プロローグ 王女からの手紙
お待たせいたしました。
第四章始めます。
『も・・・もう無理です。お嬢様許して下さい・・・。私怖いんです。どうにかなってしまいそうなんです。』
密室に籠るメイド服の少女の荒い息遣い。
まだ幼さの残るその少女を背後から抱きしめるピンクの髪の美少女。
ティトゥと彼女のメイド少女カーチャである。
『駄目よカーチャ、ここまで来て今更そんなこと許さないわ。元々あなたが望んだことじゃないの。』
『でもこんな・・・足元がフワフワして・・・お願いしますお嬢様、もっと私をギュッと抱いて下さい。ハヤテ様、ハヤテ様ー!』
少女の悲痛な訴えに日頃の僕であれば心が動かされただろう。
しかし今日の僕には彼女の訴えが届かない。
今の僕の心には乾いた風が吹いている。
ああ・・・全てが虚しい。どうして空はこんなに青いのか・・・はあ。
『やっぱりもう限界です! ハヤテ様ここから私を降ろして下さいー!!』
『駄目よハヤテ! それにカーチャ、あなた船で行くとなれば何日かかると思っているの?!』
僕が少女達を乗せて空の旅に出てからまだ10分ほどしか経っていない。
しかし、カーチャは既に限界のようだ。
カーチャは高所恐怖症だったのだ。
『もう無理無理限界ですー! お屋敷に帰りたいですー! テオドルさんのご飯が食べたいですー! ええーーん!』
ちなみにテオドルはマチェイ家の料理人だ。
僕は密かに心の中で悪魔料理人テオドルと畏怖している。
そしてガチ泣きをするカーチャ。
耳元でギャンギャン泣かれてイライラするティトゥ。
僕は己を無にして飛び続ける。
ーーどうしてこうなったし。
僕はこうなった原因である昨日の出来事を思い出す・・・
『もう限界ですわ! ハヤテ! このうるさいメイドを放り出しておしまいなさい!』
『いやあああ! お嬢様見捨てないで下さいー!』
「うるさいな、君達! 回想のジャマしないでくれる?!」
カーチャを突き放すティトゥ。必死にティトゥにしがみつくカーチャ。
狭い操縦席で少女二人が暴れるものだから機体が小刻みに揺れる。
それがまたカーチャの恐怖心を煽ったようでカーチャはもうパニック寸前だ。
僕は今度こそこうなった原因である昨日の出来事を思い出す・・・
ーーーーーーーーーー
王都への長い旅を終えて、僕は再びマチェイ家の裏庭に居候していた。
本当に長い旅だったよねー。行き帰りの日程も含めれば一ヶ月以上の旅だったわけだ。
ちなみに裏庭では今、僕のための倉庫を作る作業が進められている。
僕の事に関してはこだわりを発揮して口うるさくなるティトゥだが、丁度その彼女が王都へ行って留守だったので、その間に作業は順調に進んでいたようだ。
今も人工さんが庭の片隅でレンガを積んでいる。
土台となる部分はもうすでに出来ている。後はこうやってレンガを積み上げていけば完成なんだそうだ。
地震列島日本に住んでいた身としては若干不安になる作りである。
だってほら、いくらモルタルを塗ると言ってもレンガを積んだだけなんだよ?
元々地震が原因でこの四式戦ボディーになった僕としては警戒せざるを得ないだろう。
あれ? 逆に考えれば、もう一度地震で衝撃を受けたら元の世界に戻れるんじゃね?
