その12 マリエッタ王女との再会
本日2話目です。読み飛ばしにご注意下さい。
次回は明日の朝7時に更新します。
「15:50。海岸線に到着」
『15と50と・・・書けましたわ』
僕の合図でティトゥが手元のメモ用の板に時間を書き込んだ。
ちなみに、僕たちは今、洋上索敵飛行から無事に帰って来た所である。
この作業も今日でニ度目。ティトゥもすっかり慣れたものである。
ちなみにこれらの段取りは、全てレブロンの港町で行った索敵遊びが元になっている。
あの時は、ふとした思い付きから始めた遊びだったが、早速こんな形で使われることになるとは思いもしなかった。
世の中何がどう役に立つのか分からないものだなあ。
ちなみにこの索敵飛行が始まってから、時間も距離も含めて全て地球の数字を使っている。
というか、そうするしかないのだ。
時間も距離も僕は計器で正確に測ることが出来るが、これをティトゥの使っている単位に直す知識が僕には無いのである。
例えば僕の計器で10km飛んだとしよう。これをアメリカ人に伝えるなら6.21マイル(kmでも伝わると思うけど)飛んだと説明することになる。
これはマイル・キロ換算値が1マイル=1.61kmだからである。
しかし、この世界との距離の換算値を知らない僕は、自分の計器の数値をどう変換してティトゥに伝えれば良いのか分からないのだ。
ましてやこの世界では時間は日の出を「明け六つ」、日の入りを「暮れ六つ」としてこれを基準に昼・夜をそれぞれ6等分している。
それじゃあ区切りが大雑把すぎる上に、季節によって単位時間が伸び縮みするというのだから、とてもじゃないが単位として使用できない。
そしてそれが当たり前だと思っている人間に、僕の不自由な現地語でこれらのことを理解してもらうのはどう考えても不可能だ。
結局僕はティトゥにアラビア数字を覚えてもらい、計器盤の数字をそのまま使うことにしたのである。
幸いなことにティトゥが僕の説明を積極的に受け入れてくれたおかげで、問題なく作業を進めることが出来たのだった。
おやっ?
『何だか屋敷に人が多いみたいですわね』
僕たちの宿であるエニシダ荘だが、ティトゥの言うように出発した時と何やら様子が異なる様子だ。
『まあ良いですわ。幸い庭には人がいませんし、今のうちに降りてしまいましょう』
何やら不穏な気配がしないでもないが、仮に逃げ出すとしても屋敷に残したカーチャを置いて行くわけにはいかない。
とはいえ、念のために着陸後も直ぐに飛び立てるように速やかに燃料増槽を準備した方が良いだろう。
僕はいつものように海軍式三点着陸を決めた。
途端に屋敷から銀色の髪の少女が飛び出して来た。
『マリエッタ様ですわ!』
そう、それはミロスラフ王国の王都で僕と契約した聖国の幼い王女。
マリエッタ・ランピーニ第八王女だった。
慌てて風防をスライドさせて飛び降りるティトゥ。
危なっ! みんなは絶対にマネするなよ?
『ティトゥお姉様!』
『マリエッタ様、お久しぶりです!』
お辞儀をするのももどかしく、すぐさま手に手を取り合って喜び合う二人。
マリエッタ王女を追って護衛と思わしき騎士達を先頭に、マリエッタ王女の侍女のビビアナさん、それとメイドのモニカさんがカーチャを伴って屋敷から走り出てきた。
急な事態についていけずにオロオロとする騎士達を尻目に、ビビアナさんとカーチャは喜び合うそれぞれの主を温かく見守っている。
『ハヤテさんもお久しぶりです!』
『サヨウデゴザイマスカ』
あ、これ言葉の選択を間違えたっぽい。
少し困った顔をするマリエッタ王女。
この場に流れる微妙な空気にマリエッタ王女の後ろに立つティトゥの眦が上がった。
『ゴ・・・ゴキゲンヨウ』
『ごきげんよう。ハヤテさんもお変わりない様子で』
慌てて言い直したが、今度は正解だったようだ。危ない危ない。
後でティトゥに大目玉をくらうところだったよ。
マリエッタ王女はニコリとほほ笑むとチョコンと行儀良く僕に頭を下げた。
その光景にどよめく周囲の騎士達。
後でメイドのモニカさんから教えてもらったことだが、王家の者は公の場で下々の者に対して頭を下げるようなことは無いのだそうだ。
どうりであの場が妙な空気になったわけだ。
何とかこの場を収めることには成功した僕は、ホッと一息つくと同時に『サヨウデゴザイマスカ』も万能ではないのだなと肝に銘じることにした。
それはさておき、そういえば今回の旅行はマリエッタ王女の招待だったんだっけ。
最初に到着したレブロンの港町でも毎日海の上を飛んでいたし、何となく洋上飛行をするために来たような気になっていたよ。
久しぶりにティトゥに会ったことでテンション爆上げ状態のマリエッタ王女に捕まったティトゥは、そのまま王女に屋敷にドナドナにされて行った。
