その9 ティトゥ独演会
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「ハヤテの翼は誇らしげに振られ、パレードに集まった王都の人々は大空を舞うドラゴンの雄姿に心を奪われ、いつまでも彼に惜しみない賛辞を贈るのでした」
ティトゥは話を締めくくると、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。
彼女の正面に座っているのは双子のようによく似た一組の少女達。
第六王女パロマと第七王女ラミラである。
・・・と、二人の周囲にひしめき合うように立つのはメイドと使用人達。
全員から示し合せたかのように一斉に、ほうっ、というため息が漏れた。
いつの間にか夏の日もすっかりと傾いている。
ほぼ一日中、ぶっ通しで自分とハヤテとの物語を語りつくしたティトゥは、心地よい疲労感の中、どこかツヤツヤとして誇らしげに見えた。
話の始まった当初、この部屋にはティトゥと王女達、それに彼女達のお世話のメイドが二人の五人だけだった。
そして彼女達は全員、ティトゥの語る不思議な話にすっかり心を奪われてしまった。
それは聞いた事もない奇妙な物語だった。
しかし、その物語は神話の時代の話でもなければ、今は滅びてしまった国にまつわる遥か昔の伝説でもない。
彼女達が知っている近隣の国で、ほんのつい最近生まれたばかりの全く新しい物語なのだ。
そんな最新のドラマを体験した本人自らが語るのである。
これに興味を示さない者など、この世界の何処にもいないだろう。
またティトゥの語り口も上手かった。
時に勇ましく、時にロマンチックに。
ティトゥの口から淀みなく語られる、ちっぽけな人間の少女と偉大なドラゴンの物語に、娯楽の少ないこの世界の女性達が夢中になってしまったのも致し方のないことだった。
そして彼女達がいつまでたっても戻って来ないため、手の空いた別のメイドが呼びに来た。
当然のように、そのメイドもティトゥの話にすっかり夢中になってしまった。
いつまでも戻って来ないメイド達を不思議に思い、今度は休憩中の使用人が顔を出した。
ちなみにティトゥの話が男の使用人にも好評なことは、以前マチェイ家の使用人で分かっていたことである。
こうして次々と抜けられない人間が増えて行き、いつしか屋敷のほとんどの人間がこの部屋でティトゥの話に聞き入ってしまっていたのだった。
興奮冷めやらぬ表情で語り合う使用人達。
後から来た者は最初の方の話を聞いていないため、周囲の同僚にしつこく尋ね回っている。
彼らの名誉のために言っておくが、彼らは王城で厳しくしつけられたエリートである。
日頃はこのように自分の仕事を忘れるような緩い人間では決してないのだ。
ティトゥの話が面白過ぎたのが彼らの不幸であった。
そして、部屋の外では初老のメイド長、マルデナが頭を抱えていた。
彼女は屋敷から姿を消した部下を捜し、この部屋にたどり着いていたのだ。
本来であれば直ぐに声を掛けるところだが、お客様であるティトゥが気分良く喋っている所に水を差す訳にはいかない。
というよりも、彼女をもってしてもこの場の異様な雰囲気に横から口を挟めなかった。
結局、彼女も他のメイド同様、仕事をサボって最後までティトゥの話を聞くはめになり、今は自責の念に駆られていたのである。
「素敵ですわ、ティトゥお姉様。ねえ、ラミラ」「ティトゥお姉様とドラゴン。通い合う二人の心に私も感動致しましたわ。素晴らしいお話でしたわね、パロマ」
第六王女パロマと第七王女ラミラは、頬を染めて遠くを見る目をしている。
いつの間にか二人もティトゥのことをお姉様と呼ぶようになっていた。
二人の王女は今ではすっかりティトゥのファンになっていたのだ。
そんな憧れの目を向けてくる二人に、どこか居心地が悪そうにするティトゥ。
流石にこれは良くない、と本人にも分かっているようだが、他国の王女にどう言えば良いのか分からずに内心焦っているのだ。
ティトゥ独演会は、ようやく我に返ったメイド長マルデナの登場でお開きとなった。
真っ青な顔をして慌てて散っていくメイドと使用人達。
今更ながら自分達が職場放棄をしていたことに気が付いたのだろう。
後日、彼らの査定に響かなければ良いのだが。
こうして彼女達の口から今度はランピーニ聖国で姫 竜 騎 士の伝説が語られることとなるのだった。
ティトゥ好みに脚色されたこの話を、ハヤテは後に聞かされて羞恥のあまり悶絶することになるのだが、それはまた後日の話。
日はすっかり暮れて外は夜のとばりが下りている。
あれほど上がった気温も、今では涼しい風が吹いてすっかり過ごし易くなっていた。
