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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その20 ハードウェアの差

◇◇◇◇◇◇◇◇


 聖国艦隊と黒竜艦隊の戦いは我慢比べの様相を呈していた。

 高速で走る船は白い航跡波(ウェーキ)を生み出し、船が単縦陣で(縦に一列に並ぶ陣形で)進む事で、青い海に曲がりくねった二本の白い線を引いていた。

 もし、はるか上空からこの光景を見下ろす者がいれば、白い二匹の蛇が互いを飲み込もうと争っている姿を想像したかもしれない。

 気力と体力をすり減らす消耗戦は、いつ終わるとも知らず続いていた。




 聖国艦隊の先頭を走る旗艦の上。見張り台の兵士が後方を振り返って叫んだ。


「最後尾の船が遅れ始めています!」

「そうか。副長、無理をせずに脱落した味方と合流するように伝えよ」

「はっ! 伝令! 最後尾の艦は隊列を離れ、味方と合流! 以降は自衛に勤めよ! 以上!」

「了解! 復唱! 最後尾の艦は隊列を離れ、味方と合流! 以降は自衛に勤めよ!」


 指示を受けた兵士が、両手に色違いの旗を持って振る。

 すぐ後ろを走っていた船の上では、やはりその船の船員がそれを見て同じ動作を繰り返している。

 ここからでは見えないが、艦尾では別の兵士が同様の動きを繰り返しているはずである。

 こうやって伝言ゲームのように最後尾の船まで動きが伝わると、船は大きく左に舵を切った。


「最後尾の船が隊列を離れて行きます! マストに”肯定”の信号旗を確認!」


 ハイドラド艦長は小さく頷いた。


 未だ無線機器の発明されていないこの世界では、船同士の連絡は信号旗によって行われる。

 例えば肯定や否定、敵の船を発見した、救助を求む、などである。

 航行中に良く使われる内容であればこれだけでも十分なのだが、それでは細かなやり取りは出来ない。

 そこで今回のような場面では船員同士による手旗信号が使われるのだ。


 エルヴィン王子は背後を振り返りながら呟いた。


「これで脱落した船も四隻目か。いや、最初の方に四隻抜けているから、合計で八隻。今残っているのはこの船も合わせて十六隻で、丁度全体の三分の二になってしまったね」

「――敵艦隊からも脱落した船は出ています。厳しい状況はあちらも同じかと」


 バース副長が衝動的に反論した。


「それは小型船だけで、しかもそれはあちらの作戦だという事は既に分かっていると思うけど?」

「そ、それはそうなのですが・・・。いえ、未だ残っているのは我が艦隊の精鋭の中でも精鋭揃い! 例え数の上では劣っていても、決して敵に遅れを取る事はありません!」

「それは頼もしいね」


 バース副長の言葉には多分に負け惜しみ、ないしは彼の願望を含んでいたが、実は意外と的を外している訳でもなかった。

 聖国の各地から集められた新造艦で編成された最強艦隊。

 聖国の精鋭艦隊と言えば聞こえはいいが、実際には一度も全体訓練を行った事の無い寄せ集めの艦隊だった。

 船は最新鋭。船員は選りすぐりの精鋭達。だが部隊としてのまとまりはない。

 戦いの序盤はそんな聖国艦隊の弱点がモロに出る形となった。

 抜け駆けの功名に走った一部部隊が暴走。まんまと敵の作戦に乗ってしまい、四隻もの船が戦線に復帰する事が出来なくなってしまったのである。

 これを見た他の船の艦長が気を引き締め、旗艦の指示に従うようになった事で、以降はこのような者達が出ていないのは不幸中の幸いだろう。

 その後の黒竜艦隊との激しいつばぜり合いにも、彼らは良く追随した。

 そしていつ終わるとも知れない、気力と体力の全てを振り絞らなければならない艦隊運動が、期せずして彼らを鍛え上げて行った。

 そう。元々、ここに集められているのは聖国各部隊の精鋭揃い。この極限状態の中で、彼らは艦隊としての練度を向上させていったのである。


 エルヴィン王子は感心顔で周囲を見回した。


(まさか実戦が艦隊訓練のような形になるとは、流石に帝国艦隊の指揮官も予想外だっただろうね。自分達の立てた作戦が敵を鍛える結果になるなんて、想像出来る方がどうかしているけど)


