エピローグ 曲芸飛行
この話で第三章が完結となります。
今回いつもよりボリュームがあります。
◇◇◇◇◇◇◇
王立音楽隊の奏でる演奏に通りを埋め尽くした観客は大きな歓声を上げた。
いよいよ式典のフィナーレ、戦勝パレードが始まるのだ。
城の門が開かれると、先ずは正装に着飾った親衛隊を始めとして、騎士団の面々が飾られた馬に乗って出て来た。
日頃王城の奥にあって見られない親衛隊の煌びやかな装いに、王都の住人達は拍手喝采を惜しみなく送った。
その後ろには来賓客の豪華な馬車が続く。
そしていよいよ今回の隣国ゾルタ戦で功績を上げた者達を乗せたオープントップの馬車が門から出て来た。
戦場の勇者達を乗せた馬車の列に向かって、町娘達から投げられた花吹雪が通りに舞う。
馬車の上の男達は笑顔で手を振って市民の声援に応えた。
中には馬車に駆け寄って頬にキスをする娘もいて場を沸かせている。
続々と続く馬車に観客の整理をする王都騎士団員は複雑な表情だ。
なぜなら彼らは今回の戦争の内情を良く知っているからだ。
馬車の上にいる者達がこれほどの称賛を受けるに値しない。
本来この称賛を受けるべき者は二人しかいないはずなのだ。
姫 竜 騎 士・ティトゥ・マチェイとその騎竜・ハヤテだ。
ではなぜこのように勇者のバーゲンセールが行われているのだろうか?
全ては姫 竜 騎 士の功績を人数で割って一人当たりの功績を薄めようと考えた者がいたからだ。
もちろんそれは二人に民の支持が過剰に集まることを危惧した宰相ユリウスである。
結果として王城の謁見の間には収まらないほどの人数になってしまったのは単純に彼の誤算である。
一人一人がさほどの功績を上げていない以上、一人を選ぶと似たような功績を持つ者も選ばざるを得なかったのだ。
おかげで王城の裏の広場で式典を行うという異例の事態にまで発展した。
自らの判断が招いた事とはいえ、前例のない式典にユリウス宰相は当日まで休む暇も無く働き通すはめになったのだった。
王城の一室からパレードの準備中の馬車の列を見守る式典用の鎧に身を包んだ金髪の美丈夫。
元第二王子カミル将軍である。
カミル将軍は式典には出たがパレードには参加しない。
勝つには勝ったものの、そもそも敵軍を国内に入れたことに問題の発端がある。その責任を取ったのである。
――と言うものの、実のところカミル将軍に全く責任はない。
彼はゾルダを含め外敵から祖国を守る国防指揮官ではなく、王都と王家を守る騎士団の団長だからだ。職務が違うのである。
だが現実には誰かが今回の不始末の責任を取る必要がある。
どうせ誰かが責任を負わされるのなら今回の戦争で功績のあった自分が取った方がいい、そう考えて将軍自らが申し出たのだ。
要は”功績と不始末で相殺した”ということである。
当然これはカミル将軍に過剰に民衆の支持が集まることを警戒する宰相や兄王へ配慮した発言でもある。
とはいうものの、単に功績を辞退すれば彼の部下が報酬を受けられなくなるので、最終的には、式典で報酬は受けるがパレードには出ない、という形で収まった。
将軍は眼下の馬車の列を見下ろした。
やがて将軍の目は人の列の中のひときわ目立つピンク色のロングヘアーの上に止まった。
マチェイ家の次女ティトゥ・マチェイである。
だが今では多くの者は彼女をこう呼ぶであろう
姫 竜 騎 士――と。
数日前、カミル将軍は騎士団乙三班の班長アダム・クリストフからネライ卿の関わる陰謀を打ち明けられた。
途中で勅命により王都を離れざるを得ない状況になってしまったが、腹心の部下を王城に配備して探りを入れさせたり、予備役の者を招宴会に向けて招聘して騎士団の人数不足を補ったりと、彼に出来る手は打ってから王都を離れたつもりだった。
現実は想定していたよりさらに悪辣な陰謀が企まれていたのだが。
とはいうもののカミル将軍の手配も手伝って事態は奇跡的に何の被害も出さずに収まった。(一人意識不明の重体は出たがこれは本人の自業自得だろう)
あの日ハヤテは騎士団の人数が思いのほか多いことに疑問を感じていたが、彼らはカミル将軍の手配した予備役の騎士団員だったのだ。
だがそれらもすべて竜 騎 士二人の活躍があってのことだ。
竜 騎 士がいなければ、おそらく王都は火の海になり、マリエッタ王女は殺され、ミロスラフ王国はかつてない外圧にさらされ、国を守るべくカミル将軍は苦渋の選択を迫られていたことだろう。
ドラゴン・ハヤテの常識を逸脱した圧倒的な力。
それを意のままに操るマチェイ家の少女。
ティトゥを見つめるカミル将軍の心にジワリと恐怖と嫉妬が沸き起こった。
それは肌に突きたてられた針。最初は小さな血の点が針がめり込むごとに大きな血の玉になりやがては流血へと・・・
将軍は首を振ると気持ちを切り替えた。
(彼女達は味方だ。味方を恐れてどうする)
ただそう思うだけで彼の淀んだ心はいつものニュートラルな状態へと戻ったのだ。
同様に竜 騎 士の力を目の当たりにした彼の兄――現国王とは真逆の反応である。
国王はその人外の力を手にした者に対し、嫉妬と羨望を抑えられなかったのだ。
何が兄弟を分けたのか?
