その5 一難去って
『言葉を喋るなんて! ドラゴンは知能が高いという証拠ですわ!』
ゆるふわピンクヘアーのお嬢様、ティトゥは自分が見付けたドラゴンが思っていたより優秀だったことにすっかりご機嫌なご様子だ。
・・・それって僕の事なのだが、僕の今の身体って四式戦闘機という太平洋戦争時の日本の飛行機なんだけど・・・
緑色だからグリーンドラゴンとか思っているんだろうか?
何とか説明を試みたいものの、僕には彼女達の会話の内容が分かるが、こっちの言葉は日本語なので残念ながら会話が成り立たない。
『それにしても全然動きませんね?』
すっかり僕に苦手意識を持ったのか、一定以内の距離に決して近づかないのは、ティトゥに仕える可愛系メイド少女、カーチャだ。
ビクビクとこちらに怯える姿には罪悪感を覚える。
僕、君に何もしてないよね。
僕をネタにして主人に脅かされたのが相当にこたえたようだ。
『それもそうね。どこかケガをしているのかしら?』
『ティトゥ様! そんなに近付いては危ないですよ!!』
先ほどから喋りはするものの、ピクリとも動かない僕の姿に警戒心も薄れたのか、ティトゥは無造作に僕のそばに歩み寄った。
ガソリンの節約のため今はエンジンを切っているから、動きたくても動けないんだけどね。
そういえば、日本一有名な走り屋の豆腐屋のせがれは「エンジンは車の脳」と言ってガソリンスタンドのオヤジを感心させたものだが、その理屈でいくと僕は今脳の働きが止まっている状態になるような・・・
そう考えると怖いな。ガソリン節約のため何気にエンジンを切ったけど、危うく自力で再起動できなくなるトコロだったのかもしれない。
今後は慎重に行動しよう。
ティトゥは好奇心旺盛にウロウロと僕の周りを歩きながら、時々機体の何処かを触ってはブツブツ言ったり歓声を上げたりしている。
特にタイヤが気になる様子だ。
まあ僕のことをドラゴンだと思っているんだ。手に当たるような箇所に爪もなければ指もない、丸い車輪が付いていればさぞや不思議だろう。
動物の肉球のようなものだ、とでも思っているのだろうか?
ちなみに僕としては「触られているということは分かる」という感じだ。
靴の上から足を触られているような感じ、とでも言えばいいか。
もしも従来の歴史の通り米軍機と空中でドッグファイトをすることになったとしても、撃たれて痛みのあまり気を失って墜落、とかいう事は無さそうだ。
いや、この世界でそんなシチュエーションがあるとも思えないけど。
主人の楽しそうな姿にカーチャはどこか羨ましそうだ。
メイドは なかまに なりたそうに こちらをみている。
足を前に出しかけてはためらうという行動を繰り返している。
なんだか可愛い。
翼の下に潜り込んでいたティトゥが、翼を撫でながら顔を出した。
『あなたの身体って胴体も翼もスベスベね。私ドラゴンってもっと鱗でゴツゴツしているのかと思っていましたわ』
鱗か・・・確か日本軍機の三式戦闘機はまだら模様の迷彩塗装が施されていたので、そっちだったら見た目は鱗っぽいかも。
どっちにしろボディの表面素材はジュラルミン(アルミ合金)なので手触り自体は変わらないと思うけど。
ちなみに当時の日本の飛行機といえばジュラルミンだが、太平洋戦争も末期になるとアルミが不足したため、鉄を使った飛行機も研究されたそうだ。
もちろん鉄では自重が重くてどうにもならず、さらには代替材料のその鉄すら不足するような有様になったらしい。悲しい史実。
ふと気が付くとカーチャが僕のすぐそばまで近付いて来ていた。
どうやらついに好奇心に負けたらしい。
おずおずと手を伸ばすと僕のボディーの表面を軽く撫でた。
あっ、本当にスベスベしてる。
とか思ったことが丸わかりだ。
ちょっとはにかんでいる。可愛ええ。
『どこもケガをしている様子は無いわね。病気なのかしら?』
ティトゥの声にカーチャがビクッとして手を引っ込める。
病気がうつるとでも思ったんだろうか?
再び怯えた目を向けられて、ちょっと心が傷ついた。
まあ、ドラゴンがかかるような病気がうつったらって考えたら怖いよね。
どんな健康な人間でも即死しそうだ。
『屋敷までどう連れていくか考えていたけど、この様子なら放っておいてもしばらくはこの場から動かなさそうね』
『そんなコトを考えていたんですか?!』
『当たり前でしょ。私が見つけたんだから私のモノよ』
どんなガキ大将だよ!
なんつーコトを考えていたんだ、この子は。色々と凄い発想をする少女だ。
それともこの世界ではドラゴンは拾った人が家に持って帰るのが普通なのか?
そんなわけないか。カーチャにとっても意外な発言だったみたいだし。
僕の身体からはドラゴンの素材ははぎ取れませんよ?
