その14 今度は西に
バーバラ島は残念ながら空振りだったが、今度は大丈夫だろうか?
僕はチェルヌィフ商人のシーロを乗せると、海の上を一路北西へ。お馴染みクリオーネ島ランピーニ聖国へとやって来たのだった。
『う、ウソだろ・・・。ユリウス様からナカジマ様は聖国を隣町感覚で考えていて困るとは聞いていたものの、まさかペニソラ半島の南洋の島から、一足飛びにランピーニ聖国まで来てしまうなんて。いくらハヤテ様が空を飛べると言っても、物には限度ってものがあるだろうに』
シーロは顔色を悪くしながら何やらブツブツ呟いている。
もう午後もいい時間だし、お腹でも空いたんだろうか?
一応、ここまでの移動中におにぎりを差し入れしたものの、彼には少し足りなかったのかもしれない。
僕が何かに気を取られているのを察したらしく、パトリチェフが僕に尋ねた。
『ハヤテ殿、何か要望があるなら遠慮せずに何なりと言って下さい。何せ我がレンドン伯爵家はナカジマ殿とハヤテ殿に大恩があるのですから』
ああうん。僕はいいんでシーロに何か軽く食べる物でも出してやってくれないかな。
僕達がやって来たのは、聖国の三伯の一家、レンドン伯爵家のお屋敷である。
レンドン伯爵家といえばつい先日、僕とティトゥが難破した海賊船から相伝の鎧、黒龍の鎧を見つけ出した事が記憶に新しい。(第二十章 聖国の三伯編 その23 当主の証 より)
一家の恩人の訪問とあってか、アポなしの急な来訪にもかかわらず、レンドン伯爵家の人達は僕達を暖かく出迎えてくれた。
新当主のパトリチェフなどは、騎士団の訓練を投げ出して慌てて戻って来た程である。
この伯爵家一家の下にも置かない持てなしに、全く事情を知らないシーロは、「この人達は聖国で一体何をやったんだろう?」とでも言いたげな目でこちらを見ていた。
『今日はナカジマ様は来られなかったのですか』
パトリチェフはティトゥが乗っていなかった事に少しガッカリした様子だったが、すぐに気を取り直した。
僕は彼に今日の来訪の目的を伝え、先方に使いを出してくれるよう、お願いした。
パトリチェフは快く聞き入れてくれて、相手が来るまで屋敷でゆっくりしているように言ってくれたのだった。
『本当にハヤテ殿ご自身は水も食事もいらないのですか? 今日はまたレブロンから飛んで来たのでしょうか?』
『チガウ ミロスラフ』
『ミロスラフ王国から!? まさか直接ミロスラフ王国からレンドンまで来たんですか!?』
僕の返事にレンドン伯爵家の人達は驚きの声を上げた。
『お母様、みんな驚いているけどミロスラフ王国って遠いの?』
『ええ。ミロスラフ王国はこの国の東の海を船で何日も行った先にある国なのよ・・・と思っていたけど。違ったのかしら?』
『いいえ、母上。それで間違いありません。ハヤテ殿。ハヤテ殿はカルシーク海をどうやって渡ったのです? あそこには途中で翼を休める島などないと思うのですが』
『キュウケイ イラナイ』
『なんと! ドラゴンというのは随分と健脚、いや、この場合は健翼とでも言うべきなのかな? とにかく凄い距離を飛ぶものなのですな』
『ボソッ(ハヤテ様が本当はミロスラフ王国の遥か南のバーバラ島から半日もかからずにやって来たと知ったら、この人達は一体どう思うんでしょうかね)』
シーロは出されたパンを食べながら何やらポツリと呟いた。
それはそうと、待ち人はまだ来ないのだろうか? 僕の現地語は片言だし、シーロは遠慮して喋らないしで、少々間が持たなくて心苦しいんだけど。
この屋敷はレンドンの港町のすぐ近くにあるからそんなに時間はかからないと思うんだけど・・・。
おっ。噂をすれば影が差す。僕の四式戦闘機イヤーが屋敷の外に馬車の音を捉えた。ようやく到着したようだ。
僕は密かにホッとした。
それから待つ事少々。やがて使用人に案内されて一人の男が僕の所にやって来たのだった。
『伯爵様、失礼致します。ハヤテ様もご無沙汰しております』
そう言って頭を下げるのは物腰の柔らかな初老の商人。
レンドンの港町にある大店の店主、フェブルさんである。
フェブルさんはシーロを見て少し考え込む素振りをした。
『あ~と、お久しぶりです。私はチェルヌィフ商人のシーロと申します。フェブル様の商会とは二年程前に何度か取引をさせて頂きました』
『ああ、帝国との貿易をしている商人の方でしたね。覚えていますとも。事務員の女性がハンサムな商人が来なくなったと残念がっておりました』
二人は過去に商売上の繋がりがあったようだ。そしてシーロも外でやる事はしっかりやっていた模様。
昔はやり手の商人だった訳だし。どこかにそういった相手がいたとしても全然おかしな話じゃないよね。
分かってるって。ここは武士の情け。エマールさんには黙って置いてあげるよ。
『――ハヤテ様。何か勘違いをしているみたいなので先に言っておきますが、その事務員の女性とは何の関係もありませんからね? そもそも相手は私の母親くらいの年齢の既婚者ですし、大体、私のような木っ端商人がフェブル商会のような大店に勤める女性から相手になんてされる訳なんてありませんから』
ありゃま。どうやら僕の勘繰りはシーロに見透かされていたようだ。
いやまあ、僕はそんな話をするためにフェブルさんのお店に使いを送って貰った訳じゃないし。
僕はフェブルさんに今日の用事を、そのメインとなる人物について尋ねた。
『ハント ドコ?』
『申し訳ございません。ハントは取引のために町を離れていまして。明日になれば戻って来るはずなのですが』
ええっ!? 今日はハントいないの!?
