プロローグ 滅びの始まり
お待たせしました。
更新を再開します。
◇◇◇◇◇◇◇◇
現代日本から異世界の惑星リサールへ転生した青年、ハヤテ。
そのハヤテより遡る事四百年程前に、この星に転生した存在があった。
叡智の苔――バレク・バケシュ。
その叡智の苔が観測したところによると、一年以内に大災害規模の魔力爆発が発生する見通しが高いという。
かつて惑星リサールを襲ったという大災害。マナ爆発。
予想される発生場所は大陸の中央部。ハヤテ達とも因縁浅からぬ軍事大国、ミュッリュニエミ帝国の帝都の北東数十キロ。帝国の内政を牛耳るカルヴァーレ将軍の領地内である。
時を同じくしてその地から、直径五メートルもの巨大な赤い宝石が発見される。
怪しく脈打つその宝石こそ、四式戦闘機ハヤテと叡智の苔をこの世界に生み出した大元の存在。叡智の苔が『魔法生物の種』と名付けた、高エネルギーを持つ魔法元素マナが物質化した物であった。
大陸未曽有の危機に、ハヤテとティトゥ、二人の竜 騎 士は、ミロスラフ王国国王カミルバルト、ランピーニ聖国第一王子エルヴィン、チェルヌィフ王朝六大部族ハレトニェート家当主レフドの三人の協力を得る事に成功した。
三国はそれぞれ帝国皇帝ヴラスチミルを会談の席に引きずり出すべく軍を動かし始める。
国王カミルバルトが、帝国に併合されたばかりの三男爵の領地へ攻め込むと、王太子エルヴィンは新たに編成された新艦隊を指揮して、帝国最強の黒竜艦隊と激しく激突。当主レフドは国境を越えて帝国の要害、エミネク砦へと進軍を開始した。
帝国側にしてみれば、最悪の状況。
しかし、それは真なる破滅の序幕。プロローグでしかなかった。
その夜、帝国のカルヴァーレ侯爵領を震度4から5弱の地震が襲う。
新たに作られた宮殿で若い皇后と過ごしていた皇帝ヴラスチミルは、倒壊する建物に巻き込まれて死亡。――したかに思われた。
だがヴラスチミルは死ななかった。いや、その肉体は滅んだが、彼の魂はその場にあった『魔法生物の種』に吸収されると、巨大な魔法生物を誕生させたのである。
その姿は生前のヴラスチミルにとってこの世で最も恐ろしい存在。死と恐怖の象徴。禍々しくもおどろおどろしいドラゴンだった。
一方その頃、聖国の土木学者ベンジャミンは、古文書の研究者から興味深い話を聞かされていた。
それは五百年前に、とある王国を襲った悲劇。その王国では、見た事もない大きな赤い宝石が見つかったという。
しかし国王がそれを自分の物としたために神の怒りを買い、王国は地面を埋め尽くす程の無数の化け物によって滅ぼされたというのだ。
五百年前に発見されたという赤い宝石。それは皇帝ヴラスチミルを邪悪な竜に転生させた『魔法生物の種』と同じ物なのであろうか。
だとすればこの次に待つものとは?
今、帝国全土をかつてない破壊と恐怖が包み込もうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは帝都から北に伸びる街道。
まだ夜が明けて間もない早朝だというのに、既に街道は人の流れで埋め尽くされている。
人々の姿を見れば、それが普通の旅人でないのは一目瞭然である。
ほとんどの者は着の身着のまま。中には下着一枚の者すらいる。
それもそのはず。彼らは帝都の北、カルヴァーレ侯爵領から避難してくる村人達の群れなのであった。
昨夜、カルヴァーレ侯爵領を襲った大地震。
その震度は4から5弱。日本でならろくに話題にもならない程度の揺れだが、地震そのものが起きないこの大陸では、大地震と言っても過言ではない。
そもそも地震がないという事は、建物を建てる際に耐震構造を考慮していないという事でもある。
村の家屋はその多くが倒壊し、また、低地に建てられた家では川の堤が破れた結果、流れ込んで来た水によって冠水した。
その後も何度も繰り返される余震に、村人達はすっかり怯え、消耗し切った。
彼らは日が昇るのを待ちかねたように、荒れ果てた村から逃げ出し、避難を開始したのであった。
ここは街道沿いのとある大きな町。
歴史のある古い宿場町として落ち着いた雰囲気を持つこの町だが、今朝は流入して来た避難民によって騒然としていた。
「隊長! 警備隊の隊長はいないか!?」
人で込み合う通りを、声を張り上げながら歩いて来たのは、身なりの良い三十前後の男性。
年齢と佇まいから見て、貴族の家来、ないしは貴族の屋敷に勤めている使用人といった所だろうか?
