その23 現地視察
裏庭で待っているとティトゥが飛行服でやって来た。
『ハヤテお待たせ。じゃあ行きましょうか』
「ああうん。本当にファル子達は留守番でいいのかい?」
僕はメイド少女カーチャに抱かれたハヤブサ、それに聖国メイドのモニカさんに抱かれたファル子に尋ねた。
「ギャーウ(うん。いいよ)」
『今日は聖国の王城に行くと言ったら、ずっとこうなんですわ』
今年の頭に開かれた新年式以来、子ドラゴン達はすっかり聖国王城が苦手になっている。
モニカさんは、自分の国が二人に嫌われている事に、何とも言えない表情を浮かべていた。
さて、なぜ今日、僕達が聖国王城に行く事になったのかと言うと、昨日の夕方、小バラクことスマホの子機にチェルヌィフのカルーラからテレビ電話が入ったからである。
『ハレトニェート様(※レフド叔父さんの事。彼は六大部族ハレトニェート家の当主)から、聖国軍の動きがどうなっているのか、聞いておくように言われた』
『あーそういえば、そろそろ艦隊が出撃する日でしたわね。あら? それとももう出発したのかしら? どっちだったかしら、ハヤテ?』
さあ? どうだったっけ?
最近は例のシーロの件で色々とあったから、聖国艦隊の事をすっかり忘れてたよ。
カルーラは呆れ顔で僕達を見つめた。
『無責任』
「いやいや、待って欲しい。本来、外国の軍隊の事に僕らが通じている方がおかしいからね」
『そうは言っても、私達が連絡係の役目をサボっていたのは事実ですわ。分かりました、カルーラ。明日、聖国王城まで行って聞いて来ますわ』
『うん。ヨロシク』
こうして僕達は聖国王城へと向かう事となったのだった。
てな訳で王城に到着。
この場所には何度も来ているので、道中は省略で。語るような事も別になかったし。
ティトゥは出迎えに出て来たマリエッタ王女に、早速、聖国艦隊の件を尋ねた。
『ここの所、ティトゥお姉様が良く王城に来てくれるようになったから嬉しいです。あ、勿論、ハヤテさんもですよ』
『マリエッタ様、それよりも艦隊の話をお願いしますわ』
ああうん。慕っているティトゥに会えて嬉しい気持ちは分かるけど、出来れば説明の方も頼めるかな。
マリエッタ王女の話によると、艦隊が港を出発したのは三日前。
船が予定通りに進んでいるのであれば、今日中に目的地に到着するはずとの事であった。
「帝国艦隊の鎮守府? は、確かトルランカの港だったっけ?」
鎮守府とは、旧日本海軍に存在した、軍港と艦隊後方を統轄した機関の事を言う。要は艦隊の根拠地である。
現在の海上自衛隊では、それに相当するものとして地方隊が存在している。(横須賀地方隊、呉地方隊、佐世保地方隊、舞鶴地方隊の四部隊)
『はい。こちらの作戦では敵が気付く前に近付き、港の出入り口を封鎖。敵艦隊を封じ込める事になっています』
『どうしたんですのハヤテ? 何か気になる事でもあるんですの?』
黙り込んでしまった僕に、ティトゥが怪訝な表情を浮かべた。
気になる事、という程でもないけど、そんな風に上手く事が運ぶだろうか?
僕が思い浮かべていたのは真珠湾攻撃。
日本人なら誰でも知っているこの攻撃の第一目標は、湾内に停泊しているアメリカ太平洋艦隊を叩く事だった。中でも七隻の空母は絶対に沈めておきたい標的だった。
結果は戦艦四隻を沈没。他四隻に重大な損傷。湾内施設にも多くの被害を与えた。
しかし、一番沈めておきたかった空母に対しては被害ゼロ。その日、全ての空母は基地から出払っていて、施設内には一隻もいなかったのである。
もし、真珠湾攻撃が理想通りの戦果を挙げていたらどうなっていただろうか?
それでもやはり日本はアメリカに勝てなかっただろう。それほど日本とアメリカの国力の差は大きかった。
だが、アメリカの反転攻勢を遅らせる事くらいは出来たかもしれない。そうなれば歴史は――いや、今はその話はいいだろう。僕が言いたいのはそういう事じゃないのだ。
「それって多分に相手次第、相手の行動次第の作戦だよね? ”たら””れば”の運要素がある作戦は、ハマった時には凄いかもしれないけど、それを当てにするのはどうかな、と思ってさ」
『それは――確かにハヤテの言う通りかもしれませんわね』
『ティトゥお姉様。ハヤテさんは何と言ったんですか?』
マリエッタ王女はティトゥから僕の言葉を伝えられると、納得顔になった。
『その点については、「あくまでも理想通りにいった場合」という話でした。そうでなかった場合の事もちゃんと考えていましたよ』
だったらいい、のかな?
