その30 三匹のドラゴン
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お、おい。あれを見ろ。モンスターが何かを相手に戦っているぞ」
赤と白の色鮮やかな鎧に身を包んだ弓兵隊。帝国軍特別攻撃隊の騎士達は一様に戸惑いの表情を浮かべた。
高速飛行型と呼ばれる手強いモンスターに対して、決死の覚悟で布陣した騎士達。しかし、彼らの前に現れた光景は予想外のものであった。
偵察の騎兵が発見したという高速飛行型の数は約五十。
ところが、実際にやって来たモンスターの数はどう見てもその半分以下。せいぜいニ十匹といった所だろうか?
しかもそのニ十匹すらも二匹の謎の生き物に翻弄され、大空を慌ただしく飛び回っていたのである。
「どう見てもあちらの二匹はモンスターには見えないし、ひょっとしてドラゴンの仲間なのか?」
騎士の言葉が疑問形になってしまったのは、二匹の生物の姿も大きさも、彼らが良く知るドラゴン・ハヤテとは全く似ても似つかないものだったからである。
言うまでもなく二匹の生物の正体は、リトルドラゴンのファル子とハヤブサ。ハヤテの子供達である。
「見ろ! ドラゴンが来たぞ!」
上空からヴーンという唸り声が聞こえて来た、と思うと、大きな翼が急降下。モンスターの群れへと突っ込んだ。
騎士達が固唾を飲んで見守る中、ドラゴンの胴体と翼から赤い光の棒(※曳光弾の光跡)が飛ぶと、モンスターが数匹、パラパラと地上へと落下した。
「「「ウオオオオオオオ!」」」
一昨日、彼らが手も足も出なかった高速飛行型を、あっけなく駆逐する規格外の暴力。
この頼もしい光景に騎士達の間から興奮の喝采が上がった。
ドラゴンは機首を上げると急上昇。再び上空から攻撃の機会を伺うつもりのようだ。
未だに混乱を続けるモンスターの群れに、今度は小さな二匹のドラゴンが襲い掛かった。
パウッ。
先程のドラゴンの攻撃と比べると小さく弱々しい光。しかしその光を受けて二匹のモンスターが群れから脱落。地面へと落下した。
「おおっ! あの小さなドラゴンも炎を飛ばすのか!」
騎士達から驚きの声が上がる。
高速飛行型の数はもうニ十匹を割っている。このまま三匹のドラゴンの活躍によって、全て駆逐されてしまうのではないだろうか?
しかし、そんな淡い期待はじきに裏切られる事となるのである。
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何度目かの攻撃を終えた僕は、機首を上げると再び高度を取った。
「今のダイブで倒せたのは一匹だけかぁ。大分厳しくなって来たな」
高速飛行種の数は既に十匹を切っている。残りは数匹。
数が減っているのは喜ぶべき事なのだが、こうなって来ると今までのように、密集している場所に適当に弾丸をばら撒いておけば運良くどれかに当たる、なんて事はなくなっている。
つまりはちゃんと狙って当てなければならなくなっているのだ。
『あっ。ファルコ達の攻撃でまた二匹減りましたわよ』
後ろを見ていたティトゥが僕に報告した。
「う~ん。残りは全部ハヤブサ達に任せて、僕は別のネドマの群れに対処した方がいいのかもね」
『子供に負けそうだからって、逃げるのはどうなんですの?』
「いや、そんなつもりは全くなくて」
ティトゥの、大人げない、とでも言いたげな視線を、僕は慌てて否定した。
「今の状況だと、むしろ僕の存在が二人の足を引っ張っているから」
『確かにそうですわね。ハヤテが攻撃する度に、毎回二人はお膳立てを整えている訳ですもの』
うぐっ。そ、その通り。ていうか、分かってはいた事なんだけど、なんだろう? 他人にそう言われると割と堪えるというか、言外に役立たずと言われているみたいで結構キツイというか。けど、そうなんだよ。君の言う通りなんだよ。
『ハヤテ、大丈夫ですの?』
「だ、大丈夫。適材適所だって事くらい分かってるから。もう残りは数匹だし、今の調子でいけるならファル子達に任せても何の問題もないよね」
高速飛行種にとって、正に二人は天敵と言ってもいいだろう。飛行能力は互角かそれ以上、更にはドラゴンブレスという必殺の遠距離攻撃まで持っているのだ。完全上位互換なんてもんじゃない。
「じゃあもう少し様子を見たら――マズイ!」
僕がフラフラと妙な飛行進路を取っているのを不思議に思ったのだろう。
ハヤブサの空中機動が明らかに精彩を欠くものとなった。
今まで完璧だったファル子とのコンビ飛行に生じた初めての乱れ。
その隙を突いて一匹のネドマが帝国軍の方へと向かったのである。
ハヤブサはこちらを気にするあまり、その事に気付いている様子はない。だったらファル子はどうなのか? あの子がそんな細かな事を気にする訳ないだろ?
「一匹でも、帝国軍に与える被害はバカにできない! ティトゥ!」
『ええ、急いで追わないと!』
高速飛行種の厄介な点はその機動性。一度、帝国軍の頭上に入られてしまえば、同士討ちを恐れてこちらは飛び道具の一切が使えなくなってしまう。
僕達が高速飛行種に手を焼いている主な原因の一つである。
ハヤブサも僕の動きを見て、ようやく事態に気付いたようだが、自分が追えば、引き受けている数匹まで連れて行ってしまう事になる。
そうなれば本末転倒、というか、余計に被害が拡大してしまうだろう。
ハヤブサは焦りの表情を浮かべたものの、この場を動くことは出来なかった。
「それでいい! いい判断だ! こっちは僕に任せろ!」
ここからでは絶対に聞こえないだろうけど、僕はハヤブサにそう叫んだ。
だが果たして間に合うのか?
