その4 レブロンの町で
クリオーネ島に朝日が昇る。
そういえば二度ほどこの島に来たことがあったけど、何気に日を跨いだのは初めてだったりする。
今までは日帰り弾丸ツアーだったからね。
『おはようございます。ハヤテ殿』
「オハヨー」
夜勤の騎士達がポツポツと現れると、僕の前を歩いて宿舎に入って行く。
彼らはレブロン伯爵領の騎士達だ。
ちなみにここはレブロン伯爵領砦である。
もっとも砦と言っても、名前から想像されるような要塞的な物ではない。騎士団の詰め所兼、訓練場所、といった感じの施設だ。
もちろん有事の際には砦としても使える作りにはなっているようだが、実際は騎士団はここから出て町に立てこもって戦うようである。
海に囲まれた聖国では外敵は船に乗ってやって来る。
みすみす敵に港を奪われる訳にはいかないのだ。
そういった意味でも、この建物は軍事基地というよりも、騎士団の詰め所といった意味合いの方が強いのだろう。
『ハヤテ様は本当に言葉が分かるのですね』
出勤してきた品の良いおばさんが僕に話しかけて来た。
彼女達は町の住人だけど、昼間はこの砦で下働きをしているみたいだ。
昨日僕をここに案内してくれた騎士がそんな事を言っていた。
そうそう、昨日は大変お見苦しい姿をお見せしました。
我ながらあれほどショックを受けるとは思ってもみなかったよ。
全ては、ティトゥ達のレア装備を求める僕の冒険心の暴走だった、ということで。
今日からは心を入れ替えて心機一転、爽やかドラゴンを目指すよ。
今更だって? 何を言っているんだい、バカンスは始まったばかりじゃないか。
昨日はあの後、ティトゥ達は町の代官の馬車にドナドナされて行った。
ああ、代官っていうのはマリエッタ王女の叔母さんのパシリの彼のことね。
いつもなら僕のことを第一に考えるティトゥも、今日ばかりは流石に疲れ果てたのか、代官君に言われるがままフラフラと馬車に吸い込まれて行った。
で、僕は残った代官君の案内で、町の隣に造られたこの砦へと案内されたというわけだ。
まあ、何度も案内の騎士の馬を追い越して町の上空をグルグルと回ったもんだから、代官君は頭を抱えていたみたいだけどね。
戦闘機だから仕方ないよね。僕がヘリコプターなら馬の走る速度に合わせて飛べたかもしれないけど。
ちなみにレブロン伯爵家は一家そろって自領を巡回しているそうで、今回はラダ叔母さんに会う事は出来なかった。
少しホッとしたのはここだけの話。
いや、色々と豪快な女性だからね。あの人。
『夏場は海賊の動きが活発になるんですよ』
と、代官君は僕に教えてくれた。
なんでも夏場は船の便が増えるので、それを狙った海賊も増えるのだそうだ。
そして今年はどうしたことか、例年になく海賊の被害が増大しているらしい。
『それでも10年前のレブロンの港町ほどじゃないんですけどね』
10年前。この町は海賊の根城にされ、それはヒドイ有様だったのだそうだ。
今の姿からはちょっと想像できないね。
それを海賊達から取り返したのが当時のラディスラヴァ・ミロスラフ。現レブロン伯爵夫人ラダ叔母さんだったと言うわけだ。
あの人、本当に昔から豪快な人だったんだな。
そんなに海賊被害があるなら、夏場を避けて船を出せば良さそうなものだけど、冬は時化が厳しい上に、肝心の積み荷自体が少ないのだそうだ。
そんなわけで船乗り達は、冬は春に備えて船をドック入りさせてメンテナンスしたり、単に休みにして家や酒場でくだを巻いているんだそうだ。
『今の時期は収穫した小麦を積んだ船が往来してますな』
船は大陸から小麦を積んでランピーニ聖国へとやってきて、帰りはこの島の特産品であるベリー酒を積んで帰るのだそうだ。
この島でも麦は栽培されているけど、どちらかというと塩害に強い大麦で、小麦の方は輸入に頼っている状態らしい。
そんな小麦を積んだ船が海賊に襲われては大変だ。
そういうわけでラダ叔母さんは海賊達に睨みを利かせるために、忙しく領内を動き回っているのだそうだ。
海賊もあの人に睨まれては大変だ。まあ、こればっかりは自業自得だけど。
僕がそんなことを思い出していると、いつの間にか結構な時間が過ぎていたようだ。
『おはようハヤテ。昨日は良く眠れたかしら?』
ティトゥがカーチャと数名の護衛の騎士を伴って砦へとやって来た。
ちなみにカーチャはいつものメイド服ではなく青いワンピースっぽいドレスである。
代官君のお屋敷で貸してもらったのだろうか?
