続で行使すれば、いずれ魔力欠乏症になってしまう。動けなくなってしまう前に、異世界召喚魔法を成功させたいところだ。



「失敗するのは分かってたんだから、あとは改良を重ねていけばいい。人間が召喚されりゃこっちのモンだ」



 魔導書を参考にしつつ、ユフィーリアは再び魔法陣へ魔力を流し込んでいく。


 ギチギチに定義が詰め込まれた魔法陣が、ほんの僅かに形を変える。

 魔法円サークルの内側を少しだけ変更したが、もはや間違い探しと呼べるぐらいに些細な変化だ。それでも魔法はほんの少しの変更を加えただけでも、効果が劇的に変わる。


 分厚い書籍のページと床に広がる魔法陣を見比べ、ユフィーリアは「よし」と頷く。



「今度こそ――〈空に天界、地に冥府。七つの門を潜りて応えよ〉」



 果たして、二度目で成功となるだろうか。


 ユフィーリアが唱える呪文に応じて魔法陣から強い風が吹き荒れ、徐々に輝きが増していく。目が開けられないほど強い光を放つ魔法陣に、最後の一節を告げた。



「――〈召喚サモン異世界より来れり(アナザーズ)訪問者(ゲスト)――」



 一度目と違い、二度目は魔法陣に変化があった。


 中央が揺らぎ、何かがヌッと姿を見せる。

 魔法陣の中央からゆっくりと吐き出されたそれは、明らかに人間の頭を持っていた。


 輝く魔法陣の中央に居座るそれは、鍔の広い帽子を被っていた。身体は細長く、広げられた両腕はだらりと垂れ下がり、先端に薄汚れた手袋が引っかかっている。

 高みからユフィーリアを見下ろす瞳は茶色いボタンで、弧を描く口元は刺繍糸。上半身は襯衣は土で汚れ、下半身に至っては木の棒である。


 どこからどう見ても、案山子かかしだった。



「…………案山子?」



 魔法陣の中心に鎮座する案山子を見上げ、ユフィーリアは呟く。



「え、案山子? 何で? アタシ、ちゃんと人間を召喚対象に設定したよな?」


「魔導書を見る限りだと、そうなってるんだけどネ♪」



 ユフィーリアの手元にある魔導書を覗き込み、床の魔法陣と見比べるアイゼルネ。


 儀式場の隅で異世界召喚魔法を観察していたエドワードとハルアは、異世界から召喚された案山子を前に揃って首を傾げていた。「これが異世界人なのぉ?」「細いな!! まるで案山子みてえだ!!」と聞こえてきたので、彼らは勘違いしている。

 この案山子が動いて喋るのであれば成功だが、生きていないことなど明らかである。ただの失敗よりも、判断に困る失敗だ。


 魔法陣の中心に居座り続ける案山子を蹴り出し、ユフィーリアは暇そうなエドワードとハルアに命じる。



「この案山子を処分しとけ」


「はいよぉ」


「うん!!」



 エドワードに担がれて案山子は儀式場の外に連れ出され、バキバキと無残に破壊される音が背中越しに聞こえてくる。



「頼む、次は成功してくれ。呪文を唱えるのって意外と面倒なんだよ……」


「省略することは出来ないのネ♪」


「そんなことをしたら、ますます成功から遠ざかるだろ」



 再び魔法陣の定義を書き換えたユフィーリアは、三度目の正直を信じて魔法陣に魔力を流し込んでいく。



 ☆



 失敗失敗失敗、案山子かかし、失敗失敗、案山子案山子、失敗失敗失敗失敗、案山子、失敗、案山子案山子案山子、失敗失敗失敗失敗失敗――――。



「クソがァ!! アタシが召喚したいのは案山子じゃねえんだよ!! 生きてる人間なんだよド畜生!!」



 通算五六度目の成果は、案山子で終わった。

 しかも毛糸の髪の毛が三つ編みされた、非常に可愛らしい格好の案山子だ。案山子を可愛くしてどうする。作り手の趣味か。


 魔導書を足元に叩きつけ、ユフィーリアは絶叫する。


 失敗と案山子の連続で、そろそろ頭がおかしくなりそうだ。異世界召喚魔法とは生きた人間を異世界から召喚する魔法ではなく、生きた人間と同じ扱いの案山子を召喚する魔法なのだろうか。

 もし異世界召喚魔法が案山子しか召喚できないのだとしたら、過去の成功は何だったのか。魔法陣の誤りか何かか。



「ユーリ、休憩しまショ♪ 七魔法王セブンズ・マギアスでも、大量の魔力を消費したら魔力欠乏症マギアロストになっちゃうワ♪ ちょっと休憩して落ち着きまショ♪」



 アイゼルネに休憩を勧められて、ユフィーリアは自分の手を確認する。

 身体に纏わりつく倦怠感に加えて、指先が僅かに震えている。魔力欠乏症マギアロストになる寸前まで異世界召喚魔法に挑戦してしまったらしい。このまま無理に挑めば、今度こそ魔力がすっからかんになってしまう。


