第54話「【タイマー】は、戦慄する」
「…………お、女?」
振り上げたナイフを、思わず止めるルビン。
棺の中に眠っていたのは、吸血鬼でも、キョンシーでも、リッチでもなかった。
いや、語弊があるな……。
見た目で吸血鬼やキョンシーを生身の人間かどうかを判断するのは難しい。
その特徴である牙や、死蝋化した肌などはよく観察せねば判断がつかないのだ。
しかし、
今ルビンの眼下にいる女はそのどれとも言い難い。
肌の質感は人間のそれと同じに見えるし、
なにより、アンデッド特有の禍々しさがない。
だが、ただの人間であるはずがない。
それよりも、
なによりも───彼女のことを一言でいうなら人形だろうか?
それは人間離れした美しさをもっており、煌く金髪と白い肌。
そして抜群のプロポーションをもっているのか、体の線が浮き出るように薄い絹のような布の下の彼女の体は女性らしい凹凸の主張が激しかった。
年の頃は二十代くらいだろうか?
非常に整った造形をしており、危うい美しさを誇っている。
(まるで、眠り姫だな……)
これがダンジョンのボス?
それともアンデッド?
いや、まさかな…………。
どう見ても、人間にしか見えない。
モンスターの類いにはとてもとても───。
「お兄さんッ」
「え? あ?」
そうして見とれているルビンは、眼下の彼女の美しさに見とれてしまっていたようだ。
いつの間にか近づいていたレイナがその様子にジト目でむくれているが……。
その美しい碧眼から目が離せない────。
…………って、へ、碧眼?
「あ?!」
パチ、クリ……。
目と目が合う。
ルビンの黒い瞳が吸い込まれるように、眼下の美女の碧眼に映っていた。
「あ……」
ルビンが言葉につまり、口をパクパクと。
「う…………」
動い、た……?
まるで死んでいるようにも、眠っているようにも見えた女性が薄く目を開けていた。
それは最初からそうであったかのように、ルビンを瞳に捉えて離せない。
そして、
彼女が無造作に動き、ルビンに手を伸ばす───。
ッッ!!
「お兄さん! どいて、そいつ殺───」
あ、
「よせッ」
そして、硬直したルビンに代わりレイナが棺の縁に手をかけた途端!!
「痛ッ!」
パチンッ……! と、レイナの手から火花が散ったように見えた。
その瞬間!!
……ジリリリンッ!!
「ひゃあ!!」
───ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
「し、しまった……! まだトラップが?!」
何かわからないけど、レイナが棺に触れたことで何かが起動したらしい。
けたたましいブザーが鳴り響く。
どうやら、棺自体に警報の類の仕掛けがあったのだろう。
「ご、ごめん! お兄さん、何か触っちゃった!!」
「言っただろ───気をつけろって!! っと、そんなことを言ってる場合じゃないか! 逃げようッ」
ルビンはレイナを横抱きに抱えると、直ぐに棺から距離を取ろうとする。
しかし、それを見越していたかのように部屋中にブザーがなり響き、それと共に警告を示す赤い照明が灯り、不快な音と光を撒き散らす。
それは人の焦燥感を煽りたてるものであり、
そして……、
『規定外のアクセスにより、強制解除モードが作動───非戦闘員は直ちに退避してください。繰り返します。規定外の……』
ヴィー!
ヴィーー!!
ヴィーーー!!!
どこからともなく響き渡る警告。
それは古代語混じりの共通言語であった。
「くそ! コイツはやばそうだ!!」
レイナは理解できていないようだがルビンには片言ではあるものの何とか意味は聞き取れていた。
それは繰り返しの警告。
何らかの緊急事態が発生し、この場にいる非戦闘員の退避を促すものだった。
「く……。何らかなんて、決まってるだろう!」
そして、起動したものが何かなんて決まってる……!
あの女だ!!
「レイナ。状況不明、一時撤退するよッ」
「う、うん───あ!」
レイナの手を引いて遁走を開始しようとしたルビンだったが、その時、レイナが驚愕の声をあげる。
「く! もう来たのか?!」
反射的に振り向いたルビンに向かって、棺の中の女性が起き上がった。
まるで寝起きの女性。
気だるげに体を起こすと、ゆっくりルビンに向き直る。
そして、
薄い布がしっとりと肌に張り付き、起き上がるにつれハラリと──……「見ちゃダメ!!」
って、ばかーーーーーー! それどころじゃないでしょ!
レイナに目隠しをされたルビンだったが、彼女の振りほどき恐る恐る向き直るルビン。
「う、嘘だろ……」
そこには、ゾクリとするほどの美貌を持った金髪の女性が半身を起こしており、何の感情も見せない瞳でルビンを見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開くと恐ろしいまでの綺麗な発音で、
「不確定要素を確認。貴官の官姓名・認識番号を回答してください」
「……………………は?」
「…………再度要求します。貴官の官姓名・認識番号を回答してください」
な、何を言っているんだこいつは───……?!
