その30 鬼の平蔵
僕はティトゥを乗せ夕日に染まる王都の上空を飛んでいる。
目的は貴族街に潜伏する文律派の工作員を発見することだ。
生まれも育ちも王都のラダ叔母さんから重点的に見回るべき箇所はすでに教えてもらっている。
後は目を皿のようにして町に潜む工作員を探し出すだけだ。
『レブロン伯爵夫人にはすっかり振り回されてしまいましたわね』
ティトゥの声に何だか元気がない。
ラダ叔母さん旋風が吹き荒れた後の虚脱状態なんだろうか?
『あの方に全部持っていかれてしまった気がしますわ』
あ~、それは僕もそう思う。
でも僕達だって・・・
『でも私達だっていつかはあの方のようになれますわよね!』
おっと、ティトゥに先に言われてしまった。
そうとも、僕達だって負けていないさ。なんたって僕達二人で竜 騎 士なんだから。
『ソウ!』
『また違うわハヤテ、”まことに、おっしゃる通りですわ”よ!』
いや、なんで君はそんなに僕をオネエドラゴンにしたいのさ。
いつの世にも悪は絶えない、中略、独自の機動性を与えられたこの火付盗賊改長官こそが長谷川平蔵、人呼んで鬼の平蔵である。
「わしが火付盗賊改長官! 長谷川平蔵であーる!! 以上!!」
『またハヤテが何か変なことを言ってますわ』
ティトゥが呆れているし、そもそも決め台詞が間違っている気がするけどまあいいや。
僕達は貴族街の上を飛び回って火付け犯人を見つけては急降下で襲い掛かった。
・・・とは言っても急降下するだけで特に発砲とかはしないんだけどね。
僕が急降下すると文律派の工作員は恐怖にすくんで動けなくなる。
そして僕に続いて現場に到着した王都騎士団の人達が彼らを捕縛するのだ。
ちなみに王都騎士団にはすでに僕に協力して過激派を捕まえるように命令が出ている。
王城でラダ叔母さんが若い騎士団員に命令書を渡していたけど、あれにそう書いてあったのだそうだ。
騎士団員達は空を見上げては、町の一角で急降下や旋回飛行を繰り返す僕の下に駆け付ける。
アダム班長に聞いた話では、将ちゃんことカミル将軍の国境砦の視察に付いて行って、現在王都内の騎士団員は人数不足なんだそうだ。
けどなかなかどうして、結構な人数がいるんじゃないの?
彼らの活躍で文律派の工作員達は次々とお縄になって行った。
こうして僕達は日が暮れる前にはラダ叔母さんに頼まれた仕事を終えることに成功するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
闇に包まれた王都の町を、数人の男達が息を切らせて走っている。
「くそっ! どうしてこんなことに!」
一人の男が怒りに耐えかねたのか、そう叫ぶと立ち止まり、手近な家の壁を蹴りつけた。
マコフスキー卿の長男・ヤロミールである。
ヤロミールが立ち止まったことで一緒に走っていた男達も立ち止まった。
彼らは皆マコフスキー卿の屋敷にいた文律派の若手貴族達である。
マリエッタ王女の代理として突然ドラゴンで乗り込んで来たラダ・レブロン伯爵夫人によって、彼らの計画は破綻してしまった。
ターゲットのメザメ伯爵は王都騎士団の監視付きで監禁され、犯人役として呼び込んだネライ卿は負傷して未だに意識が戻っていない。
彼らはターゲットと手段を同時に失ってしまったのだ。
それどころか今となっては自分達の身すら危うい。
貴族街に潜伏して騒ぎを起こす予定だった仲間が軒並み騎士団に捕縛されてしまったのだ。
辛うじて逃げ延びた仲間からの報告でそのことを知った彼らは、一時王都の外に身を隠すことにした。
「ヤロミール君、こんな所で立ち止まっていては騎士団に見つかってしまうぞ」
若い貴族が息を整えながらヤロミールを咎めた。
