第31話「【タイマー】は、換金する」
「では、明日また来てください」
「了解」
セリーナが手をブンブン振りながら見送ってくれた。
「さて、今日はこれからどうしようかな……」
微妙に時間が余ってしまった。
そして、帰り際にちょっとした荷物を渡されたのだが……。
うーむ……。
「昨日の余り物かー」
セリーナが渡してくれたのは、先日エリック達が回収しなかったドロップ品の数々だ。
たしか、預かり証を渡されていたのだが、それを「持って帰れ」と半ば強引に渡された。
受け取ったのは、
ダンジョン産のレアボックスと、そこに残った僅かな素材や小さなアイテムの類だった。
パッと見た限りでは目ぼしいものはなさそうだ。
「まぁ、ちょうど路銀も尽きて来たし。売れば足しにはなるかな?」
ルビンはやたらと嵩張るレアボックスをズルズルと引き摺りながら街をぶらぶらと散策していた。
さっさと宿に帰ってもいいのだが、何となく手持無沙汰だったのだ。
お金に余裕があれば貸本屋にでも行くのだが、手持ちが寂しくそれも憚られる。
それもこれも、なんだかんだでギルドで仕事ができていないのだから仕方がない。
何か適当な依頼を受けても良かったのだが、明日ギルドに顔を出すという約束をしている以上、掛け持ちのクエストをするのも具合がよろしくない。
日帰りでできるような手軽なクエストは、ダンジョン都市では早々見つかるものではない。
「まずはコイツを売るか……邪魔だし」
チラリとレアボックスを見下ろすルビン。
街中でこんなもんを引き摺ってちゃ、目立つうえに邪魔臭い。
さっさと売ってしまおう。
「まずは───古物商のと」
「へい、あんちゃん! 肉どうだい? 肉!!」
ん?
ブツブツとお金の皮算用をしていたルビンの思考をかき消したのは威勢のいい物売りの声。
それと同時に食欲をそそる肉の香りがフワリと漂った。
(屋台か……)
いつのまにか屋台通りに出ていたらしい。
ここは冒険者たちの宿が立ち並ぶ一角で、生活能力に乏しい傭兵や冒険者相手の軽食屋が連なった区画だ。
このあたりにはソロ冒険者をあてにした安宿から、そこそこのグレードの宿も多い。
───いい匂いだな。
暴力的なまでのタレの匂いにつられてルビンはついつい足を止めてしまった。
「いくら?」
「へぇ毎度! 三本で銅貨二枚でさぁ!」
高いな……。
銅貨一枚なら黒パンが一つ買える値段だ。
でも、食欲をそそる香りに誘われて、いつもならケチるところを遠慮なしに買うことにしたルビン。
なんたって自由なのだ。もう、エリックたちに気兼ねをしていたあの頃とは違うのだ。
買い食いくらい好きにしてもいいだろう。
「わかった。甘いのと、辛いのと、しょっぱいので、三本くれ」
「あぃよ!」
銅貨を払って串を買うルビン。
さっそくガブリと噛みつくと、ジュワァと肉汁が口の中で溢れた。
あ、うまい
油の処理があまい肉だったけど、その分脂身本来の甘味が凄く濃縮されていた。
少々臭みが気になるが、それを覆い隠す香辛料とそこに絡む甘辛いタレがベストマッチする。
あっという間に一本を平らげると、串を返し二本目にかぶり付きつつ屋台街を散策する。
パーティにいた頃は時間がなくて、散策する余裕もなかった。
チリィン♪
「うん……。たまにはいいよな? キウィ」
腕の鈴が機嫌よさげになった気がして、ルビンも気分よく屋台街の散策を続ける。
串焼きに始まり、林檎酒、洋風おでん、マッシュポテト、ザワークラウト、ライムの砂糖漬け。
とにかく目についたものを次々に購入する。
今まで、我慢してきた分が一気に解放されたかのようで歯止めが効かない。
でも、
楽しい。
おいしい。
嬉しい……。
「おっちゃん、べっこう飴ちょうだい」
「あいよ───って、兄ちゃん、金たりねーぞ?」
え? うそ……!