いや、それよりこれは───。
「古代言語……??」
貴族のたしなみ、高等学問。
その中にあった古代言語の解読だが、ルビンにはある程度それができた。
…………っていうか、官姓名だぁ?
軍隊じゃあるまいし……。
階級なんて、あるわけねぇだろ!
「な、何を言ってるんだ?! そんなも───」
いや!!
いやいや、まて───もしかして、
「あ、あー! 言葉はわかるか? 俺はルビン・タック。冒険者ギルド所属、Bランク。登録番号は、B1211……怪しいものじゃない!! なぁ、これでいいか?」
咄嗟に口をついて出たのは今のルビンの所属と階級だ。
どれも嘘ではない。
だが、金髪の女は問答無用で攻撃してくるモンスターの類いとはちょっと違うらしい。
クリリを首をかしげる仕草のあと、
「……メモリー内に所属組織の該当なし。……データベース、アクセス不能。規定により、不確定要素を拘束します」
な!!
「待て!! 俺は、俺たちは怪しいものじゃない! 待てッ!」
思わず静止を求めるルビン。
目の前の女が言葉の通じる存在だと思っている自分がバカバカしいが、問答無用で襲い掛かってくるモンスターとはちょっと違うとルビンは感じてしまったのだ。
それに、何と言っても女性だ。
得体がしれないとはいえ、いきなり切りかかるのはさすがに気がひける───。
「却下します。拘束対象、確認───」
ついに起き上がった女性。
その瞬間彼女の美しい身体が晒されるのではないかと思った(期待した)が、棺から彼女の体が現れる瞬間に、空間がバチバチと明滅し始める。
それは、みるみるうちに女性の身体にまとわりつくと、ついには、彼女が体を出したところから黒いコートのようなものが現れ、順次覆っていくではないか。
「なん、だ。そりゃ!」
「───これより、交戦規定に基づき拘束します」
そして、敢然に立ちあがった頃にはどこからともなく取り出した鍔付きの黒い帽子を取り出すと、両手で頭、指先で角度をつけると、棺から一歩踏み出した。
「こ、こいつ!」
ざっざっざ……!
無造作に歩き出す女。
そいつは、ついに地面に降り立つと、ダランと構えたままルビンたちとの距離を詰める。
武器も持たず、防具も持たず。
本当にただ歩いているだけ……。
どうみても、美しいだけの女。
だが、ルビンには分かった。
彼の中に流れるドラゴンに血肉が目の前の女の力を認識し、急速に冷えていく。
こいつは…………………………強いッ!! と。
そう。
ルビンに流れるドラゴンの血が、目の前の女に恐怖し、委縮しているのだ。
「ぐ……! バカな……」
その異様な雰囲気にのまれたルビンが思わず後退り硬直するも、
「お兄さん! 逃げよッ」
「……ッ!! あぁ、そうだな!!」
レイナの一言に我に返る。
そうだ。
こんな得体の知れない女と戦えるかッ!
ここは一時撤退。
ギルドに報告する…………───ひゅ、スタン!!
「ぐお!」
「ひゃあ!!」
突然目の前に件の黒衣の金髪女が現れた。
う、嘘だろ?!
(い、一瞬で、……お、俺を飛び越えた?)
何の予備動作もなく、黒衣の女がコートの裾をはためかせてルビンの前に降り立った。
「退路遮断。大人しく指示に従ってください」
ダンっ!
と力強く一歩目を踏み出しルビン達を威圧する女性。
「く……!」
「お、お兄さん?!」
撤退を選んだルビンが踵を返して遁走開始、一歩目を踏み出した時、フワリと舞い飛んだ黒衣の女がルビンの前に降り立ち進路を塞いだのだ。
この時点で、もはや戦うしか道は乗っていない。
「拘束します」
「ち!」
しゅっ! と目にもとまらぬ早業で抜き手がルビンを捉えんとする。
だが、ドラゴンの力を得たルビン。だからその動きが見えていた……しかし、それでも辛うじてッッ!!
「は、早い……! けどっ!!───捕まれと言われて、大人しく捕まるわけがないだろう!! 悪いけど、しばらく大人しくしてろ!!」
そうだよ!
なにも正面切って戦う必要などない!!
こんな得体に知れない奴は───……!!
そうとも!
ルビンの十八番の────「タイムっっ!」だ!
タイム!!!!!
「抵抗は───」
カチっ……!
ルビンに手を伸ばした状態で硬直する女。
よし……!!
よし、よしよし!! よし!!
効いた!!
効いたぞ!!
効い、た──────え??
ルビンの能力、最強の「タイム」が発動し、その黒衣の女を止めたはず。
そう止めたはずだったんだ……。
だが──────……。




