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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その18 狼作戦

◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国の誇る黒竜艦隊を湾内に封鎖すべく、洋上を進む聖国艦隊。

 しかし、黒竜艦隊の指揮官バルトルンは事前にその情報を掴んでいた。

 大陸最強の両艦隊は、運命に導かれるかように洋上で邂逅する。

 ここにカルシーク海海戦の幕が切って落とされたのだった。




 旗艦の艦橋でバース副長は叫んだ。


「手の空いている者達は弓を取れ! 戦いに備えろ!」


 未だ重火器が登場していないこの世界では、洋上での戦いは最終的には相手の船に乗り込んでの白兵戦の形を取る。

 それは海賊船が相手でも、軍艦が相手でも――例えこの世界において歴史上初となる艦隊同士による艦隊戦においても――変わらないと思われていた。

 弓での攻防はどちらかと言えば牽制としての意味合いが強い。

 とはいえ弓矢は弓矢。当たり所が悪ければ当然、命にもかかわる。

 ハイドラド艦長はエルヴィン王子に振り返った。


「殿下。ここは我々に任せて殿下は船室に下がり下さい」


 艦長としては王子にケガなどさせる訳にはいかない。そもそも、エルヴィン王子がこの場にいても、艦隊の指揮が執れる訳でもなければ、矢の一本も撃てる訳でもない。

 戦力にならない以上、安全な後方に下がっていて貰うのが一番である。

 王子本人もそれは分かっているはずだが、彼はなぜか動こうとしなかった。

 焦れた補佐官のエドムンドが主人に声を掛けた。


「殿下。この場は艦長の指示に従いませんと」

「艦長もエドも、そんなに私を邪魔者扱いしないで欲しいんだけど。これでも自分の立場という物はわきまえているつもりだよ。艦長には迷惑を掛けない。ここが危なくなるようなら大人しく船室に戻るさ」

「そ、そんな。艦長」


 エドムンドは助けを求めるようにハイドラド船長に振り返った。

 艦長はジッとエルヴィン王子を見つめた。

 王子の顔は緊張に多少青ざめているようだが、その表情や態度はいつもと変わらないように見える。

 実は今回の出兵に先立ち、ハイドラド艦長は国王から「今回の(いくさ)に関しては、出来る限りエルヴィンの好きなようにやらせてやって欲しい」と頼まれていた。

 勿論、国王としても王子の要望を全て呑めと言っている訳ではない。

 最優先に考えるべきはこの戦いの勝利である事には変わりはない。ただ、聖国の利益を損なわない範囲でならエルヴィン王子の要望を叶えて欲しい、そう言ったのである。


 ハイドラド艦長は自分を納得させるように小さく頷いた。


「分かりました。ですがこの場に残られる以上、私の指示には従って頂きますよ。それでよろしいでしょうか?」

「勿論さ艦長。指示には必ず従う、約束するよ」


 エルヴィン王子はホッと表情を緩めた。逆に補佐官のエドムンドはこの世の終わりのような顔になる。

 そんな若者達の初々しい反応に、ハイドラド艦長は思わず緩みそうになった頬を誤魔化すため、顔を逸らして船の進行方向を見つめたのだった。

 その時、メインマストの見張り台の兵士が叫んだ。


「見えた、敵艦だ! 数は二十――いや違う、もっと多い!」


 やがて兵士の見つめる先、水平線の先からいくつもの帆柱が立ち上がった。

 