 ユフィーリアは「そうだな」と応じ、休憩を挟むことにした。


 その間に異世界から召喚された可愛らしい案山子は、エドワードの手によって回収される。

 儀式場の外では期待に琥珀色の双眸を輝かせるハルアが待機していて、彼の手には槍のような武器が握られている。普通に案山子を処理するだけでは飽きてきたようで、案山子はハルアの遊び相手に選ばれたらしい。


 魔導書を確認しながら、ユフィーリアは首を捻る。



「ッかしーな、何で案山子かかしばかり召喚されるんだ?」


「魔法陣が案山子を人間として判断しちゃうのかしらネ♪」


「いやいや、そんなはずねえだろ」



 アイゼルネの冗談めいた言葉を笑い飛ばすユフィーリアは、床の魔法陣を観察する。


 様々な魔法陣を組み合わせて試行錯誤を繰り返しているが、やはり召喚されるのは案山子だけだ。

 定義も間違っておらず、これなら一度は成功してもおかしくない。果たして何が間違っているのか、七魔法王セブンズ・マギアスのユフィーリアでも原因の究明は出来ない。


 参考にしている魔導書を閉じたユフィーリアは、



「お前ら、もう減給でいいか? アタシ疲れたよ」


「ちょっとぉ!?」



 煙管を咥えて床に座り込むユフィーリアは、完全に諦め状態へ突入していた。


 このまま成功するか分からない異世界召喚魔法に挑戦し続け、魔力欠乏症マギアロストに陥るほど身体を酷使するのであれば、もういっそ減給された方が安上がりのような気がした。

 それに、案山子かかししか釣れない無駄を極めた魔法に一体何を期待しろと言うのだろうか。もう挑戦するだけ時間と魔力の無駄である。


 すぱー、と煙管を吹かすユフィーリアの肩を掴んだエドワードが、必死の形相で訴えてきた。



「勘弁してよぉ!! 減給されたら俺ちゃんたちの生活が危ぶまれるじゃんねぇ!!」


「大丈夫だって。お前なら雑草でも食えば生きていけるって」


「俺ちゃんはお肉が食べたいのぉ!! 雑草なんてただの草でしょぉ!?」



 ガックンガックンガクガクガクーッ!! と上下左右に振り回されても、ユフィーリアが正気に戻ることはなかった。むしろ問答無用で揺さぶられたせいで、正気から遠ざかった。



「エド、異世界召喚魔法は無理だ。もう五六回も失敗してんだぞ、これ以上に何をすりゃいいんだよ。逆立ちでもして鼻から細麺パスタでも食えばいいのか?」


「それが必要ならやってぇ!!」


「やる訳ねえだろ、どんな魔法だよそんな動作で発動する魔法は」



 きっと他人を笑わせることに特化した魔法に違いないが、今この場には関係ない。


 そろそろ三半規管にも影響が出てきたので、ユフィーリアは「止めろ、エド」とエドワードによる激しい揺さぶり運動を止めさせる。あともう少しで嘔吐に至っていたかもしれない。

 ぐわんぐわんと揺れる頭を押さえ、回転する視界で魔法陣を確認する。休憩を挟んだおかげで少しは魔力が回復したが、おそらくこれが異世界召喚魔法の最後の挑戦になるだろう。


 エドワード、ハルア、アイゼルネの三人に見守られ、ユフィーリアは魔法陣に魔力を流し込む。



「もう面倒臭えな、最初の魔法陣に立ち返るか。どうせ書き換えても案山子しか召喚されないなら、基本に戻った方が成功率が見込める」



 ぶつくさと呟きながら魔法水マホウスイを操作し、魔法陣を再構築する。

 召喚魔法を基準にして、要所に転移魔法を盛り込む。芸術作品と呼べる精緻な魔法陣をあっという間に編み上げ、最後の異世界召喚魔法を試みる。


 もしこれで失敗したら、仲良く減給だ。

 ユフィーリアも減給だけは勘弁してほしいところだが、こればかりは仕方がない。何せ、これは最高難度の魔法なのだから。



「〈空に天界、地に冥府。七つの門を潜りて応えよ〉」



 厳かに呪文を唱えると、それに呼応するかの如く風が吹いた。



「〈異邦者よ、顕現せよ。我が名に於いて赦す〉」



 一際強い光を放つ魔法陣にそれまでと違う気配を察知し、ユフィーリアは最後の一節を唱える。



「――〈召喚サモン異世界より来れり(アナザーズ)訪問者(ゲスト)〉――」



 儀式場を吹き荒れる風、強く輝く魔法陣。

 その中央が揺らぎ、人間の頭が垣間見える。


 風が止み、光が収まった魔法陣の真ん中に立っていたのは――。



「ここは……」



 黒い髪の少年である。


 長い黒髪を引っ詰め、儀式場を見渡す黒曜石の想起させる双眸。少女めいた顔立ちは儚い印象を与え、華奢な体躯がそれを後押しする。

 軍服のような真っ黒い学生服を身につけ、さらに学生鞄と布で覆われた細長い何かを背負っている。魔法陣を踏みつける足元は、磨き抜かれた革靴で守られていた。


 見覚えのない少年の出現に、ユフィーリアはほくそ笑む。



「ようこそ、魔法界エリシアへ」



 通算五七度目にして、ようやく異世界召喚魔法は成功を遂げた。

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