・・・・
まあ、世の中そんなに甘くは無いだろうね。
崩れたレンガで機体がベコベコになるのがオチなんじゃないかな。
それはともかく、星空の下で夜を過ごすのも後しばらくの間なのかもしれない。
やったね。
ちなみに今僕はマチェイ家の長男ミロシュ君(7歳)と一緒に勉強の真っ最中だ。
ミロシュ君はテラスの日陰のテーブルで勉強をしているのだが、実は僕も彼と一緒にこの世界の知識を勉強しているのだ。
既に季節は夏真っ盛りのようで、ミロシュ君は暑さにやられてうんざりしている。
そりゃそうだよね。誰でも暑い中椅子に座って勉強するのは苦痛だ。
僕にエアコンでも付いていれば良かったんだけどね。
ちなみに現在の戦闘機にはエアコン的なものが付いていたりする。
そりゃあそうだ。パイロットも暑い中飛行機を飛ばすのは大変だしーーという訳ではない。(いや、それもあるんだろうけど)
ECS=Environmental Control Systems 環境制御システムと呼ばれるそれは、主に搭載している電子機器の温度管理のために付けられているのだ。
コイツは優れもので、機内の冷却やコクピットの与圧・空調などをまとめて行ってくれる。
最近の戦闘機はハイテクだからね。
夏場地上で駐機している間に熱でコンピューターがおかしくなったら困るというわけだ。
そしてもちろん僕にはECSは搭載されていない。
まだコンピューターが生まれてもいない(計算機はあったけど)、ラジオが真空管で動いていた時代の飛行機なんだから当然だ。
でももし搭載されていれば、ティトゥとマリエッタ王女を乗せてクリオーネ島まで飛んだ時ももっと安全に飛べたかもしれない。
あの日、元の世界で僕が作っていたのが最新鋭戦闘機のプラモデルだったら。そして転生した体がレシプロ機ではなくハイテク満載の最新鋭の戦闘機だったら。僕はもっとティトゥに楽をさせてあげられたのかもしれない。
そう思うと申し訳ない気持ちになるのだった。
先生役である家令のオットー先生の授業によると、やはりこの世界の科学は中世ヨーロッパレベルのようだ。
というかそもそも科学が単独で学問として成立していない。現状では化学とか植物学とか色々な学問の混ぜこぜだ。
これらがそれぞれ別部門として細分化されるにはこの世界ではまだ時間が必要なのだろう。
単にこの国の学問が遅れているだけかもしれないけど。
などと、僕がこの世界の考察をしている所に、ティトゥがカーチャを伴って走ってきた。
屋敷でティトゥが走るなんて珍しいね。
日頃はメイド長のミラダさんの目を気にして貴婦人然とした振る舞いを心がけているのに。
『マリエッタ様からのお手紙が来ましたわ!』
ランピーニ聖国マリエッタ第八王女からティトゥに手紙が届いたのだそうだ。
本来は王女とはいえ他国の王族から直接手紙が届くなどあり得ないことなのだそうだ。
そりゃそうだ。下手すりゃ謀反や内通を疑われかねない案件だ。
なのでこの手紙はあくまでもマリエッタ王女の侍女のビビアナさんからティトゥ個人に宛てた、私的な手紙ということだそうだ。
偉い人は手紙を出すのも気を使わなきゃいけないから大変だね。
『先日のお礼にと私とカーチャを聖国にご招待頂いたの! またマリエッタ様にお会いできるのよ!』
それは嬉しい知らせだった。
何せマリエッタ王女は第八王女とはいえ他国の王女様だ。
僕は内心、二度と会う機会がないだろうと諦めていたのだ。
カーチャもマリエッタ王女に会えるのが嬉しいのかニコニコ顔だ。
この時までは。
ーーーーーーーーーー
ぐずるカーチャをなだめたり怒ったりと忙しいティトゥ。
かつてないほど無気力に空を飛ぶ僕。
あ、いつの間にか遠くに海が見える。
海か・・・はあ・・・。全てが虚しい。
『おえっ・・・お・・・おえっ・・・。』
気分が悪くなったのか今度は吐きそうになっているカーチャ。
『もういい加減にして!!』
切れるティトゥを乗せて僕は一路マリエッタ王女の待つランピーニ聖国へと向かう。
そこで何が待ち受けているのか。
それはまだだれにも分からない。
そこで何が待ち受けているのか、それはまだだれにも分からない(キリッ)
章タイトルでネタバレしているじゃん。というツッコミは無しで。
次回「聖国の王女達」