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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その17 敵艦見ゆ

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ランピーニ聖国を出航した艦隊は、洋上で三日目の朝を迎えていた。

 高性能な聖国製の外洋船の中でも、特に設計の新しい船ばかりを集めて編成された精鋭艦隊。

 それらの船を操るのは、これもまた各艦隊から集められた選りすぐりの船員達。

 単純に考えれば、この世界でも最も強力な艦隊と言っても、決して言い過ぎにはならないだろう。

 しかし、艦橋に立つハイドラド艦長の顔からは、慢心や余裕といったものは微塵も感じられない。

 常と変わらず泰然自若(たいぜんじじゃく)。その表情からは彼が何を考えているか、その心情をうかがい知る事は出来なかった。

 その時、彼の背後に立っていたバース副長が、ピシリと踵を打ち鳴らすと背筋を伸ばした。


「やあ、艦長。おはよう。今日もいい天気だね」


 階段を上がって姿を現したのは、細面の品の良い青年。

 この艦隊の総指揮官(※とはいえあくまでも名目の上のもので、実質的な指揮官はハイドラド艦長なのだが)、聖国王太子のエルヴィンである。

 エルヴィン王子の後ろには護衛の騎士を従えた気難しそうな青年が続く。

 王子の補佐官、エドムンドである。

 ハイドラド艦長は振り返るとエルヴィン王子に一礼した。


「おはようございます、殿下。ですが陸地が見えて来るのはまだしばらく先になります。その時になればお呼び致しますので、それまでは船室でお休みになられていてはいかがでしょうか?」


 先程は分かり易く艦橋と言ったが、実際の名称は船尾楼甲板(せんびろうかんぱん)。船尾に設けられた船室の屋根に手すりを付けた物となる。

 屋根も無ければ壁も無い。吹きさらしの甲板かんぱんは、ただ立っているだけでも体力を奪われる。

 実際、エドムンドは「そうです。帰りましょう」とでも言いたげな顔をしていた。


「艦長の気遣いは分かるけど、困った事に船室にいても落ち着かなくてね。これから戦いが始まると思うと、何も手に付かないんだよ」

「それは――ああ、そう言えば殿下にとってこれは初陣なのでしたな。そういう事でしたら分かりました。殿下のお気が済むようになされて下さい」

「済まないね、艦長」


 今朝から艦内は張り詰めた空気が漂っている。

 艦長達にとっては戦いの前のいつもの光景。当たり前の光景だが、今回が初陣となるエドムンド王子はその独特の雰囲気にあてられてしまったのだろう。

 ハイドラド艦長はそう判断したようだ。

 艦長はバース副長に振り返った。


「副長。今朝は少し風が強い。また船が左に流れているようだ」

「分かりました。おもぉぉかぁじ!」

「おもぉぉかぁじ!」


 副長の指示を操舵手が復唱すると、転輪を操作。舵が右に切られた。

 エルヴィン王子はキビキビと動く船員達を頼もしそうに眺めた後、バース副長に尋ねた。


「風が強いという事は、予定よりも早くトルランカの港に到着すると考えていいのかい?」

「その通りでございます殿下。この調子で今の風が続けば、日が南中に達する(太陽が真南に来る時間。つまりは正午)より前に港に到着出来るでしょう」


 バース副長の表情は明るい。

 今回の作戦の要は、なんと言っても、トルランカの港から黒竜艦隊が出る前に港の出入り口を封鎖出来るかどうかにかかっている。

 予定よりも早く現場に到着出来れば、それだけ敵の不意を突く事が出来る――すなわち作戦の成功率も高まる事になる。

 指揮官であるバース副長にとっては、現在の風向きは正に理想的。願ってもいない展開と言えた。


「正直に言えば――」


 バース副長は少し声をひそめた。


「正直に言えば、帝国の誇る黒竜艦隊と戦ってみたいという気持ちも無くはありません。これは私だけではなく、おそらく多くの者達がそう思っているでしょう。何と言ってもこの艦隊はそのために編成された特別な艦隊なのですから。聖国海軍の選りすぐりを集めたこの艦隊と、聖国の艦隊と戦うのを目的に作られたという黒竜艦隊。同じ条件で戦えば、果たしてどちらが強いか。海軍騎士団員であれば、誰もが気になる点だと思います」

