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その5 原始ネドマ

 聖国王子エルヴィンとティトゥを乗せ、僕は帝国上空を北東へと向かっていた。

 目指すは帝都バージャント。

 ちなみにこの国の地図なんて持っていないので正確な進路は分からない。

 下に見えている街道が帝都まで通じているという話なので、それに沿って進んでいるだけである。


「という訳で、どのくらいで到着するのか正確な時間までは分からないかな。とは言っても、一応、巡航速度(四式戦闘機・疾風の巡航速度は、高度4000メートルで時速380キロメートル程)で飛んでいるから、多分、そんなに長くはかからないと思うよ」

『――と言ってますわ』

『任せるよ。私としては出来るだけ長くこの空の旅を楽しんでいたい所だけどね。多少、咆哮がうるさいのは気になる所だが、それさえ慣れてしまえば、馬車や船で移動するよりもよっぽど快適だよ』

『お褒めの言葉、ありがとうございます』

『おお、見てくれ! また町の上を通り過ぎたぞ! ハヤテが飛ぶ速さは本当にスゴいなあ!』


 日頃は可能な限り偉い人との相手を避けて通っているティトゥだが、狭い操縦席の中で二人きり(いやまあ、僕もいるけど)とあっては、ホストの役割を引き受けざるを得ない。

 幸いエルヴィン王子はさっきからずっと上機嫌で、ティトゥのぎこちない対応を全く気にしていない様子である。

 今も町が後方に過ぎ去っていく様子を見てははしゃいでいる所だ。


「ねえティトゥ。君がそこまで緊張しなくてもいいんじゃない? 今のエルヴィン王子なら、僕達がよっぽど失礼な事でもしない限り、怒り出したりはしないと思うんだけど」

『そんな訳にはいきませんわ。相手は聖国の第一王子なんですのよ』

『ナカジマ殿、何か? ハヤテは何と言ったんだね?』

『な、何でもありませんわ! オッホホホ・・・!』


 エルヴィン王子に声を掛けられ、慌てて誤魔化すティトゥ。

 僕は少し呆れながらも、それだけミロスラフ王国の貴族にとって、聖国王家は特別な存在なんだな、とも思っていた。

 なにせあの(・・)ティトゥですら、こんなにもガチガチになるくらいなんだから――


『ハヤテ?』

「ん? 何かな? あっ、ほらティトゥ。ようやく帝都に到着したみたいだよ」

『もう! ――殿下。前方に帝都が見えて来ましたわ』

『どれどれ。ほう、あれが帝都バージャントか。話に聞いていた通り、三重の城壁を擁する堅牢な城塞都市なんだな』


 エルヴィン王子は、『今まで帝都を見た聖国人はいても、空から見下ろしたのは私が初めてだろうな』などと楽しそうに頷いている。

 ちなみに僕とティトゥにとっては、帝都を訪れたのは今回が二度目となる。

 一度目は帝国が半島に攻めて来た時。あの時は結局、何かの像を爆撃したんだったか。(第七章 新年戦争編『その1 帝都襲撃』より)


『何だか町から出て行く人の数が随分と多いように見えるね』


 昔の事を思い出していた僕は、エルヴィン王子の言葉にふと我に返ると、確かに。まるで門から吐き出されるように、大量の人間が街道へと流れ込んでいるのが見えた。

 普通に考えれば、町を出て行く旅人や商人の群れなんだろうが、中には明らかに貴族の物と思われる立派な馬車も混じっている。

 ただの旅行者ではなさそうだ。


『そもそも、出て行く人間ばかりなのもおかしいですわ』

『そうだね。だったら都市の中は無人――といった様子でもないようだし』


 ザッと見た感じ、町の通りは普通に人で溢れかえっている。つまり町の人口は減っていないという事だ。

 だとすれば、出て行った人の分だけ入って来た人間もいなければならない。

 僕は計器盤に目を落とした。


「ここは帝都の南の方角にあたる門か。ティトゥ、一応、他の場所の門も見に行こうか」

『りょーかいですわ』


 気になる事なら調べておくに限る。どうせ大した手間でもないし。

 結論から言うと、東と西の方角にある門は、普通に人が出入りしていた。

 どちらかと言うと出て行く人の方がより多いようにも見えたが、その程度の偏りは時間帯やタイミングによっては普通にあるんじゃないだろうか?

