えいゆうのぶきは、いいかんじのえだ
「さいきょうのぶきいいかんじのえだ」の前日譚となっております。よろしければ併せてお読みください。
ああ、しくじった。熊型の魔獣が、無防備な自分に振り下ろそうとしている腕を眺めながらそんなことを思う。自分の相棒である大剣は目の前にいる魔獣に突き刺さって抜けなくなってしまった。足はしばらく前から感覚がなくなり、逃げることはかなわない。自分の身を守ってくれている皮鎧も引き裂かれてしまうだろう。
引き際を誤った。大氾濫において、冒険者に求められるのは生き残り、少しでも魔獣どもの進行を遅らせることだ。そんなことは、これまでの冒険者生活で十二分に理解していたつまりだったのに、欲をかいてしまった。
運もなかった。遠距離武器の冒険者たちからの援護がちょうど途切れたタイミングだった。
しかし、そんな自分の不運など関係なく間もなく死は訪れるだろう。
(せめて……彼女は生き残って欲しいな)
誰にも分け隔てなく優しい女性の姿を思い返しながら、激しい衝撃を予想し目を閉じる。だが、痛みはいつまで待ってもやってこない。
(なんでだ?)
何とか、目を開く。弓を背負った顔見知りの冒険者が魔獣の腕をいなして、手にある武器で鼻っ面に一発叩き込んだところだった。急所にダメージを負った魔獣は、大きな隙を作る。顔見知りは、その隙を逃さず連打を叩き込み、ついに魔獣を退けてしまった。
「おい、おっさんしっかりしろ!受付嬢と、デートの約束しているんだろ!」
「誰が……おっさんだ……」
顔見知りになんとかそう返したところで、限界が来たらしい。何度もおっさんと呼び掛けられる声を聞きながら、意識が深い闇に落ちていく。最後に考えたのは、安堵でもなく想い人の顔でもなかった。
なにこいつ木の枝で魔獣を追い払ってるんだよ。
◇
「君は、いったい何を、やっているんですか?」
目の前にいる金髪美男子メガネが、キラキラしい笑顔でそんなことを言った。
突然だが、俺がこれまでの人生で得た知識をお教えしよう。人間の中には、キレるときに笑顔になるタイプが存在するということだ。どうやら、表情筋が引きつって口角が上がり笑顔に見えているだけらしいが。
そして、今まさに世の女性を虜にできるであろう笑顔をばらまいている鬼畜眼鏡ことギルドマスターは、キレると口角が上がるタイプだ。すなわち、俺は今ガチギレされている。
「そんなにキレると、血管ちぎれるぞ」
「誰の、せいだと、思ってる、んですか!」
おー、額に青筋が浮かんできた。それでいて表情は、にこやかな笑顔だからなかなか怖い。俺は、素直に問いかけに応えてやることにした。
「身を呈して、冒険者を救った弓使いかな」
「君の質の悪いところは、絶妙に批判しがたいことをやらかしやがるところですね」
「悪かった」
「本当にそう思っているなら、私がこの後に何を言うかわかりますね」
「ああ。『君はよくても、他の誰かがまねしたらどうするんですか。大体、もしあなたまで戦線離脱したら、人員が足りなくなるでしょうが!罰として、来月の会館の便所掃除は全部君が担当です』といった感じか?」
我ながら会心の出来だ。ギルドマスターの物真似をするときは、ヒステリー気味な声と落ち着きのある声の抑揚をはっきりさせることだ。これは、冒険者たちの宴会で使えるから覚えておいて損はない。
「残念でした。正解は、向こう半年分の便所掃除です」
徐々に、ギルドマスターは落ち着きを取り戻してきたようで、キラキラしい笑顔からしかめっ面になってきた。こいつ、不機嫌そうな顔しているほうが機嫌がいいってどうなってるんだよ。
「それで、わざわざ俺を呼び出した理由はなんだ。説教だけじゃないんだろう?」
「ええまあ。朗報が一つあります。なんと、王都から黒鷲騎士団が派遣されてくるそうです」
「黒鷲が?」
珍しくまともな朗報だ。黒鷲騎士団は、主に魔獣討伐を専門とする戦力で、小型から中型魔獣などの、大量の雑魚をせん滅するのに長けている。しかし、今回の大氾濫では王都の防衛にかかりっきりだと思っていたんだが。
「えらく迅速だな」
「なんでも、竜卿が大ハッスルしたらしく」
「ああ……」
今代の竜卿の顔を思い出して遠い目をする。あの爆裂女、元気みたいだな。
「それで?どうせ悪い話もあるんだろう?」
「そうですね。援軍は早くとも二日後です。我々が、そこまで持ちません」
「そりゃ大変だ」
予想できていたので、それほど驚きはない。防衛する側が不利になるのは、いつものことだ。
「ええ、大変です。物資や人員もですが、なにより武具が足りない。鍛冶ギルドが総出で武具の修理に励んでくれていますが、まあ時間が全く足りません」
「量産品は?」
俺たちの武器は、大体が一点ものになっていく。駆け出しのころは量産品を使っていたとしても、自分で持ち手が手になじむようにいじったりすることで、他人のそれとは別物になっていくのだ。本来なら、量産品を使いたくないというのが俺を含む冒険者の総意だが、贅沢は言ってられない。
「とっくに底をつきました。これというのも、予算を削減してきやがった無能どものせいで……」
普通の住民より、冒険者のほうが人口が多いここでは、量産品の需要は非常に少ない。しかし、今回のような非常事態のために会館が鍛冶ギルドに金を払って量産品を買い上げるのだが……。実に、世知辛い。しかし、予算削減のあおりを食らってピンチに陥っているのも事実だ。
「結局、俺に何をしろと?」
「君の、固有魔法≪グッドスティック≫を、死ぬまで使い続けてください」
「は?」
「聞きましたよ。いい感じの枝で魔獣を退けたらしいですね」
俺は、額から汗が滴るのを感じ取る。こいつマジで俺に死ぬまでいい感じの枝を生成させようと考えてやがる。
「いや……あれは、偶々だ。大体、強度が……」
「おや?君、確か10体を一本の枝で退けていたと報告されていますが?」
十分すぎる強度だ。わかってるよ。超合理主義者なこいつが、俺に話を持ち掛けてる時点で逃げ道はなくなっているってことは!しかも、それしか手が残されていないのも。
だが、俺も魔力の使い過ぎでは、死にたくない。どうせなら、もう少しまともな死因がいい。
「いや、その、俺は魔力量に不安があってだな」
「それでは、あなたのために私の秘蔵の強壮剤をあげます。あれを飲めば朝まで魔力を使い続けても余裕ですからね。それじゃあ、ひとまず100本いい感じの枝を生成したら、前線に配りに行ってくださいね?」
奴はそういうと、屈強な元冒険者たちを呼び寄せて、俺を羽交い絞めにしやがった。そして、強壮剤(一部合法)を、にこやかな笑顔で俺の口に流し込みやがった。
「さあ、英雄になってください!」
「いやじゃあーーーーーー!」
その後、無事にいい感じの枝の生成を終え、前線にばらまき強壮剤(成分的には非合法)でハイになった俺が魔獣どもをしばき倒したせいで、王都の連中から「いい感じの枝のカリスマ」と名付けられるたのは、かなしい事件だ。