その6 エニシダ荘へ
次回は明日の朝7時に更新します。
『本当に空を飛んで行くんですか?』
『ええ。ハヤテを置いていくわけにはいけませんわ。』
ここはレブロン伯爵領砦。
昨日、待ちに待った王都からの返事が来たのだ。
おっと、このランピーニ聖国では王都のことを聖王都、ないしは聖都と呼ぶそうだ。
つまり聖都のマリエッタ王女からの返事が来た、というわけだ。
ちなみにティトゥは今にも僕に乗ろうとしている。
不安そうにそれを見ているのはレブロンの町の代官君だ。
今日もオシャレな服を少しだらしなく着崩している。でも彼がやるとどことなくさまになるんだよね。
カッコイイちょい悪オヤジといった感じだ。
ちなみにカーチャはティトゥのかたわらで青い顔をして目をギュッと閉じてブルブルと震えている。
何かブツブツ呟いているけど、この子本当に大丈夫?
君だけでも馬車で行った方がいいんじゃない?
『いえ! 私はティトゥ様のメイドですから! 一緒に行きます!』
まだ中学生くらいの少女なのに見上げた職業意識である。
ティトゥが一人で先に着いちゃうと、お世話をする人がいなくて困ると思っているのかもしれないけど、多分向こうのお屋敷にはマリエッタ王女が手配した使用人がいると思うよ。
君の仕事は無いんじゃないかな?
『馬で三日の距離ならハヤテならひとっ飛びですわ。』
まあそうなんだけどね。
僕はマチェイでは用もないのに空を飛ばないよう、ティトゥパパにお願いされている。
王都にほど近い内陸部のマチェイでは少し飛ぶとすぐに他の領の上空まで行ってしまうのだ。
僕だって無用なトラブルは避けたい。そういう理由で僕はマチェイではなるべく飛ばないようにしている。
決して引きこもりだからではないのだ。
しかし、ティトゥは以前からそれがどうにも不満だったようだ。
その反動のようにこの旅行中、彼女は毎日のように僕に乗って空の上を満喫していた。
ずっと海の上で飽きないのかと聞くと
『空の上は涼しいですし、気になりませんわ。』
とのことだ。
操縦席の中は狭いしうるさいしで、とても貴族の令嬢が過ごし易い場所とは思えないんだけど、ティトゥ的には今までにない新鮮な経験なのかもしれない。
まあ、僕だって彼女を乗せて飛ぶことは満更でもない。
君が飽きるまで僕は付き合うよ。
マリエッタ王女が準備してくれたのはエニシダ荘と呼ばれている屋敷らしい。
僕は知らなかったが、エニシダは水はけのよい場所を好む低木だ。
春に黄色い花を咲かせるんだそうだ。
エニシダ荘というくらいだから春にはさぞ見事な光景が見られるのだろう。
今は夏だからもう花は散ってしまっているけどね。残念。
ティトゥが望むなら来年の春にもう一度訪れてもいいかもね。
目的地までの道のりは街道に沿っていけば分かるそうだ。
お屋敷というくらいだ、到着さえすれば空から見れば一目で分かるだろう。
一応ティトゥが代官君から簡単な地図を描いてもらっている。
今日は美少女音声ナビで飛ぶことになりそうだ。
てなわけで少女二人を乗せてテイクオフ。
目指すは聖都近くのエニシダ荘。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「やれやれ台風のようなお嬢さんだったな。」
レブロンの町の代官メルガルは飛び去って行くドラゴンを見送ってため息を漏らす。
(それにしてもモンタルボの屋敷というのは解せんな。こっちには賓客として扱うように言っておきながら、シンタドでもダビラでもなくモンタルボというのはどういうことだ?)
