その12 共同戦線
明けて翌日。
朝食を終えたティトゥが僕の様子を見に現れた。
『? 何だか昨日とは周りの雰囲気が違っていますわね』
ティトゥは怪訝な表情で見張りの兵士達を見回した。
チェルヌィフ軍の兵士達は、僕に怯えていた昨日とは打って変わって、興味津々といった顔でこちらの会話に聞き耳を立てている。
「ああうん。ちょっと話をしたらこんな感じになっちゃって」
昨日は僕が変な遠慮をしていたせいで、結果としてティトゥ達の大事な話し合いの邪魔をしてしまった。
それを反省した僕は、あの後、積極的に兵士達に話しかけるようにしたのである。
「言葉を喋る飛行機というのがよっぽど面白かったんだろうね。予想外に食いつきが良くってさ。それにホラ、ここってこんな砦だし、他に娯楽らしい娯楽がなかったせいもあったのかもね」
あるいは砦を落としたばかりというのもタイミング的に良かったのかもしれない。大きな戦いを終えた後の解放感で、兵士の気持ちも緩んでいたのだろう。
彼らが僕に気を許して、話し相手になるのにさほど時間はかからなかった。
「彼らの国の王都や港町デンプション、それにバンディータの町なんかにも行った事があるって話をしたら、随分盛り上がっちゃってさ。そうそう、城塞都市アンバーディブにハラスの港町に行った時の話もしたっけ。カルーラの実家のある砂漠の町デンパシーの話もしたかな」
『そうやって言われると、私達って結構色々な所に行ってましたのね』
ティトゥが思わずといった感じでこぼした言葉に、即座に兵士達が反応した。
『結構なんて話じゃありませんよ! デンプションにアンバーディブですよ!? 国の端と端じゃないですか!』
『そうそう! チェルヌィフ人だって行こうと思っても、普通は行けるもんじゃないですから!』
『それで言うなら、俺はドラゴンがハラスの港町にまで行ったという話にたまげましたね。聞いた事のない名前だと思ったら、なんとザトマ砂漠を超えた南の端にある港って話じゃないですか。あのザトマ砂漠を超えたとか、言ったのがドラゴンじゃなければ信じられない所ですよ』
『そういや俺の母親は一度は王都を見てみたいと言っていたなあ』
堰を切ったようにああでもないと語り合う兵士達。
ゴツイ男達の妙なハイテンションに、ティトゥがちょっとだけ怯える仕草を見せた。
『むっ! おい、待て、みんな!』
誰かの声に彼らはハッと我に返ると、慌てて直立不動の姿勢を取った。
一体何事? と思ったら、チェルヌィフ軍の指揮官、レフド叔父さんが、聖国の第一王子エルヴィンを連れて姿を現した。
『おお、ナカジマ殿。ここにいたのか』
『お二人の打ち合わせは終わったんですの?』
ティトゥの問いかけに、エルヴィン王子がいつものイケメンスマイルで頷いた。
『ええ。それで今からハヤテにトルランカまで送って貰いたいんだけど、構わないかな?』
『勿論ですわ』
そう言うとティトゥはヒラリと僕の翼の上に飛び乗った。
するとエルヴィン王子は驚きの表情でティトゥを見上げた。
『えっ? 今すぐ出発するのかい?』
『? 何か都合が悪い事でもあるんですの?』
『あ、いや、そちらがそれでいいならいいんだ』
どうやらエルヴィン王子は、ティトゥが『ちょっとコンビニ行って来る』程度の軽いフットワークで出発しようとした事に驚いたようだ。
貴族なら――と言うか、貴族でなくても、普通は女性の外出にはもっと時間がかかるものだよね。
『ハヤテ。何か言いたい事があるなら、ハッキリ言ったらどうですの?』
『ナンデモゴザイマセンワ』
僕がティトゥにジト目で睨まれている間に、エルヴィン王子はレフド叔父さんと別れの挨拶を交わしていた。
『次はバージャントでお会いしましょう』
『ああ。出来るだけ早く到着出来るようにする』
エルヴィン王子はティトゥの手を借りると操縦席に乗り込んだ。
『じゃあハヤテ。昨日の今日で疲れている所を悪いけど、よろしく頼むよ』
『そうでしたわ! ハヤテ、ケガの方は大丈夫なんですの?』
「大体元通りかな。流石に完全とまではいかないけど」
砦で一晩休んだ事で、昨日負った損傷はほとんど修復が終わっている。
我ながらホントにチートな体だよ。
まだ直っていないのは右主翼前縁部――最初に大型種がぶつかった個所くらいだろうか。
「どうも歪みが小骨だけじゃなくて、翼桁にまで及んでいるみたい。だとするとちょっと長引くかもね。取り敢えず飛行に支障はないから、そこだけは安心してくれていいよ」
ティトゥは頷くと今の言葉をエルヴィン王子に伝えた。
外ではレフド叔父さんの部下が、僕が飛び立つ場所を開けるよう、兵士達に指示を出している。
『そろそろ大丈夫そうですわね。前離れー! ですわ!』
「エンジン点火」
バババババ・・・
ハ45誉エンジンが唸りを上げると、プロペラが回転を始める。
兵士達の間から『おおーっ!』と大きなどよめきが上がった。
「離陸準備よーし。離陸」
グオオオオオオ・・・
僕はエンジンをフルスロットル。轟音を響かせながら疾走を開始した。