「敵は大型の船が約二十! その周囲に小型の船が多数追随! こちらは二十隻以上!」

「なんと! 合計四十隻以上もの艦隊なのか!」


 誰かが驚きの声を上げた。

 航海技術の未熟なこの世界では、船を軍事目的で利用するのはそれだけでリスキーとされている。

 例外は彼らランピーニ聖国くらいだろうか。

 四方を海で囲まれているこの国は、そもそも船を使わなければ他国に兵を向かわせる事すら出来ないのである。

 その大型船を四十隻以上も纏めて艦隊を作ってしまうとは。

 もし仮に、不意の嵐で艦隊が全滅するような事でもあれば、大量の物資と多数の兵士が一気に失われてしまう事になる。

 それ程のリスクを冒してでも、帝国が黒竜艦隊を編成した理由。それは――


「それだけ帝国は本気で聖国の征服を考えている、という訳か」


 エルヴィン王子は険しい表情で呟いた。

 黒竜艦隊の事は情報では知らされていた。だが、知識として知っている事とこうして実物を目の当たりにするのとでは、受ける印象に天地の差がある。

 百聞は一見に()かずとはこの事か。

 無理を言ってでもこの戦いに同行して良かった。

 エルヴィン王子は帝国皇帝ヴラスチミルの危険性に、警戒心を新たにするのだった。


「こちらの数は二十隻と少々。本来なら互角の予定が、相手が小型船を持ち出した事によって数に劣る形になってしまったのか」

「なんの。あんな小型船ごとき、いくら集めようと物の数ではないさ」


 誰かが発したこの言葉だが、必ずしも空威張りや負け惜しみの類のものとも言えない。

 船は大型になればなるほど、水面から甲板までの距離――いわゆる乾舷(フリーボード)が高くなる。

 この世界の船の戦いが、最終的には相手の船に接舷しての白兵戦という形になる以上、この差はバカに出来ない。

 大型船の兵士は敵を見下ろす形で矢を射かける形になり、小型船の兵士はろくに隠れる場所もないまま、上を見上げて弓を放たなければならなくなるからである。


 バース副長はハイドラド艦長に振り返った。


「艦長、指示を――」

「信号旗を掲げよ。全艦我に続け」

「はっ! 信号旗用意! 全艦我に続け!」




 海を挟んで東側。黒竜艦隊。

 見張り台の兵士が敵艦隊を見つめたまま叫んだ。


「敵艦隊に動きあり! 単縦陣で右方向に向かう模様!」

「――なる程。各部隊から新型艦を集めた精鋭艦隊という情報は正しかったらしい。こちらも旗艦を先頭に単縦陣! 急いで敵艦隊の後を追え!」

「はっ!」


 船に疎いバルトルン艦長は、いよいよ戦いが始まると緊張した矢先でのこの展開に、すっかり肩すかしを食らったような顔になっていた。


「こんな事をして、敵は一体何がしたいんだ? まさかこのまま逃げ切るつもりでもあるまいし」


 副長は敵指揮官の狙いを説明した。


「おそらく敵は速力をもってこちらの小型船を振り切るつもりだと思います」

「我が方の小型船は大型船よりも船足が遅いと言うのか? 俺はそのような説明は受けてはいなかったが」

「いいえ、少なくとも我が艦隊においては、小型船でも大型船と同等の速力を持っています。ですが、小型船は大型船よりも波のうねりによる影響を受け易いですから。乾舷が低いとその分だけ凌波性が劣りますので」


 バルトルン艦長は目で説明の続きを促した。


 凌波性とは船が波を乗り切りる能力の事を言う。乾舷が低いとその分だけ甲板に波を被り易くなり、速度の低下を招くだけではなく、船の浮力を失う危険性も増して来る。

 しかし今回、聖国艦隊は波のうねりと同じ方向――いわゆる追い波となる方向へと直進している。

 この場合、波を乗り越える頻度が減って小型船の多い聖国艦隊側により有利に働くのではないだろうか?

 実際、一般的には、追い波の方がその逆よりも――向かい波の場合よりも船の揺れは穏やかになるとされている。


「だが、それも波の大きさと船の大きさによります。船首揺れ(ヨーイング)の危険がありますから」


 先程も説明したが、追い波に対しての順走(波を真後ろから受けて進む場合)は、波から受ける衝撃が最も少なく済む。

 しかし、敵艦隊がいつまでも今のように真っ直ぐに進むはずはない。おそらく最もスピードが乗ったあたりで舵を切るつもりだろう。

 そうなった時、船は今度は真後ろではなく、斜め後ろから波に押される形となり、船首が左右にふらつく。

 これが船首揺れ(ヨーイング)と呼ばれる現象である。

 最悪の場合、船は船首揺れ(ヨーイング)を立て直すのが間に合わないまま次の波に押され、遂には船体が波に対して横向きなってしまう事となる。

 これをブローチング現象という。

 このブローチングのタイミングで横波を受ける、あるいは突風を受けるなど他の傾斜モーメントが重なると船の傾きは大きくなり、ついには復原モーメントの限界を超えて転覆することになる。


「このような事故はより小型の船の方が起こり易いのです。つまりは被害は我が艦隊の方に集中するという事になります。今日の波では転覆まで行く船は出ないでしょうが、流石に遅れるとは思います」

「どのみちこちらの優位が失われてしまう事に変わりはないではないか! 何か手はあるのだろうな!?」


 副長は「勿論です」と頷くと操舵手の所に向かった。


「ここからは俺が操船する。お前は信号旗を上げろ。”狼作戦”だ」

「はっ!」


 操舵手は舵輪を副長に渡すと、キビキビとした動きで船尾楼甲板(せんびろうかんぱん)を駆け降りて行った。

 副長は手ごたえを確かめるように舵輪を握ると、熱く燃える目で前方の聖国艦隊を睨み付けた。


(聖国艦隊よ、お前達がカルシーク海の覇者だった歴史は今日この時をもって終わりを告げる! ハイネス艦長が心血を注いで作り上げた黒竜艦隊の力、とくとその目に焼き付けるがいい!)


 マストに狼作戦の信号旗が上がると、小型船は艦隊の列から離れ、いくつかの群れ(パック)に分かれた。

次回「我慢比べ」

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