『大体ココはウチの屋敷の森なんだから、そこの生き物は私の家の所有物ですわ』
森を持っている家って・・・ティトゥは想像以上のお嬢様だったようだ。
上空から見て、池の周りにあるこじんまりとした森だし丁度いい、とか思って着陸したのだが、まさか個人の所有物だったとはね。
かといって誰も住んでいなさそうな荒野とかに着陸してたら、どこから誰に見付からないとも限らなかったわけだし、ガチの森は、なんというか「原生林」といった感じで、うっそうとした木が生え放題で着陸するスペースが見つからなかったのだ。
適度に木がまばらで、そこそこ空間の空いていて、着陸するにも身を隠すにも丁度良い・・・って、それって人の手が入っている森だわ。
あ~、失敗したかも。
『でも病気の生き物をお屋敷に連れて帰るわけにはいきませんよ?』
『病気とは限らないでしょ。脱皮して大きくなるところだから今は大人しくしているのかもしれないわ』
僕って脱皮して大きくなったのか?
その発想は無かったわ。
『言葉が喋れるのだから、根気良く言い聞かせれば問題ありませんわ』
ボソッ『ティトゥ様が根気よく何かをされたことってあったかしら・・・』
『何か言いまして?』
だがそこで時間切れのようだ。
森の中からティトゥの名前を呼ぶ男達の声が聞こえてきた。
『皆さんが心配してティトゥ様を捜していますよ。早く戻らないと』
『・・・仕方ありませんわね』
どうやら屋敷の人達が突然屋敷から姿を消したティトゥを捜して森に入ってきたようだ。
『今日のトコロは諦めることにしますわ』
ティトゥは残念そうだが、ここで無理をする気は無いようだ。
正直助かった。彼女達は好意的に接してくれたが、他の人間が僕のコトをどう思うかは分からない。
彼らも僕のことをドラゴンと思うのなら、普通に考えればそんな危険な生物が自分達の住む屋敷の敷地内に存在することを許すはずもないからだ。
もちろんこっちが飛んで逃げれば追って来ることはできないと思うが、それだっていつまでも飛んでいられるわけじゃないんだ。
燃料が切れれば着陸せざるを得ないし、地上ではもうなすすべもない。
いくら四式戦が日本の戦闘機の中でも防弾性能に優れていると言っても、しょせんはコクピットや燃料タンク以外はタカの知れた防御力でしかない。
あの時作っていたのが戦車のプラモデルだったら装甲面でも心強かったんだけど・・・
ふと気が付くとティトゥはすがるような目で僕をじっと見つめていた。
宝石のようなキレイな碧眼だ。ホント、どこを取っても非の打ち所がない一流のお姫様なんだな。
もしこの体に心臓があれば、全力疾走の直後のようにドキドキしたことだろう。
『私は明日も来ます。どこかに行ってしまわないで頂戴』
そう言い残すと、迷いを振り切るように勢いよく振り返り、藪の中に入っていった。
そんな主人を慌てて追いかけるカーチャ。
なんだよ・・・そんな殊勝な姿を見せられたら、心がざわつくじゃないか。
『いいですかカーチャ、ドラゴンのことは誰にも秘密ですからね。もし誰かに喋ったら、今度こそドラゴンがあなたのことを丸かじりですわよ?』
青ざめる小動物系メイド少女。
いや、僕はそんなコトしませんからね?
ティトゥ達が去って、池のほとりは静けさを取り戻した。
嵐が去った後のような、とでも言えばいいのだろうか。
森に入ってきていた男達とも合流できたのだろう。ティトゥの名を呼んでいた声も聞こえなくなった。
僕は去り際の彼女の言葉を思い出した。
明日も来るって言っていたよな・・・
よし、今のうちにこの森から逃げちゃおう。
殊勝な姿に心がざわついたんじゃないのかって? そこはそれ。こっちは命がかかっているんだ。
そうでなくとも訳が分からない状況なのに、どう考えても厄介事の種にしかならない事にまで関わってはいられないんだよ!
自分の身体のせいか、幸いエンジンをかける方法はなんとなく分かる。
まあそうでなければ、さすがにエンジンを切ったりしなかったけどね。
この時代のエンジンは、外からクランクでエナーシャ(はずみ車)を回してやらなければかからなかった。
セルフで出来る身体で助かったよ。
静かな森にハ45「誉」 のエンジン音が響き渡った。
周囲の木を住処にしていた小鳥達が突然の爆音に一斉に飛び去っていく。驚かせてゴメン、すぐどこかに行くから。
現実の「誉」エンジンは戦況の悪化の影響を受け、その優れた設計を性能に活かすことができず、常に不具合と低性能に悩まされていた。
だが僕の身体に搭載してある「誉」は、後に「当時の日本を代表する航空機エンジン」と呼ばれるにふさわしい性能をフルに発揮する。
2,000馬力という小さな島国に生まれた、当時の世界水準のエンジン。その力強い振動に僕のテンションも上がって来た。
いざ行かん大空へ!
次回「初めての夜と屋敷の夕食」