 本当に世の中、何が幸いするか分からない。小さな笑みを浮かべる王子に補佐官のエドムンドが怪訝な表情を浮かべた。


「殿下、何か?」

「いいや別に何も。それよりも艦長、はぐれた船の方は助けに行かなくても大丈夫なのかい?」

「幸い、と言って良いかは分かりませんが、八隻も集まった事で、そう容易くやられる事はないでしょう」


 脱落した、と言われれば聞こえは悪いが、視点を変えれば、全体の三分の一を割いて別の部隊を作り出した、と言い換える事も出来るかもしれない。

 それでも数の上では敵の方が多いため、防戦一方にはなるのだが、逆に言えば守りにさえ徹していればしばらくは大丈夫という事でもある。


「なる程。つまりは本隊次第。こちらが敵本隊に勝てば別部隊の窮地を救う事にも繋がる、という訳だね」

「その通りです」


 だが、問題はそのための一手がなかなか見つからないという点だが・・・


 ハイドラド艦長は思わず漏れそうになる本音をグッと胸の奥にしまい込んだ。

 指揮官として部下の士気を下げるような事など言えるはずはない。

 こうして彼が何度目かになる敵艦隊に対しての揺さぶりを指示しようとしたその時だった。

 艦長は不意にエルヴィン王子が意味ありげな目でこちらを見ているのに気が付いた。


「殿下、まだ何か?」

「ああうん。艦長が困っているように見えたからね。だったらホラ、そろそろアレ(・・)を試してみるのもいいんじゃないかと思ってさ」

アレ(・・)・・・ですか。ううん、果たしてどうでしょうな」


 ハイドラド艦長は若干、イヤそうな顔で返事を濁した。

 そして、ワクワクと期待している様子のエルヴィン王子に見詰められ、ついため息をこぼしたくなった。


(・・・そう言えば、一体いつの間に殿下が指揮所にいるのが当たり前と思うようになっていたのやら)


 本来であれば船室に戻って貰うべき所を、そうしなかったのは自分のミスである。

 こうなってしまえば、今更話を聞かなかった事にも出来そうにない。

 ハイドラド艦長は渋々諦めると、バース副長に準備をするよう指示を出したのだった。




 苦戦を強いられている聖国艦隊に対し、黒竜艦隊は完全に主導権を握っていた。

 しかし、操舵装置を操る副長の表情は険しかった。


(流石は聖国の中でも最新鋭の船を集めた艦隊だけの事はある。敵ながら惚れ惚れする程の性能だ)


 黒竜艦隊の事を隅から隅まで知っている副長だからこそ、聖国艦隊の船との僅かな差、基礎性能の差を思い知らされていた。


(我が艦隊も聖国艦隊に対して、決して設計が劣っている訳ではない。それなのに、どうしてこうも相手の船の良さばかりが目についてしまうのだ)


 副長の疑問も最もだ。

 黒竜艦隊を構成している船は、聖国からの亡命者によって設計されている。

 勿論、聖国艦隊とはデザインや形状等の違いはあるものの、使われている技術については同等レベルのはずである。

 そう。確かに黒竜艦隊は聖国の技術で造られている。しかし、実際に作業を行ったのは聖国の造船所ではない。

 帝国の造船所と聖国の造船所との施設の差、船大工個々人の練度の差。同じ設計技術、同じ設計思想でデザインされた船であっても、その違いが微妙な差を生んでいたのだ。

 あるいは完成度の違いと言ってもいいかもしれない。それは見比べても気付かないようなほんの僅かな差でしかない。ほんの少しだけ舵の効きが違う。ほんの少しだけ船速の伸びが違う。ほんの少しだけ復元限界が違う。ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ・・・