それは昔から他人から認められて成長した者と、誰からも期待されずに育った者の差なのかもしれない。
カミル将軍は心の根っこの部分で自分を信じている。国王は誰よりも自分が信じられない。
どちらがより上に立つ者として好ましいかは言うまでもないだろう。
今後この兄弟の関係がどうなるか、この時点ではまだ誰にも分からない。
◇◇◇◇◇◇◇
パレードの先頭。ひときわ豪華な馬車のグループにランピーニ聖国マリエッタ王女の姿があった。
他国の王女の幼く愛らしい人形のような姿に群衆の女性達から黄色い声が上がる。
笑顔でそれに応えるマリエッタ王女。
王女の人気に王女の後ろに控える侍女ビビアナも満面の笑みを浮かべている。
パレードの後方、王城の近くでひときわ大きな歓声が上がった。
姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!
ティトゥの乗る馬車が城の門を出たのである。
数日前、ハヤテに乗って王都を飛び回ったティトゥは多くの者に目撃されている。
もちろんほとんどの者が下から見上げただけなので実際に彼女の姿を目にした者は少ない。
だが、やはり彼女のピンク色の髪は目立ったのか、その数名からあっという間に王都中に情報が拡散したのだ。
おかげでティトゥは完全に帽子で髪を隠さなければ通りも歩けなくなってしまった。
ティトゥの人気にマリエッタ王女は少し複雑な表情になった。
数日前、王女はティトゥの仲介で彼女のドラゴン・ハヤテと契約した。
その時は正に天にも昇る気持ちで浮かれていた王女だったが、今回の件では彼女達の絆の強さを思い知らされてばかりだった。
(私は王家に生まれたから王女です。もし普通の村で生まれていたらただの村娘だったでしょう。でもティトゥお姉様は違う。生まれなんか関係ない、自分自身の魅力でハヤテさんに認められた正真正銘の竜 騎 士なんだ)
そう考えると劣等感で心が暗く沈み込みそうになった。
そんな王女をビビアナが心配そうに見ている。
マリエッタ王女はそんな彼女の侍女の顔を見て自分の思い違いに気が付いた。
(ティトゥお姉様はハヤテさんから信頼されているのに、私はいつもそばにいるビビアナにすら心配されています。お姉様はお姉様、私は私。まずはビビアナに信頼されるようになることから始めましょう)
前向きになったマリエッタ王女にビビアナの表情も晴れた。
そんな過保護なビビアナに少し困った表情を浮かべるマリエッタ王女だった。
◇◇◇◇◇◇◇
「本当にやるのかね? 本当に問題は無いんだろうね?」
「お父様うるさいですわ。マリエッタ様がおっしゃって下さったのだから間違いありませんわ」
馬車の上でマチェイ家の父娘が揉めている。
詰めかけた観客はティトゥの髪に気が付くと割れんばかりの歓声を上げた。
姫 竜 騎 士! 姫 竜 騎 士!
町を揺るがす歓声にティトゥはドン引きだ。辛うじて引きつった笑みで声援に応じた。
ワアアアアアアアアッ!!!
別方向から歓声が上がった。
ヴ――ン
聞きなれた唸り声が聞こえてくる。
群衆が空を見上げた。
青い空に舞う大きな翼。
「ハヤテ―――!!」
ティトゥが手を振って大きな声で声援を送った。
ワアアアアアアアアッ!!!
きっかけはティトゥがマリエッタ王女にした話だった。
ハヤテがラーンスカーの町で、元第四王子ネライ卿をドキドキ空の旅絶叫ツアーにご招待して飛んだ時の話だ。
その時ティトゥは町長の屋敷の庭で、同行していた騎士団員達と共に空を舞うハヤテを見上げていたという。
あれ? ハヤテさんは契約した人しか乗せないんじゃ?
