第24話「【タイマー】は、断る」
「それにしてもルビンさん……。そのスキル? ですか。一体それは……?」
「スキル?…………あー! 『タイム』のこと?」
セリーナが訓練場の後片付けを職員に指示しながら、ルビンに話しかけてきた。
「は、はい。恐らくそれです」
「ん~。俺も詳しくはわからないんだけど、【テイマー】とは違った天職に【タイマー】っていうのがあったみたい。これが普通なのか知らないけど、転職時におこった一種のミスなんじゃないかと思うんだ」
「み、ミスですか?」
「うん……。転職のいきさつは聞いてる?」
ギルドマスターが知っているくらいだ、情報はほとんど筒抜けだろう。
「え、えぇ。概要は多少」
「なら話は早いや。転職神殿にいた女神が言うには、『入力ミス』だとか何かで、【テイマー】の一文字を間違って【タイマー】にしちゃったらしいんだよ。どういう仕組みかは知らないけど、それで俺は『テイム』のスキルのかわりに『タイム』を手に入れたのさ───」
そういって、未だ茫然としているギルドマスターに向かって「タイム!」と発動する。
すると、ポタポタと零していた涎がピタリと止まり、呼吸も鼓動も瞬きも停止した。
「す、すごい……」
「ねー。凄いよ、このスキルは───まだ、どれほどの力を秘めているのか俺もわからないんだ」
ピタリと止まったギルドマスターに向かって、パチンッ! と指を弾いて時を戻す。
別に指を弾く必要はないみたいだけど、雰囲気って奴だ。
「……動いた。す、すごいですね、だけど、まるでこのスキルは───……」
「ん?」
セリーナ嬢は凄いという割に顔を曇らせている。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ……その、」
何か言おうとしていたようだが、セリーナ嬢の言葉を遮るように、
「───ず、ずるいぞ、お前!! お、おおおお、おまえ、強化薬飲んでるだろ!!」
「は?」
「ギルド職員以外が強化薬を使うのは違反だ! 違反!」
突如としてギルドマスターがルビンに掴みかかってきた。
「飲んでねーよ」
「嘘つけ!! 強化薬でも飲まないとお前が俺に勝てるわけねーだろ!!」
「しらねーよ!」
ペシッとギルドマスターの手を払いのけるもしつこく食い下がるギルドマスター。
「ぐぬぬぬ!! ただではすまさんぞ!! おい、セリーナ! コイツを逮捕だ! 逮捕しろッ! ギルド権限で、冒険者を一時的に拘束するッ!」
「………………ギルド権限?」
ギャイギャイと騒ぎ始めたギルドマスターを冷たく見下ろすセリーナ嬢は、まるで馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに吐き捨てる。
「───それを履行するのはアナタではありませんよ」
パチンッ!
そうやって指を弾くセリーナ嬢。
ルビンのそれと異なり、実に様になっていてカッコいい──────って!! 何だ?
「「ダンジョン都市ギルドマスター、グラウスだな」」
「な、なんだお前ら?!」
突如、野次馬となっていた冒険者の中からゾロゾロと複数の黒衣の集団が現れた。
そいつ等は全員軽鎧に短刀という身軽ないでたちで武装しており、有無を言わせぬ雰囲気を纏っていた。
「せ、セリーナさん?」
「ルビンさんは下がっていてください。───拘束してちょうだい」
「「「はッ!」」」
ガシッ!! と掴み取られるギルドマスター。その顔は混乱していたが、自分が危機的状況にあると理解したのか、やにわに暴れ始めた。
「ぐお! 離せッ! 離せぇぇぇえええ!!」
「抵抗するな!」
「神妙にお縄につけ!!」
しかし、あっという間に取り押さえられうギルドマスター。
その様子だけでも相当な手練れだと分かる。
「えっと……彼らは?」
セリーナ嬢を振り返るルビン。
その視線をちょっとこそばゆそうに見返すセリーナ嬢は頭を掻きつつ言う。
「は、はぁ……その、ギルド憲兵隊です」
「ギルド憲兵隊?!」
聞いたことがある。
ギルド内での汚職や内部監査を主に取り扱う部署で、最精鋭かつ極秘部隊だと……。
噂では聞いたことがあるけど、こんな連中だったなんて。
それにしても、どうしてそんな部隊をセリーナさんが?!
「せ、セリーナさんってもしかして……」
「へ?………………いやいやいやいやいや!! 違いますよ! ルビンさん、私のことギルド憲兵隊だとか、ギルド上層部の人間だとかと勘違いしてません?!」
いや、違うの?
「───違いますよ!!」
「で、でも……たまたまここにいたなんて説明、誰も信じませんよ」
そう言うと、周りの冒険者も驚いてセリーナ嬢から距離をとる。
だって、ギルド一の怖い部隊とお知り合いのお姉さんなんて…………多少は脛に傷のある冒険者からすれば中々に怖い相手だ。
「だーーーーー!! もう!! 違います! 本当にたまたまなんです!!」
「たまたまって……」
はぁ、とため息をついたセリーナは言った。
「試験用紙ですよ。ルビンさんのために特別に手配したランク再認定の筆記試験の答案───これ、ルビンさんはあっさり解いちゃいましたけど、結構重要書類なんです。不正防止のためにも超法規的部隊のギルド憲兵隊がこれの輸送を担っているんです」
だから、緊急で王都から取り寄せた際に、彼らが輸送し───たまたまギルドにいたというだけ。
「たまたまだとぉぉおお!! セリーナ貴様裏切ったのか!!」
「いや、裏切るも何も、アンタ無茶苦茶しすぎでしょう……。大抵のことは黙認されても、これはちょっとね……」
そういって、ギルドマスターが乱用していた強化薬の小瓶を拾い、ギルド憲兵隊に手渡すセリーナ。
「そ、それは───ギルド職員だから検査のために……!」
「検査のために何本も飲み干す人がいますか? いずれにしても、あとは憲兵隊本部でどうぞ」
「な! セリーナ!! セリーナ貴様ぁぁぁあああああ!!」
最後までギャーギャーと騒いでいたギルドマスターだが、屈強なギルド憲兵隊に拘束され、ズルズルとどこかへと引き摺られていった。
「はぁ、ようやく静かになりましたね」
「ですねー。……いや、セリーナさんやりますね」
そう言って、セリーナ嬢の手腕を褒めたたえるルビン。
「や、やめてください! 私はただ職務を遂行しただけです───ですが、これが正しい道だと思ってます」
そう言って真っ直ぐにルビンの目を見るセリーナだったが、
「……………………これでギルドマスターのポストが空きましたね」
ニッコリ。




