その1 聖国の王女達
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話は遡ること半月ほど前の事。
ここはクリオーネ島ランピーニ聖国、聖王都ランピーニ。
その王城の奥に位置する一角。
そこに一軒の屋敷が建てられていた。
王家の女性達の住む屋敷である。
「マリエッタ! マリエッタは何処?!」
大きな声を上げて第八王女マリエッタを捜しているのは、ハッキリとした目鼻立ちが特徴の30過ぎの美女。
王家一の才女と名高い、元第一王女カサンドラである。
現在は宰相アレリャーノの夫人として夫婦揃って国政に携わっていた。
「どうしたの? 姉さん。大きな声を出して」
廊下を歩くカサンドラ元第一王女に、開いたドアの向こうから声が掛けられた。
その声に元第一王女は立ち止まった。
「セラフィナ、貴方、マリエッタを見なかった?」
部屋の中から出てきたのは抱くと折れてしまいそうな儚い印象の美女だった。
聖国一の美女と謳われた元第四王女セラフィナである。
その美しさを表現しきれず何人もの詩人が筆を折ったという逸話が、まことしやかに囁かれるほどの美貌の持ち主であった。
そんな彼女も今では一児の母である。いや、じきに二児の母になる。
大きく膨らんだ彼女のお腹には新たな命が宿っていた。
「見ていないわ。マリエッタに何か用でもあるの?」
少しだけ警戒しつつ、セラフィナ元第四王女は姉に尋ねた。
マリエッタは友好使節団の仕事を終え、ミロスラフ王国から帰ってきたばかりである。
彼女はそのミロスラフ王国で陰謀に晒され、今、王家ではその後始末で揉めに揉めている真っ最中であった。
「今朝はまだマリエッタの姿を見ていないのよ」
「・・・・・・」
堂々と言い切るカサンドラ元第一王女。
そしてあまりのしょうもない理由に、返す言葉を失くすセラフィナ元第四王女。
元第一王女は末妹が好き過ぎて、彼女の事になるとどうしようもなくポンコツになってしまうのである。
「私がどうかしたんですか? カサンドラ姉上」
「マリエッタ!」
屋敷の玄関から入って来たのはまるで人形のような銀髪の少女。少女の後ろには彼女の赤髪の侍女が控えている。
マリエッタ第八王女とその侍女ビビアナであった。
カサンドラ元第一王女は驚くほどの素早さで駆け寄ると、末妹を抱きしめた。
マリエッタ第八王女が苦笑しただけでされるがままになっているのは、いつものことのせいだ。
「貴方どこに行っていたの?」
姉に任しておいては話が進まないと思ったのだろう。セラフィナ元第四王女がマリエッタ王女に尋ねた。
「ティトゥお姉様に招待状をお送りしようと思って、お父様に相談に行っていました」
「・・・それって確か、貴方が王国で助けられた竜 騎 士の令嬢ね」
スッとセラフィナ元第四王女の目が鋭くなった。
対外的には第一王女が才女として名高いが、彼女とて権謀術数渦巻くこのランピーニ聖国で育った王女だ。
彼女は、マリエッタ第八王女が帰ってきた時から、王国で自分の命を救った竜 騎 士達を聖国に招待したいと、何度も言っていたことを思い出した。
「それってやっぱり、難しいんじゃないかしら」
「ええ。お父様にもそう言われました」
ミロスラフ王国で何があったか、メザメ伯爵を自由にさせた自らの非をも含めて、マリエッタ第八王女は包み隠さずに報告していた。
その中で特に周囲が関心を示したのは王国の竜 騎 士に関してである。
先日の小ゾルタによるミロスラフ王国への侵攻で、大いに活躍したという竜 騎 士の存在。
だがしかし、マリエッタ第八王女から告げられたその内容はあまりにも常軌を逸していた。
ドラゴンは一日でミロスラフ王国とこのランピーニ聖国を往復することが可能。
ドラゴンの攻撃は大型船を一撃で沈める事ができる。
まるで夢物語のようなその内容は、報告者であるマリエッタ第八王女がまだ幼いこともあり、周囲には話半分で受け入れられていた。
だが、話半分に抑えても、それでもなお、ありえないほど規格外の能力なのだ。
