俺はお父さんになってしまった
ちょっと飼育竜の様子を見に来た。……のだが、
おかしなことになってしまった。
いま目の前にいるのは、飼育竜ではなく、全裸の少女だった。
俺は絶句し、反応に困った。
竜が暴走しているこの島で。
ましてや竜の生息地である飼育場内で。
こんな危険極まりない場所に子供(少女)がいるはずがない。
しかも全裸で……。
意味が分からない。
少女は、俺の姿を見ると、目を輝かせた。
「お父さん!」
少女は、突然、俺の胸に飛び込んできた。
は?
いま、「お父さん」と言ったか?
俺はこの少女を育てた記憶がないし、妻などいない。
ましてや恋人もいないし悲しい。
俺は、なぜか、突如として未婚(恋愛経験もない)の父親となってしまった。
「ちょっと待って。落ち着こう。俺はお父さんじゃないぞ」
これは少女に対して言ったつもりだが、
実際に落ち着くのは俺のほうかもしれない。
「ユートさん……? その子のお父さんだったんですか?」
すぐ近くに立ってたアヤノは、驚きの目で俺を見る。
ちょっと待て。誤解だし、そんな目で俺を見るな。
と言いたいところだが、状況が状況なだけに、何も言えない。
弁解するしかない。
「アヤノさんも落ち着いてくれ。
俺は子供もいないし、妻もいない。
恋人もいたことがない。
そんな人間が娘なんて育てているわけないだろ」
「それは、まぁ……そうかもしれませんけど」
アヤノさんは、気まずそうに俺から目をそらした。
その微妙な反応はやめてくれ。
俺がみじめになってしまう。
うう……。
アヤノさんへの弁明はあとにするとして、
とりあえず、今、俺に抱き着いている、この「自称」娘をどうにかしないと。
「俺はお父さんじゃないし、離れてくれ。
君はいったい誰なんだ。
子供がこんなところにいたら危ないぞ」
「ううん、お父さんだよ。私の」
「俺は君を見たことがない」
「私はお父さんを見たことがあるよ」
言葉は通じるようだが、まるで話がかみ合わない。なぜだ。
もしかして俺の前世はお父さんだったのだろうか?
いやいや、そんなことあるわけないだろ。
ファンタジーの世界の話じゃあるまいし。
俺はお父さんではない。
しかし、お父さんだと言わなければ、俺は解放されそうになかった。
とりあえずこれから30分だけでもお父さんになってみよう。
俺は覚悟を決めた。
「わかった。とりあえず俺は君のお父さんとしよう。
詳しい話は後で訊くから、
とりあえず俺から離れて、服を着てくれないか」
「服?」
きょとんとした顔で答える。
まるで「服って何?」と言いたそうな顔だ。
そんなバカな。
これくらいの年齢の少女が、服のことを知らないわけがない。
その昔、獣に育てられた双子の子供が、
裸のまま野生で生活していたと聞いたことがあるが、
まさにそんな感じの反応だった。
人間のはずなのに、人間の文明を知らない。
ん?
「人間のはずなのに、人間の文明を知らない」
自分で考えだしたその言葉が、妙に引っかかったが、
引っかかった理由をうまく言語化できない。
とりあえず、「お父さん」となった俺は、
抱き着く少女を引き離し、交渉()のテーブルについた。
「これから俺は君のお父さんだ。
だから、お父さんの言うことをちゃんと聞きなさい。
まずは服を着なさい。服はどこに置いてきた?」
「私はずっと前からこういう恰好だよ?」
「……は?」
だめだ。じょうしきがつうようしない。
この少女は、生まれたときからずっと、
生まれたままの恰好をしていると言いたいのか?
学校にはどうやって通っていたのだろうか?
興味は尽きないが、そういうことを考えている場合ではない。
しかし、困ったな。
子供みたいな年齢の少女とはいえ、
そういう恰好をずっとされると、
見えてはいけないものがチラチラ見えて、目のやり場に困る。
アヤノさんが見かねたのか、俺に助け船を出す。
「ユートさん。飼育場には、飼育用制服の予備が置いてあるはずです。
それを着せてあげましょう。
多分サイズはかなり合わないでしょうけど…」
なるほど。飼育用の制服か。
その手があったか。
「その手があったか! よし。
たしか、飼育場の横の事務室にあったよな。
ちょっととってくる」
俺は、さっそく、飼育場の制服をもってきた。
女性が着るサイズで、もっとも小さいものを持ってきたが、
それでも、この少女にとっては、サイズが大きくて、ぶかぶかだった。
上半身だけ制服を身に着けさせる。
ぶかぶかすぎてワンピースみたいになってるが、まあいいか。
何も着ていないよりは、ずっとマシだ……。
何はともあれ、これで人間らしくなった。
「あなたはどこからきたのですか? お名前は?」
アヤノさんはしゃがみこんで、少女にたずねる。
「ここがおうちだよ」
ここ(飼育場)がおうち?
竜の飼育場に人間が住めるわけないだろ。
ここは竜の住む場所だ。
うーん。まさか……。
俺はだんだん嫌な予感がしてきた。
現実を認めるのが怖い。
が、確認しなければならない。この少女の名前を。
「飼育場がおうちなの?
うーん?」
アヤノさんは理解が追い付いていないようだ。
俺はアヤノさんの横に割り込み、少女に話しかける。
「まさか、まさか君の名は……」
「お父さんはいつも『エルミー』って呼んでくれるよ」
つづく