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その26 誰がために鐘は鳴る

◇◇◇◇◇◇◇


「なに? ネライ卿が来ているのか?」


 マコフスキー卿が用意した控室でメザメ伯爵は招宴会用の服を着て部下の男の報告を受けていた。

 人払いはすでに済ませてある。部屋の中にいるのは彼と部下の二人だけである。


「混乱に乗じて密かに乗り込んでくる手筈ではなかったのか?」

「申し訳ございません。どうしてこのようなことになったのか・・・」


 メザメ伯爵は高価な油で整えられた口髭を無意識に指で撫で付けた。


「・・・王女がいない以上、ヤツの役目は無い。ほおっておいても良かろう・・・いや待て」


 何かを思いついたようだ。メザメ伯爵は手を上げて部下の男を止めた。

 王女が無責任に招宴会のホスト役を投げ出して姿を消したことで今回の件は満足するしかない。そうメザメ伯爵は諦めていた。

 だが利用できるものが自ら飛び込んで来たのだ。利用しない手はない。


「ヤツを焚き付けて会場に乱入させることは出来るか?」


 元王族が聖国の招宴会を台無しにしたとなればそれは外交上大きなマイナスとなる。

 そしてそんな重大な場を投げ出した王女とその場で対処した自分。

 自分の才覚をもってすれば今後いくらでも上手く立ち回ることが出来るだろう。


「激昂し易い方なので、あの資料を使わせて頂ければ可能かと」

「あれか・・・良かろう。ただし分かってはいるだろうが決して外には漏らさぬように」

「はっ」


 あの資料とはメザメ伯爵の政敵、ノールデルメール伯爵がミロスラフ王国を裏切って隣国ゾルタに海岸線の情報を売ったとする証拠資料のことである。

 無論そんな事実は無い。これはメザメ伯爵のねつ造した偽資料である。

 実はそれこそが親ランピーニ聖国派のマコフスキー卿が王女誘拐計画を計画するように誘導された決定的な証拠であった。

 あまり思慮深くないマコフスキー卿は、ランピーニ聖国の利権を長年守ってきた自分が、よもや当の聖国の伯爵にだまされているとは思わなかったのだ。


「タイミングは・・・私が会場に降りて周囲に挨拶を始めた時が理想的だ」

「・・・可能な限りやってみます」


 この様子だとあまり過剰な期待はできそうにないな。

 メザメ伯爵は部下の男の無能さに舌打ちを打ちたい気持ちをこらえた。

 まあ元々、王女が姿を消したことで無駄になった手ごまの再利用を思いついただけにすぎない。

 上手くいけば儲けもの、くらいに考えておいた方が良いかもしれない。


 メザメ伯爵はそう考えると部下の男を下がらせた。

 だがこの指示は後に彼にとって思ぬ結果を招くことになるのだ。


◇◇◇◇◇◇◇


 一方こちらはマコフスキー卿の長男ヤロミール。

 彼は心底疲れ果てた顔で自分の部屋で休んでいた。


「ネライ卿があれほど愚かな人物だとは思わなかった」


 丁度報告に来ていた同士の若手貴族の男が不安そうな顔になった。


「君が招いたという話は客にも聞かれてしまったな」

「・・・ああ」


 彼らの計画ではネライ卿はヤロミールの父親、マコフスキー卿の手引きで屋敷に潜入することになっていた。

 ヤロミール達はそのことを知らなかったことにして、全ての罪は彼らに着せるつもりだったのだ。

 つまりヤロミールは最初から父親さえも計画に利用して切り捨てるつもりだったのである。


「計画は――」「計画は実行する」


 顔を上げたヤロミールには、追い詰められた者の鬼気迫る表情が浮かんでいた。


「獲物はメザメ伯爵だけになるがやむを得ない」

「しかし君がネライ卿を招いたことが客にはもうバレているんだぞ?」


 ヤロミールは大きく深呼吸をすると気持ちを落ち着けた。


「私は父の指示を受けただけ。そういうことにする。幸い事実もそれに近い。私は言われたことをやっただけで何も知らなかった。それで通す」


 ヤロミールの覚悟に、若手貴族の男の喉がゴクリと鳴った。


「では予定通り」

「ああ。暮れ六つの鐘が計画開始の合図だ」


◇◇◇◇◇◇◇


 招かれざる客、元第四王子、現ネライ卿、パンチラ・ネライはヤロミールに案内された屋敷の奥まった一室に案内されていた。


「なんということだ! は・・・恥知らずめ!」


 そして今、マコフスキー卿の使用人(と彼が思っているメザメ伯爵の部下)の男から渡された偽資料に目を通す彼は怒りに身を震わせていた。


「このような卑劣な輩、生かしておくことは出来ん!」


 ネライ卿は偽資料を握りしめると腰に履いた剣を抜いた。装飾の施された実用性の乏しい剣とはいえ剣は剣だ。

 驚くことにネライ卿はなんとそのまま部屋を出て行こうとした。

 抜き身の剣を片手に多くの招待客の入った屋敷を練り歩こうというのだ。

 これに慌てたのはメザメ伯爵の部下だ。


「ど・・・どこに行かれるのですか、ネライ様!」

「知れた事! このような卑劣漢、我が国のためにも生かしてはおけん! 俺が自ら葬ってやるわ!」


 葬るも何もこの偽資料はノールデルメール伯爵(とそれに味方するマリエッタ第八王女)を貶める物だ。

 ノールデルメール伯爵は海の向こうのランピーニ聖国だし、王女は現在行方不明である。ネライ卿は一体誰を葬ると言うのだろうか?