彼らがマリエッタ王女の話を素直に信じられなかったのも無理のない事だろう。
「正規の招待だとお姉様の所まで届かない可能性が高いとおっしゃっていました」
「まあそんな所よね」
全ては竜 騎 士の能力が高すぎるのが問題なのだ。
おそらくミロスラフ王国ではさぞかし彼らを持て余していることだろう。
正式に国で抱えるには竜 騎 士の力は大きすぎる。たかだかミロスラフ王国のごとき小国では、どこをどう調整しても彼らを収められるとはとても思えないのだ。
マリエッタ第八王女の報告もそれを裏付けていた。
「こちらが賓客として招く以上、王国としても正式に送り出す必要が出てくる。でもそのためには竜 騎 士の立場をハッキリとさせないといけなくなる。でもミロスラフ王国では竜 騎 士を収められない。八方塞がりね」
結局、招待状はたらい回しにされた挙句、最後はうやむやにされてしまうであろうことは容易に想像が出来た。
「そこで、お父様と相談した結果、ビビアナからティトゥお姉様に招待状を送ってもらうことにしたんです」
「ああ・・・まあ、少し問題がありそうだけど、それなら何とかなりそうかしら」
マリエッタ第八王女の後ろに控えていた赤毛の侍女、ビビアナが頭を下げた。
ビビアナは小男爵令嬢。竜 騎 士のティトゥは下士位というこの国では男爵位にあたる家の令嬢だ。
格としては少しだけ釣り合わない気もするが、そもそもあちらに小下士位という位が無い以上、男爵も小男爵もあちらでは同じ下士位と言えるかもしれない。
少し策略寄りな手段だが、この場合それも仕方がないか。
セラフィナ元第四王女はそう考えた。
「姉さんはどう思いますか?」
「私はおかしいと思うわ」
カサンドラ元第一王女はまだマリエッタ第八王女を抱きしめたまま否定した。
「どうして私がカサンドラ姉上で、その子がお姉様呼びなの?! おかしいじゃない!」
身重の体で思わず倒れそうになるセラフィナ元第四王女。
胎教に悪い環境である。
おかしいのは姉さんの方です!
セラフィナ元第四王女はそう言いたくなる気持ちをグッと堪えた。
聡明な彼女は、こうなった姉にはいくら言っても無駄だと分かっていたからである。
「ええと・・・姉上は姉上、お姉様はお姉様で」
「それがおかしいと言っているのよ! 私だってお姉様って呼ばれたいわ!」
カサンドラ元第一王女はマリエッタ第八王女を離すと大きく手を広げた。
呼んでみせろとアピールしているのだろう。
え~、という表情のマリエッタ第八王女。
「私、ビビアナと手紙を書かなければいけないので」
マリエッタ第八王女は逃亡者となる道を選んだ。
パタパタと自室に駆け込むマリエッタ第八王女と、バッサリ切られて真っ白になるカサンドラ元第一王女。
何とも言えない表情になるセラフィナ元第四王女だった。
「あの子もちゃんと姉さんのことを尊敬しているわよ?」
何とか慰めようとするセラフィナ。
とはいえ最後が疑問形になったのは致し方ないだろう。
「・・・邪魔してやる」
そして姉の口から洩れるのは怨嗟の言葉。
「絶対にマリエッタは自分で竜 騎 士のお相手をするつもりだわ。そんなの許せない」
「・・・そんなことしたらあの子に嫌われるわよ?」
四女の指摘にビクリと反応する長女。
「そうね・・・嫌われないように邪魔するわ。伊達に聖国一の才女と呼ばれているんじゃないんだから」
あくまでも後ろ向きな発言に、あきれ返るセラフィナ元第四王女。
(私がフォローするしかないのかしら・・・)
無意識に膨らんだお腹に手を当て、ため息を漏らすセラフィナだった。
そんな二人を廊下の影から見つめる少女が二人。
「面白そうなことになりそうですわね、ラミラ」
「そうね、どうせならもっと楽しくしたいですわね、パロマ」
少し目付きのキツイ、金髪をカールさせたまるで双子のような同じ姿の二人。
だが彼女達は異母姉妹であって双子ではない。
パロマ第六王女とラミラ第七王女である。
こうして、聖国の王女達の様々な思惑をはらんだ招待状がティトゥの下へと送られることとなるのだった。
次回「水着イベントの告知来ました」