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その6 ネドマの先祖

 帝都から北に向かって飛ぶ僕達の前に、突如姿を現した奇妙な生物達。

 形は虫に似ているが大きさはまるでデタラメ。大きな物は牛や馬くらいあるし、逆にウサギやネズミくらいの物もいる。あるいは上空からでは見えないだけで、もっと小さい物もいるかもしれない。

 叡智の苔バラクの推測によると、あれは原始ネドマとでも呼ぶべき存在らしい。

 操縦席のティトゥがバラク子機に尋ねた。


『原始ネドマはネドマとは違うんですの?』

「ネドマは従来型の生物が”魔核”と呼ばれる体内器官を得た生物群の事を呼称します。この大陸に住む全ての生き物は、マナの存在する現環境に適応した従来型の生物となります。それに対してネドマは、マナを取り込む形に自身の体を変化させた次世代型の生物群と言えるでしょう」


 今から五百年前にこの惑星に起こった大異変、魔法物質マナの大量発生。

 これにより、発生現場を中心にして大陸が引き裂かれる程の大爆発が起きた。

 だが、被害はそれだけにとどまらなかった。発生した大量のマナが、惑星の大気中に留まってしまったのである。

 マナはこの星に住む生き物達にとっては異物であり毒となった。

 人間を含め、多くの種がこの新たな環境に耐えられずに死亡した。

 しかし、やがて変化に適応する者達が現れた。

 ティトゥ達今の人類は、そんな生き残った者達の子孫なのである。


「なる程ね」

『もう、ハヤテ。一人で納得していないで、どこがどう違うのか教えて頂戴』


 ムッとむくれるティトゥ。

 そうだね。例えるなら、ティトゥ達、この大陸の生き物は、大気中のマナという毒に耐える力を手に入れた、対応型の生物と言えるのではないだろうか。

 だから姿形も能力も基本的には昔ながらのままで変わっていない。いわばマナの受け入れを拒否した生物と言えるだろう。

 逆にネドマは耐えるのではなく、積極的にマナを取り込む道を選んだ生物群と言える。

 彼らは体内にマナを利用する器官、魔核を作り出し、この新たな物質を自分達の生き残り戦略に利用し始めた。

 マナの有効利用――すなわち魔法の使用である。


「僕達がチェルヌィフで戦ったオウムガイネドマや、虫型ネドマを思い出して貰えば分かるんじゃないかな? あれはファル子達の元となった赤い石、魔法生物の種の欠片を取り込む事で――つまりは魔法生物の種が持っているエネルギーを利用する事で、あんなに大きな体にまで成長出来たと予想できるよね」


 特撮映画に出て来るような巨大な怪獣は、現実には存在する事が出来ないとする説がある。

 その膨大な自重に骨格や筋力が耐えられない、というのがその根拠である。


「オウムガイネドマや虫型ネドマがどういう形で赤い石のエネルギーを利用していたのかまでは分からない。もう死んじゃったからね。けど、普通のオウムガイや虫はどんなに成長してもあんなに巨大な姿になるのは不可能だ。だから多分、何らかの魔法を使って、自分の体を強化していたんじゃないかな?」

「ハヤテの言う通りだと思われます。ネドマは大気中のマナを体内に凝縮、有効に使う手段として体内に魔核を生み出した突然変異種の総称と考えられていました。魔法という自然界に新たに生まれたルールを用い、既存の物理法則を上書きする事で、同じ環境に生息する競争相手に打ち勝った次世代の生物群。それがネドマと呼ばれる生物なのです」

『そう考えられていた、という事は、今は違うんですの?』

「はい。原始ネドマの存在を確認した結果、別の可能性が浮かび上がって来ました」


 原始ネドマ。眼下に蠢く虫状の生物達の事を言うらしいが、ネドマとはどこが違うんだろうか?


「生物としての根幹が異なります。原始ネドマは半魔法生物とでも言うべき存在であると推測されます」


 なん、だと?




 バラクから告げられた驚くべき予測。

 原始ネドマは魔法によって生み出された、半魔法生物とでも呼ぶべき存在ではないかと言うのだ。


「詳しい事は解剖をしてみないと分かりませんが、体の核となる部分が大気中のマナから生み出されたため、あれ程多様な生物が一度に現れる事が出来たのではないかと推測されます」


 バラクが言うには、原始ネドマは魔核を中心として自然発生的に生まれた――親が産んだ訳ではない――半魔法生物と予想されるらしい。

 だからこれだけの数が突然降って湧いたように現れたのではないかという事だ。

 いや、バラクの言う通りなら、降って湧いたように、ではなく、本当に空気中から降って湧いたのだろう。


「現在のネドマは原始ネドマと交配して生まれた生物の子孫。ないしは、原始ネドマのシステムを体内に取り込むことに成功した個体の子孫と考えられます」


 あ~なる。侵略的外来種による遺伝子汚染か。

 前世の地球でも海外から入って来た繁殖力の強い外来種によって、在来種の遺伝的多様性が損なわれるという問題が起きている。

 例えば生きた化石として知られるオオサンショウウオ。

 国の特別天然記念物にも指定されているこのオオサンショウウオだが、近年、国内の生息域として知られる京都の鴨川では、外来のチュウゴクオオサンショウウオとの交雑が進んだ結果、純粋な遺伝子を持つ在来種はわずか2%にまで減ってしまったと言われている。


