その28 50対3
それにしても到着早々、早速、戦いになるなんて忙しいね。
僕は帝国軍騎兵隊の頭上を飛び越えると、彼らが発見した原始ネドマの群れへと向かったのだった。
「こ、これは・・・!」
僕は驚きに声を失っていた。
飛び始めて直ぐに、ネドマの群れは見付かった。全てが飛行型ネドマ。数は約五十。ここまでは構わない。異変の中心地に近付くにつれて、この規模の飛行型の群れと遭遇する事も珍しくはなくなっていたからだ。
しかし今回に限ってはそれだけでは収まらなかったのである。
『ウソ。あれが全部、高速飛行種なんですの?』
そう。目の前のショッキングな光景にティトゥの声も震えている。
原始ネドマの中でも厄介な飛行型。その中でも特に厄介な高速飛行種。
信じられない事に群れは全て、その高速飛行種によって占められていたのである。
「最悪だ。なんだってこんな事に・・・」
高速飛行種は確かに厄介だ。厄介ではあるのだが、その数自体は多くはない。一つの群れで大体二~三匹。一番多かった時でも五~六匹程度だろうか?
それが何故、今回に限って五十匹というバカげた数になったのか。
『――テ! ハヤテ!』
ティトゥの声に僕はハッと我に返った。
『あんな数と戦って大丈夫なんですの?』
えっ、戦う事は前提? 本気であれと戦う気? いや、違う。この場合はティトゥの認識の方が正しいのだ。
僕はチラリと背後を振り返った。地面に薄く立ち込める土煙。あの下には数万の帝国兵がいるはずである。
もし、ここで戦わなければ、あの高速飛行種は全て彼らに向かって殺到する事になる。
そうなれば、どれだけの被害が出るか想像もつかない。
こんな簡単な事にすら思い至らなかったなんて。
どうやら僕は、あまりに予想外の光景にすっかり頭の中が真っ白になってしまっていたらしい。
「――何としてでも、この場で食い止めないと」
最悪の場合、たった五十匹の高速飛行種によって帝国軍全軍が崩壊する可能性すらある。
僕は覚悟を決めるとネドマの群れを睨み付けた。
「ギャウ(パパ)」
「・・・っと、そういえば今日はお前達も乗っていたんだっけ」
薄緑色の子ドラゴン、ハヤブサの声に、僕はようやく二人を連れて来ていた事を思い出した。
「ギャウギャウ?(あの高速飛行種と戦うの?)」
「うん。最初はお前達にも手伝って貰う予定でいたけど、流石にあの数を相手にするのは危険過ぎるかな。パパがやるからお前達は見てようね」
「ギャーウー! ギャウギャウ!(イーヤー! 私も戦う!)」
桜色の子ドラゴン、ファル子がティトゥに抱きかかえられたままジタバタと暴れた。
「ファル子! わがままを言わないでくれ」
「ギャウギャウ(僕もファル子と同意見かな。パパと一緒に戦いたい)」
「ハヤブサ、お前までそんな事を言うのか? 危ないって言ったろ」
どうやら二人は僕と違ってあの数に怖気づくどころか、むしろやる気を漲らせているようだ。
困り果てる僕。ティトゥは慎重に子供達に尋ねた。
『あなた達、あのネドマの数を見て怖くないんですの?』
「ギャウ? ギャウ!(怖い? 全然!)」
「ギャウギャウ(パパも僕達なら高速飛行種に勝てると言ってたよ)」
「そ、そりゃあ確かに言ったけど。そもそもの前提が違うというか、あんな数を相手にするとは思ってもいなかったから」
『そう、二人は自分達に自信があるんですのね。ハヤテ。ここは子供達の意思を尊重してみてはどうかしら?』
ちょ、ティトゥ! 君、一体何を言い出すんだい!?
