第62話「【タイマー】は、回想する」
※ ルビン回想中 時の神殿を出る少し前の事 ※
それは、唐突に終わった戦闘のあと。
血を失い青い顔をしたルビンと、何度かチビったレイナが顔を見合わせている。
「(ど、どうするの?)」ヒソヒソ
「(ど、どうしよう?)」ヒソヒソ
エリカとの戦闘を終え、無理やり同行を認めさせられたルビンたち。
「(つ、つれて帰るしかないよね)」ヒソヒソ
「(反対したら怖いもんね……)」ヒソヒソ
───うう、嫌だなぁ。
ゲッソリした顔のルビンをレイナがイイコイイコで慰めてくれる。
うん、レイナちゃんはイイ子だね。
……んで、こいつ。
「ふんふ~ん…………ふんふ~~~ん♪」
調子っぱずれの鼻歌を謳って上機嫌なのは、エリカただ一人。
「はぁ……」
それを背後に聞きながらげんなりしたルビンが先頭に立って歩いているのだ。
その傍らには、ちっこいレイナがちょこんとくっついている。
───彼女はチラチラと後ろを気にしていた。
まー。そりゃそうだろう。
滅茶苦茶浮いた格好をした金髪美女が散歩でもするかのようにダンジョンを闊歩しているのだ。
「(あの格好で街にいくのかな?)」
「(た、たぶん……)」
その言葉に、
「何年ぶりかしら、外に出るのって──────あ、眠ってたから、まるで昨日のことみたいなんですけどねー」
あははははー、と笑うのは黒衣の女改め、エリカ・エーベルト。
無茶苦茶浮いた格好と、見たこともない装備の数々。
そして、周囲をプカプカ浮いているガンネル。
やだよ。
俺やだよ?
こんな人連れて街に帰りたくない…………。
「いやー。聞けば、とっくに戦争なんて終わってるって言うじゃない? 負けたみたいなのは悔しいけど、平和が一番よねー」
いぇーい、ラブあんどピース!
とかなんとか、意味不明のことを呟きながらエリナは酷く上機嫌だ。
一方で、ルビンはゲンナリしつつ、ダンジョンを引き返している。
結局押しに負けてしまい、同行を許可するしかなかったのだが、一応ギブ&テイク。
どちらも知りうる情報をすべて提供するという事で同行を───あくまでも一時的な同行を認めた。
一時的に……だぞ!!
そうして、ちょっと前には準備を終えるのを待ってやることにしたのだが……。
このエリカのクソボケカス女。部屋中の武器という武器をガンネルに詰め込んで行きやがった。
そうかと思えば、ガンネルだけでなく、自身の黒いコートに下にもたっくさん!
聞いたことも見たこともない武器を、ゴッテリ装備している。
なにかね?
どこかと戦争でもする気ですか、この人……。
しかも、まるで重さを感じていないらしい。
なんでも、コートのポケットなどは位相差空間になっているんだとか……。うん、わからん。
エリカ曰く、何でもかんでも入るわけでもないが、圧縮された空間になっていて見た目以上に積み込めるらしい。
いや、だからっていってね……。
部屋中の武装を全て持ち出すとは思っていなかった。
そうして、こうして、渋々エリナの同行を認めつつ、ションボリしたルビンが元の───遺跡と化した時の神殿に入り口に戻って来た。
ここがつい最近まで最奥と思われていた場所。
でも、そのまま最奥であってほしかった。
「へー。ガンネルを通してみたけど、なるほどねーこりゃボロボロだわ」
そう言って時の神殿とエリカの眠っていた工房の境を手でなぞる。
ルビンはその様子をチラ見しつつ、街に連れて帰ってからどうしようか頭を悩ませていた。
だってそうだろ?!
まさか、『時の神殿』に、こんな残念な美女が眠っているなんて誰が思うだろう。
というか、この女結局何者なのだろうか?
