その8 エニシダ荘の朝
本日2話目です。読み飛ばしにご注意下さい。
次回は明日の朝7時に更新します。
夏の朝日が昇る。
今日はどんなことがあるだろう。
僕は期待に胸を膨らませ・・・ようとして早々に挫折した。
ここはランピーニ聖国のモンタルボという場所。
そこに建てられた通称エニシダ荘と呼ばれる王家の所有する屋敷だ。
昨夜僕はその屋敷の敷地内のごみ捨て場・・・もとい、中庭に旅の翼を休めていた。
いやあ、我ながら昨日はムリしたもんだ。
昨夜、一人になってから自分の体をチェックしてみたら、あちこちへこんだり傷が入ったりしていたからね。
ホント、よくこれで無事に着陸できたと思うよ。
もし重量物にぶつかって着陸脚が折れたり、タイヤがパンクしてたりしたらと考えると、今更ながらゾッとするよ。
今まではなし崩し的になあなあで済ませていたけど、そろそろティトゥ達にもシートベルトつけてもらうべきかもしれない。
僕も少しは言葉が喋れるようになってきたし、上手く伝わるように頑張ってみよう。
問題は二人乗りの場合だけど・・・どうしようか?
胴体内に補助席とか乗せられないだろうか。
そんなにへこむくらいなら、無理に屋敷に着陸せずに、外に降りれば良かったんじゃないかって?
確かにこのモンタルボは一面草原の田舎だが、流石に不整地に着陸するのはちょっと・・・
実際戦争中、夜間に飛行場を見失った飛行機が誤って田んぼに着陸してひっくり返った例もあるそうだし。
主脚が畔だか泥だかに取られて、つんのめって頭から前転してしまったのだろう。
パイロットは死亡してしまっていたそうだ。
こういうことが無いように、飛行機は不整地に不時着しなければいけなくなった時には、着陸脚を仕舞ったまま胴体着陸をすることになっている。
もちろんそんなことをすれば、僕のようなレシプロ機は機首のプロペラが破損することは確定だ。
プロペラがグニャリと曲がった戦闘機の写真を見たことのある人もいるだろう。
あれは胴体着陸で破損してしまった戦闘機なのだ。
流石にあそこまで破損してしまっては丸ごと部品の交換をするしかない。
とはいうものの、僕の替えのパーツなんて当然こっちの世界には存在しない。
ちょっとした破損なら勝手に修理されるメンテナンスフリーの便利な僕の体だが、交換しなければいけないほど破損したパーツが復元されるかどうかは疑問だ。
人間だってちょっとした切り傷くらいなら自然に治るけど、骨が折れたら病院で治療してもらわなければちゃんと治らない。
ましてや手足が千切れたら治りようがない。
僕の体だってそういうものかもしれないのだ。
要するに胴体着陸というのは少なくとも僕にとっては最後の手段だということだ。
もちろん、翌日には何事もなかったかのように新品の体になっている可能性だってゼロじゃない。
でもそれを期待して気軽にホイホイ試すようなマネは流石に僕には出来ないのだ。
僕がぼんやりとそんなことを考えている間にも、屋敷から使用人の人達が現れて荒れた庭を少しづつ片付けている。
流石に彼らの手際は良く、みるみるうちに荷物の残骸が片付けられていく。
今では片付いていないのは僕の周りくらいだ。
――よし。ちょっといいかな、君たち。
確かに昨日は驚かせて悪かったけど、ここまで怯えることは無いんじゃないかな?
それとも僕に反省を促すためにあえて僕の周りだけ散らかったままにしているとかかな?
