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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その16 明日のため

 ヨレヨレのシャツを着た若い職人――オバロは、僕の翼の上から降りると木箱を抱え上げた。

 箱の中でガシャリと金属が擦れる音がする。僕は慌てて彼に声を掛けた。


『アンゼン ダイイチ』

『あっとすみません。気を付けます』


 オバロは今度は慎重に木箱を抱え直した。

 流石に気にし過ぎかな? いや、安全に配慮するのに越したことはないはずだ。


『ホゾン ダイジョウブ?』

『保存場所ですか? それでしたらオットー様に相談した所、お屋敷の地下室を使わせて貰えるようになりました』


 オバロの説明によると、地下室の入り口は屋敷の奥にあって、限られた人間しか出入り出来ないんだそうだ。

 だったら心配ないのかな。多分。


『サヨウデゴザイマスカ』

『それじゃハヤテ様、俺はこれで』


 オバロは屋敷の騎士に付き添われながら、僕のテントから出て行ったのだった。

 ん? 外から話声が聞こえる。片方はオバロの声だけど、もう片方の声は――

 すぐにテントの入り口が開くと、ゆるふわヘアーの美少女が姿を現した。

 やっぱりそうだ。声の主はティトゥだった。


『オバロが来ていたんですのね』

「うん、もう終わったよ。それでシーロは帰ったのかい?」


 ティトゥは『ええ』と頷いた。


『さあ、それじゃあ夕食までは十分に時間もあるし、ハヤテとシーロが二人で何をして来たのか、最初からキチンと話して貰いますわよ』

「ハイハイ。後で説明するって約束したし、別に構わないよ。でも、君もある程度は事情を知ってるよね。ぶっちゃけ、君が期待しているような面白い話は何も出て来ないと思うけど?」


 僕は好奇心マシマシのティトゥに、一応、釘を刺しておくのだった。




 僕は今日、シーロを連れてバーバラ島とレブロンの港町へと向かった。

 理由はエマールさんとの結婚を尻込みする彼の背中を押すため。

 僕の知り合いの中のリア充二人――トレモ船長と番頭のハントの姿を見せて、「結婚もいいかも」とシーロに思わせる作戦だったのだ。・・・が、残念ながら二人は仕事の都合で外に出ていて会えなかったのだった。


「だからかなりガッカリしたと言うか、正直、失敗だったと諦めてたんだけどね。それがまさかあんな事になるとは思わなかったよ」

『世の中、何が幸いするのか分かりませんわね』


 ホントそれ。

 僕的には今日のフライトは空振り。完全に失敗したはずだったのだが、結果的にシーロはエマールさんとの結婚を決意したのだ。

 なんでこうなったし。正に案ずるより産むが易し。


「あ、そうそう、さっきはそれどころじゃなかったからすっかり忘れてたけど、パトリチェフとフェブルさんから君にお土産を貰って来たんだった。いつぞやのお礼の品だってさ。どうする、今から確認する?」

『あ~、後で誰かを取りに寄こすので、出すのはその時でいいですわ』


 レブロン伯爵家新当主パトリチェフと、レブロンの港町の大店の店主フェブルさんからの心尽くしのお礼の品々を、ティトゥはバッサリ切り捨てた。

 いやまあ、僕も彼らが樽増槽に詰め込んでいるのを見てたけど、あまりティトゥが喜びそうな品とは思わなかったかな。

 ティトゥも女の子なので、宝石やアクセサリーがキライなはずはないとは思うんだけど、この子の場合は、それを身に着けて行く場所――社交場やパーティーなんかが大の苦手だからなあ。

 ドレスやアクセサリーで着飾るよりも、飛行服を着ている方が好きなんだから、オットーが頭を抱える訳である。


「君ならむしろ甘い食べ物の方が喜びそうかもね」

『甘い物ですの? ベアータが作るナカジマ銘菓よりも美味しいお菓子なんてあるのかしら?』


 ドラゴンメニューのオーソリティ、ベアータの作る甘いお菓子は、庶民から貴族まで、あらゆる年代の女性の心を捉えて離さない。

 そんなベアータのお菓子を食べ慣れているティトゥの舌を満足させるお菓子となると、流石にハードルが高くなりそうだ。


『・・・ねえハヤテ』


 ティトゥはややためらいがちに僕に声を掛けた。


『なんでハヤテはシーロのためにそこまでするんですの?』

「えっ? そこまでって、それ程の事じゃなくない? 今は別に急ぎの用事がある訳じゃないし、一日くらいシーロに付き合っても別に大した事じゃないとは思うけど?」

『それでもですわ。こんな風にハヤテが誰かのために――私以外の誰かのために飛び回るなんて、今まで一度もなかったじゃないですの』


 今まで一度もなかったって、そんなバカな・・・って、あれ? そうなのかな?