「つまり現在のネドマは原始ネドマとの交雑種。原始ネドマそのものはもう残っていないと考えている訳?」

「分かりません。どこかには残っているのかもしれませんが、その可能性は低いでしょう」


 まあそうだろうね。原始ネドマがどれだけいたのかは分からないが、既存の種に匹敵するほどの数だったとは思えない。そして交雑種が増えれば増える程、純粋な原始ネドマ同士の掛け合わせは減って行くだろう。

 こうして五百年の間に原始ネドマは姿を消してしまったのではないだろうか。


『相談は終わったかい?』


 涼しい声にふと我に返ると、聖国王子エルヴィンが興味深そうな目でこちらを見つめていた。


『ずっと同じ場所をグルグル回っているからね。そろそろ先に進んで欲しいと思っていたんだけど』


 おっといけない。車や船とは違って飛行機は空中には留まれない。僕はバラクとの話の邪魔にならないように、原始ネドマを見つけた場所でずっと旋回を続けていたのだ。


「ゴメン。つい、話に夢中になっちゃって。ええと、街道に沿って北に向かえばいいのかな」

『――と言っていますわ』

『それでいいんじゃないかな。それで君達は一体どんな話をしていたんだい? それに女の声がしていたけど、それについても教えてもらえるかな』


 さて、どこから説明すればいいものやら。

 僕は取り敢えず機首を北に向けると、今の話をどうエルヴィン王子に伝えようか頭を悩ませるのだった。




 頭を悩ませるのだった、と言ったが、僕達にそんな時間は残されていなかった。

 街道沿いに無数の原始ネドマの死骸が現れたのである。

 その数が不自然に多い事。そして切り割かれた死体が原型を残したままで放置されていた所からも、捕食者によるものとは思えない。

 ならば考えられる原因は一つしかない。


『ハヤテ。これってひょっとして――』

「うん。多分、帝国軍によるものじゃないかな。良く見れば折れた槍とかも残っているし」


 そう。人間によるものである。

 考えてみれば当然である。帝都に隣接した領地にモンスターの群れが現れたのだ。

 為政者が国を守るために軍隊を派遣するのは当然だろう。

 エルヴィン王子は細い指をあごにあてて思案顔で呟いた。


『我々聖国海軍が上陸したにもかかわらず、今まで帝国側の動きがないのは妙だと思っていたのだが・・・。 なる程。帝国軍としてはそれどころではなかったという訳か。まさかウチやチェルヌィフが帝都に向けて軍を進めるよりも前に、モンスターの群れが彼らを脅かしていたとはね』


 その時、街道から外れた先、低い丘の上が薄っすらと土煙に包まれているのが見えた。

 多数の人間が移動、あるいは戦っている事によって起きる土煙か。おそらくあそこに帝国軍がいるのだろう。

 同じ物を目ざとく見つけたエルヴィン王子が、座席を掴んで身を乗り出した。


『ハヤテ。あの丘に向かってくれないか。多分帝国軍が襲われているはずだ』

『襲われている? 戦っている、ではないんですの?』


 ティトゥの疑問にエルヴィン王子はかぶりを振った。


『帝国軍が戦いを有利に進めているのなら、指揮官は平地で戦う方を選択するだろうね。ここのような場所なら、軍を進めるも退くも自由自在だ。それなのにあのように丘に布陣して戦っているのは防衛のためだと思われるね。つまり彼らは自分達の身を守らざるを得ない状況に追いやられているという訳だ』

『それって原始ネドマに追い詰められているって事じゃないですの! ハヤテ!』


 言われるまでもない。

 僕はエンジンをブースト。戦闘速度で丘を目指した。

 瞬時に駆け付ける判断をした僕達を、エルヴィン王子は面白そうに見つめた。


『まさか助けに行くつもりなのかい? 君達ミロスラフ王国の人間は、帝国に対してあまり好意的な印象を持っていないと思っていたけど』

『それでも、人間が化け物に襲われているのを黙って見過ごすなんて出来ませんわ!』


 その通りだ。

 例え相手が帝国軍だったとしても、同じ人として(いやまあ、今の僕が人と言えるかどうかは置いといて)モンスターに食われそうになっている人を、そのまま見捨てるなんて出来はしない。

 お前は今まで散々帝国軍の兵士を殺して来ただろうって? それなのに今回は助けるのは矛盾しているんじゃないかって?

 その通りだ。だけどそれがどうした。

 あの時は戦争だった。敵を殺さないと僕の知っている人達が酷い目に遭うかもしれない。だからやった。その事自体に心は痛むが後悔はしていない。戦闘機である僕以外に誰にも出来ない事だったのだ。やりたくないからと言って、誰かに代わって貰う事は出来なかったのだ。

 これを偽善だと言いたい人がいるのなら、勝手にそう言えばいい。

 だけど僕はこんな自分を信じてくれるティトゥの信頼を裏切るつもりはない。人殺しの兵器ではなく、パートナーが誇れるドラゴンであり続けたいのだ。

 エルヴィン王子はまるで眩しい光を見たかのように、その目を細めた。


『うん。やはり君達の生き方には憧れを感じてしまうな。ハヤテに認められたナカジマ殿が本当に羨ましいよ』


 そして少しだけ寂しそうにそう呟いたのだった。

次回「モンスター氾濫スタンピード

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