やがてタイヤが地面を切ると、フワリ。四千キログラムの鉄の機体が大空へと舞い上がったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ミュッリュニエミ帝国、帝都バージャント。
その王城では未だかつて直面した事のない脅威、モンスター氾濫に対して、連日、対策会議が行われていた。
「第一軍の再編成はまだ終わらんのか!」
帝都を守る守りの要。エリート部隊、第一軍。
その第一軍がモンスターにやられて逃げ帰って来たのが三日前の事である。
指揮官は撤退時の殿を務め、現在も行方不明。
各部隊の隊長によると、誰も彼らの最後を見ていないとの事である。
「案外、途中で怖気づいてどこかに逃げ出したんじゃないか? そのくらいアイツならやりかねんぞ」
将軍の誰かの揶揄に、異論を唱える者は誰もいなかった。
第一軍の指揮官はそれ程周囲から実力を危ぶまれている人間なのである。
そんな人間が、国の中枢を守る大事な部隊の指揮官についている所からも、今の帝国の腐敗ぶりがうかがわれる。
ちなみに、件の指揮官は既にこの世にいない。モンスターの群れを恐れて穴に隠れていた所を襲われていたのである。(詳細は その7 モンスター氾濫 にて)
「とにかく早急にあのモンスターを何とかせねばならん! 最早カルヴァーレ領は諦めるしかないにしても、いつこの帝都にまで危険が及ぶやもしれんのだぞ!」
「お、おい、よせ! 自分が何を言っているか分かっているのか!?」
ヒゲの将軍が発した言葉を、隣の将軍が慌てて止める。
ハッと我に返った将軍は、青ざめた表情で彼らの上司――カルヴァーレ領の領主、コバルト・カルヴァーレ将軍の方へと振り返った。
「あ、い、いえ、閣下、これはあの、諦めるとかそういう意図ではなく・・・」
「――帝都は絶対に守らなければならない。これは言うまでもない事だ」
カルヴァーレ将軍は沈鬱な表情で静かに告げた。
この数日で頬はこけ、すっかり顔色も悪くなっている。
無理もない。自身の後ろ盾である皇帝ヴラスチミルが行方不明になったのみならず、彼の財源であり、支持基盤でもあるカルヴァーレ侯爵領がモンスターの群れに蹂躙されてしまったのである。王城における彼の立場は極めて危うい物となっていた。
そんなカルヴァーレ将軍が辛うじて今の地位に留まっていられるのは、皮肉にも彼の立場を危うくしている原因、帝国が建国以来初めての危機的状況にある点にあった。
仮にカルヴァーレ将軍が失脚したとしても、モンスター氾濫やチェルヌィフ軍、聖国軍が消えてなくなる訳ではない。
今でこそまるで腐敗の象徴のように言われているカルヴァーレ将軍だが、元々はウルバン将軍と合わせて帝国の二虎と呼ばれていた程の優秀な軍人であった。
皇帝ヴラスチミルが行方不明の今、そんなカルヴァーレ将軍まで失ってしまえば、一体、誰が国のリーダーシップを取る事が出来るだろうか?
反対勢力の者達にもそれが分かっているため(逆に言えば自分達ではこの事態を収める事が出来ないと分かっているため)、今は沈黙して全てをカルヴァーレ将軍に任せているのだった。
「第一軍の再編成は全てにおいて最優先で行う。チェルヌィフ方面軍を呼び戻す件についてはどうなっている」
「はっ! 予定通りであれば、明日には帝都に到着するものと思われます!」
チェルヌィフ軍にエミネク砦を奪われた東のチェルヌィフ方面軍(かつてのウルバン将軍指揮下の部隊)は、砦を奪還するために後方の砦で部隊の再編を急いでいた。
そんな彼らに対し、カルヴァーレ将軍は即刻作戦を中止して帝都へと戻るよう、命令を出した。
「そう言われても、我々が東部の守備を放棄すれば、その隙をチェルヌィフ軍に突かれる事になりますぞ」
「カルヴァーレ将軍のご命令である。チェルヌィフ軍に対しての備えは、各領地の軍に任せよとの事だ」
各領地の軍とは、すなわち貴族の私兵の事である。
方面軍の指揮官達は開いた口がふさがらなかった。自分達ですら敵わなかったレフド・ハレトニェート率いるチェルヌィフ軍を、たかが領地軍程度が防げるとは到底思えなかったからである。
しかし、いかに理不尽な指示とはいえ、軍人が司令部の命令に反する事は出来ない。
彼らは渋々、戦いを放棄すると帝都へと向かった。
これに驚いたのは国の東に領地を持つ貴族達である。
急に『後の事は自分達で何とかしろ。自分の身は自分で守れ』と言われてもどうする事も出来ない。
彼らは厳しい選択を迫られる事になった。
とにかく、こうして帝国軍は戦力を集める事に成功した。
帝都を守る第一軍と、東の国境の要、チェルヌィフ方面軍との、歴史上初の共同戦線である。
総勢六万とも七万とも言われる大部隊が、モンスター氾濫を殲滅するために帝都の北、カルヴァーレ侯爵領へ向けて出発した。
果たして彼らは無事、王城の期待に応えてカルヴァーレ侯爵領をモンスターの手から取り返す事が出来るのだろうか?
そしてそんな帝国軍を遥か上空から見下ろしている一つの影。
四式戦闘機・疾風。
そう。ハヤテとティトゥである。
次回「野良プレイヤー」




