その23 契約の乙女
僕はレブロンの港町に住む男の子の頼みで、港の出入り口を程よく塞ぐ沈没船を250kg爆弾で処分した。
・・・処分できたよね?
空の上から見たところ、海の中に船影は見えない。
海の中に爆弾を落としたところでどれだけの効果があるのかは分からないが、相手は老朽化した木造船だ。
例え直撃しなくても水中を伝わる衝撃でバラバラになるんじゃないかな。
海の上には船の破片が一面に漂っている。そしてよく見れば死んだ魚も漂っている。
爆発の衝撃が水中を伝わったことでやられたようだ。
あ~、そりゃそうか。
もしかしたら沈没船はすでに魚礁になりかけていたのかもしれない。
だとしたらそこにいた魚やタコは木っ端みじんだ。
僕ははからずも奪ってしまった命に黙とうを捧げるのだった。
港に戻るとティトゥ達が声を掛けてくれたのか、人垣がキレイに割れて滑走路のようになっていた。
というかコレ、うっかりどちらかにズレると人をなぎ倒してしまいそうで怖いんだけど。
TVでゴルフの中継を見た時、コースの周りにギャラリーがビッシリ詰めかけているのを見て「もしOBを叩いて観客の中にボールが飛び込んだらとか考えないんだろうか?」と思った事を思い出した。
まあ無事に着陸しましたがね。
いつものように海軍式三点着陸を決めてやりましたとも。
ギャラリーが「おお~っ。」って感心してくれたので僕も鼻高々ですよ。
そう、僕はずっとこの称賛を求めていたのだよ。
『ハヤテ!』
おっとティトゥが駆け寄って来た。
君も僕を褒めてくれて良いんだよ?
『全くあなたという人は。船を見たら壊さずにはいられないんですの?』
いや・・・ティトゥ、人を破壊魔みたいに言わないでほしいんだけど。
船を破壊したのは人生でこれで二度目だ。
そもそも今回は破壊する前にもう沈んでいたし。
『お・・・おい、私もドラゴンに乗せてくれ!』
伯爵夫人が鼻息も荒く僕に詰め寄って来た。
ちょ、何この人、必死すぎて怖いんですけど。
ちなみにギャラリー達はそんな僕達を遠巻きにして見ている。
さっきまでは図々しく近寄ってきていたのにどうしたのかな?
あ、僕に野菜をぶつけた男の子がいる。
伏し目がちにチラチラとこちらの様子を伺っている。
なんだろうねこの空気。
『叔母様、ハヤテさんは契約をした者しか乗せないんですよ』
マリエッタ王女が僕によじ登ろうとしている伯爵夫人の服を掴んで止めようとしている。
ていうかその設定まだ生きていたんだね。
ティトゥがバツが悪そうに目を反らした。
『契約? マリエッタだって乗って来ただろう?!』
伯爵夫人は今や王女に対する敬称が抜けている。アンタどれだけ必死なんだよ。
『私は契約しています。今では私もティトゥお姉様同様ハヤテさんの竜 騎 士なんです』
『お前だけズルいぞ!!』
子供か!
『分かった! 私も契約するぞ! ほら、どうすればいいんだ?! 血を飲ませるとかそういうのか?!』
伯爵夫人がマリエッタ王女の肩を掴んで揺さぶる。
いやいや、血を飲ませるってなんだよ、僕はどんな悪魔だよ。
マリエッタ王女は揺さぶられながら必死で叫んだ。
『ダメです! 叔母様は契約出来ないんです!』
『なんでだよ! 理由を言え!』
『え~と・・・そう! そうでした! ハヤテさんは乙女でなければ契約しないんです!! だから叔母様ではダメなんです!!』
・・・その瞬間、周囲のざわめきは消え、辺りは静寂に包まれた。
って、ぅおいいいっ!! 王女何を言ってんだーー!!
こんな大勢の人の前で勝手に僕の性癖をねつ造してんじゃないよ!
しかも言うに事欠いて処女厨あつかいとかふざけんなあああー!
