俺はお父さんになってしまった2
【1】
なんということだ。
俺の育てた竜が、ただの女の子になってしまった。
あまりに突拍子もない展開に、俺は絶句した。
正直言って信じられなかった。
「エルミーなのか? 本当に?」
俺は何回もそうたずねてしまった。
そのたびに、エルミーは「そうだよ」ときらきらした瞳で
うれしそうに答えるのだった。
「エルミーってなんですか?」
そういえば、アヤノさんはエルミーのことを知らなかった。
「俺の愛しい飼育竜だ」
「えっ。愛しい……飼育竜……?」
アヤノさんの俺に対する視線が、変態を見るような目になってしまった。
飼育竜というのは本来、感情を注ぐ対象ではない。
ペットではないし、仕事で育てているからだ。
そういう存在に、「俺の愛しい」とわざわざつけて、
答えてしまったのだから、変な目で見られてしまう。
ましてや、今のエルミーは、少女化しており、
愛しい飼育竜から、愛しい飼育少女になってしまったのだから、
なおさら変態度が加速してしまった。
待ってくれ、アヤノさん。
俺はエルミーが好きだが、竜のエルミーが好きなのであり、
少女が好きなわけではない。
弁解するしかない。
「違うんだ、アヤノさん。
俺は竜が好きであって、女の子が好きなわけではない。
だから変態とかそういうわけじゃないぞ!」
「それは、それで……ちょっと」
アヤノさんはひたすら目を伏せた。
まだ変態扱いしている。
俺は何も間違ったことは言っていない。
竜が好きなだけの普通の飼育員だ。
毎日エルミー(竜の姿)に抱き着いていたのは、
少しいきすぎだったかもしれないが、
普通に竜に愛情を注いでいるだけだ。
ここまで引かれてしまうとは……。
俺は回答を間違えたのだろうか。
がっくりうなだれる。
「お父さん、どうしたの?
そんなに落ち込んで……」
「いや、なんでもないよ。ははっ」
俺は薄ら笑いを浮かべる。
愛しい飼育竜は少女化してしまい、
アヤノさんには変態を見るような目をされてしまい、
俺の気分は下がりまくる一方だった。
【2】
俺は一番気になっていることを聞いてみる。
「エルミー。いつの間に人間の姿になったんだ?」
「うーんとね。
きょう朝起きたら、こういう姿になってたの。
あんまりよくおぼえてないけど」
「そうか……」
「ユートさん。
エルミーが人間になってしまったのは、
おそらく、制御室が武装集団に占拠され、
竜の制御魔法が切れたことと、
関係性があるかと思われます」
「そうだな。そうとしか考えられない。
突然すぎる。
まさか竜が人間になってしまうなんて……」
竜が人間になる。
そんな話、俺は聞いたことがない。
竜に詳しい専門家なら、何か知っているだろうか?
そして、竜に戻す方法はあるのだろうか?
だが、こんな飼育場で、こんなことを考えていても仕方がない。
俺は、とりあえず、みんなのいるシェルターに帰ろうと思った。
エルミーにも会えたし(女の子になっていたけど)
「アヤノさん。シェルターに帰ろうか。
エルミーには会えたことだし」
「わかりました。
でも……エルミーさんも連れて帰るのですか?」
「そうだよ」
「シェルターにいる他の人たちにはどう説明しましょうか」
「そういえばそうだな……。
説明がまずいと、なんかあやしまれそうだ」
竜が少女になった。
こんな説明をして受け入れられる人がどれくらいいるだろうか?
秘密にしておいたほうがいいだろう。
でもその場合、なんと説明すればよい?
飼育場で迷子を確保しました。
うーん。なんだか苦しい説明だな。
「エルミーの説明は、車内で考えよう。
とりあえず、今は、車に戻ろう。
いつまでもここにいると、竜が戻ってくるかもしれない」
「そうですね」
さてこれから、ほかの竜たちに出会わないように、
気を付けて、こっそり帰らないといけない。
飼育場は、なんだかんだ言っても、竜の住家であり、
今はここにいないけれども、いつかは戻ってくるはずだ。
特に、この飼育場で飼われている竜は、
エルミーと同じで、小型竜が多い。
「小型」と言っても、人間より少し大きい程度だが、
ずんぐりした大きな竜に比べてすばしっこく、
追いかけられたら逃げきれない。
だから早く立ち去らなければならなかった。
なのだが……。
そう簡単に俺たちを帰してくれることはなかった。
【3】
「車が竜に囲まれていますね……」
「だな」
駐車場に戻ってきてみれば、
俺たちの車はすっかり竜たちに囲まれていた。
小型竜の群れが10体程度だろうか。
車をエサか何かと勘違いしているのか、
物欲しそうな感じで車のまわりをうろうろしている。
竜に見つかるとまずいので、俺たちは、
駐車場の壁に隠れ、様子を伺っていた。
「アヤノさん、制御魔法で竜をおとなしくできないか?