 そんな小さな『ほんの少しだけ』がいくつも積み重なった結果、『ほんの少しだけ』全体性能が劣る船が生み出されてしまったのである。

 だがそれは本当に小さな差。普通に運用している場合、問題にもならないような些細な差でしかなかった。

 実際、聖国艦隊に脱落者が出ているのに対し、黒竜艦隊は未だに一隻も脱落者を出してはいない。

 しかし、それもギリギリ出してはいないというだけの話でしかない。

 黒竜艦隊の事を誰よりも良く知る副長には、船の限界が近付いている気配をヒシヒシと感じていた。

 そしてその原因は船の完成度の差だけではなかった。


(まさかあの化け物に負わされた損傷が、ここに来て(たた)って来るとは・・・)


 それは例の化け物――ハヤテの攻撃によって負わされた傷だった。

 損傷それ自体は工員達の不休の努力によって修復されてはいるものの、完全に元の状態という訳にはいかない。穴の開いた部分は埋められ、削れた部分には宛木がされても、性能の低下は免れないのだ。

 そういった小さな不具合が、ギリギリの艦隊運動の中、まるでボディーブローのようにジワジワと黒竜艦隊を蝕んでいたのである。

 副長はチラリと背後を振り返った。


(船員達はギリギリの中、良く頑張ってくれている。だが、聖国艦隊にはまだ余力が見られるが、こちらにはそれはない。そして寄せ集めの聖国の艦隊とは違い、こちらの船は全て設計が統一された同型艦。脱落が始まれば一気に総崩れになるだろう)


 同じ型の船で統一する際の欠点はそこだろう。

 運用自体は楽になるが、全艦が同じ弱点を持つ事になる。

 そして敵の指揮官は既にそれに気が付いているようだ。先程から何度かゆさぶりを掛けられており、その度に副長は内心でヒヤリとさせられていた。

 船といういわばハードウェアの差。船員の努力や士気の高さでは覆えしようのない部分の弱みを、副長は痛い程感じていた。


(焦るな。自分を信じて指揮を任せてくれたバルトルン艦長に応えるためにも、志半ばで艦隊を去らなければならなくなったハイネス艦長の名誉のためにも、我々はここで聖国艦隊に敗れる訳にはいかないのだ)


 副長はともすれば弱気に傾きそうになる自身の心を懸命に押しとどめた。

 そんな息をするのも辛くなるような重苦しい時間。

 それを破ったのは、見張り台の兵士の声だった。


「左、敵旗艦がこちらに接近して来ます!」

「なに!?」


 ハッと我に返って左を見ると、果たして敵船が横っ腹を見せながらこちらに近付いて来るのが見えた。

 バルトルン艦長が緊張の面持ちで副長に振り返った。


「副長! これは?!」

「どうやら敵はしびれを切らしたようです。同航でこちらの側舷に横づけして兵士を乗り込ませるつもりでしょう。むしろそれこそこちらの望み通りです」


 聖国側は知らないだろうが、黒竜艦隊の船は聖国の船よりも搭乗員数が多い。

 船上戦闘においてこの数の差は圧倒的なアドバンテージとなる。

 限られたスペースに可能な限り人間を詰め込んでいる分、当然、居住性は劣悪となっている。ある意味、人権軽視の酷い設計なのだが、鍛えられた乗員達は良くそれに耐えていた。


(この戦い、勝った!)


 副長の頬が僅かに緩んでしまったのも仕方がないだろう。

 むしろよくそれだけで済んだと彼の自制心を誉め称えるべきかもしれない。

 長く苦しい消耗戦の結果、敵の方が先に音を上げたのだ。敵は追い詰められ、こちらは精神的に優位に立った。そう考え、喜ぶのが普通の感覚というものだ。


「左側舷、射撃戦の用意! 敵船が近付いて来た所で一斉に矢を射かけろ!」

「「「おお!」」」


 船員達が弓を手に、慌ただしく船の左側に集まる。

 そんな中、敵の旗艦はスルスルとこちらに近付いて来た。

次回「奥の手」

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― 新着の感想 ―
この海戦はハヤテの出番がない分、どちらが勝つか解らない緊迫感もあって面白かったですね。 そろそろ決着しそうですが、どのような幕が引かれるのか楽しみです。
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