 そして問題は北側にある門だった。


『スゴい数の人達が流れ込んでますわ』


 そう。街道を埋め尽くす程の人々が、次々に帝都に飲み込まれていたのである。

 どうやら南から出て行く人数を超える数が北から入り込んでいるため、帝都の中は人でごった返していたらしい。

 エルヴィン王子は道中の笑顔を消し去ると思案顔で呟いた。


『それにしても、これは大変な数だね。北で何か大きな異変でもあったのだろうか?』


 一番に考えられるのは戦争だ。他国からの侵略、ないしは大規模な内乱か。

 しかし現在、この国に攻め込んでいるのは、東からチェルヌィフ。南からミロスラフ王国。そして南西方面の海からランピーニ聖国であって、北はどこからも攻め込まれていない。

 というよりも、そもそも帝国の北に国はないはずである。


『反乱という線も考えづらいね。帝都の北にあるのはカルヴァーレ侯爵領だ。今の帝国で侯爵に反旗を翻す者がいるとはとても思えないよ。それにもし、仮にそんな相手がいたとしても、軍の中枢を押さえているカルヴァーレ侯爵が許すはずもない。瞬く間に軍が派遣されて攻め滅ぼされてしまうだろうね』


 エルヴィン王子の説明によると、帝都の北にはかなり有力な貴族家の領地が存在しているらしい。ミロスラフ王国で言えば、ネライ家やメルトルナ家といった所か。経済規模は全く比較にならないんだろうけど。

 それにしても、帝都の北――か。

 このキーワードにティトゥも不穏な気配を感じたのだろう。探るような目つきでジッと僕を見つめた。


『ハヤテ。これって』

「うん。ひょっとして大災害と何か関係があるかもしれないね。調べに行っといた方がいいと思う」


 大災害の原因となるマナ爆発。

 叡智の苔(バレク・バケシュ)の推測によると、その発生場所は帝都の北北東、数十キロメートルの地点だという。

 そして北から逃れて来た大勢の人々。

 これがただの偶然ならいいけど、だがもしもマナ爆発に関係していたとしたら大問題だ。

 最悪の場合、異変は叡智の苔(バレク・バケシュ)の予想を上回る速度で進行しているという事になるだろう。


『殿下、予定とは違いますが――』

『うん、分かっている。ハヤテはこれは大災害の予兆ではないかと言ったんだね。今から調べに行くつもりなんだろう? いいよ。元々、我々聖国が帝国に宣戦布告をしたのも、ハヤテの言う大災害に備えるためなんだ。私の事は気にせずに、君達のやりたいようにするといい』

『ありがとうございますわ。ハヤテ!』

「了解!」


 僕はエンジンをブースト。戦闘速度で異変の地、帝都の北を目指したのだった。




 北を目指してすぐに、僕は何とも言えない違和感を感じるようになっていた。

 感覚的な話になってしまうが、空気に粘りが出て来たような感じ? あるいは意味もなく息苦しい感じか。今の説明で上手く伝わるかどうかは分からないけど。

 計器の針は何の異常も示していない。気温も気圧もこれまで通り。何一つおかしな点はない。

 しかし、肌で感じる不快感は確実に増している。この違和感は一体?

 その時、計器盤の上、本当ならば百式射撃照準器が収まっている位置にパッと明かりが灯った。

 長方形の小さな板。叡智の苔(バレク・バケシュ)の子機が起動したのである。


「ちょ、待――今はエルヴィン王子が乗ってるから!」

「進路にネドマの反応を検知しました。数は――多数。反応が大きすぎて個別に識別する事は出来ません」

「なんだって!?」

『なんですって!?』


 突然聞こえて来た女性の声に、エルヴィン王子が驚きの表情を浮かべたが、僕とティトゥはそれどころではなかった。


『ネドマって、あのネドマですの!?』

「バラク! それって一体どういう事だ!? 帝国の北ではネドマが繁殖していたのか!?」

「質問が良く分かりませんでした。もう一度お願いします」


 ああ、もう!

 バラクの子機のAIはバラク本体とは違って受け答えに融通が利かないというか、正直あまり頭が良くない。

 前世ではそれをネタにした動画も上がっていたくらいだ。

 焦れたティトゥはバラク子機を無視。座席から身を乗り出すと前方を凝視した。


『ナカジマ殿、ハヤテ。一体何が起きているのだ? 女の声がしているようだが』

『後でお答えしますわ! 今はそれどころでは――ハヤテ! あれ!』

「なっ!? ウソだろう!? あれが全部ネドマだって言うのか!?」


 前方にポツリポツリと現れた黒い塊。大きさは人間よりも少し上。牛や馬くらいか? 形はどちらかと言えば昆虫に近いかもしれない。

 そんな見た事もない不気味な生物が、ワサワサと体を揺らしながらそこらじゅうを徘徊していたのだ。

 異様な光景に僕達が絶句する中、バラク子機の合成音声が響いた。


「観測したデータを本体に転送しました――本体からの返事をお伝えします。あれは現在のネドマの元となった生物群である可能性が高いと考えられます。いわば原始ネドマとでも呼ぶべき生物であると推測されます」


 原始ネドマ。

 どうやらそれがあの生物の正体らしい。

次回「ネドマの先祖」

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。緊迫した展開になって来ましたね。
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