このままじゃ、車に戻れない」
「私が制御魔法でおとなしくできるのは1体だけですね。
複数の竜となると、制御が難しいんです」
「そうか。あんなに数が多いのでは、
1体おとなしくしただけじゃ意味が無いな……」
「お父さん! 私がやるよ!」
エルミーがそう言いだした。
「やる」って、何をやるつもりだ。
まさか「殺る」なのか!?
我が娘(娘じゃないけど)が、たとえ竜とはいえ、
生物を殺戮する光景をあまり想像したくなかった。
「エルミー。お、お、落ち着け。
まだ何か方法はあるはずだ……」
「お父さん。ちょっとあの竜たちとお話してくるよ」
「お話?」
お話とはなんだろうか?
まさか交渉でもするつもりだろうか。
おだやかな解決方法を提示されてしまった。
「そこで待ってて、お父さん」
「お、おう……」
「あ、そうだ。竜の姿にならないとお話できないや」
そう言ってエルミーは、竜の姿に変身すると、
小型竜の群れに向かってズシズシと近づく。
エルミーの姿に気づいた小型竜たちの視線は、
一斉にエルミーのほうに向く。
おいおい、大丈夫か……。
俺は、自分の娘が危険な場所に出かけたような気分になりながら
不安な気持ちで見守った。
その心配は無用だった。
小型竜たちとエルミーは、ガァガァと鳴き声をあげながら
話し合って(?)いたが、数分後、
小型竜たちは車から離れ、森のほうへ消えていった。
こんなにあっさり消えていくとは。
竜というものは、意外と話が通じるのだろうか?
エルミーを通じて話し合えば、案外あっさり引いてくれるのかもしれない。
「お父さん。
あの子たちは、あの鉄のカタマリ(※車のこと)が
珍しくてじろじろ見ていただけなんだって」
エルミーは人間の姿に戻ると、俺たちに事情を解説してくれた。
そうだったのか……。
竜から見れば、車は不思議な存在だものな。
とにもかくにも、エルミーのおかげで、無事に帰れそうだ。
【4】
竜の飼育場から無事帰還した俺たちは、
シオン先輩に大目玉をくらってしまった。
無断で外出したのは、やはりまずかったようだ。
俺たちの人命に対する心配はもちろん、
次いで叱られたのは、車の使用だった。
車の燃料だって有限である。
閉鎖されたこの島で、燃料がいつ届くか一切わからないのだ。
今ある燃料だけで車を動かさないといけない…
シオン先輩が激怒するのも無理ならぬことだった。
俺がシオン先輩のお叱りを粛々と受け止めていると、
エルミーが割って入ってきた。
「お父さんをいじめないで!」
「お、おい!」
竜の飼育場で会ったときから、
エルミーはそのまま俺についてきた。
そのまま置き去りにすることもできず、
人間化した少女の姿では、放っておくこともできなかった。
シオン先輩は、俺とエルミーの姿を見比べ、疑念の表情を浮かべた。
「『お父さん』……? どういうことなの?
ユート君。この子はあなたの娘?」
「いや、娘っていうわけじゃ……」
「じゃあなんなの?」
シオン先輩の追究がゆるむことはない。
うう……。
もっとマシな言い訳はないだろうか?
「はい、父親です」
と言ってしまえば、ややこしいことになりそうだ。
俺が「彼女無し独身」だということは、シオン先輩も知っている。
それが突然「父親です」と言っても通らないだろう。
じゃあ、飼育竜が人間になってしまいました。
と正直に言ったほうがいいだろうか?
……信じてもらえるとは思えない。
そうだ。従妹ということにしよう。
従妹であれば、まだ説明がつくだろう。
「い、従妹です。少しばかり年齢が離れているんですけど。
俺に対する呼び方がちょっと変なんですけど、
いろいろ事情があって……」
「従妹?
……その従妹さんの服装は、飼育員用の服装よね?