「そんなムチャな! あの数だよ!」
『二人はパパみたいになるために、毎日毎日、空を飛ぶ練習を頑張って来ましたわ。その努力が実って、ようやくこうして力を付けたというのに、親であるあなたが子供の能力を信じてあげられないのでは可哀想ですわ』
そ、それは・・・。
ティトゥとファル子達から見つめられ、僕は何も言い返せなくなってしまった。
二人が空を飛ぶ練習を頑張って来た事は、僕だって知っている。
辛抱強いハヤブサはともかく、飽きっぽいファル子まで真面目に練習を続けていたのは、将来、僕のような姿になりたいため(いや、僕は四式戦闘機で本当はドラゴンじゃないんだけど)だったのは、言うまでもないだろう。
正直に言おう。最初から僕は原始ネドマとの戦いに二人を連れて来るのは気が乗らなかった。当然だ。子供には危ない事はして欲しくない。親として当たり前の感情だ。
しかし、ファル子達は違っていた。
僕達から戦力として見込まれたという事は、ようやく自分達の力が親に認められたという事であり、また、頑張って進化をしたのは間違いじゃなかったという事実を実感出来る行為でもあったのだ。
僕は子供達を見つめた。二人共、いかにもドラゴンらしいドラゴンといった姿をしている。当前だが、四式戦闘機の僕のそれとは大違いだ。
(あるいは僕が思っている以上に、二人は心の奥底、深層心理では、自分の姿が父親と似ていない事にコンプレックスがあるのかもしれないな)
普段の元気な二人を見ていると想像もできない事だが、この子達だってまだまだ子供だ。ふとした瞬間に、親と似ていない自分の姿に疑問を覚える事があっても不思議ではない。
(だから僕と一緒に戦う事で、自分も僕と同じ存在――パパと同じドラゴンだという実感を得たかったのかもしれないな。そう考えれば、二人がこれだけやる気を見せているのも分かる気がする)
・・・仕方がない、のか。
それにもう、あまり迷っている時間もなかった。
「分かった。確かに、あの群れの通過を見逃せば、帝国軍が甚大な被害を受けてしまうのは間違いない。それに僕一人だけではどうやっても手が足りないのも事実だ。二人共、僕に協力してくれるね?」
「ギャウ! ギャウ!(戦う! 私も戦う!)」
「ギャウギャウ(もちろんだよ、パパ)」
ファル子達は元気一杯。僕の言葉に返事を返した。
ティトゥはそんな二人を温かく見守っている。
『パパに頼りにされて良かったですわね。でも、決して油断はしない事。無理をしてケガをしてはダメですわよ』
「ギャウー!(大丈夫ー!)」
「ああうん。ハヤブサ、ファル子が調子に乗らないように気を付けておいてくれないかな?」
「ギャ~ウ(え~。うん、いいよ)」
「ギャウギャウ!(違う! 私の方がハヤブサの面倒を見る!)」
ファル子は翼を振ってアピールするが、彼女の言葉を真に受ける者は誰もいなかった。
「よし、それじゃ行くよ! 打ち合わせの時より敵の数が圧倒的に多い! 絶対に取り囲まれない事! それでも危なくなったら高高度に逃げるんだよ! 相手はあまり高くまでは上がって来られないからね!」
原始ネドマは虫に似た体の作りをしている。つまりは肺を持たずに、腹部にある気門から空気を取り入れているものと思われる。
魔法による何かしらの補助はあるにしても、構造上、高高度の低酸素状態を苦手としているのは間違いないはずだ。
「ギャウ!(もちろん!)」
「ギャウ(うん。分かってる)」
僕はエンジンを絞ってギリギリまで減速すると、高速飛行種の群れの上空へと到達したのだった。
翼の下には高速飛行種の群れが五十。真っ直ぐに帝国軍の方へと向かっているはずである。
僕が風防をスライドさせると、冷たい外気が勢い良く操縦席へと流れ込んだ。
『――うくっ!』
「ギャウギャウ(じゃあママ、行ってくるね)」
「ギャウ! ギャウ!(ママ、放して! ママ!)」
「二人共、気を付けて」
ハヤブサがスルリと操縦席の外に。次いでファル子がティトゥの腕から逃れると、急いで弟の後を追った。
二人はボールのように丸まった状態で飛び出すと、パッ! 空中で大きく背中の翼を広げた。
「ギィィヤーウー!(イイイヤッホォォォイ!)」
「ギャーウー!(キィィィモチイイイーッ!)」
ファル子達の上げる歓声が後方に遠のいて行く。
僕はハラハラしながら、小さくなっていく二つの翼を見送った。
本当なら、危ないので一度地上に降りてから外に出て欲しい所なのだが、二人共、空中で飛び降りる方がいいと言ってガンとして譲らなかったのである。
どうも自分の出せる速度を超えて飛べる感覚がたまらないらしい。
おっといけない。急いで風防を閉めないと。
「ティトゥ、大丈夫だった?」
『――ふう。ちょっと息が詰まっただけですわ』
ティトゥは大きく息をつくと、後方を振り返った。
『二人共、無事に出られましたの?』
「もちろん。二人が大喜びしている声がここまで聞こえたよ。ドラゴンは種族的にスピード狂気味なのかもね」
あるいはあの二人だけなのか。高所恐怖症のドラゴンなんかがいたら苦労しそうだね。
次回「竜を継ぐ者」