その声に鎧を着た男が――この町の警備隊の隊員と思われる男が、慌てて男性に駆け寄った。
「代官様の所のお役人様じゃないですか! 今、この町がどういう状況にあるか分かっているんですか!? 護衛の一人も連れずにこんな場所に来て、あなたの身に何かあったらどうするんですか!」
「なんだお前、俺を知っているのか? だったら話は早い。おい、お前達の隊長はどこにいる?」
「だからそれどころじゃないって――ちょっといいからこっちに来てください!」
警備隊の男は、役人の男の背中を押すようにして、近くの建物の中へと連れ込んだ。
どうやら建物は警備隊の詰め所か何かだったようだ。
テーブルで食事をしていた鎧姿の男達が一斉にこちらに振り返った。
「この中にいれば一先ず安全です。おおい、誰か隊長がどこに行ったか知らないか?」
男は同僚達に隊長の居場所を尋ねた。
「なんだ? 俺がどうしたって?」
すると奥のドアが開くと、初老の騎士が顔を覗かせた。
彼が警備隊の隊長なのだろう。
代官の家来が隊長の前に進み出た。
「隊長。代官様が町の様子をお聞きしたいそうだ。至急、屋敷まで報告に上がるように」
「そうは言われましても、こちらもまだ手が離せない状況でして・・・」
隊長は疲れた顔で、この親子ほども歳の離れた上司に答えた。
昨夜、カルヴァーレ侯爵領を襲った地震は、当然のようにこの町にも被害を与えていた。
警察署もなければ消防署もないこの世界では、非常時の際には騎士団が指揮を執る事になっている。
とはいえ、ここ程の大きな町になると、滅多な事が無い限り騎士団は貴族街の外には出て来ない。
一般区画で起きた事は、基本、町の警備隊に一任されているのである。
警備隊は昨夜からぶっ通しで被害者の救助に当たっていた。
その忙しさもようやくピークを越え、やっと食事を摂る時間が出来たと思った矢先に、今度は大量の避難民がドッと押し寄せて来たのである。
隊長が手が離せないと言うのも無理のない話であった。
「部下からの報告によると、避難民の流れは未だ途切れる様子がないそうです。代官様の方からも何か手を打って頂けないでしょうか? 例えば貯蔵庫を開いて町の外で炊き出しを行って貰えるだけでも、町の中に入って来る人数をかなり絞れると思うのですが」
「そういった事を決めるためにも、代官様は現在の状況をお知りになりたいと思っていらっしゃるのだ。早く屋敷へと向かいたまえ」
「いえ、ですから、責任者の私がここを離れる訳にはいかないのでして」
「隊長。そうやって君が時間を無駄にしている間にも、対応が遅れて行くのだぞ。いいから早くしたまえ。代官様がお待ちなのだ」
頑なに譲らない役人の態度に、隊員達の間に険悪な空気が立ち込めた。
(なんだよあの態度。偉そうに。俺達は昨日の晩から徹夜で働いたんだぞ。代官屋敷のヤツらは何もしていなかったくせによ)
(そうとも。町の様子が知りたけりゃ、忙しい隊長を呼び出すんじゃなくて、自分達で足を運んで見に来りゃいいんだ)
(何が時間の無駄だ。どうせ何もする気がないなら、せめてこっちの邪魔をせずに屋敷に引っ込んでいてもらいたいぜ)
隊員達の鋭い視線に、しかし、役人の男は顔色一つ変えずに動じる様子はない。
心から自分が正しい事をしていると信じているためだろう。
むしろ聞き分けのない子供を諭すかのように、代官屋敷に向かうよう、再度隊長に勧めていた。
「隊長。これは私からの要請ではなく、代官様からの命令なのだよ」
「・・・分かりました。今からご報告に向かいます」
結局、隊長は折れざるを得なかった。
目の前の男が代官の言葉に従っている以上――代官の威を借りている以上――これ以上、何を言っても届かないと諦めたのである。
隊長は部下達が失望の表情を浮かべるのを苦々しい思いで見つめていた。
「そうか。ならば至急――」
「隊長!」
役人の男が鷹揚に頷いたその時、入り口のドアからまだ若い、少年と言ってもいい年頃の隊員が飛び込んで来た。
少年隊員は張り詰めた空気に一瞬ギョッとしたが、すぐに隊長を見つけると慌てて駆け寄った。
「た、隊長! 傭兵が町の入り口に! この町の代官に急いで会いたいから、話の分かる人間を呼んで来いとの一点張りで! と、とにかく急いで向かって下さい! 今は先輩達が止めているけど、相手は今にも武器を抜きかねない剣幕なんです!」
「傭兵ごときが代官様に面会を求めているだと?」
役人の男の目が不快げに細められた。
隊長はそちらをチラリと見ると、少年隊員に向き直った。
「その相手は本当に傭兵なのか? この町は傭兵に用があるような場所じゃないんだが」
その時、建物の外で大きな悲鳴が上がった。
全員の視線が建物の入り口に集まる。
開け放たれたままのドアの外、通りの人混みを蹴散らしながら武装した男達が姿を現した。
「あっ! 隊長、あいつらです! 今、言っていた傭兵達ですよ! あいつら、町の外で待っているように言っといたのに!」
「おい、ここがこの町の騎士団の詰め所か!?」
「お前達、一体何者だ!」
詰め寄って来る男達に、警備隊の隊員達が慌てて割って入る。
隊長は手を上げて部下達を宥めると、傭兵達に向き合った。
「ここは町の警備隊の詰め所だ。騎士団に用があるなら、代官様の屋敷に向かうがいい」
「おっ? そうなのか? まあいい、あんたは町の入り口にいたヤツらと違って話が通じそうだ。俺達は【戦斧団】。少し前からこの国で仕事をやってる傭兵団だ。今回はウチの団長の命令で、わざわざ警告しに来てやったんだぜ。お前ら全員、この町を捨てて急いで南に逃げろ。この国はもう終わりだ。物凄い数の化け物共がこっちに向かってやがるんだ」
戦斧団を名乗る傭兵の言葉に、隊長達はキョトンとするだけで何も言い返す事が出来なかった。
次回「包囲網完成」