中で軽い食事とお茶をするようである。
洋上索敵飛行でティトゥが書き溜めたメモ等は、今、メイドのモニカさんとカーチャによって仕分けされている最中だ。
ちなみに今では彼女達もすっかりアラビア数字を覚えている。
モニカさんに至っては、時間と距離も把握している様子だ。
メイドってそこまで出来るものなの? カーチャを見ているととてもそうには思えないんだけど。
『どうしましたか?』
え~と。何だか楽しそうですね。
『ええ。おかげ様で刺激的な日々を送っていますよ』
いつもの謎めいた笑みでニッコリとほほ笑むモニカさん。
う~ん。確かに愛想の良い美人さんなんだけど、どこか気が許せない人なんだよな。
僕の戸惑いを察したのか、カーチャが不思議そうに僕を見つめている。
ちなみにカーチャは今ではすっかりモニカさんになついている。
確かに、モニカさんはいかにも「頼れる先輩」って感じだからね。
僕はふと屋敷の方へと目を向けた。
ティトゥは今頃マリエッタ王女と仲良くキャッキャウフフしているんだろうな。
僕は美少女達のお茶会の光景を想像してほっこりとした。
そんな僕を面白そうにモニカさんが見ていることに、この時の僕は気が付いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
なんでしょうねこの空気・・・。
テーブルは妙な緊張感に包まれています。
ハヤテから降りた私は、久しぶりに再会したマリエッタ様に手を引かれてこのテーブルに着きました。
そこまでは和気あいあいとした楽しい雰囲気でした。
しかし、そこにエニシダ荘でのホストであるパロマ第六王女殿下とラミラ第七王女殿下が来られてから、どこかギクシャクとした空気になってしまいました。
というかここまでハッキリとしていれば、全員とお付き合いの浅い私にだって分かります。
このお二人とマリエッタ様は姉妹仲が悪いんですわ。
どうやらお互いに相手のことを嫌っている様子です。
マリエッタ王女は第四夫人、パロマ第六王女殿下とラミラ第七王女殿下はそれぞれ第二夫人と第三夫人の娘だと伺っています。
・・・あらっ? パロマ第六王女殿下が第三夫人、ラミラ第七王女殿下が第二夫人の娘だったかしら?
こほん。ともかく、それがお互いの性格によるものなのか、母親の違いによるものなのかは分かりませんが、どうやらマリエッタ王女とお二方は仲がよろしく無いご様子です。
私はチビチビと食事を口に運びました。
というか、このお皿が片付いたら何かお話をしなければなりません。
こういう場合はどうするんでしたっけ? 目下の者から話題を振るのがマナーでしたっけ? 逆に黙っていなければいけないんでしたっけ?
こんなことなら日頃からカーチャに言われているようにパーティーマナーもちゃんと覚えておくべきでしたわ。
ああ・・・カーチャ。私が悪かったから助けて頂戴。
今すぐハヤテが庭で暴れてくれたらこの場がうやむやになるというのに・・・
私が現実逃避している間にも無情にも食事は進み、ついに食後のお茶の時間になってしまいました。
・・・いや、だってお腹が空いていたんですもの。
ハヤテはいつも私に「オニギリ」を出してくれるけど、正直に言ってあれだけでは足りないのよね。
おかわりをするのもはしたないですし、かと言って「オニギリ」があるのにお弁当を持ち込むというのも恥ずかしいですし・・・
何とかならないものかしら?
「ティトゥお姉様?」
マリエッタ様の声にビクンと反応してしまいました。
「マリエッタ、前から思っていたけど、貴方なぜティトゥお姉様のことをお姉様と呼ぶのですの?」「そうよ。私達のことは全員姉上と呼ぶくせに」
今それを言うんですの?! 出来れば他の話題にして頂きたいんですけど!
「私が誰をお姉様と呼んだって姉上達には関係が無いじゃないですか? それにいつから姉上達はティトゥお姉様のことをお姉様と呼ぶようになったんですか?」
おとなしいと思っていたマリエッタ様の思わぬ反論に私は驚いてしまいました。
いえ、マリエッタ様だって家族を相手にした時くらいは、忌憚のない意見を言ってもおかしくはありません。
私は何となく、マリエッタ様は家でもおとなしい良い子なんじゃないかと思っていました。
「それこそ貴方には関係ない事ですわ」「ええ、ティトゥお姉様はお姉様ですわ。だったら貴方の方がお姉様と言うのを止めたらどうかしら」
「それは私も譲れません」
というかあなた方は何の話をしていらっしゃるのかしら?
私は聖国の王族に妹を持った覚えは無いんですのよ。
ハヤテ、貴方の契約者がピンチですわ! 助けて頂戴!
残念ながら、私の心の声はハヤテには届きませんでした。私は針の筵の上でお腹がタプタプになるまでひたすら無心にお茶を飲み続けたのでした。
次回「ティトゥの人命救助」