最悪な事にネドマの高度が低過ぎる。急降下では引き起こしが間に合わずに地面に激突してしまう恐れがある。僕は焦る心を宥めながら、相手を追尾する形で後方に付けた。
視線の先、ネドマの進行方向には、赤と白の紅白の鎧騎士達の姿が見える。帝国軍の弓兵隊である。
その時、白い鎧を着た隊長と思わしき人物が馬上で手を上げるのが見えた。
それを合図に、兵士達が一糸乱れぬ動作で弓を引き絞る。
素人の僕から見ても、よく訓練されているのが分かる洗練された動きである。
ネドマも彼らの脅威を感じ取ったのだろう。直線的な飛行から一転、不規則な軌道で矢を回避する動きを取った。
「くそっ! あの動きが本当に厄介なんだ! 機関砲ですら命中させるのに苦労するっていうのに、弓矢であれを狙うのはどう考えたって無理ゲーだろ!」
僕はスマホことバラク子機に映し出された映像を見つめた。ネドマとの距離は約五千メートル。二十ミリ機関砲の最大射程ギリギリである。
撃つべきか? いや、この距離であれだけ複雑な動きをしている小型の標的に当てられる自信はない。だがしかし――
『ネドマが帝国軍に到達しますわ!』
しまった。迷っているくらいならダメもとで撃っておくべきだったかもしれない。
僕は存在しない心臓がキュッと締め付けられるような痛みを覚えた。
次の瞬間、弓兵隊の隊長が腕を振り下ろした。
バババッ!
ネドマに向けて無数の矢が放たれる。
だが当たるとは思えない。ネドマは素早く回避をして――その体に矢が突き立った。
ゴオオオオオオオ・・・
僕は弓兵隊の頭上を飛び越えた。
後方には拳を突き上げ、喜びの声を上げる騎士達。更に後方には地面でもがいている高速飛行種の姿があった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「やった! やりましたよ隊長!」
「油断をするな! まだ相手は生きているぞ!」
部下の声に第二軍きってのエリート部隊、赤弓隊の隊長はそう返したものの、飛行能力しか取り柄の無い高速飛行型が飛べなくなった時点で既に勝負はついている。
続けて数本の矢が突き立つと、モンスターは仰向けに転がって完全に動かなくなった。
特別攻撃隊の勝利である。
「――どうやら上手くいったみたいだな」
ここでようやく安堵の息を吐き出すと、第一軍の精鋭部隊、荒鷹隊の隊長がこちらを見ているのに気が付いた。
「見事だった。流石は赤弓隊。よくこちらの動きに合わせてくれた」
「いえ、これくらい当然です。荒鷹隊の一斉射こそ見事なものでした」
互いに互いをたたえ合う隊長達。
弓矢の当たらない高速飛行型に対し、今回、特別攻撃隊が編み出した攻略方法。
それは『狙っても当たらないなら最初から狙わない』というものであった。
いわば逆転の発想とも言えるこの作戦。最初にこの話を荒鷹隊の隊長から聞かされた時、赤弓隊の隊長は相手の正気を疑った。
「狙わずに一体、どうやって敵に攻撃を当てるというのですか?」
「無論、ただ狙わないだけなら、当たる訳もない。だから闇雲にばら撒くのではなく、一定の範囲に均等に、同時に矢が存在するように行うのだ」
荒鷹隊の隊長の説明はこうである。
いつもしているように標的を狙うのではなく、狙うのは標的を中心とした周囲の空間全て。つまり、高速飛行型と高速飛行型が避ける際に通るであろう空間全てに、同時に矢を射かけるというのである。
「移動可能な範囲全てに矢が存在すれば、理屈の上ではどれかの矢は必ず当たるという訳だ」
「はあ・・・確かにそうなりますか」
もし、ハヤテがこの場にいれば、『色々説明したけど、要は弾幕を張る訳ね』とでも言ったかもしれない。
弾幕とは直接的に標的を狙うのではなく、大量の弾丸をばらまく事で結果的に命中させるような射撃の事を言う。
「随分と力技というか、それだとほとんどの矢が無駄撃ちになってしまうのではありませんか?」
「その通りだ。しかし、あの高速飛行型を仕留めるためには仕方がない事だと考えている」
標的を目掛けて弓を射るのではなく、躱されるのを前提に、あえて狙わずに弓を射る。いわば逆転の発想とも言えるこの作戦。
ただし、引き金を引けば簡単に連射が出来る弾丸とは違い、弓は次の矢を射るためには、矢筒から矢を取り出し、弓を引き絞ってから放たなければならない。
つまり、それだけ手間がかかって連射がきかないのだ。荒鷹隊の隊長の考えているような完全な弾幕を張るためには、一斉に、かつ、正確な場所に、同時に矢を送り込むための技量が必要であった。
「それが可能なのは我ら荒鷹隊と赤弓隊以外にないと思うのだが」
「分かりました。そういう事であれば引き受けましょう。どの道、高速飛行型を相手には何らかの手を打たねばならなかった訳ですから」
「よろしくたのむ」
こうして、対高速飛行型作戦は決定した。
その結果は見ての通り。一昨日にはかする事すら出来なかった高速飛行型に対して、最初の一斉射で攻撃を命中させ、落とす事に成功したのであった。
「「「ワアアアアアア!」」」
歓喜の声を上げる特別攻撃隊の隊員達。
彼らの頭上では、小さな人間達が手にした意外な戦果に感心するかのように、巨大なドラゴンが悠々と旋回を続けるのだった。
次回「一つの時代の終わり」