だったらもう十分に反省しているので片付けて欲しいんだけど。
これだとティトゥ達が来た時に邪魔になるだろうし。
あれっ? そういえば今朝はまだティトゥが僕のところに顔を出していない。
屋敷の方で何か打ち合わせでもしているのかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は食事の後、王族のお二人に歓談に誘われて屋敷のリビングでお茶を頂いていました。
昨日はカーチャとハヤテのおかげで本当に大変な目に遭いましたわ。
そのせいもあってか、お二人にご挨拶をするのが今日になってしまったのです。
この屋敷に滞在中はこのお二人が私達のお世話をして下さるそうです。
つまりはお忙しいマリエッタ王女に代わってホストをされるということですね。
お二人はそれぞれ第六王女のパロマ王女殿下と第七王女のラミラ王女殿下。
マリエッタ王女の母親違いの姉にあたる方達という話です。
金髪をカールにしたまるで双子のようにそっくりなお二人ですが、異母姉妹とのことです。
目付きのキツイ少し意地悪そうな方達です。
「貴方が今、ミロスラフ王国で噂の竜 騎 士なんでしょう?」「色々と珍しい経験もしているんでしょうね。私達にお話しして下さらないかしら?」
どうやら彼女達は私からハヤテの話を聞きたいようです。
あら。意外といい方達じゃないの。
さっきは少し意地悪そうなんて思ってしまって申し訳ありませんでした。
私はお二人に請われるままに、私とハヤテの話をお話させて頂きました。
ええ。最初の出会いから最近の話まで余すところなくじっくりと。
◇◇◇◇◇◇◇◇
昼も過ぎたが、相変わらずティトゥが僕のところに顔を出すことは無かった。
僕の周りの残骸は本当に少しずつだが片付きつつある。
アレだ、砂の山に立てた棒を倒さないように少しずつ削っていく遊び。
あんな感じでじわじわと僕から離れた場所から片付いていく。
ここ以外は粗方終わったみたいで、今は何人かで細かな残骸を箒で掃き集めている所だ。
ちなみにあの箒はこの屋敷――エニシダ荘の名前の下にもなったエニシダの枝で作られた物なのだそうだ。
今まで箒の材料のことなんて考えたこともなかったよ。
こうやって見聞も広がるし、旅行って良いものだよね。
などとぼんやりと働く人達を眺めていた僕の下にカーチャがやってきた。
あれっ? なんだろうか、どことなく違和感があるような、逆に違和感が無いことが違和感のような・・・
ああそうか。
『ナゼ? メイド?』
そう、カーチャはいつも屋敷で着ているようなメイド服を着ていたのだ。
この一週間ほど私服の彼女しか見ていなかったので、逆に違和感を感じたようだ。
『今朝、王女殿下に言われまして・・・』
微妙な表情でカーチャが話してくれた内容に僕は少し不愉快になった。
この旅の間、カーチャは毎回ティトゥと食事を共にしていたのだそうだ。
もちろん貴族であるティトゥの方が当然、主客だが、カーチャもマリエッタ王女にお呼ばれたお客様ということで、割と同格に近い扱いを受けていたのだという。
しかし、今朝そのことをホストである王女達に見とがめられたそうだ。
『オウジョ?』
『第六王女のパロマ王女殿下と第七王女のラミラ王女殿下のお二人です』
カーチャの説明で僕は昨日の事を思い出した。
ああ、そういえばいたね。そんな二人。
金髪縦ロールに派手なドレスという、古い少女漫画の意地悪令嬢のようなビジュアルに思わず目を疑ったのを思い出したよ。
現実に存在するんだね、ああいうファッションの子。
いやまあ、実在するから漫画にだって描かれてたんだろうけど。
で、見た目意地悪令嬢な彼女達は中身も意地悪令嬢だったみたいで、ティトゥのいない所で平民のカーチャにネチネチと嫌味を言って来たのだそうだ。
『でも王女殿下のおっしゃることも最もなんです。いくらマリエッタ王女に招待されたとはいえ、私はティトゥ様のメイドですから』
少し寂しそうにそう言うカーチャに、僕はモヤモヤとしたものを感じた。
『で、メイド長のマルデナ様に相談した所、モニカさんの下で働くことになりました』
カーチャの後ろに立っていた25歳前後のメイドさんが頭を下げた。
笑顔の似合う、ふわりとした感じの中々の美人さんである。
実は誰なのかずっと気になっていたんだよね。
『モニカと申します。この屋敷に宿泊中、不自由なされないようハヤテ様のお世話を申し付かっております。足りない事があれば何なりとお命じ下さい』
なんと! マジですか?! 遂に僕にも専属のメイドさんが付くことになりましたよ!
コレって、一部のその手の趣味の方には憧れのシチュエーションなんじゃないですか?!
ちなみにカーチャは彼女の補佐、というか相談係になるそうだ。
ふむ。これは、お客様に働かさせるわけにもいかず、かと言って王女の意見を無下にするわけにもいかず、といったメイド長の苦労が見え隠れする人事ですな。
どうやらメイド長は事前にマリエッタ王女から、僕の世話はほとんど手間がかからない、と聞いていた様子だ。
そうでなければ、これほどのデカブツの世話をメイド一人に任せるなんて判断をするはずがない。
僕なら屈強な使用人を最低五人は付けるね。
『先ずは周りを片付けましょう』
モニカさんは僕の周りをぐるりと見渡すと、遠巻きにしていた使用人達に指示を出した。
彼女はそれなりの権限を有しているのか、使用人達はテキパキと働き、僕の周りはみるみるうちに片付いて行く。
感心している僕のそばにはいつの間にかモニカさんが立っていた。
モニカさんはカーチャに聞こえないように小声で僕に囁いた。
『おばあ様――メイド長から色々と聞いていますよ。貴方が何をしでかすか、私今から楽しみにしていますから』
そう言うと彼女は本当に嬉しそうにニコリとほほ笑んだ。
うわっ。これヤバい人だ。
次回「ティトゥ独演会」