モンタルボはエニシダ荘のある王家の直轄領だ。
悪く言えば特に見るべきものもない片田舎に過ぎない。
普通、国外からの賓客を案内するような土地ではないのだ。
それこそメルガルが考えるようにシンタドやダビラといったリゾート地があるからである。
ちなみにマリエッタ王女が申請していたのはシンタドの屋敷である。
ここはテラスから海の見える風光明媚な屋敷として知られている。
王家としてはモンタルボでも男爵位の令嬢をもてなすには十分過ぎると言えるのだが、今回の相手はマリエッタ王女が直々に招待した客なのだ。
それなのに、こんなケチのつくようなマネをする理由が分からない。
「聖都から手紙を持ってきた使者はまだいるよな?」
「はい。屋敷で休んでいます。」
メルガルは部下の返事に顎に手を当てて考え込む。
「ちょっと尋ねたいことがあるんで、後で俺の執務室までよこしてくれ。」
「はっ!」
俺の考えすぎだと良いが・・・。
自然も美しく文化的なランピーニ聖国だが、一皮むけば内部はドロドロの策謀が渦巻いていることをメルガルは知っている。
世間ずれしていない人の良い竜 騎 士達が、いつの間にかそんな策謀に巻き込まれていないか彼は調べておくことにしたのである。
「他の屋敷が使用できないからモンタルボの屋敷になったって?」
「ええ。宰相夫人も、わざわざ外国から来ていただいたお客様に大変申し訳ないとお心を痛めていらっしゃいました。」
メルガル代官は自身の執務室で使者の男の言葉を聞いて驚いた。
彼の言葉を信じるなら、エニシダ荘を選んだのは大した理由ではなかったことになる。
ちなみに宰相夫人とはカサンドラ元第一王女のことである。
どうやら彼女は部下の前では上手く本心を隠し通しているようだ。
もちろん他人の言葉を素直に鵜呑みにするようなメルガル代官ではない。
だが、そんな彼も使者の話を聞くにつれ、だんだんと疑いを持つことが困難になってきた。
(これってむしろ良く出来た話なんじゃねえか?)
放っておいてもイヤでも目立ってしまう竜 騎 士の二人である。
この季節はどうしても人目の集まるシンタドやダビラより、片田舎のモンタルボの方が彼らには都合が良いとも言えた。
それに、マリエッタ王女の屋敷から少し距離があるのもそれはそれで悪くない。
幼くして大任を終えてミロスラフ王国から帰って来たことで、マリエッタ王女は聖王都で今一番注目されている。
その彼女が、ミロスラフ王国から来た竜 騎 士とあまり近い場所にいては何かと邪推を生みかねない。
また、政治的な価値の低い第六王女と第七王女がホストになっているのも妙手だ。
どうせ他に仕事のない二人のことだ。否が応なく屋敷に入り浸る事になるだろう。
これならもしマリエッタ王女とティトゥ達の繋がりを政治的に利用しようと考える輩がいたとしても、流石に王族の頭越しに手を出したりはしないだろう。
「流石は聖国にその人ありと謳われた我らが宰相婦人だ、上手いことやるもんだぜ! その才気に俺もあやかりたいものだな。」
「は・・・はあ?」
懸念が晴れてすっかりご機嫌になるメルガル代官とそれを不思議がる使者の男。
全ては彼の買い被りなのだが、残念ながらこの場にその間違いを指摘する者はいなかった。
ところ変わってここはモンタルボのエニシダ荘。
今、中庭に二人の少女を中心に使用人達が集まっていた。
少女達は共に目付きの鋭い金髪ロール。第六王女パロマと第七王女ラミラである。
「あの・・・本当に庭に置いておいて良いんですか?」
「良いですわ。」「もちろんですわ。」
屋敷の中庭は様々な荷物が持ち込まれていた。
全てティトゥ達が宿泊するために用意された物である。
二人の王女はそれらを一旦中庭に積み上げるように指示したのである。
二人は竜 騎 士がドラゴンを連れてやって来ると聞いていた。
予定ではドラゴンは中庭にテントを張ってその中で過ごすことになっている。
だったら中庭に荷物があればさぞや困ることだろう。
いつもすました妹やその知り合いの困った顔が見てみたい。
彼女達に別段悪気は無い。ちょっとした嫌がらせのつもりなのだ。
「・・・メイド長様。」
「分かっています。私が後で言っておきますからこの場はこのままで。」
困り果てた使用人の一人が小声で初老のメイドに相談した。
彼女はカサンドラ元第一王女がお目付け役として二人の王女につけたメイド長である。
「今、大勢の使用人の前で注意してもお二人はかたくなになられ、素直にお聞き入れられないでしょう。」
「・・・そうですね。分かりました。」
今は自分達のアイデアに夢中になっているものの、そのうち飽きてどうでも良くなるだろうとメイド長は考えていた。
二人の王女はそういう子供っぽい所が多分にあるのだ。
メイド長のもっともな判断だったが、事態は彼女の想像を超えて展開した。
「あれは何だ?」
最初に気が付いたのは誰だろうか? 一人が空の一点を指さすと周りの者も次々と空を見上げた。
「あれってもしかして」「例のドラゴン?」
青ざめるメイド長。
「いけません! みんな急いで庭を片付けて! 場所を空けて下さい!」
だが時すでに遅し。轟音を伴なう圧倒的な破壊が中庭に舞い降りたのだ。
次回「エマージェンシー!」