「流石は我が国の誇る精鋭部隊。勇ましい気構えだ」


 エルヴィン王子の感心した様子に、バース副長ははにかみの表情を浮かべた。

 しかしバース副長はハイドラド艦長の背中をチラリと見ると、慌てて言葉を続けた。


「あの、勿論、指揮官としては味方に犠牲を出さないようにしなければいけない事くらいは分かっております。ですので、今のは作戦に対しての不服ではなく、あくまでも私の願望、ないしは身勝手な妄想と思って頂きたいのですが」

「分かっているさ。副長の敢闘精神が言わせた言葉なのだろう? 戦いを前に何とも頼もしい事じゃないか」


 エルヴィン王子の褒め殺しにバース副長は恐縮しきりといった感じである。

 ハイドラド艦長は、こんな会話で王子の緊張が解けるのであればと、黙って二人の会話を聞き流していた。

 そんな中、エルヴィン王子は自分の補佐官、エドムンドだけが晴れない顔をしているのに気が付いた。


「なんだい、エド(※エドムンドの愛称)。妙に不機嫌そうな顔をしているじゃないか」

「・・・いえ、別に不機嫌と言う訳では。ただ少々イヤな予感がして仕方がないというか」


 ハイドラド艦長達は怪訝な表情を浮かべた。イヤな予感という言葉に引っかかりを覚えたのだ。

 海軍騎士団員とはいえ、彼らも船乗りである。船乗りはどの国でも大抵迷信深い物なのだ。

 ハイドラド艦長達の反応を知ってか知らずか、エドムンドは言葉を続けた。


「大体、殿下がこういう時は大抵ロクな事がありませんから。部屋で食事を終えるなり、突然、ここに来ると言い出すとか。昨日までは旅行気分だったにも関わらず、です」

「おいおい、流石に旅行気分は言い過ぎだろ? そりゃあ多少は羽を伸ばしていたかもしれないけどさ」

「先程も言いましたが、殿下が突然、何かを言い出した時には大抵何かあるじゃないですか。しかも周りが止めても聞き入れて下さらない場合などは特に」


 エドムンドが更に続けようとしたその時だった。バース副長が何かに気付いて目を見張った。


「副長、どうかしたのかね?」

「先頭を行く船の信号旗――マストの辺りを見て下さい!」


 エルヴィン王子達が船の前方に目を凝らすと、先頭の船のマストにさっきまではなかった旗がはためているのが見えた。

 色分けされた派手な旗。それが二枚。


「あれは敵の船を発見したという合図です! 二枚は複数の意味、つまりはこの先に敵の艦隊がいるという報せなのです! そしてこの辺りにいる敵艦隊と言えば――」


 そう。黒竜艦隊しかあり得ない。だが陸はまだ影も形も見えない。こんな状況で敵は一体どうやってこちらの接近を察知する事が出来たのだろうか?