(資料が効きすぎたようだ! 激昂し易いとは思っていたがまさかここまで考え無しな方だとは!)


 懸命にネライ卿を止めようとするメザメ伯爵の部下。

 この時、王都に暮れ六つの鐘が鳴り始めた。

 時を同じくして、中庭から大きな騒ぎ声が聞こえてきた。

 ただならぬ雰囲気に思わず庭に面した窓から外を見る二人。そこで彼らが見たものは・・・。


◇◇◇◇◇◇◇


 時間はほんの少しだけ遡る。


 マコフスキー卿の屋敷の中庭では多くの招待客が飲み物を片手に歓談の最中であった。

 ――と聞くと優雅な会場を想像してしまうが、実際はあちこちで挨拶まわりが繰り広げられ、息の詰まるような緊張感が漂っている。

 日頃領地に籠って内政を行っている下士位の貴族は、この機会に少しでも有力な伝手を得るために目を皿のようにして周囲を窺っている。

 領地間の商売のやり取り、息子、娘の結婚相手探し、相手の寄り親の情報収集。彼らがこの場に求める情報は数多い。

 中庭はパーティー会場と呼ぶには不釣り合いな異様な熱気に包まれていた。


「いやいや、生き馬の目を抜くような、とは正にこの場のことを言うのでしょうな」


 立派な髭の騎士団員、アダム班長がマチェイ家当主シモン・マチェイに話しかけた。

 シモンも先程まで数々の挨拶攻勢に見舞われていた。

 今二人は来客の集まりから少し離れた場所に立ち、中庭全体を見渡している。


「まあこの時間帯は大体いつもこんな感じですかね」


 シモンの返事も疲れが隠せない。挨拶まわりというものは体力も神経も使うのだ。

 彼の娘が今王都で話題の姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーだと知れていたらとてもこんな程度では済まなかっただろう。


 これからは参加するパーティーを選ぶ必要があるかもしれない。


 シモンはよく肝に銘じておくことにした。


「カーチャとカトカ女史は?」

「まだ向こうから戻ってきていませんな。ということは見つかっていないということでしょうね」


 ティトゥのメイド少女カーチャは、騎士団のカトカ女史と商人や貴族の付き添いの集まる一角に出向いている。

 ティトゥがそちらに姿を見せるかもしれないからだ。

 とは言うものの、流石にその可能性はかなり低いと考えている。一応念のため。可能性を潰すための行動だ。


「屋敷の方に上士位の方々が集まっていますな。そろそろホストの挨拶が始まりそうな感じです」

「・・・間に合わなかったということですか」


 シモンはわずかに肩を落とすが、逆に考えれば陰謀の渦中にないことで王女の安全は確保できた、とも言える。

 そんなシモンにアダム班長はためらいがちに問いかけた。


「しかし、今更ですが本当にたった5~6時間でランピーニ聖国まで行って帰ることが出来るものなんでしょうか?」


 シモンはため息をついた。


「娘がそう言ったのなら出来るんでしょう。私もあれらの限界がどこにあるのか知らないのです」


 先だっての隣国ゾルタとの戦いのおり、シモンの目の前でハヤテは敵の守りの最奥にある敵船を一撃で撃破した。

 さらには、彼らが手を出しあぐねていた敵の砦を二箇所とも、いともたやすく無力化してしまったのだ。

 しかも彼の娘は着の身着のままで戦場に駆け付け、その日のうちに屋敷に戻って使用人を交えて庭で夕食をとったのだと言う。


「娘が出来ると言うのなら出来る。そう受け入れないととても彼らについて行けませんから」


 どっと疲れた様子を見せるシモンにアダム班長は同情の視線を向けた。


 その時暮れ六つの鐘を知らせる鐘が三度王都に鳴り響いた。

 予定ではそろそろ招宴会開始の時間である。

 やはりティトゥはーーマリエッタ王女殿下は間に合わなかったようだ。


「おい、あれは何だ?」


 誰かが王城の方を見て言った。

 その声に反応して周囲にいた者が一斉に王城を見る。

 その一角から生まれたざわめきが中庭全体に広がる大きな騒ぎになるのにさほど時間はかからなかった。


「マチェイ殿あれは・・・」

「な・・・なんということだ」


 呆然と王城の方角を見上げるシモン達。騒ぎを聞きつけたカーチャ達が慌てて駆け付けてきたことにも気が付かない。

 マコフスキー卿の屋敷の騒ぎをよそに、暮れ六つの時を告げる鐘が厳かに王都に鳴り響くのであった。

次回「進撃のラダ叔母さん」

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