情報を全て提供するというのでそれとなく聞いてみたんだけど、エルフでもドワーフでも、アンデッドでもないらしい。
彼女は頑として自分は「人間」であると言い張っていた。
顔面に大穴が開いて生きていられる人間がどこにいるんだか……。おまけに死なないし、超回復するし。
そして、強いし…………。
もっとも、人間云々といえば、ルビンだって大概なもの───今や人間離れした人間の筆頭ではある。
ルビンは、ドラゴンの血肉を受け入れたおかげで体は頑丈そのもので、しかも「タイム」まで使えるのだ。
……自分で言うのもなんだが、ちょっとやそっとの敵など物の数ではない。
だが、それでもこの女───エリカには敵わないだろう。
なにせ、戦闘の前にはルビンの中のドラゴンの血肉が怯え、
おまけに、「タイム」やレイナの【能力】にすら対抗してみせた。
エリナ曰く、
『対エルフ』に特化した、無敵の敗残兵。
それが「ガンネルコマンダー」。エリカ・エーベルトだ、と。
それならばそれで、彼女が一体何の目的で作られ、そして、今まで眠っていたのか───聞きたいことはたくさんある。
……あるんだけど、「ふんふ~~~ん、ふんふふ~~~ん♪」とご機嫌なエリカの姿を見ていると頭が痛くなる。
ただでさえダンジョン都市では悪い意味で注目されているのに……。
せめて街に着いたらもう少しマシな格好をしてもらおう。
黒衣に黒帽子は目立つ。
無茶苦茶目立つ。
目立つからせめて大人しくしてて───。
「なぁ、エリ」
「あら………………」
少し静かにしてくれと言おうと振り返ったルビン。
その声が途中で立ち消える。
あれ程上機嫌だったエリカがふと真面目な表情に戻り、ダンジョンの壁をなぞっていた。
「あ、それ───」
「エルフ…………」
所々に殴り描かれたような塗料に文字。
そして、後付けの設備……。
あ。
ま、まさか!! この設備───。
「そう言う事か……あいつらッ───」
「え、エリカ───まさか、」
スっと冷えた目を向けるエリカ。
彼女は文字や壁に備え付けられた器材に触れると言った。
「ふふ。連中……。施設ごと、時間を止めたのね」
そう言って壁に備え付けられた端末に手を伸ばすと、ガンネルが一機フワフワと進み出て、触手のようなものを伸ばした。
『ピ───ガ、ザザザ、ガ、ビーーー』
それが端末に侵入すると──────ボンッ!! と小爆発を起こした。
「うわッ」
「ひゃッ」
驚いた二人が跳ねるのを冷ややかに見ながらエリカは言った。
「なるほど、概ねの状況は掴んだわ。…………アタシがここに閉じ込められて約1000年は経ってるわね。それ以上はこんなしょうもない端末じゃわからないわ」
そう言って、メキメキと力を籠めて端末の残骸を粉々にしてしまった。
「せ、1000年?! 誰に?」
「ふん。そんなの、エルフの連中に決まってるじゃない。エーベルト工廠の動きを察知して、この施設ごと時間を隔離したんだわ。……でなければアタシが黙って負けるはずがない」
そう言って端末の残骸をポイっと投げ捨てる。
「この先にもトラップがたくさんあるみたいだけど、どうやらこれもエルフの仕業ね」
「え?! これが?!」
ダンジョン由来のトラップだと思っていたのだが、どうやらそうではないという。
そもそも、ここがダンジョンだったのかどうかすら……。
「うふふふふふ。おもしろぉいじゃなぁい! そーんなにアタシが怖いのかしらエルフ───」
シャッ!! と、抜き手を放ち、壁に刻まれたエルフ文字をかき消すエリカ。
そうして、獰猛な笑みを浮かべると、
「ふふふ。今世も楽しそうじゃない?───連中は、今ものさばってるのね」
ふふふふ。
あはははははは!
あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!
そういって高笑いすると、道中のトラップを腕力でねじ伏せあっと言う間に神殿の外へと行ってしまった……。
そして、今に至る。
※ 回想終わり ※
「───というわけでして……」
「今すぐ埋め直してこい!!!」
何故か、セリーナ嬢に罵倒されたルビンであった。