 甲板で作業をしていた船員達も旗に気付いたらしく。前方を指差して騒いでいる。

 一気に騒然となる船上で、ハイドラド艦長が声を上げた。


「こうして敵艦隊が出て来ている以上、最初の作戦は破棄するしかあるまいな。副長、取舵。一番艦の後に続け。戦闘開始の旗を掲げよ」

「はっ! とりぃぃかじぃ!」


 バース副長の声が響く中、エドムンドは「やっぱりこうなったか」とでも言いたげな顔で、エルヴィン王子を見つめた。

 当のエルヴィン王子は、のん気とも思える声で呟いた。


「良かったな副長、望みが叶って。黒竜艦隊と雌雄を決する機会が巡って来たようじゃないか」




 エルヴィン王子達、聖国艦隊から海を隔てる事、東へ少々。

 聖国の艦隊が帝国の艦隊を発見したという事は、逆に相手側でも聖国艦隊を発見したという事になる。

 黒竜艦隊の旗艦となる重戦闘艦の艦橋では、指揮官のバルトルン艦長が小さく頷いていた。


「やはり聖国の艦隊は間近まで迫っていたか。予想通りとは言え、後少し出航が遅れていたら、港を封鎖されて手も足も出せずにいた所だったな」


 聖国に潜伏してる諜者から、艦隊が出航したという報せが届いたのは昨夜の事だった。

 同じ報告は帝都バージャントの王城にも届いているはずである。

 バルトルン艦長が王城とほぼタイムラグ無しに同時に情報を得る事が出来たのは、彼が情報部隊の出身だったからである。

 おそらく、王城では昨夜のうちに緊急の軍議が開かれたに違いない。

 そして今頃は、出撃を命じる命令書を持った早馬が港に到着しているのではないだろうか?


「だがそれでは遅いのだ」


 バルトルン艦長は聖国艦隊の情報を受けると、王城からの命令の到着を待たずに艦隊の出撃を決断した。

 というよりも、最初からそれを前提に古巣の情報部隊に話を通し、聖国艦隊の情報を最優先でこちらに回すように手配しておいたのである。

 これらは当然、命令系統を無視した越権行為だし、そもそも、独自の判断で勝手に艦隊の出撃を命じた時点で重大な命令違反となる。

 しかしバルトルン艦長には、そうしなければならないという、確信めいた予感があった。


「もしも自分が聖国艦隊の指揮官だったら。そう考えれば、真っ先に考えるのは港の封鎖だ。いかに強力な艦隊だろうと、狭い湾内では力を発揮する事など出来はしない。最小の被害で最大の効果を得られる策だ」


 ではこちらはそれにどう対処するべきか? 予め港の外に艦隊を配置しておけばいいかと言えばそうもはいかない。

 船はそれでも構わないが、いつ来るか分からない聖国艦隊を待っている間に、こちらの兵士が消耗してしまうからである。

 せっかく、敵の作戦を見破ったとしても、その結果、乗組員が弱ってしまっては元も子もない。そしてそんな弱体化した艦隊で勝てる程、聖国艦隊は甘い相手ではないだろう。

 戦うならベストな状態で。しかしそれですら必ず勝てるという保証はない。

 バルトルン艦長は情報部隊の出身らしいドライな判断で、互いの戦力をそう分析していた。


「ここまでは俺の読みが当たった形だ。だが、言ってみればようやく互角の状態に持ち込んだだけに過ぎん。勝負はむしろこれからだ。そして同条件で戦う以上、勝敗を決めるのは船の性能と乗組員の技量と士気、それに指揮官の指揮能力の差となる」


 バルトルン艦長は背後を振り返った。

 彼の後ろでは副長が矢継ぎ早に部下に指示を出している。ちなみに艦長にはその命令が正しいのかどうかすら判断がつかなかった。

 それもそのはず。バルトルン艦長は黒竜艦隊の指揮官には任命されているものの、元々は情報部隊の人間。畑違いの人間に過ぎないからである。

 そもそもバルトルン艦長は艦隊どころか、船を指揮して戦った事すら一度もなかった。


「だから俺に出来るのは舞台を整える所まで。後は帝国海軍の誇る黒竜艦隊の力に期待するだけだ」


 ここから先の戦いは全て副長に一任している。艦隊を指揮するのは副長の役目で、自分の仕事は戦いが終わった後、必要な責任を取る事だけ。


 こうして帝国の誇る黒竜艦隊と聖国の精鋭艦隊との戦いの幕は切って落とされたのだった。

次回「狼作戦」

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― 新着の感想 ―
無能に圧勝するのもいいですが 有能な人材同士の戦いだと小気味いいですね!  楽しみにしてます!
とうとう海戦が開戦!! どんな戦いになるか楽しみです。 しかし聖国負けるとエルヴィン王子捕まってピンチ?
感想一覧
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