ここエニシダ荘のあるモンタルボは、夜にもなれば灯り一つない寂しい土地だ。
二人の王女達にとっても、ここはいつ来てもつまらない退屈な場所だった。
しかし、それも昨日までの話。今日、二人は興奮冷めやらぬ気持ちで部屋の窓から星空を見上げていた。
「ティトゥお姉様はドラゴン・ハヤテに乗ってこの空を飛んだのね」「雲の上から見た一面の星空はさぞ綺麗だったでしょうね」
ハヤテは頑として危険な夜間飛行を拒んでいるため、ティトゥは夜に空を飛んだことは一度もない。
しかし、二人は想像の翼をはためかせ、ドラゴンに乗ったティトゥが星空を飛ぶ姿を思い描いていた。
それはたいそう美しく心惹かれるロマンチックな光景だった。
「ティトゥお姉様はマリエッタに招待されて聖国に来たのよね? ラミラ」「・・・なんだか不愉快だわ。あの子はティトゥお姉様の何なのかしらね、パロマ」
自分達の憧れのアイドルが、いつも澄まし顔で気に入らない妹と特別な関係にあることに嫉妬する二人。
もし、マリエッタ王女がハヤテと契約を交わしていると知れば、二人は一体どう思っただろうか。
流石のティトゥも、他国の王族とハヤテが契約した事は公にすべきではないと考えたようだ。そのくだりは昼間の話でも省略されていた。
「そうだわ! お姉様ならきっとこの国でも活躍されるはずですわ。私達がそのお手伝いをして差し上げればよろしいのよ」
「どういう事かしら? ラミラ」
第七王女ラミラのアイデアはこうである。
この国ではティトゥは彼女達の妹の客である。
でも彼女達は、王女とはいえたかだか第八王女程度ではティトゥとは釣り合わないと思っていた。
それはそうだろう。王女はこの国だけでも八人もいるが、ティトゥはこの世界にたった一人の竜 騎 士なのだ。
しかし、何も知らない人達に自分達がいくらそのことを説明しても誰も理解してくれないだろう。
そこで、自分達のプロデュースでティトゥを活躍させるのである。
そうすれば、みんなにもティトゥがマリエッタ程度では釣り合わないということが分かってもらえるのではないだろうか。
「素晴らしいアイデアだわ! 是非実行するべきだわ!」「でも、一体何をすればティトゥお姉様のお手柄になるのかしら・・・」
はたと考え込む二人。
「ランピーニ聖国がどこかの国と戦争中だったら良かったのですけど」「あるいは王城内で何か凄い陰謀が企てられているとか」
昼間ティトゥから聞いた話を思い浮かべる二人だったが、もし、ランピーニ聖国がそんな状態ならマリエッタ王女はティトゥを招待したりはしなかっただろう。
普段からあまり物事を深く考えることのない二人である。いくら頭を捻っても、当然のように良いアイデアなど浮かぶはずもなく、この計画は暗礁に乗り上げたかと思われた。
朝、朝食のテーブルにつくティトゥはどこか不満そうだった。
その理由は彼女のメイド、カーチャの不在にあった。
なぜかカーチャは昨日からメイド服を着るようになり、この旅行中いつもそうしていた一緒の食卓に着くことを固辞するようになったのだ。
いくら理由を聞いても、「メイドの自分が主人であるティトゥと同じ歓待を受けるわけにはいかない」との一点張りである。
流石にカーチャもホストである王女達に文句を言われたと、自分の主に告げることは出来なかったのだ。
カーチャの気持ちが分からなくなったティトゥはすっかりしょげ返っていた。
「カーチャったら、ひょっとして私に嘔吐したことを気にしているのかしら?」
ティトゥは一昨日のことを思い出した。
「だったら仕方がないわね」
どうやら彼女の腹の虫は未だに収まっていないようだ。
ティトゥは一先ずカーチャの事は飲み込むことに決めたのであった。
「どうかされたのですか? お姉様」「何か気になることでもあったのでしょうか?」
二人の王女は今ではすっかりティトゥに夢中になっていた。
ベッタリとティトゥについて回り何くれとなく世話を焼きたがる。
王女二人から下にも置かないもてなしを受けて、ティトゥはいささか居心地の悪い思いをしていた。
「こんな事なら、本当にレブロン伯爵夫人と海賊退治に行けば良かったかもしれませんわ」
この旅行中、毎日のようにハヤテを乗り回していたティトゥは、元々の活発な性格に拍車がかかり、すっかりアウトドア派になっていた。
しかし、ティトゥのこのぼやきに、王女達はハッと目を見開いた。
「それですわ! 海賊退治ですわ、ラミラ!」「ええ、さすがお姉様です
わ! ねえ、パロマ!」
二人の話に付いて行けずにキョトンとするティトゥ。
だが王女達はそんなティトゥを尻目に抱き合わんばかりに喜び合うのだった。
次回「宰相府特級鑑札」