自分より若い貴族にたしなめられたヤロミールは、カッと頭に血が上った。
「うるさい! 俺の名前を軽々しく君付けで呼ぶな! 赤貴族の分際で生意気なんだよ!」
赤貴族とは下士位の蔑称である。ちなみに上士位の蔑称は青貴族という。
どちらも面と向かって相手に口にするような言葉ではない。
下士位の貴族は半平民だから外で働いて日に焼けて赤い、上士位の貴族は日に焼けてないから肌が青い、というのが言葉の理由らしい。
ヤロミールの侮蔑に鼻白む若い貴族。
下士位と思わしき男達の間にも不穏な空気が漂った。
慌てて一人の男がヤロミールに近付いた。
「どうしたんだよヤロミール君、日頃は温厚な君らしくない」
「うるさい、俺に構うな!」
男を突き飛ばすヤロミール。
尻もちをつき驚いた顔でヤロミールを見上げる男。
「前々からお前らの馴れ馴れしい態度には苛ついていたんだよ! 俺はマコフスキー家の跡継ぎだ! お前らとは家格が違うんだよ!」
思うようにいかないイラつきからついに本音をぶちまけるヤロミール。
男達との間に明らかに剣呑な空気が漂う。
「フン。その歳で家も継げないくせに偉そうに」
誰かの漏らした呟きにヤロミールの額に青筋が立った。
彼の最も気にしているところを突かれたのだ。
「おい、今言ったヤツはどいつだ。赤貴族の小僧が上士位に盾突いたらどうなるか分かっているんだろうな」
「待てよヤロミール君、今はそんな事を言っている場合じゃないだろう?」
ヤロミールがドスを効かせた声で男達に詰め寄った。慌てて間に入る尻もちをついた男。
「お前らとはもうこれっきりだ。もし今度俺の前にそのふざけた顔を出して馴れ馴れしく話しかけてきたら家ごと叩き潰してやるから覚悟しておけ!」
ヤロミールはそう怒鳴ると再び男を突き飛ばすと後も見ずに歩き去った。
今度は構えていたためか尻もちをつかずに済んだ男は茫然とヤロミールを見送った。
ヤロミールの姿が消えると若手貴族達の間に白けた空気が漂った。
「あんな男だったなんてな」
「追い詰められた時にこそその人間の本性が現れると言うが・・・」
「日頃は理性的で理想の貴族だったのにな」
口々にヤロミールの変貌を語り合う彼らだが一人の男の言葉で現実に戻された。
「それはそうと俺達はこれからどうすればいいんだろうか?」
黙り込む若手貴族達。
「俺は家に帰るよ。頭を下げれば何とか許してもらえるかもしれない」
「いや、それだと家に迷惑をかけることになる。俺は騎士団に出頭するよ」
「俺もそうした方が良いと思う。幸い被害らしい被害は出ていないんだ。下手に逃げたり隠れたりした方がマズイだろう」
「今回の計画に加わらなかった文律派のメンバーに伝手のあるヤツはいるか? 俺はそっちに移って再起を図りたい」
各々の間で相談がまとまると、彼らは三々五々に散って行った。
こうして文律派の中でも最右翼に位置する過激な組織はこの日をもって消滅したのだ。
この後、文律派はそこそこの規模でそこそこの活動を続ける数ある思想の一つとして存続していくこととなる。
◇◇◇◇◇◇◇
半年後、山裾の村に住む猟師が山の中で男の死体を発見した。
やせこけた死体は狼か野犬に食い荒らされていて原型を留めていなかった。
しかし、ボロボロだが元は高価だったと思われる服と、辛うじて数本残っていた指にはめられていた指輪から、行方不明中のマコフスキー卿の長男・ヤロミールのものだと断定された。
死体は棺桶に入れられて王都に運ばれた後、騒乱罪の罪を適用された上で改めて野に打ち捨てられた。
そのころには件の罪ですっかり規模も縮小されていたマコフスキー家だが、こっそり手を回して死体を回収し母親の実家の墓に埋葬したという。
次回「戦勝式典」