「おいおい、砂糖は貴重なんだぜ。一個銅貨5枚は妥当な値段だ。あんた、銅貨三枚しか持ってねぇじゃねぇか。冷やかしなら帰ってくれ」
「あー……ゴメン」
どうやら後先考えずに買い食いをしているうちに手持ちのお金を使い切ってしまったようだ。
いつものルビンなら、パーティのことを考えて節制するのだが、今は一人だ。
飴売りに謝罪すると、財布の中身が随分軽くなったことに気付いて空を仰ぐ。
「───ま、いっか」
明日のことは明日考えればいい。
「邪魔臭いし、レアボックスは古物商に買い取ってもらうか……。残りは素材屋かな」
まずは嵩張るレアボックス。
外装に金などがあしらわれているのでそれなりに価値があると思う。
売れば宿代の足しくらいにはなるだろう。
屋台街の隅にある冒険者御用達の古物商を訪ねると、ルビンはよっこいせ、とレアボックスを差し出した。
「いらっしゃ───うお?! ルビンさんか?!」
馴染というほどではないが、何度か買い取りを頼んだ事のある店主だ。
だから、いつもなら、話はとんとん拍子に進むのだが……。
いきなり大物を持ち込んだルビンに驚いていた主人。片眼鏡をつけて鑑定し始めて───また驚く。
「こ、こりゃあ……。る、ルビンさん、アンタこれがいくらするか知ってるのかい?!」
「え? いや、さぁ?」
ダンジョンからレアボックスを持ち帰るのなんて初めてだ。
たまたま今回は適当な容れ物がなかったから持ち出したけど……。そんな驚くほどの物か?
「……外装は金と黒檀。そして、金具にオリハルコン。蝶番はミスリル! 装飾は魔石ですよ?!」
「ぅうえ?!」
綺麗だとは思ってたけど、レアボックスの塗装の下は希少金属だったらしい。
そして、宝石かと思えば魔石……。
魔石とは名前のとおり魔力を貯める石で、一見すれば安いガラス球にしか見えない。
「参りましたね……。素晴らしい一品なので、買い取りたいのはやまやまですけど、」
パチパチと異国の計算機を弾く古物商。
「ん~む……。ちょっとウチにある資金じゃ買取できませんね」
「え? そ、そんなに?」
目利きに自信があるというほどではないけど、ルビンだってこれまでもSランクパーティの一員としてドロップ品を沢山見てきたつもりだ。
それでも、商店が買い取り不可能というほどのお宝に出会ったことはない。
「どうします? 時間を頂ければ資金を準備しますが……」
「えっと、どのくらい?」買取金額と時間は───。
商人はう~ん、と唸っていたが、
「一週間は……」
「一週間?!」
金額よりもまず期間が出てきたことに驚くルビン。
もちろん、そんなに時間を掛けていられないということもあるが、それだけ時間を掛けないと集められない資金だという。
だが、ルビンが欲しいのは今日泊まるための宿代だ。
「と、取りあえず預かってくんない? 引取証と交換で、今日払える分だけ手付金として頂ければそれでいいから」
「おぉ! それでもよろしいですか? ですが、残りはすぐにお渡しできるとはお約束できませんよ?」
一週間はあくまで目安だ。
それに、この商人が引取証を無視して持ち逃げする可能性もある。
「信用してるよ。ここでヘタを打てばダンジョン都市中に悪名が広がるからね。……やらないでしょ?」
全く笑っていない目でルビンは口角をあげる。
白髪で筋肉質。見た目の随分変わったルビンを一目で見分けていた商人だ。目端は相当に利く。だから、ルビンの言わんとするところは充分に理解しているだろう。
すなわち、高ランクの冒険者相手に不義理を働くとどうなるということかを……。
「めめっめ、滅相もない! もちろんですよ。わたくしめをご信頼ください!」
カクカクカク! と連続首肯で揉み手三昧。
そして、あれよあれよというまに、皮袋に包んだお金と一枚の証文が渡された。
「ありがとう。また来るよ」
「は、はい! どうぞご贔屓に───」
慇懃に礼をする商人の見送りを受けルビンは古物商を後にした。
物騒な街中で、突如として大金を手にして───……。