そしてカーチャはどことなくバツが悪そうだ。
まあ気持ちは分かるけどね。
『あの・・・ハヤテ様。昨日は取り乱して申し訳ございませんでした』
そう言って深々と頭を下げるカーチャ。
本当ですわ、とぶっちゃけるティトゥ。
カーチャは涙目だ。
いやいやもう許してあげようよ。
『イイヨ』
お互いに昨日の事は忘れよう。
というか昨日の僕の醜態も忘れて欲しい。
昨日、僕達はマチェイ家の屋敷からこの国にバカンスに来た、以上。
『またハヤテはそんな言葉使いを!』
ティトゥが眉間に皺を寄せた。
ティトゥは外で僕がきちんとした言葉を使わないと怒るのだ。
けど、ティトゥが僕に教える言葉は、何だか微妙にオネエっぽいんだよね。
『”さようでございますか”よ』
『サヨウデゴザイマスカ』
ほらね。君は僕を一体どうしたいわけ?
さて。ティトゥの説明によると、現在、代官君の方からマリエッタ王女へ到着の知らせが向かっているということだ。
王都に到着するまでに三日、往復だけで六日はかかるんだそうだ。
あー、そりゃそうか。
電話一本で連絡がつく日本と違って、この世界では何をするにも人力頼りだ。
馬で三日の距離は僕ならひとっ飛びだが、流石によそ様の首都上空に無許可でコンニチワするわけにはいかない。
というか最近忘れ気味だったけど、本来こうやって勝手に他国にお邪魔するのだってマズイのだ。
今回は王家から正式に招かれているものの。本当なら密入国者としてティトゥ達が拘束されかねない行為だ。
どうもティトゥはそこのところに疎い気がするので、僕の方がちゃんと気を付けておかないとな。
元の世界で僕は社会人だったのだ。特に彼女達の保護者のいないこの地では僕が大人として少女達を守るべきだろう。
『何かまたハヤテが変な事を考えている気がしますわ』
『そうですね。おかしなことをしなければ良いんですけど・・・』
ちょっ、失礼だな君達は。
まあそんなわけで僕達は最短で六日間。ここレブロンの港町で、マリエッタ王女からの返事待ちをしなければならなくなったのだった。
『それも暇ですわね』
『私も・・・ちょっと落ち着きません』
どうやらカーチャはここではお客様のようで、いつものメイド服は取り上げられてドレスで過ごしているそうだ。
生まれついてのド平民、根っからの村娘のカーチャはどうにもそれが落ち着かないらしい。
『何かヒドイ言われ方をされている気がします』
僕の心の声を察したのかプクリと頬を膨らませるカーチャ。
『また沈没船でもあればハヤテに言って片付けさせますのに』
『そんなことしたんですか?!』
あー、あったねそんなコト。
『それともレブロン伯爵夫人と共に海賊退治に出るのも良いかもしれないですわ』
いや、ラダ叔母さん達が今どこにいるのかも分からないし。
カーチャもすっかり呆れ顔である。
それはさておき、この世界では五日や六日の待ち時間なんて割と普通の事なのだが、どうやらティトゥも僕と付き合ううちにすっかり時間の感覚が短くなってしまったようだ。
そりゃまあ二度も日帰りで他国と往復していれば、国内を馬で三日も四日もかけて移動するなんて面倒に思えるようになっちゃうよね。
結局、ティトゥは代官君の許可をもらって連日僕を乗り回すことに決めた。
もちろん、カーチャはお留守番である。
とはいえ、立派な屋敷で一人だけでお客様扱いされる、という身の置き所の無い状況に、カーチャはそれはそれは情けない顔になった。
『だったら一緒にハヤテに乗りますの?』
『そ、それは! ・・・分かりました。残ります』
しかし、僕に乗って空を飛ぶこととの秤にかけて、仕方なく諦めたようだ。
けど君、忘れているかもしれないけど、どのみち帰る時はまた僕に乗ることになるからね?
今は可哀想なので黙っておくけど。
ティトゥは代官君から、「海の方へは行っても良いけど、絶対に内陸には行かないで下さいね。本当にお願いしますよ」と、強く念を押されたそうだ。
まあうっかり他領の上を飛んじゃったりして、「あれは一体何だ?!」とか、後で大騒ぎになったら彼も困るよね。
とは言うものの、毎日海の上を飛ぶだけでは流石に飽きてくる。
そこで、僕はティトゥに、雑談の中で思い付いたちょっとした遊びを提案した。
それは索敵飛行の真似事だったのだが・・・
どうやら僕達二人で協力して、というのがティトゥのツボに入ったようだ。
彼女は思いの外、この遊びに熱心に取り組んだ。
そしてこの遊びが、後に思いもよらず役に立つことになるとは、この時の僕は知る由もなかった。
次回「パロマとラミラ」