伯爵夫人の手から力が抜けた。
彼女は表情が抜け落ちた顔で王女を見つめている。
『・・・乙女?』
『はい。私もティトゥさんも』
やっちまった。王女の顔に浮かんだ表情を言葉にするなら正にこの一言だろう。
だが吐いたツバは飲めない。王女はウソを付き通すことにしたようだ。だから迷惑だなおい。
伯爵夫人はふらりとティトゥの方を見た。
『アンタも乙女?』
ティトゥは真っ赤になりながらも小さく頷いた。
ギャラリーから何故か「おお~っ」という歓声が上がった。
なんという羞恥プレイ。
ガクリ。
伯爵夫人は力なく膝を付き、項垂れるのだった・・・
マリエッタ王女は僕の方を見て、ごめんなさい、みたいな顔をした。
いや、許さないからね。
こうしてマリエッタ王女の言葉は僕と伯爵夫人の心に大きな傷を残すことになったのであった。
この「契約の乙女」の一件は僕の心の中でマリエッタ王女に対する貸しにしておくことにする。
というか僕はこの設定は絶対に認めないからね。
僕はドラゴンであってユニコーンじゃないからね。
この貸しはいつか何らかの形で返してもらうことに決めた。絶対に、だ。
すっかり元気の無くなった伯爵夫人はマリエッタ王女に手を引かれて港を去って行った。
どうやらさっきみんなで入って行った家で話の続きをするようだ。
ティトゥと夫人のパシリの伊達男君も二人の後ろに付いて行った。
二人のことは君達に任せた。良い感じになるようにまとめてくれたまえ。
僕の心のエールが通じたのだろうか。伊達男君は家のドアをくぐる前、チラリとこちらを振り返ると何とも言えない微妙な目で僕を見た。
だがそれも一瞬のことだ。すぐに彼の姿は家の中へと消えるのだった。
伯爵夫人がいなくなってもギャラリーは僕を遠巻きにしたままだ。
なんだろうね、この腫れ物に触るような扱いは?
さっきの図々しく寄って来られる態度も困るけど、こういう雰囲気もこれはこれでなんだか落ち着かない。
僕が妙な雰囲気にモヤモヤしていると、さっきの男の子が意を決したように群衆の中から抜け出して来た。
彼は僕の前に出ると小さく息を呑んだ。
どうしたのかな?
すると彼は、ペコリ。ほんのちょっとだけ頭を下げた。
『あの船には父ちゃんも本当に困っていたんだ。片付けてくれてありがとうな』
どうやら男の子は僕に感謝の言葉を言いに来たようだ。
『さっきは、ウスノロなんて言って悪かったよ。お前オレよりデカイんだからオレよりどんくさくっても仕方ないよな』
そう言うと男の子は照れくさそうに笑った。
・・・え~と、一応僕に謝ったつもりなのかな? それに慰めてくれたと。
まあいいや、悪ガキのやったことだ。いつまでも根に持つつもりもないし。
それにこんな大勢の前で自分の非を認めるなんて、この歳の男の子だとなかなか出来ることじゃない。
案外見どころのあるヤツじゃないか。
『イイヨ』
僕の返事に周囲からどよめきが上がった。
『お前喋れたのかよ!!』
男の子も目を丸くして驚いた。
なんとなく意趣返しが出来たような気がして、僕は少しだけ満足した。
僕はまた港の人達に群がられていた。
どうやらみんなさっきの爆撃を見て僕に気後れしてしまっていたらしい。
スゴイ音に犬がビビッて逃げ出したとか、子供が泣き出したとか、勝手に僕にいろいろと報告をしてくれた。
というかさっきより人数が増えてない?
『町からもどんどん人が集まっているからな』
どうやらさっき僕が町の上を飛んだことで、さらにギャラリーを集める結果になったようだ。
後から来た人達は最初から港にいた人から興味深そうに事情を聞いている。
ちなみに僕が喋ったことがよほど嬉しかったのか、みんないろんな言葉を僕に喋らせようとしている。
『なあなあ、”ぶっ殺す”って言ってみろよ』
まあどれも下らない言葉なんだけどね。
『よお、お前の話だとあいつドラゴンなんだろ? オレも乗れないかなァ?』
『はっはっはっ。あいつは処女しか乗せねえんだよ。スケベなヤツだよな』
『ブッコロス』
次回「再びミロスラフ王国へ」