 いや、大抵の場合、ティトゥが一緒に付いて来ているだけで、他の人のために飛んだ事自体は何度もあったはずだけど。

 でもまあ、確かにティトゥ抜きというのは珍しかったかもね。


「う~ん。でも今日は出来ればティトゥには外して貰いたかったんだよね。多分、君がいると、シーロは自分では決められなくなってたと思うから」

『それってどういう意味ですの?』


 ティトゥは怪訝な表情で眉をひそめた。

 そうだね。感覚的な話だし、僕がシーロに対して勝手にそう思っているだけで、実は違っているのかもしれないけど・・・

 シーロはああ見えて義理堅い人間だ。

 それは僕達に命を救われた恩を返すため、今までの生活を捨ててナカジマ領にやって来た所からも分かる。

 そんな彼にとって恩人のティトゥが、「エマールと結婚しろ」と言えば、彼はそれに逆らえないだろう。

 勿論、ティトゥはよっぽどの事がなければそんな事は言わないはずだ。

 だけど、態度をハッキリさせないシーロに焦れて、「どうせ付き合っている相手もいないのなら、エマールの気持ちを受け入れてあげればいいのに」くらいは思うんじゃないだろうか? そうなるとシーロは彼女の気持ちを汲んで、恩人の意に沿う行動を取ってしまおうとするだろう。

 正しいとか間違っているとか、理屈に合うとか合わないとかじゃない。シーロという人間はそういうヤツなのである。


 しかし僕の言葉に、ティトゥは釈然としない表情を浮かべた。


『そうかしら? 私はそこまでシーロが義理堅い性格をしているとは思えませんわ。エマールに会うまで結婚の約束を忘れていたような男ですわよ?』

「さっきも言ったけど、あくまで僕がシーロに対してそう思っているというだけだから。正しいかどうかは分からないから」


 とはいえティトゥの気持ちも分からないではない。

 日頃のシーロはあんな調子だし、お世辞にも言動はあまり誠実とは言えないだろう。

 だからティトゥがシーロの事を胡散臭く感じていても仕方がない――というよりも、シーロ本人が意識してティトゥの前ではそのイメージを崩さないようにしているようだ。

 多分、彼の中ではティトゥは守るべき対象、自分が仕える主人なんだろう。

 だからシーロはティトゥ達には言えないような話も僕の前では喋る。彼が毎回、深夜に僕のテントに顔を出すのはそういった理由である。

 多分、シーロの中では僕は一緒にティトゥを守る仲間なのだろう。


 ――流石に今のはティトゥには言わない方がいいか。

 僕は代わりに別の事を言った。


「ティトゥもシーロが僕達のために情報を集めようと、あちこち渡り歩いているのは知っているだろ? 後で危険な場所に行っていた事を知ったのだって、今までに何度もあったよね」

『それは・・・言われてみれば確かにそうでしたわね』


 シーロはチェルヌィフ商人ネットワークに所属している。

 どんな組織かは聞いていない(というよりも、尋ねる度にはぐらかされていた)が、彼が聖国の王城に潜り込んでいたり、帝国の非合法部隊と取引をしていた事からも、かなり危険な仕事をしているのは間違いない。


「シーロはあくまでも商人であって、諜報員の真似事なんてする必要はないんだ。でも、そう言っても彼は聞かないだろうし、実際にシーロが伝えてくれる情報は、僕達にとって有難い物である事も確かだ。だから強くも言えないし、シーロにもそれが分かっているからこそ、いつも無理をするんだと思う。でも、ぶっちゃけ僕はシーロにこれ以上の無茶はして欲しくないんだよ」

『・・・ハヤテはそんな風にシーロの事を思っていたんですのね』


 ティトゥは意外そうに目を見張った。

 そう言えば、ずっと長い間シーロの事を心配して来たというのに、こんな風にティトゥに打ち明けたのは初めてかもしれない。


 そうか。だからなのか。


 僕は不意に胸にストンと落ちた気がした。


「そうか。だから今日の僕は君抜きで、僕とシーロの二人だけで解決しようとしたのかもしれない。最初から君に相談していれば、今日は一緒にシーロを説得しようとしていたのかもしれない」

『――そうかもしれませんわね。でも、結果的にはシーロにとって良い形に収まって良かったですわ』


 そうだね。

 どうやら今日の僕は最初の一歩目から失敗していたようだ。

 全くもって情けない。たまたま結果が上手くいって本当に幸いだった。


『ハヤテはシーロが結婚して家庭を持つ事で、危ない事をしなくなるようになって欲しかったんですのね』


 ティトゥは納得したように大きく頷いたのだった。

次回「敵艦見ゆ」

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