しかもサイズが合っていないようだけど」
シオン先輩の鋭い指摘が飛ぶ。
たしかに今のエルミーは、飼育員用の服装をしていて
しかもブカブカだ……。サイズが合っていない。
それしか着せる服が無かったからだ。
服装のことはなんと説明すればいいだろう?
従妹が、サイズの合わない飼育員の服装をしている理由……。
俺は、無い脳みそをフル回転させて理由を作り出す。
「いえ、ちょっと……。
従妹は、竜の飼育という仕事に興味がありまして、
俺がつい、断り切れず、飼育員用の服装を着せてしまいました」
「ふぅん。それで従妹さんに飼育員のコスプレをさせてるのね」
「そうそう、それです」
「……」
シオン先輩は、よりいっそう強い疑念の目を向けている。
まずい。
非常にまずい。
こういう場合、言い訳はすぐばれる。
シオン先輩には、これまでに何度も何度も怒られたことはあるが、
俺の経験上、どうしようもない嘘はあっさりバレる。
するどいし、逃げられないのだ。
今回の場合だって、どう考えても、どうしようもない「嘘」であることは明白だ。
「もうちょっとマシな嘘をつくことね。
まあいいわ。
そういうことにしといてあげる」
嘘はバレている。そうに違いない。でも、追究は止めてくれた。
微妙に回避したのだろうか?
俺は胸をなでおろすと同時に、一抹の不安をおぼえた。
「ところで、従妹さんの名前はなんて言うの?
この際だから名前をおぼえておこうと思うわ。
ね? お名前はなんて言うの?」
シオン先輩は、エルミーにたずねる。
あっ。まずい!
「わたしの名前は、エル……んぐっ」
俺はあわててエルミーの口をふさぐ。
そのまま名前を言うな!
このままエルミーと言わせてしまえば、あきらかにバレてしまう。
「エルミー」という名前の竜の存在を、シオン先輩は知っているからだ。
普通の飼育員は、この島にいる、何百~何千という竜の名前をいちいちおぼえてはいない。せいぜい自分の飼育竜とその周辺くらいだ。
でも俺がエルミーの話ばかりするから、
シオン先輩もすっかりおぼえてしまっているのだ。
だからエルミーという名前を言わせてはいけない。
では、名前をなんと表現すればいいのか?
エルミーの代わりの名前……。
「え、エルマ! エルマです。
そうだよな、エルマ」
俺は強引に、エルミーにそう確認する。
本人は首を横に振りそうだったのだが、
俺の熱い視線と声色で察してくれたのか、
エルミーは、首を縦に振ってくれた。
「ふぅん……」
シオン先輩は、またしても怪しいものを見る目になっている。
どこまでお見通しなのだろうか?
俺はだんだん怖くなってきた。
「エルマ、ね。おぼえたわ」
「は、はい……」
「エルマにちゃんとした服装を用意してあげましょう。
そんなブカブカした服装じゃ動きにくいわよ。
竜がうろうろするこの島においては、動きにくい服装は死を招くわ」
それはそうだ。
体の小さいエルマに、大人の服を着せてるのだから、
動きにくいのはそのとおりだった。
実際エルマも動きにくそうにしていたし。
「港町エリアに行けば、服を売っているお店があったはずだから、
そこで調達できるはずよ。
そこまで行ければの話だけど……」
港町エリアはかなり遠い。
飛竜でならそんなに時間はかからないが、地上を行く車なら、
ここから数時間はくだらないだろう。
「……今の状況じゃ、容易に車は走らせられないわね。
どうしましょ。
まあ、家族で赴任している職員もいるはずだから、
そこから調達しましょう。
私に任せなさい」
「ありがとうございます」
「ところで、ユート君。
あなたに話しておかないといけないことがあるんだけど」
シオン先輩は、突然、真面目な顔つきになった。
声のトーンも低い。
あまりよくない知らせだろう。
「……なんでしょうか?」
「アリサのことなんだけど……。
あなたはアリサと仲が良かったわね?」
「アリサが……どうかしたんですか?
そういえば、今回の事件発生以来、姿を見かけていないですね」
「落ち着いて聞いてちょうだい。
さっきまで、私は、飼育員たちの安否を確認していたの。
無事だった飼育員も多くいたんだけど、
アリサは……」
俺は息をのんだ。
今、この島は、竜が自由に動き回る危険地帯だ。
アリサは死んでしまったかもしれない。
俺は覚悟した。
だが、シオン先輩から出てきたのは、意外な言葉だった。
「アリサは、竜を従えて、森林エリアを支配しているわ」
つづく