マリエッタ王女はその話を聞いてそう思ったが、空気を読んで何も言わなかった。
相変わらず気を使える少女である。
それよりも、同様にその場にいたアダム班長が語るその見事な曲芸飛行にマリエッタ王女の関心は移っていた。
そんなマリエッタ王女の気持ちに応えてハヤテは曲芸飛行を行うことにしたのである。
よりにもよって戦勝式典のパレードの最中に。
ハヤテとしては軍事パレードで戦闘機が飛ぶのは普通の感覚である。
だが、当然この世界の人間にそんな常識はない。
そのインパクトは絶大なものになり、カミル将軍の頭を悩ませることになるのだがそれはまた後日の話。
ハヤテは唸りを上げながら一直線に空へ昇って行く。
そしてある一点で静止。ふらりと頭を下に向けると急降下、そこから大きくループを描いた。
ネライ卿を絶叫させた一連の空 中 機 動である。
ハヤテの機体から糸を引くように白い線が空中に描かれた。
青い空に描かれた白い輪に居並ぶ観客から大きなどよめきが起きた。
「あれは?」
「石灰の粉ですわ。アダム班長にお願いして集めてもらいましたの」
父の疑問にティトゥが答えた。
石灰は畑にまく肥料としてこの国でも広く使われている。
当然ハヤテのアイデアだ。航空機ショーで使われるスモークをイメージしていることは言うまでもない。
この世界ではスモーク用のオイルも無いし、そもそも四式戦にはスモークを発生させる装置も無い。
そこでハヤテが考えたのは胴体の空いた空間に石灰の袋を縛り付けておいて少しずつ垂れ流すという方法である。
そのため飛行中のハヤテを良く見れば胴体の左側、脱出用ハッチがほんの少し開いていてそこから白い粉ーー石灰が漏れているのが分かる。
出発前にアダム班長が髭を白くして仕込んでいたのはこれだったのである。
ハヤテは様々な動きで次々と空中に模様を描いた。
歓声を上げ大喜びする観客たち。パレードも足を止めこの世界で初めて行われる空中ショーに見入っている。
やがて大きなループの最中に――
ボフッ!
爆発したかのようにひと際大きな白い煙に包まれた。
観客からは歓声と大きな拍手が起きたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
いや、ひどい目にあったよ!
度重なる空 中 機 動のGに石灰の袋の固定が外れてしまったみたいだ。
ループの最中に機内が石灰まみれになって驚いたよ。
幸い観客は演出と思ったのか大歓声が上がってたけど、これ、普通にパイロットが操縦してる飛行機だったら間違いなく事故を起こしているところだからね。
僕は粉まみれになりながらもしばらくは飛び続けたが、やっぱり粉が無くなると微妙に観客のテンションも下がるみたいだ。
丁度いいのでここらで切り上げることにした。
僕は最後に大通りに沿うようにゆっくり低空飛行して観客の歓声に応えた。
そして通りの端、お城の門の前で180度ループ・アンド・ロール、いわゆるインメルマンターンで反転。観客の拍手を受けながら王都の外へと飛び去った。
もちろんティトゥに翼を振るのも忘れていない。
ティトゥも僕に手を振ってたからね、ちゃんとそれに応えないと。
僕はやり遂げた満足感で満たされながら自分のテントに帰るのだった。
しかし、この時の僕は致命的な見落としに気が付かなかった。
曲芸飛行に浮かれてしまって想像できなかったのだ。
後日粉まみれの操縦席を見たティトゥに怒られることを。
でも僕は自分の行いを反省しない。
そういうハプニングも含めてお祭りと思っているからだ。
数日後、僕達は王都を発ち、マチェイへの帰路についた。
最後にマリエッタ王女に挨拶できなかったことだけは残念だ。
もう流石にこっそり抜け出してくるわけにもいかなくなったのだろう。
ティトゥパパは王女の侍女のビビアナさんから今回の件のお礼の言葉をしたためた手紙を受け取っていた。
王女直々の手紙をティトゥパパが恭しく受け取っていたのが印象的だった。
そうだよね。なんだか感覚がマヒしてたけど、マリエッタ王女って他国の王女様なんだよね。
多分、あんなふうに直接会うことってもう二度とないんだろうな。
そう思うと少し寂しい気もするけど、もし文律派のテロ行為が成功していたら死に別れだったのだ。
生きて別れることが出来た今は凄く幸せじゃないか。
だから僕は笑顔で別れることにしよう。
と言っても笑顔どころか顔も無い体なんだけどね。てへっ。
行きと同様に僕を乗せた荷車は街道を進む。
今度も騎士団のアダム班長達が護衛してくれている。
将ちゃんことカミル将軍が気を利かせてくれたらしい。
僕達が何か仕出かさないか警戒してお目付け役として同行させた、なんてことはないよね?
アダム班長は王都に戻ったらまた今回の手当てを握って夜の店に突撃するのだろうか?
今度詳しい話を聞いてみたい。
帰りの道中もティトゥは僕の操縦席に乗っている。
すっかり僕の乗り心地がお気に召したようだ。
ティトゥパパのお小言から逃げているとも言う。
休憩の度にメイド少女のカーチャが僕のところに走ってくるのも同じだ。
カーチャのキズも大分良くなったようだ。
以前はメイド服の下に包帯が覗いていたが今はそれも見えない。
帰りの旅は何事も無くのんびりと進む。
遠くにマチェイの村が見えてきた。
すぐに懐かしのマチェイ家の屋敷が見えてくるはずだ。
こうして僕達の長い旅は終わったのだ。
これで第三章は全て完結しました。
最初の構想より話を膨らませ過ぎてしまったようで、想定外に長い章になってしまいましたが、無事に完走することが出来ました。
毎日読まれていた方は、ひと月以上もの長い間、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
楽しんで頂けた方はどうか評価をよろしくお願いします。
最後に、この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。