僕は計器盤の時計を見た。時計の針はまだお昼前を差していた。
『ハヤテは聖国艦隊の様子を見に行きたいんですのね?』
僕の考えを察したのだろう。ティトゥが僕を見上げて尋ねた。
「・・・うん、ゴメン。いいかな?」
『構いませんわ。ハヤテの速さなら、帰りにちょっと寄り道する程度のモノですもの』
そう言って貰えると助かる。
僕が行って何が出来るのかは分からない。けど、ここで真っ直ぐ帰ったら、モヤモヤと落ち着かない気持ちを抱える事になりそうだ。
これも乗り掛かった舟。ここまで来たのなら、聖国艦隊の作戦がどうなったのか見届けたい。僕はそう思ったのである。
「あ、待って。出発する前に念のために準備をしておくから」
僕は意識を集中すると、両翼下のハードポイントに250キロ爆弾を懸架した。
『双炎龍覇轟黒弾ですわね。ハヤテはこれを使う事態になると考えているんですの?』
「どうだろう。分からないけど、使わずに済めばそれでもいいかな」
この世界で四式戦闘機の戦闘力はチート過ぎる。戦いですらない一方的な虐殺は、正直言って気持ちのいいものではない。
「けど、この戦いは大災害の調査のために必要なものだという事は分かってるから。大陸に住む全ての命が掛かっている以上、今は手段のえり好みなんてしてはいられないよね」
『・・・そうですわね』
ティトゥは僕が人殺しを嫌悪している事を知っている。
しかし、この戦いは皇帝ヴラスチミルを交渉のテーブルに着かせるためには必要なものである。
ティトゥは僕を気遣わしげな表情で見つめると、言葉少なく頷いたのだった。
その後僕達は聖国艦隊の目的地――トルランカの港の場所を教えて貰うと、聖国王城を飛び立った。
時間的には、船団が予定通りに進んでいるなら、そろそろ港に到着している頃合いか。
僕が到着した時、果たして戦いは始まっているのだろうか?
事前にティトゥとマリエッタ王女と話し合った結果、最初は上空から戦況を見守るだけ――視察という事になった。
下手な素人考えで手を出しても、味方を助けるどころか足を引っ張ってしまうかもしれないという判断だ。
マリエッタ王女は申し訳なさそうに眉を下げた。
『それにその・・・騎士団の中には、手柄の横取りををしに来たと、ハヤテさんの事を悪く思う者もいるかもしれませんから』
なる程。その心配も最もである。これは僕の戦いではなく、聖国海軍の戦いなのだ。
――とはいうものの、状況によっては僕も参戦した方がいいだろう。
その時になって動揺しないように、事前にその覚悟だけはしておこう。
そんな事を考えていたからだろうか。僕達はいつもになく黙ったままで洋上を飛行していた。
重苦しい沈黙を破ったのはティトゥの一言だった。
『あら? 煙が見えますわ』
ティトゥが指差した方向を見ると、確かに。青い空に一本の細い黒煙が立ち上っているのが見える。
僕はサッと計器盤を確認した。教えて貰った外洋船の航路からは大分外れているようだ。
「とはいえ、今日は風が強いから、気付かない間に機体が流されて、進路がズレてる可能性はあると思うけど」
空の上には道はない。そして辺りは一面の海原である。
目印も何も無いこんな場所では地文航法(※パイロットが地上の景色を見ながら飛行する方法)は使えない。
実際に今の僕は推測航法(※方位と距離に風向と風速を掛け合わせて飛行する方法)で飛んでいるが、それも大雑把で感覚的なものでしかない。
なにせ僕達は目的地までの地図すら持っていないのだ。これで正確にやれと言われてもどだい無理というものである。
『あの下に島でもあるのかしら?』
「さあ? 途中に島があるとは聞いてないけど、単に伝え忘れただけなのかもしれないね」
そうこうしているうちに煙は後方に流れて行った。確認するなら今しかない。ここで通り過ぎたらもう二度と見つける事は出来ないだろう。
いつまでも煙が上がっている――火が燃え続けている――とは思えないからだ。
しかし今は出来るだけ早くトルランカの港にたどり着きたい。寄り道をして時間のロスをするのは避けたい所だ。
「――いや、やっぱり確認しておこう」
『そうですわね』
しかし僕達は火元の調査に向かう事にした。
僕は決して運命論者ではないが、ここであの煙を見つけたのも、何かの巡り合わせかもしれないと思ったからだ。
というよりも、見つけたのが僕ではなく、ティトゥという点も引っかかる。
何だかんだでティトゥは運があるというか、持っている人間だと思うからである。
『何ですの? ハヤテ』
『ナンデモゴザイマセンワ』
僕は翼を翻すと機首を煙の方向に向けた。
心配していた通り、煙はさっきよりずっと細く、薄くなっていた。
やはり火元が鎮火されつつあるようだ。
「ティトゥ、煙が見えなくなりそうだ。ちょっと急ぐよ」
『ヨロシクッテヨ』
なにその片言。それってひょっとして僕の返事を真似したつもり? 全然似てないんだけど。
僕はエンジンをブースト。戦闘速度で煙の発生元へと向かったのだった。
次回「据物斬り」