あ~、なんてこったい。
せっかくはるばる聖国までシーロに付き合って貰ったというのに、またもや僕の予定は空振りに終わったようだ。
ハントはフェブルさんのお店の番頭である。
僕達とは一緒に死の島バルガス島まで黒龍の鎧を探しに行った間柄となる。
またの名を【トレモ船長二号】。いや勝手に僕がそう呼んでいるだけなんだけど。
フェブルさんが目を掛けている優秀な青年で、いずれは自分の娘と結婚させ、店を一軒任せるつもりでいると聞いている。
しかし、そうか。ハントもいないのか。そうか、そうか・・・
『ハヤテ様?』
『シーロ ノル』
『ええと、ハヤテ様。ここでの用事はもう構わないので?』
構わないも何も、ハントが居ないのならどうしようもないからね。
日が暮れる前にはティトゥの屋敷に戻っておきたいし。だったら長居は無用かな。
それにしても、トレモ船長に続いてハントも留守だったかぁ。運がないというか何というか。
どうやら今日の僕はトコトン星の巡り合わせが悪いようだ。せっかくあちこち足を延ばしたっていうのに。トホホ・・・
「まあ、アポも取ってないし、こうなっても仕方がないよね。でも、せめて二人のうちのどっちかくらいには会えるんじゃないかと思ったんだけどなあ」
『あの、ハヤテ様』
ん? 何かなシーロ。
ボヤいていた僕はシーロの声に振り返った。
彼がこっそり指を差している方を見ると、フェブルさんが申し訳なさそうに僕を見上げていた。
『ハヤテ様、今日はお役に立てずに申し訳ありませんでした。私と妻の命を救って貰った恩人に、いえ、それだけではなく、ハヤテ様とナカジマ様は息子のビブラ伯爵領での仕入れにも手を貸して下さったというのに、その恩人の頼みを聞き届ける事も出来ないとは。どうか不甲斐ない私を許してください』
フェブルさんはそう言って深々と頭を下げた。
いやいや、フェブルさんが謝るような事じゃないから。急に押しかけた僕が悪かっただけだから。
ハントにだって仕事はある訳だし、それがたまたま僕の訪問に重なっただけでな訳で、別にないがしろにされたとか、そんな風に思っている訳じゃないから。
だから頭を上げて欲しいんだけど。そしてパトリチェフは「コイツ、レンドン伯爵家の恩人に失礼をかましやがって」みたいな目でフェブルさんを睨むのを止めて欲しいんだけど。後、シーロもこの光景にドン引きするのを止めて欲しいんだけど。この人達が義理堅い性格をしているだけで、別に僕が変な事をやった訳じゃないから。
『イイヨ ユルス』
『そうですか! でしたらこちらを。以前にお約束していたお礼の品となります』
フェブルさんはパッと笑顔を浮かべると、庭の片隅に運び込ませていた荷物に振り返った。
ていうか、まだ運んでいるけど、一体どれだけ持って来た訳?
『馬車一杯に詰め込んで参りました。何でもハヤテ様はそれぐらいの荷物は楽に積めるとか』
『それなら我が家からの品も貰って欲しい。ナカジマ殿にはいつも逃げられてばかりだからな、こんな機会でもなければ渡す物も渡せん。おおい、誰か! 俺と蔵までついて来い。ナカジマ殿にお渡しする品を選ぶぞ』
ちょっと待って。僕達は今から帰らないといけないんだけど。
夜間飛行は危ないから、可能な限り避けたいんですけど。
しかし、一度火が付いてしまったパトリチェフを止める事は誰にも出来なかった。
結局僕はフェブルさんとパトリチェフからのお土産? 贈り物? を沢山貰い、樽増槽が一杯になってもう詰め込めなくなるまで、レンドン伯爵家の屋敷から離れる事が出来なかったのだった。
次回「結果オーライ」